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215話 不穏な動き

 真暦1093年6月15日。

 東ルーラシア連合チーワン地域。

 帝国と連合の間でそれぞれの思惑が交差する中、その地域では激戦が繰り広げられていた。

 そんな中である。

 チーワン地域守備隊司令である海東村正大将の元に意外な人物が訪れた。


「結城信秀……、少将ですか?」

 海東は驚きを隠すことなく言葉を絞り出す。

「そうだ。もっとも便宜上、そう名乗っているだけだ」

 東ルーラシア連合評議会を追われた結城信秀が軍に復帰したのである。


「……まぁ、ここで戦果を挙げて議会に戻るという方法はありますが」

 どういう表情で話せば良いのかと、この人物にしては珍しく海東は困惑する表情を浮かべている。

 確かに結城信秀も皇族として軍務経験もあり、分不相応な階級も持ってはいた。

 しかし、軍人としての能力は最低値だろう。

 彼はあくまで政治家なのだ。


「安心しろ。私は軍務に口を出す為にここに来たのでは無い」

 結城もそれは弁えている。

 自身が無能とは思っていないが、現役の軍人に比べたら劣る事は自覚していた。


「では一体?」

 何をしに来たというのだと海東は疑問に思う。

 

「……私の立場は君も知っているだろう」

「ええ、まぁ……」


 娘婿である星ノ宮尊が殺害され皇族との繋がりも薄くなり、評議会を追われた事で、その権力も徐々に弱くなっている。

 今、結城信秀に残っているのはこれまでに積み上げた資産と、同じように没落しかけている皇族への繋がりくらいのものであった。


「私も動く時が来たという事だ。それにあたって君の兵を貸して欲しい」


 どうやら結城は何かを企んでいるらしい。

 海藤もそれは予測していた。

 それがここで動き出すとは思ってもいなかったのである。


「……しかし兵を貸すと言っても、ここは前線です」

 海藤は困ったような表情を見せる。

 現在、主力として前線に出ている部隊を回す訳にはいかない。


「分かっている。予備兵力で構わん」

 それくらいは出来るだろうと不遜な態度で結城が答える。

 それに海藤はわずかに表情を曇らせた。

 やはり、この男は戦争を知らない。

 戦いとは常に予備の戦力がどれだけいるかで決まるのだ。


「分かりました。鳩川とキムの部隊を貸します。彼らは前線でトラブルを起こし拘禁中ですが、閣下同じ皇族という事を思えば適任でしょう」

「おお! 鳩川太郎とキム・ヨンジュンか! 彼らなら心強い!」


 結城が喜びの声をあげる。

 海藤の挙げた者達は結城に連なる皇族達であった。

 連合内において皇族では無い者達を明確に下に見ている者達であり、思想面で言えば結城と同類である。

 東ルーラシア連合ではその才能と成果を重んじており、それは海藤も同様であった。

 この2人はそれを理解出来ないタイプの皇族であり、連合内においても多数のトラブルを起こし不興を買っている。

 海藤としては適当なところで処分したいと思っていた人物達だ。


「すぐに用意させますので閣下も準備しておいて下さい」

「分かった。……君も来ないか?」

「前線司令が離れたらカサンドもこちらの動きに気付きますよ」

「そうだな。よろしく頼む」


 満足そうに去っていく結城の背中を海藤は冷たい視線で見送った。

 もうこの男に用は無いと海藤は結城を切り捨てていたのだ。


「……あの2人は現在拘禁中のはずですが?」

 隣にいた副官の白河が言う。

 キムと鳩川は部下への暴力事件と市民への暴行事件で逮捕拘禁されていた。

 現在は取り調べ中だが、いずれは裁判にかけられる予定である。


「あいつらは警察や裁判所にも身内がいたはずだ。それなら結城信秀と一緒に処分した方がマシだろう」


 海藤の言う通りにキムと鳩川の2人は皇族の中でも、あちこちに人脈がある人物である。

 それは連合に加わった後も継続していた。

 更に資金力もそこそこあるので、裁判にかけられたとしても大した罪にはならないだろう。


「分かりました。それにしても、もう少し結城氏については利用したかったですね。このままだと連合陸軍元帥になるのは難しいかもしれませんね」

「何事も引き際が肝心だ。それに無能な皇族連中がいなくなれば結局はポストが空くからな。そこに入り込めば良い」


 海藤は結城信秀に協力して、連合内の地位を上げようと画策していた。

 しかし、結城は連合内から追われ急速にその影響力を失いつつある。

 だからこそ今ここで切り捨てなければ、今度は自分の身が危うくなるのだ。

 海藤は拘禁されているキムと鳩川を呼び出し、結城の要請で彼の指揮下に加えられる事を伝えた。

 これは正規の命令では無い。

 しかし、鳩川とキムの2人は帝国時代は一大派閥を率いていた皇族である結城信秀の要請とあり、即座にこれに応じた。


「やはり結城閣下はよく分かってらっしゃる」

「申し訳ありませんな。しかし何事もふさわしい仕事というものがあります故に」


 キムと鳩川の2人は下卑た笑みを張り付かせながら言う。

 皇族といっても末弟であり、天帝とはまったく血の繋がりが無い海藤を見下しての事であった。

 不愉快な笑みだと海藤は顔を曇らせる。

 それを見たキムと鳩川は、自分達を拘禁するように命令したこの男に勝ったと高揚した。


「まぁ、海藤閣下は軍人でおられる。政治に関することは我々にお任せを」

 キムは勝ち誇った表情を張り付かせて言うと、鳩川を伴って執務室から出ていく。

 その様子を見ていた海藤はややあってからため息をついた。


「もし彼らが成功したらどうします?」

 白河が淡々とした声で尋ねる。

 それはまったく思ってもいない事であった。


「その時は帝国側に付くか、俺自身で独立勢力を立ち上げるだろうよ。……思ってもない事を聞くな」


 海藤が答える。

 この白河という人物は時々面白半分で動く事がある。

 それは海藤も同じ事ではあるが。


「しかし、キム・ヨンジュン少佐も鳩川太郎少佐も軍人として見ればそれなりに成果は挙げています」


 白河の言う通り、キムも鳩川も決して無能では無い。

 皇族という血統が市民を率いるべきという選民思想の持ち主ではあるが、前大戦では大尉として一定の戦果は挙げていた。


「だが、相手が悪い。……そうだろう?」


 海藤が問いかける。

 すると隣の部屋に繋がるドアが開き、中からある人物が現れた。


「彼らには李・トマス・シーケンシー大佐が当たりますからね。あんなボンボンにはやられませんよ」


 それは星ノ宮尊であった。

 公式ではテロに遭い死んだはずの人物である。


「まさかアンタの言う通りになるとはな。……いや、いずれそうなるだろうとは思っていたが、タイミングが俺の予想より早かった」

「皇族達が自分達の地位を盾に暴れ過ぎたんですよ。才能と血筋に因果関係は無いと八海山閣下は言っていたのに、それを理解していなかった」


 星ノ宮は言う。

 彼は結城の下から離れる為に自身の死を偽装したのだ。

 それにより結城は皇族の大切にする血筋による繋がりを失い焦り始める。

 そして自身を慕う者達を伴って暴発するだろう。

 これらのほとんどは東ルーラシア連合にとって害悪にしかならない者達である。

 これを排除する為に星ノ宮は八海山の力を借りて自身の死を偽装したのだ。


「しかし、決定的な事項はアラシア共和国の政権交代ですがね」


 結城をはじめとする者たちが焦るきっかけになったのは、前大戦中に崩壊戦争前の大量破壊兵器であるアグネアをアラシア共和国が独占しようとした企みが明らかになった事だ。

 これにより東ルーラシア連合はアラシア共和国からの支援を打ち切られる事になる。

 まだ、組織力が盤石とはいえない連合にとって痛い出来事であった。


「しかも、その後にヒノクニが帝国の特使を暗殺しようとしたって話も出てきたな」


 海藤が思い出し笑いを込めて言う。

 この出来事により、ヒノクニの首相選は大荒れになっていると聞いている。

 おそらくルーラシア帝国もヒノクニの支援を受けられなくなるだろう。

 帝国も今だに前大戦の戦後処理が終わっていない中の事である。

 ヒノクニの支援が無ければ連合と戦争を継続するのは難しいだろう。


「……となると、近々連合と帝国の間で停戦協定がされるでしょうね」

 白河が言う。

 これはおそらくその通りになるだろうと予想する。


「……タイミングが良すぎるな。まったく誰の策略なんだか……」

 星ノ宮はアラシアとヒノクニの件がほぼ同時に起きた事を偶然とは思っていない。

 裏で誰かが手を引いていのだろうと予想する。


 しかし、その目的が見えない。

 ここで停戦になれば帝国は連合に領土を奪われ、連合は中途半端な形での独立となるだろう。

 アラシアにしてもヒノクニにしても悪戯に経済を疲弊させ、自国のスキャンダルが明らかになっただけとなる。

 一体これで誰が得をするというのだろうか?


「もしかしたらモスク連邦辺りが仕組んだ事かもな」


 モスク連邦は前大戦時に反帝国同盟に属していた。

 その途中でクーデターが起き、イェグラード共和国軍となる。

 これはルーラシア帝国側に付いのたが、国内の反対勢力とそれに味方した反帝国同盟によって崩壊した。

 そして今は再びモスク連邦としてルーラシア大陸の北方地域を治めている。


「どうでしょうね?」

 現在、モスク連邦は産業と経済の安定に力を入れている。

 他国の紛争に介入する余裕は無いはずだ。

 海藤はモスク連邦がアラシアとヒノクニのスキャンダルに関わっていると睨むが、白河はそうは思っていないようであった。


「……そういえば、カサンドから増援が送られるそうです。海藤閣下にはここの守備に力を入れてもらいたいですね」


 星ノ宮が話題を切り替える。

 いくら考えたところで、自分達ではこの状況になった原因を突き止める事は出来ない。案外、本当に偶然の産物であるとも限らないとも思う。

 海藤、白河、星ノ宮の3人ともに今の状況を引き起こしたのが小山源明である事など知る由もない。それどころか小山源明という男の存在すら知らなかったのだ。

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