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213話 アレク対源明

 真暦1093年6月13日。

 チーワン地域内のコンペイ峡谷。

 前線からはかなり離れた場所であり、森に囲まれた山と細い河川で構成された複雑な地形の場所である。

 チーワン地域侵攻部隊の司令官であるサイ・トゥルメィルは源明率いる第5独立部隊に、ここを占領して敵司令部に対して奇襲をかける事を命令した。


「わざわざヒノクニの連中に戦果をくれてやる必要などあるものか」


 トゥルメィルはチーワン地域占領という手柄を自分のものにする為にヒノクニを主戦域から外したのである。

 これだけ聞けば単なる名誉欲から来た判断にも思えるが、彼は一応侵攻作戦の司令官ということもあり、別の目的を含んでの命令であった。


「コンペイ峡谷からは逆に敵が奇襲してくる事も考えられる。だが、あの複雑な地域全てを警戒する為に私の戦力を割く訳にもいくまいよ」


 コンペイ峡谷には道とも呼べるか怪しいような山道や、通常ならば気付かないであろう獣道が多数存在する。

 また、この地域には閉鎖された鉱山も幾つか存在し、何処に繋がってるかも分からないようなトンネルも見られた。

 侵攻するにしても防衛するにしても難しい地域である。

 主戦場からは離れているが、完全無視という訳にはいない地域だ。

 だが、トゥルメィルとしては自身の部隊でチーワン地域の市街地や主要施設の制圧を行いたい。

 そこで軍事支援として配属されたヒノクニの部隊をコンペイ峡谷に向かわせたのである。


「どちらかと言うと、この地域を制圧するというより、ここから逆撃を仕掛けてくる敵を防ぐのが我々の役割だろうね」


 連弩内の作戦会議室でコンペイ峡谷の地図を眺めながら源明が言う。

 ここまで入り組んだ地形では陸戦艇も迂闊に進む事は出来ない。そもそも陸戦艇が入り込めるだけの広さがある場所が少なすぎるのだ。

 よって源明は連弩、月牙、香車の3隻はコンペイ峡谷の外に待機させる事にした。

 そして歩兵部隊に進軍可能なルートを調査させ、その後に戦機をはじめとした装甲戦力を逐次投入する事を決定する。













/✽/
















「おそらく源明はこの辺に移動しただろうな」


 一方でアラシア共和国の88レンジャーである。

 88レンジャーは源明の第5独立部隊と3日前に交戦していた。

 その後、彼らが移動したと聞いたアレクは何処に向かったかを予想する。


「帝国はヒノクニの支援を受けているとはいえ、あまり戦果を挙げられるのも不愉快に思うはずだ」


 それなら前線から外れつつも侵攻の可能性が捨てきれない場所に向かわせると考える。

 その結果、88レンジャーもコンペイ峡谷へ移動した。


「我々は補給ルートを確保する為に動く。君たちは好きに動くと良い。……目標である第5独立部隊を討てるのであればな」


 88レンジャーの本隊である第111連隊は連合の各地域から物資が確実に前線に向かうための移送ルート構築に向けて動き、アレク達の行動に介入するつもりは無い様であった。

 実際、連隊長であるランドルフは88レンジャーが独自の判断で自由に動く事を望んでいたのだ。


「おかげでやりやすくなったわね」

 サマンサはランドルフの人を見下した様な言い回しを思い出ながら言う。


「しかし、ここまで複雑な地形だと何処から攻めてくるか分からないな」


 コンペイ峡谷に入ってすぐの平原である。

 88レンジャーはそこに拠点を設けて防衛ラインの構築を行っていた。

 だが、コンペイ峡谷は山、川、森、平原など様々な地形が複雑に混じり合った地域である。

 地図を見ると何処から敵が侵攻してもおかしくないのだ。


「これ、地図には描かれていない地形もありそうですね」

 アレクとサマンサが長机の上に広げられた地図を睨んでいる横から882中隊の隊長である名取陽平大尉が声をかけてきた。


「そうだな……」


 名取の言う通りである。

 こういった場所では地図に描かれない道があってもおかしくない。

 実際、古い鉱山やそれに伴う地下通路やトンネルもあるという噂を聞いている。


「……名取大尉。1個小隊を連れて俺に着いて来い。自分の目でどういった具合か確認したい」

「えぇ……。中佐自ら出るんですか?」

「それはそうだろう。現場が分からなければ指揮も執れん」


 偵察任務など中佐自らが出る必要の無い事だ。

 名取は困惑して副官であるサマンサに視線を向ける。

 普通ならここで止めるのが副官の役割だろう。

 しかしサマンサも諦めているのか、それが当然だとでも思っているのか、アレクの行動を咎めることは無かった。


「ならダッシュ大尉にも出てもらいましょう」


 そう提案したのはサマンサである。

 アレク達だけでは偵察出来る範囲は限られてしまう。

 それならダッシュ大尉が指揮する883中隊にも出てもらった方が良い。

 この部隊は戦闘ヘリを中心に編成されているのだ。


「……そうだな。俺達は西側に向かうからダッシュ大尉には東側を偵察してもらおう」


 こうして、アレク達はそれぞれの戦機に乗り峡谷の狭い道へと向かっていった。













/✽/














「この辺りに拠点を構えるか?」

 周囲には森が広がり、そのすぐ脇には川が流れている。

 その様子を見た源明が呟く。

 平和な時分であればバーベキューなどをやるのに適した場所であった。


「何も大佐自ら来なくても……」

 そう口を開いたのはカンという少尉になりたての男である。

 彼は直属の上司である大口翔少佐の命令で、敵防衛ラインへ侵攻する為の拠点の設営を命じられていた。

 源明はそれに視察と言う名目で付いてきたのだ。


「いつもシミュレーションばかりだからね。たまには実機を動かしてみたいのさ」


 この時、源明は自身の鋼丸に搭乗していた。

 それは総司令官機である事を示すエングレービング模様が施されている儀礼用の機体である。

 もっとも、武装などは実戦仕様のものを装備しており戦闘も充分こなせる性能ではあった。

 しかし、実戦仕様の迷彩塗装の機体の中で1機だけ儀礼用の機体が混じっているのは違和感が大きい。


「この辺りを見たらすぐに戻るよ」


 源明もその違和感は当然持っているので、早々に連弩へ帰還するつもりであった。


「少尉! 少し先の岩山なんですが古いトンネルがあります」


 拠点設営の為に隊員達が忙しなく動く中である。

 1人の兵がカン少尉に声をかけた。


「……そんなの地図には無かったぞ」


 カンはその報告を聞いて地図を広げる。


「……こういう場所だからね。トンネルは何処に続いているか分かるかい?」


 源明は地図を確認するカンを見て肩をすくめると、報告をしてきた兵に尋ねる。


「はい。いいえ、そこまでは分からないです。今、第8分隊が調べている最中です……」


 そこまで言いかけた時である。

 ドウッ!ドウッ!ガンガンガン!という音が周囲の空気を震わせる。


「何だ!」

 カンが顔を上げて叫ぶ。

 まだ戦いに慣れていない兵の反応であった。

「敵だね。音の方向は報告のあったトンネルか?」

 一方で源明は音の方向と大きさから、音源が何処にあるのかをを予想する。


「ほら、戦闘態勢だ」

 動揺を見せるカンに対して源明は冷静であった。

 周りからは色々と言われているが、彼も前線上がりのベテラン兵士なのだ。


「戦闘態勢! パイロットは全員戦機に搭乗!」


 カンの号令と共に各員が動き出す。

 源明もすぐに自機である鋼丸に搭乗した。


「……第9分隊は連弩に向かえ! 増援を要請するんだ!」

 カンは続けて指示を出す。

 まだ通信設備の設置が終わっていなかったのだ。

 現状報告と増援要請は直接行う必要がある。

 その為にバイク部隊である第9分隊を連弩に向かわせたのだ。


「まだ敵の規模は分からないのに増援要請かい」

 源明はカンの指示を聞きながら苦笑する。

 もう少し冷静になったらどうかとも笑うが、変に敵を過小評価するよりはマシな判断だとあえて何も言わなかった。


「第8分隊、通信途絶! 機体反応ありません!」


 源明が鋼丸を立ち上げた時だ。

 例のトンネルへ向かった分隊が全滅したであろう通信が入る。


「……ちっ」

 源明が舌打ちをした時だ。

 正面のモニターに指示を飛ばすカンが映る。


「何をしているんだ! 少尉も早く戦機に乗れ!」

 敵がすぐ側に来ているというのに、その場で指示を出し続けるカンに源明は苛立ちの言葉を投げる。


「あ、あぁ! 了解……」

 源明の乗る鋼丸の外部スピーカーから彼の苛立ちの声が聞こえた。

 それに気付いたカンが振り返ると3機のザンライがアサルトライフルを構えている姿を見る。

 それが彼の最後に見た光景であった。


「やられた!」

 次の瞬間、ザンライがアサルトライフルを撃つ。

 そしてカンの身体が上空へと舞い上がった。


「……あれは即死だな」

 捻れるように飛び上がったカンの身体を見て源明が呟く。

 そして部隊内通信のスイッチを入れた。


「私だ。小山源明大佐だ。カン少尉が戦死したので臨時に私が小隊指揮を執る」


 小隊長が死亡した場合、本来なら次席の曹長辺りがその任に就くのが通例である。

 しかし、カン少尉の指揮を思うと、次席の者よりも自身が指揮した方が良いと源明は判断した。


「鋼丸は2機1組になってザンライにあたれ! 歩兵部隊はそれぞれ銃座について戦機部隊の援護だ!」


 小隊指揮など何年振りだと思いながら源明は指示を飛ばす。

 同時に目の前のザンライに向けて射撃も行っていた。


「何だってこんな所にヒノクニがいるんだ?」


 一方でアラシア側である。

 これは偵察に出たアレク達であった。

 この接敵は彼らにとっても予想外の出来事だったのである。


「面白そうだからって、怪しいトンネルに入るからでしょう?」


 名取がモニターに映し出させる鋼丸の姿に視線を走らせながら言う。

 彼らは周囲の地形を調査している時に古くて使われなくなったトンネルを発見したのだ。

 それに興味を示したアレクが半ば探検気分で入ってしまい、この様な状況になったのである。


「あんなトンネル、途中で崩れ落ちてると思ったんだよ。……それは良いから、トンネルの外にいる奴らをここに呼べ!」

「やってますよ!」


 アレクと名取は声を荒げながら敵部隊に対応する。

 こちらには6機のザンライしかいないが、敵には10機以上の鋼丸と各所に銃座が配備されているようであった。


「ヒノクニはここに拠点を作るつもりだったのかもしれません」


 名取の乗るザンライは無人の銃座にアサルトライフルを撃つ。

 これらに誰かが取り付いて弾幕を張られると厄介だと判断したのである。


「そうだろうな。……よせ!逃げる歩兵よりも戦機だ!」


 アレクの乗るザンライは左腕の盾で敵の攻撃を防ぎつつ反撃を試みる。

 その途中、逃げる歩兵を味方機が追いかけようとしたので、それを止めた。

 今は戦機を警戒する方が優先である。


「……あの機体?」


 そんな中であった。

 鋼丸の中にエングレービングが施された機体がアレクの視界に入る。

 それは儀礼用の鋼丸である事は間違いない。


「式典の飾りなど!」


 戦場を舐めているのかとアレクは苛立ちを覚え、それをトリガーに込めて引く。

 アレクの乗るザンライはその操作に従い、右腕に装備したアサルトライフルを3発撃った。


「狙われた! こっちか!」


 エングレービングの鋼丸。

 つまりは源明はすぐに自機が狙われている事に気付くと左腕に装備させた盾を構えて、アレク機の射撃を防ぐ。

 それと同時に右腕に装備させたアサルトライフルを撃ち返す。


「あの撃ち方に、識別用のマーキング……。まさかアレクか?」


 源明は目の前のザンライがあまりにも見知った動きをしているのと、その機体に指揮官機である事を示すマーキングが描かれている事から、相手がアレクであるという予感が湧き上がる。


「遅い!」


 次の瞬間、アレクの乗るザンライが源明が乗る鋼丸の左側に回り込む。

 しかし、アレクが狙いを付けるよりも先にヒノクニの歩兵が銃座に備え付けられた軽機関銃で弾幕を張った。

 それを避ける為にザンライは更に移動して鋼丸の右側面に回り込む。


「それなら!」

 鋼丸は上半身を回して向き直りながらアレク機の足元にアサルトライフルを撃つ。

 下手に胴体などを狙うよりも脚部を破壊して移動能力を奪う事が先決だと判断したのだ。

 当たらないにしても、その動きを制限する事で味方の攻撃に任せることも出来る。


「鬱陶しいことをする!」

 その考えを読んだアレクは舌打ちをして操縦感のスイッチを押す。

 それに従いアレクの乗るザンライは左手で腰のラックからカプセルを取り出すと、それを源明機に向けて放り投げた。


「何だ……? うわっ!」

 カプセルは空中で割れると、中からザンライを模したバルーンが飛び出した。

 鋼丸のセンサーはそれを本物のザンライと誤認して、コックピット内のカメラにその反応を示す。


「あー、くそっ!」

 源明はこの小細工に苛立ちを覚え、機体を後方に移動させながらダミーバルーンを撃ち抜かせる。

 それにより視線が切れた時だ。

 アレクの乗るザンライは源明の鋼丸の後ろに回り込み、そのままの勢いで体当たりを行う。


「アレクか!」

「小山源明だと!」


 機体をぶつけられた衝撃と同時に源明は接触回線を開いて声をあげる。

 その聞き覚えのある声にアレクは身震いした。


「降伏しろ。お前では俺に勝てんよ!」

 お互いを認識した時、初めに声をあげたのはアレクであった。

 いくら腕が落ちたとはいえ、源明に負けるほど錆びついたパイロットになったつもりは無い。

 その自身からアレクは源明に降伏を勧める。


「中佐!」

 その様子を見た名取は事態が飲み込めずに通信を入れる。

 勿論、その間にも戦闘行動は続けていた。


「敵の大将だ! 生け捕りにする!」

 アレクが答えると、ザンライは鋼丸を抑えようと羽交い締めにする。


「そんなにうまくいくものかね!」

 源明は目の前のコントロールパネルのスイッチに手を伸ばす。

 ややあって鋼丸の胸部装甲が開き、そこから外へ飛び降りた。


「……中佐! パイロットが脱出しました!」

「なにぃ! しまった……!」


 小山源明はパイロットである事は間違いないが、それにこだわる人物では無い。

 そもそも、今の彼は陸戦艇部隊の司令官なのだ。

 なので自分の機体を捨てる事に躊躇うことは無かった。

 それを思い過ごしていた事に気付いたアレクは思わず源明が逃げていく様を目で追ってしまう。


「あいつ、機体を捨ててどうする……、そうか! クソっ!」


 アレクは源明が機体を捨てて脱出した目的を察知すると、自機を操作する。

 急いで鋼丸の拘束を解き、後方に下がりながら左腕の盾を構えさせた。

 次の瞬間、それまで源明の乗っていた鋼丸が赤熱したかと思った僅かな瞬間後に大きく爆発する。

 そこから発せられた爆炎と破片が飛び散りアレクの乗るザンライを襲い、その左腕を吹き飛ばした。


「まったく……! 自爆させてこちらを巻き込もうなど……!」


 アレクは爆発の振動と轟音の響くコックピット内で呟く。


「中佐!」

「無事ですか!」


 名取とその部下達から通信が入る。

 アレクはセンサーを確認するが、まだ味方の増援は来ないようだ。


「左腕をやられただけだ! だがこれ以上は……」

 アレクが言いかけた時である。

 各所に設置されていた銃座から集中攻撃を受け、コックピット内に連続した金属音が響く。


「軽機関銃でも当たり所が避ければ撃破できるさ」


 源明が各銃座にアレクの乗るザンライに一斉射撃を命じたのである。

 それに混じって本人も拾い上げたアサルトライフルでアレク機を撃っていた。


「……全機撤退! これ以上やっていられるか!」

 コックピット内に風切り音が鳴る。

 敵の銃弾がコックピット内を貫通したのだろう。

 アレクはその場にいた味方機に撤退を命令した。


「後退するのか?」

 ザンライが後退する動きを見せる。

 源明はそれを確認するとアサルトライフルを降ろす。


「追撃しますか?」

 部下の1人が尋ねる。

「……いや、それよりこちらの損害報告だ」

 今回の遭遇した敵機はあまりにも少ない。

 その後方にはまだ別の戦力があると見て良いだろう。ソレならば追撃をする事で手痛い反撃を受ける可能性がある。


「……おそらく、敵も予想外の交戦だったのかもね」


 遠くで爆発音が聞こえる。

 おそらくアレク達が通って来たであろう例のトンネルが、こちらの追撃を行わせない為に爆破されたのだろう。

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