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25話 再編成

 星乃宮尊はギソウ山岳地域が墜ちるのも時間の問題だと予想していたが、それは少し裏切られる。

 実際にそこが墜ちたのは翌年の真歴1082年6月6日の事であった。


 438独立部隊が解散して1年が過ぎ、アレク、トール、サマンサ、茂助、メイの5人の軍隊生活が訓練生時代と合わせて3年目に入った年である。


 メイは相変わらず戦機部隊を率いて戦場を駆け回っており、茂助は実戦で機体のテストを行っていた。

 サマンサも1個分隊を率いて任務をこなしていたが、上官のジーン・ランドルフとは折り合いが悪く、戦果の割にそれが認められる事は無かった。

 トールは北方の補給部隊で各部隊に物資を届けたり、現地部隊と共に戦闘に参加している。


 アレクは初めこそストーンリバーの守備部隊に属していたが、何度も問題を起こす為に西部戦線に異動となった。

 前線にてアレクは獅子奮迅の働きを見せるが、それ以上にトラブルも起こしている。

 その度に異動になるので、あちこちの戦線を転々としていた。

 本来なら軍から追い出すべきところであるが、この頃になると彼の挙げる戦果は市民にも広まっており、アラシア共和国の若いエースという評判がそれをさせなかったのだ。


 そして、真歴1082年8月10日の事である。

 茹だるような暑さの整備テント内で、アレクは上半身裸になって汗水を足らしながら自機の調整を行っていた時であった。

 突如、上官から呼び出しを受ける。


「何だ? 俺はまだ何もしていないぞ?」

 伝えに来た部下にアレクは返答した。

「この間、通信機をワザと壊して勝手に第6分隊の救出に向かったのがバレたんじゃないですか?」

 部下は肩を竦めて答える。

 彼はアレクがストーンリバー駐屯地の守備隊に所属していた頃からの部下であった。


「余計な事は喋るなと……」

「それは他の奴にも言ってますよ。でなけりゃ、また転属ですからね」

「下手すりゃ臭い飯を食う事になるぞ?」

「それが嫌だから戦果を挙げるようにしてるんでしょ? ウチの分隊は」

「その通りだ」


 誰かが余計な事を言って、またもや軍規違反だのを言われるのかとアレクは苦々しい顔になる。

 タオルで身体を拭いて近くに引っ掛けてあった作業服を羽織ながら歩き出した、


 数分して上官のいるテントに到着する。

 その前で口を開いた。

「アレクサンデル・フォン・アーデルセン曹長、入ります」

 彼はここに来て軍曹から曹長へ昇進していたのだ。


「あぁ」

 上官が答えて、アレクはテントの中に入る。

 書類が乱雑に散らかっている粗末な折り畳みテーブルにパイプ椅子。

 上官はパイプ椅子に座りながらアレクを迎え入れた。


「何の御用でしょうか?」

 エメラルドグリーンの瞳が上官を見下ろす。

 上官はそれが気に入らなかった。

 そもそもアレクは配属された当初から何かと隊の方針に口を挟んでくる生意気な部下であったからだ。

 それが無能であればまだしも、彼は間違い無く有能であり、事実彼の率いる分隊は隊の中でもトップクラスの戦果を挙げていた。


 しかし、それもこれまでと思うと気が楽になる。

「転属だ」

 上官は短く答えた、アレクはまたかとため息をついた。


「何処へですか?」

 転属の理由は聞かなかった。聞くだけ無駄だと思ったからだ。


「第438独立部隊だ」

 上官が答える。

 それは懐かしい響きの部隊名であった。


「あの部隊は既に解散してますよ」

 忘れもしない真歴1081年の4月初めの事であった。

 部隊内部からスパイが現れた為である。

 その時にいた隊員達は全員バラバラの部署に異動になった。

 おそらく、今回は名前が偶然同じなだけで中身は別の部隊なのだろう。


「そんな事は私が知るものか。君は自分の部下と荷物をまとめて、さっさと駅へ向かいたまえ。……これが命令書だ」

 上官は小奇麗な命令書を突きつけるようにアレクに渡した。


「了解しました」

 それを受け取り、一度敬礼をするとアレクはそのまま退出した。


「どうでした?」

 外に出ると、そこで待っていた部下が尋ねてきた。


「まただよ。俺はまだ何もしてないんだがな……」

 命令書を部下に見せながら答える。

「撃破した戦機に小隊長の身内が乗ってたんじゃないですか?」

 部下が冗談混じりに言う。


「俺は身内を撃破した事は無いよ。働かない奴を後ろから脅かしてやった事はあるが」


 少し前の戦闘時であった。目の前に敵がいるにも関わらず、何かと理由をつけて動かない戦機分隊がいたので、後ろから撃った事を思い出す。

 味方には、その分隊を挟んだ先にいる敵を狙ったと言い訳をした。

 実際その通りであり、これによって動かない味方分隊の先にいた敵装甲車を撃破したのだから味方誤射にはならかったのである。


「まぁ、転属させたい理由はあるでしょうね」

 部下は命令書を眺め終わり、アレクに返しながら言う。

「……まぁな。とりあえず他の奴らにも伝えてくれ。すぐにここを出るから準備しろってな」

 アレクはここで初めて命令書に目を通す。

 そこで面白い名前を見付けて「へぇ」と声をあげる。


「どうしたんです?」

「いや、次の転属先は中々良さそうなところだと思ってな」


 それを聞いた部下は今まで以上に大変な所に行くことになりそうだと苦々しい顔になった。






/*/





 第438独立部隊。

 その名前の部隊が再び編成されたのはアレクが転属を言い渡される1週間前であった。


 とある基地の一室で1人の男が困った表情を浮かべていた。

 トール・ミュラーである。丸い瞳をより丸くしながら、目の前の人物を見つめていた。


「変わらないようだな?」

 オールバックにした金髪にアイスブルーの瞳、トール達の元上官であるジーン・ランドルフであった。

 いつの間にか中尉に昇進している。


 今は直属の上官で無いはずの男が何の用だとトールは訝しむ。

 彼は無能ではないが、その性格は好きになれなかった。


「さて、君は随分ヒノクニから信用されているようだな?」

 ランドルフは嫌味っぽく言った。

 本人としては普通に話しているのだろうが、声の調子からそう聞こえるのである。


「一時期ヒノクニに協力してはいましたが……」

 身内からスパイが出たのをこの男が知らないはずが無いよな、とトールは思いながら答えた。

「去年の3月末までの話だな」

 ランドルフは書類をめくる。

 その内容を確認しながら口を開く。


「ソーズ地域を知っているかな?」

「ルーラシア帝国の……、南部でしたっけ? ギソウ山岳地域の西側だったはずですが」


 少し前にそこの地域に関する本を読んだ事を思い出しながらトールは答えた。


「そうだ。そこの地域はヒノクニと面している。本来なら我々にはあまり関係の無い場所なのだが、ヒノクニとアラシアは同盟を結んでいる以上、そうはいかない」


 どういう意味だろう。トールは「はぁ」と短く答えた。


「ギソウ山岳地域の権益はアラシア共和国が有利な運びになっている。だが、代わりに差し出すものがなければフェアでは無いと思わないかね?」

 ニヤリとランドルフは笑う。

 良からぬ事であるのは間違い無いとトールは僅かに顔を曇らせる。


 ランドルフはそれを見てデスクの引き出しか1枚の紙と手の平サイズのプラスチックケースを取り出した。


「おめでとう。トール・ミュラー准尉」

 准尉の階級章と辞令が差し出される。

「君は志願兵だろう? 戦時特例があるとはいえ、初陣から3年目で尉官とは大した昇進スピードじゃないか」

 全く嬉しくない話だとトールは辞令を見つめながら思った。

 今年1年を現在の補給部隊で適当に過ごせば退役が認められるのだ。ここで昇進などしたらそれどころでは無くなるのではないか。


「昇進するような事をした覚えはありませんが……」

 あからさまに嫌そうな顔を見せながら答える。

「特に問題を起こす事も無く部隊を率いて任務を遂行しているのが評価されているな」

 ランドルフはニヤリと笑う。

 実際その通りであった。トールが現在率いている部隊はこれまでに一度も問題を起こしていない。


 これは彼の部下が全員徴兵組であり、早く除隊することを希望していた者達だったことが大きな要因であった。

 トール自身も同じ心境であった為に、そういった部下の扱い方をよく心得ていたのである。

 そういった部下との余計な軋轢を生むことが無く、円滑な部隊運営が出来たのだ。

 部隊の方針は「与えられた任務を無理なくこなして、さっさと帰ろう」である。


「言われた事をやっただけですよ」

 任務はこなしたが、それ以上に目立った戦果は挙げていない。

 トールは昇進を拒むように言う。


「ならこれから挙げる戦果の前払いと思いたまえ」

 ランドルフの言葉にトールは苦々しい顔になる。

「何をさせようっていうんです?」

 トールはもはや自分の本心を隠そうともしない。


「君は第438独立部隊としてヒノクニへ出向。ソーズ地域攻略作戦に参加してもらう」

「またヒノクニですか」


 先の話から予想はついていたが、再びヒノクニへ行くことになるとは、本当に縁があるようだ。

 トールは自分の置かれている状況に呆れる。


「あそこの指揮官、アベル・タチバナ大尉は君を高く買っているらしいな」

「人違いでしょう」

「それは一番初めに確認したよ。間違いなく君のことだ」


 俺が何をしたというのだ。

 冤罪をかけられたような気分になってくる。


「だとしたら、私の部下が評価されたんでしょう。アレクや茂助、彼らを出向させたらどうです?」


 その言葉にランドルフの顔がやや曇りがかる。


「君はアーデルセン……、今は曹長か。彼が君の部隊から離れて何回転属したか知っているか?」

 質問の意味が分からずトールは黙り込む。


「6回だ。1年半で6回。そのどれもが上官とのいざこざが原因だ。軍規違反は……、2回あるな。上官を殴っている」

 トールは思わず顔を曇らせた。「何をやっている」と小声で吐き捨てる様に言う。


「こんな兵士を部隊の隊長に据え置く訳にはいかんよ」

「ならサマンサ……、ノックス軍曹で良いんじゃないですか?」

「彼女は曹長になった。……ノックス曹長にアーデルセン曹長の組み合わせか。反乱軍か、亡命者か……。あまり良い結果にはなりそうにないな」


 そりゃあ、アレクもサマンサもアンタの事を嫌ってるからな。マトモに命令を聞く訳もないか。

 トールはそう思って苦笑してみせた。


「それにだ……。ヒノクニは君達第438独立部隊の人員を指名してきたのだ。アベル・タチバナ大尉だな」

「タチバナ大尉が?」

「初めに言ったろう? 君はヒノクニに信用されていると」


 信用されているというよりも、外部の部隊では扱い易いと思われているだけだろう。

 トールは小さく舌打ちをする。


「君は軍人だ。命令に従う義務がある」

 自分の命を左右する命令にも関わらず、従わなければならないとは、なんて嫌な職業だ。

 トールは改めてそう思う。


「了解しました」

 そして観念したかのように敬礼をしてみせた。


「それにしても、あの時の438独立部隊を指名してきましたか……」

 トールは確認の為に言う。


「そうだ。少なくともアーデルセン曹長、ノックス曹長、源軍曹、マイヤー軍曹が君の下に就く」

「それなら楽になりそうですね」

「問題児を抱えて楽と言うか……。いずれは懲罰部隊の指揮でもやってみるかね?」

「それはお断りしますよ」


 アレクやサマンサ達を率いるのが楽な理由は、彼らが有能で自分が何もしなくて良いからなのだ。

 軍規違反者や犯罪者のような輩とは訳か違うのである。


「まぁ良いさ。個性的な者の上に立つのも1つの才能ではあるからな」

 ランドルフは鼻で笑う。

 褒められている訳では無いだろうと思い、トールは「はぁ」と曖昧に答えた。

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