23話 アレクの憂鬱
真歴1081年5月21日。
アレクサンデル・フォン・アーデルセンはアラシア共和国、ストーンリバー駐屯基地の守備隊で1個戦機分隊を率いていた。
何故こうなったかといえば、438独立部隊からバルト上等兵というスパイが発見されたことに端を発する。
バルトが逮捕された後、438独立部隊はアラシア共和国本国へ帰還する事を命じられたのだ。
その後、部隊は解散させられた。
「まぁ、身内からそんなのが出れば当たり前だわな」
トールは苦笑しながら言う。
部隊員はそれぞれ違う部署への転属となった。
隊長であるトールは北方の補給部隊へ異動となり、サマンサはかつての上司であったジーン・ランドルフ少尉の指揮下に入った。
源茂助は戦機のテストパイロットとして西方のフォレストリバーの基地に配属される。
メイ・マイヤー達はジョッシュ要塞を離れはしたが、相変わらずルーラシア帝国との境界線への配属となり渋い顔をしていた。
エイク伍長が率いていた歩兵部隊もバラバラに配属され、彼自身は地方の警備隊へ転属させられた。
そしてアレクは故郷であるストーンリバーにある駐屯地への配属となったのだ。
「2番機、3番機は左右に展開! 俺が合図したら追ってきた奴を撃て!」
駐屯地の中にある演習場。
砂塵を巻き上げながら走るアレクの乗るアジーレを2機のタイプβが追いかける。
「今だ!」
アレクが合図を行い、アレク機の左右から僚機である灰色のタイプβが追ってきた同型機に射撃を開始した。
ややあって撃墜判定。
演習が終了する。
《やった! 俺達の勝ちだ!》
僚機から通信が聞こえた。
しかし、アレクは不満そうな顔をしている。
「射撃までの間隔が遅い。しかも、こちらは1機撃墜された」
コックピット内で呟く。
練度があまりにも低い。
それは彼の率いている隊員が徴兵によって集められた者達であるから当然であった。
「守備隊には正規兵もいるだろうに……!」
そんな部隊を倒せない演習相手。
つまりはストーンリバー駐屯地の守備隊にも同じ感想を抱いているのだ。
そもそも、ストーンリバー自体はアラシア共和国でも東側に存在する地域である。
ルーラシア帝国との戦闘が行われているのは西側であり、ストーンリバーとは正反対なのだ。
故にこの戦争とはほぼ無縁であり、ここにいる守備隊のほとんどが実戦に出たことの無い者が多かった。
その中にはアレクが通っていたジュニアハイスクールの先輩の姿も見られる。勿論、徴兵組だ。
「後方の地域とはいえ、これではな……」
前線で戦ってきたアレクからすれば嘆息ものであった。
「本日はここまで、解散!」
演習が終了した時間は16時21分。
少し早めの解散であった。
彼らは21時までの自由時間が与えられる。
アレクはシャワーを浴びて着古したグレーの軍服に袖を通してグリーンのベレー帽を被る。
そのまま、駐屯地から街へ足を運んだ。
空は既に薄暗くなっており、街頭が赤レンガの建物や整備されていない街路樹が並ぶ道を照らす。
その中にあるレストランへ向かう。
隣の駐車場には明らかに軍で使われているであろうトラックが停まっており、それを見てアレクは苦笑した。
レストランの窓際のテーブルである。
そこに目的の人物がいた。
トール・ミュラーだ。アレクと同じ軍服を着て、先に食事をしている。
「よう」
アレクは反対側の席に座る。
「よう」
トールも答えた。しかし食事をする手は止まらずにテーブルに乗っているハンバーグを口に運ぶ。
「合成タンパクって奴らしいが、悪くはないな」
トールは料理の感想を漏らす。
「外のトラック。ありゃお前のか?」
そんな感想を無視して尋ねた。
「そうだ」
「いつの間に自動車の免許を?」
「配備されてすぐに、補給部隊じゃ戦機よりもトラックを動かす機会のが多いらしい」
「1ヶ月でよく取れたな?」
「他にする事無かったからね。後は軍務特例ってやつさ」
呑気なものだとアレクは思う。
やがてウェイトレスがやってきてアレクもトールと同じものを注文した。
「それにしても、よく休みを取れたな?」
「急な配属だからな。人員を色々と回す関係でね。もっとも、明日には戻るけどね」
「そうかい」
アレクは椅子にもたれかかり、窓から外を眺める。
スーツ姿の男が歩いているのが見えた。
「そちらの様子はどうなんだ?」
トールが尋ねる。
「あぁ、ここの奴らが実戦に出たらどんな踊りをするか見物だな」
そう答えるとウェイトレスがアレクの料理を持ってきた。「ありがと」と短く返して受け取る。
「まぁ、ここは前線から離れているから練度は落ちるだろうさ」
トールはそう言ってフォークを置く。
そして守備隊のほとんどが地元から徴兵された者であろう事を思い出した。
「徴兵じゃ士気も低いか」
もし、人員の補充があればここから取るのは避ける様にしようなどとトールは考えながら呟く。
もっとも、彼は補給部隊でも運び屋にあたる部隊でありそういった事を考えるのは別の人間であった。
それから小1時間程の雑談を終えて2人はそれぞれの場所へ帰っていく。
その途中、常に彼と共にいた友人であるトールがいない事をアレクは寂しく思った。
「よう、随分遅いご帰還だな?」
駐屯地の門で守衛をしている兵士が声をかける。
時間は20時30分。
門限という訳では無かった。しかし、自由時間終了まであと30分である。見様によっては遅いといえなくもない。
「昔の友人と話し込んでいてね」
アレクは無愛想に答えた。
「そりゃ、良いよな。こちとらお前のせいで守衛だよ」
男が嫌味を込めて言う。
アレクは彼が昼の演習で自分に負けた事を思い出す。
負けた側が今夜の守衛を引き受ける事になっていたのだ。
「俺に勝てば良かったのさ」
不敵な笑顔を浮かべてそれに答える。
「へぇ、勝てばねぇ……」
男は下卑た笑みになった。
同時に辺りから数人の男達が現れる。誰も彼もアレクに負かされた者達であった。
「守衛にしては人数が多いな?」
アレクは全く動じない。
元々、喧嘩っ早い性格である彼はこうした事に慣れていた。
「どうだ? まだ自由時間は30分ある。ここでちょいと格闘訓練をして負けた方と交替するのは」
男が言って周りの者達もヘラヘラと笑い出す。
「睡眠前のストレッチにちょうど良い」
アレクは態度を全く変える事が無かった。
それに対して男は苛立つ。
「へっ、そのまま起きれなくなるかもなぁ!」
男が殴りかかる。
次の瞬間、殴りかかった男の方が倒れていた。
アレクが男に殴られるよりも先にボディブローを決めていたのだ。
倒れそうになる男の頭に回し蹴りを入れてトドメを刺す。
「この野郎!」
「やりやがったな!」
一斉に周りの男が襲いかかる。
しかし、実戦経験のあるアレクからすれば素人の動きである。
彼自身は確かに戦機のパイロットであったが、生身での白兵戦も数回は経験があった。
また、暇な時には茂助から格闘術を教わっていたのだ。
囲い込む敵の間を潜り抜けては最少の動きで、的確に急所を付いていく。
その中でも特に脚を重点的に狙い、倒した相手がその場から動けないようにした。
しばらくして騒ぎを聞きつけた憲兵が現れる。
「お前達! 何をしている!」
アレクは襲ってきた男の首を締め上げながらふりかえった。
「ちょっとした格闘訓練ですよ」
男の首から手を話して言う。
「これのどこが訓練だ!」
対する憲兵は怒りのままに叫んだ。
アレクが周りを見廻すと、襲ってきた男達は全員倒れながら呻き声をあげていた。
「これでよく兵士が務まるな」
肩を竦めながら呟く。
アレクサンデル・フォン・アーデルセン軍曹、1週間の営倉行きであった。