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22話 獅子身中の虫

「で、どうするんだ?」

 談話室の隅でアレク、サマンサ、メイ、エイクの5人が集まっている。


「妙なのよ」

 アレクの質問にサマンサが答えた。

「妙?」

 茂助が片眉をあげる。


「どうして憲兵隊は隊長が青い壊し屋に手紙を出した事を知っているの?」

「誰かが漏らしたんだろ? ウチの部隊の奴だと思うが……」

「私は口止めをしたわ」

「それでも漏れる事はあるさ」

「どうして? そんなことをすれば私達にとって良くない事だっていうのは分かりきってるでしょう?」


 サマンサの言葉に全員が黙りこむ。

 確かにその通りだからだ。


「酔っ払っていたとか?」

 おずおずと茂介が口を開く。

「憲兵と会うなら要塞だろう。そこで酒を飲む馬鹿はいないぞ。少なくとも俺の部下には」

 エイクが反論するように言った。部隊に存在するアルコールはほとんど彼の部隊が消費しているのだ。


「となると、やはり妙ですねぇ」

 今度はメイが言う。

 少なくとも、憲兵にその事実を漏らした隊員は正気であったということだ。


「だが今はそんなことよりも、トールがスパイでない事を証明しないと」

 アレクは話題を変える。

「なら簡単だ。俺達が余計な事を喋らなきゃ良い」

 肩を竦めてエイクが答えた。

 その通りであった為に、それ以上にこの話が進むことは無かった。





╱*╱

 



 次の日である。

 取り調べ室からバルトが青白い顔をして出てきた時は、さすがにその場の全員が不安な表情になる。


「あぁ、便所に行かせてくれ……」

 その言葉で笑いが起こる。

「便所にも行かせてもらえないのか?」

 そんな取り調べに不満気な声があがった。

 実際、取り調べの内容はかなり厳しくなっており、438独立部隊はルーラシアのスパイ部隊だと決めてかかっているようでもあった。


「そこまで俺達をスパイ扱いしたいのか?」

 アレクなどは不満を漏らす。

「確かにそう思えますよね」

 取り調べを終えた茂介も憤りを表情に浮かべて答える。


「上からの指示なんですよ」

 ヒノクニ側である藤原などは申し訳ないという顔であった。

「上からの指示……」

 サマンサは苦々しい顔になる。


「上って、ラウ・カーロン中尉?」

「そうですね。何故かは分かりませんが、かなり厳しくやる様に指示してるみたいですよ?」


 藤原の答えにサマンサはその表情のまま嘆息する。


「その内、ありもしない証拠をでっち上げて逮捕しようとするかもな」

 アレクは取調室から隊員が出てくるの見ながら言う。

「まさかそんな……」

 そんな事をして誰が得をするのだとサマンサは言いかけて止まる。

 もし、トールがスパイとして捕まって得をする者がいるとしたらどうだろうと思い直したからだ。


「スケープゴート」

 そんな言葉が思い浮かぶ。




/*/




 トールがスパイ疑惑をかけられて5日目である。

 ジョッシュ要塞内の狭い小部屋に彼はいた。

 周りの冷たいコンクリート壁には窓1つ無く、天井からは裸電球がぶら下がっている。

 部屋の中央には机とパイプ椅子があり、トールとラウは机を挟む形で向かい合って椅子に座っていた。


「取り調べというより尋問だな」

 この5日間、ラウはプレッシャーを与えながら何度も同じ質問を行っていた。それに対してトールも同じ答えを繰り返している。

 こんな時、アレクやサマンサ、茂助といった部下がいないのは心細いものだと思う。


 もっとも、どんな質問をされても身に覚えの無い事であるので、相手が求める自分がスパイであるという答えなど出てくるはずも無い。

 トールは淡々と質問に答え続けた。

 今頃、部下達も同じ様に取り調べを受けているのだろうか。

 トールの意識はラウの質問とは違う方向にしばしば向けられる。


「ラウ中尉」

 部屋の扉が開き、別の憲兵が入ってきた。

 落ち着いた雰囲気の壮年である。

 ラウはそれを見て頷くと「後を頼みます」と言って退室した。


「憲兵の佐藤貴之大尉だ」

 壮年の男は人の良さそうな笑みを浮かべて名乗る。


「トール・ミュラー曹長です」

 対するトールは座ったままで面倒くさそうに敬礼を返す。


「色々話して喉が乾いたろう? コーヒーとミルクのどちらが良いかな?」

 佐藤はトールの態度を気にする事も無く、それまでラウが座っていた椅子に腰掛けた。


「コーヒーにそのミルクを入れて下さい。あぁ、それと砂糖を多めに」

 飲み物が出るという事は、この取り調べはまだ続くかと思いウンザリした気分になる。

「コーヒー牛乳? なら、冷たい方が良いかな?」

 佐藤の問い掛けにトールは「はい」と軽く答えた。


 トールの頼んだそれが運ばれるまでの間、佐藤は他愛の無い話題を振る。

 出身地や学生時代に何をしていたか、趣味やテレビ番組など、軍には関係の無い内容であった。


「ストーンリバーなんて何も無い田舎町ですよ」

 そんな事を話していた時に、トールの注文したミルクと砂糖入りのコーヒー、というよりもコーヒー牛乳がガラスのコップ注がれて机に置かれる。


「あぁ、飲むと良い」

 佐藤が勧め、トールはコップに手を伸ばす。


 自白剤でも入っているんじゃないか?

 そんな疑問が過る。

 しかし、そんな事をされても話す内容は変わらないと思い直し、そのまま一気に胃の中に流し込んだ。






/*/





 その夜、0時32分。

 第438独立部隊が拘束されている兵士詰所の談話室で蠢く人影があった。


 元々、438独立部隊の詰所として使っている山小屋は、鉱山従事者の生活用に作られた宿泊施設である。

 それ故に、建物そのものは大きいとはいえなかったが、部隊員全員分のベッドに、シャワー室とトイレに洗面所といった、軍の中継拠点としては設備が充実していた。

 唯一、隊長室だけが物置部屋を改修したもので、個室としては粗末な作りとなっている。


 それらはどれも中央の談話室に面して作られており、部屋から部屋へ移動するには必ず談話室へ出る必要があった。


 その談話室であるが、普段なら見張りの交代待ちやら、仕事を終えて一息ついている者などがたむろしており、必ず誰かがいる。

 しかし、この5日間は憲兵によって部隊員は外を出る事を禁止されており、夜中には全員が就寝していた。

 つまり、そこには誰もいないはずなのだ。


 その人影は辺りを見回して周囲の確認を行うと、隊長室のドアノブに手をかける。

 そのまま中に入ると目の前にあるデスクのライトのスイッチを入れた。灯りはデスク周辺を照らし出す。

 そのまま引き出しに手をかけた。


 その瞬間である。

 後ろから細い腕が伸びて肩に手をかけると人影は一瞬宙を舞って地面に突っ伏していた。


「あっ!」


 談話室の明かりが付けられる。

 細い腕の正体は源茂助であった。

 その周りには拳銃を手にしているアレクとサマンサが立っている。


「流石だな」

 アレクが茂助の早業を感心して言う。生身の近接格闘術はアレクよりも茂助の方が上手なのだ。


「さて、この手にしている物は何かな?」

 茂助の下で突っ伏している人物の右手には封筒が握られており、アレクはそれを乱暴に取り上げる。

 その騒ぎを聞き付け、寝ていた隊員がのそのそと姿を現し、外で監視の為に立っていた憲兵達も室内に入って来た。


「何を騒いでいるのだ?」

 憲兵が苛立った声で尋ねた。

「これを」

 アレクは取り上げた封筒を渡す。

 それを受け取った憲兵は封筒の中を検めて顔を上げた。


「ルーラシア帝国の命令書だ。しかも諜報部から出たものだぞ」

 その場の空気が凍りつく。


「どういう事か、説明してもらおうか、バルト上等兵?」

 アレクが見下ろして尋ねた。

 茂助の下で突っ伏しているのは第3分隊でエイクの部下であるバルト上等兵だったのだ。





/*/





 トールがスパイの疑いをかけられて7日目。

 おそらく朝だと思われるが、その部屋には窓も時計も無い為にトールは正確な時間が分からなかった。

 部屋にある物といえば壁に備え付けられている簡易ベッドに洗面台くらいのものであった。

 ベッドとは反対側には扉があり、その先にはトイレがある。

 トールはベッドで横になりながら、そのトイレの扉を意味も無く眺めていた。


 部屋の扉が開く。

 憲兵の佐藤貴之が姿を現した。


「また取り調べですか?」

 頭だけそちらに向けてトールが尋ねる。頭がボーッとして働かない。

 朝は苦手だ。


「君の部下は優秀だね」

 佐藤は頭を振りながら言う。

 その横からアレクが姿を現してニッと笑う。


「何かやらかしたのか?」

 トールは上半身を起こし大きく伸びをする。

「ご挨拶だな。こちとら部隊の中にいたスパイを捕まえて、事情聴取を受けたりと大変だったんだぜ?」

 アレクが答える。

「どういう事?」

 何かが起きてアレクがここにやってきたというのは分かったが、スパイだの事情聴取だのという単語が現れた事に面倒くさそうな顔になる。


 トールのそんな顔に苦笑しながら、アレクと佐藤貴之が説明を始めた。


 一昨日、隊長室に侵入しようとした者を発見。茂助、アレク、サマンサでそれを捕まえたところ、その正体がバルト上等兵だったこと。

 彼の手に握られていたのはルーラシア帝国軍諜報部からの命令書であったことについてである。


「つまりバルト上等兵は敵のスパイだったと?」

「といっても、金で雇われた現地諜報員みたいなものだ。正式な帝国軍では無いがね」


 それに気付いたのはサマンサであった。


「覚えてるか? ラウ・カーロン中尉が言っていた事」

「何の事だ?」

「お前が李・トマス・シーケンシーに手紙を出した事を奴が知っていた件だ」

「あー」


 それを知っている者は438独立部隊の者だけであり、それ以外の者が知っている事はあり得ないのだ。


「サマンサに口止めされていたからな」

「しかし、それをラウ中尉は知っていた。妙だとは思ったが」


 トールはその事を思い出す。


「つまり部隊の誰かがそれを漏らした訳だ」

 当然の話だなとトールは頷く。


「それがバルト上等兵だった訳だ」

「まぁ、そういう事だな」


 アレクは息をつく。


「まぁ、その時点では分からなかったが、憲兵隊が俺達をどうしてもスパイに仕立て上げたい様に思えてな。俺らが目を離した隙に、偽の証拠でもでっち上げるんじゃないかと隊長室をこっそり見張っていたら……」

「大当たりだった訳か」

「そうだ。バルト上等兵がお前の部屋に入って何やらやろうとしているところを捕まえた訳だ」


 獅子身中の虫、そんな言葉を思い浮かべる。

 トールは部下にそういった者がいた事に憤りを感じた。

 アレクが言った後に口を開いたのは佐藤である。

 苦虫を噛み潰した様な顔であった。


「ところが、バルト上等兵を尋問した結果、君の取り調べを行っていたラウ中尉が命令したことだという事が分かってね。どうも余所者の君をスケープゴートにして、自分にスパイ疑惑の念が向かわないように企んでいたらしい」

「そりゃあ……」


 トールはやや意外そうな顔になる。アレクはざまあみろと言わんばかりの嘲笑を浮かべて、佐藤はやれやれと頭を振る。


「過ぎてしまえば間抜けな話だな」

 そんな感想をトールは漏らす。

 バルトが何もしなければ、ラウ少尉は捕まらなかったかもしれないのだ。


「で? その部下を率いていた隊長はどうすれば?」

 トールは言葉に棘を込めて尋ねた。

「バルト上等兵の証言から君の疑いは晴れた。とりあえず任務に戻ってもらうよ」

 その言葉にトールは驚く。部下にスパイがいたにも関わらず解放されるというのだ。

 勿論、バルト上等兵が尋問の末にトールが今回の件と無関係であるという証言を行った事もあるのだろうが。


「随分、気前が良いですね。身内にスパイがいたのに」

 トールは訝しんで言う。

「アラシア共和国から、君がルーラシアと繋がりが全く無いという身辺調査書も届いた」

 佐藤が答えた。

 本国もしっかり仕事をしてくれた事にトールは安堵する。


「そうですか。それでは」

 そう言うとベッドから立ち上がり、アレクを引き連れて部屋の外へ出た。

 薄暗い廊下には何人かの憲兵が立っている。


「あぁ、それと今回は済まなかったね」

 佐藤が後ろから思い出したかの様に謝罪の言葉を述べる。

「こちらも身内から厄介事が出ましたからお互い様ですよ」

 トールはそう答えると後の始末はどうなるのだろうと思いながら歩き出した。 

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