208話 連合評議会と結城信秀
真暦1093年5月11日。
東ルーラシア連合首都カサンドの臨時政府議事堂。
ここに集められた連合政府評議会にて緊急の会議が開かれていた。
それは連合政府評議会の議長である結城信秀の解任についてである。
結城信秀がフェイ派を暗殺し、ルーラシア大陸大戦を長引かせた可能性があるという事は連合内でも大きな問題となった。
結城もそれを理解してか市民に対して補償金の支払いや生活支援を目的に備蓄していた軍事物資の放出などの対策を行う事にしたが、それで市民の感情が収まるものでは無かったのである。
更に東ルーラシア連合の政府方針を決定する評議会の議員は市民から出ている者も多く、皇族を嫌っている者も多い。
市民の声を受ける立場の議員達は結城信秀を解任しようと動くのも当然であった。
「しかし、皇族達をまとめ上げる事が出来たのは結城議長の手腕によるものです!」
もし、結城信秀が解任されれば皇族出身の議員達も立場を失う可能性が高い。
そうした者達は結城を庇い、彼の弁護をする。だが、旗色は悪い。
2時間ほど続いた会議であったが、結論は保留となりその日は終了する事になった。
「おのれ……! 私が連合にどれだけ貢献したか分かっていないのか! これだから市民上がりは……!」
誰もいない廊下で結城は悪態をつく。
そしてしばらく歩を進めていると、東ルーラシア連合代表である八海山の姿が現れた。
「代表……!」
唸るように不満の声を漏らす結城を八海山は制止した。
「言わんとすることは分かる。だが、帝国の様にはいかないのを理解しろ」
その冷たい視線と言葉に、結城は今にも噛み付くような不満の表情を見せる。
「何度も言っているが、私は血筋ではなく才能がある者達が治める国を作りたいのだ」
八海山は結城の表情を無視しながら言う。
「それは分かります。しかし、市民より皇族の方が高等な教育を受けている。だから帝国では皇族が教養の低い市民を治めていたのです」
「……ルーラシア帝国の興りはそうだったな」
八海山はルーラシア帝国の歴史を思い出す。
崩壊戦争から数百年。
その復興から立ち直れず、文明のほとんどを失った様な状態でルーラシア帝国は興る。
当初はあらゆる格差が凄まじかった時代だ。
それはただ物を持っている持っていないというだけでなく、知識、知恵、倫理などを含めた人間性というようなものにも及んでいた。
「今の皇族の祖になった者達は崩壊戦争の遺産を使い、ポストアポカリプスを生き延びた」
「その通りです。しかし、そうでない者達は言葉すらロクに理解出来ないところまで落ちぶれていた」
当時の知識階級にあたる者達はその様な者達を教育する機会と制度を整え、彼らを統率して組織を作り上げた。
それが国になったのがルーラシア帝国である。
そして市民を統率する立場になった知識階級の者達は、そのリーダーを天帝として祀り上げ、それに近しい者達は皇族と名乗りはじめた。
しかし、彼らが世代を重ねるにつれて市民を導くという役割は選民思想へと変化していく。
つまり、市民は動物とほとんど変わらない存在であり、それを躾ける立場の皇族は彼らを好きに支配出来るのだ。市民という階級の者達は皇族によって生かされている存在なのだという思想である。
「しかし国の制度が整い、市民もある程度の水準の教育を受ける事が出来るようになった」
「市民の中にも有能な者が現れたと? 確かに極少数……、そういった者はいますがね」
「皇族とて怪しいものだ」
皇族といっても産まれた時から知識を持ち合わせているわけでは無い。
当然、彼らには彼らの教育機関が存在した。
しかし、皇族へ教育を行う者達の中には彼らに媚びて、そのおこぼれに与ろうとする者が現れはじめる。
つまり皇族達は金銭などで学歴や成績さえも買えるようになったのだ。
当然、そんな方法で成績を得るような教育に中身などは無い。
結果として書類上の数値と自尊心は高いが、実際は知恵も知識も無い上流階級の子息達が産まれたのである。
不幸な事に彼らの親はそれに気付いておらず、金を出すだけで自身の子供達は自然と賢くなると思い込んでいたのだ。
「それに気付かなかったから今があるのだ」
そうした皇族達を良しとしない者は、やがて帝国から去ると各地に散らばった。
そして、彼らは未だに入植がされていない土地を開発してアラシア共和国やヒノクニ、モスク連邦などを立ち上げたのである。
当然、ルーラシア帝国はそれを認めなかった。
彼らから言わせればルーラシア大陸そのものがルーラシア帝国であり、独立勢力というのは帝国の所有する土地を勝手に占領したのと同義なのである。
そして、帝国とそれから独立を求める勢力との間で起きたのがルーラシア大陸大戦だ。
その結果、アラシア共和国、ヒノクニ、モスク連邦といった独立国がルーラシア帝国から正式に認められる事になる。
「大戦の結果、対外的な問題が無くなり、帝国が何故戦争をしていたのかを考える時が来たのだ。再び同じ事を繰り返さない為にな」
「それは帝国に反対する勢力を倒す為でしょう。放っておけば彼らは帝国に攻め入ってくるかもしれなったのですよ?」
確かに大戦当初は結城の言う通りだったのかもしれない。
崩壊戦争から長い時間をかけて、ようやく1つの国として成立したのがルーラシア帝国だ。
帝国を作り上げた皇族達からすれば帝国の外にいる勢力は全て危険に思えたのだろう。
「だが、彼らも元はルーラシア帝国の人間だったのだ。それを見誤った結果大戦は長引いた」
皇族達は帝国から独立した者達を文明を捨てた野蛮人の様に思っていたのかもしれない。
しかし、彼らは統率された組織を作りり上げ、産業基盤を整え、帝国と戦えるだけの軍備を所有していたのだ。
「そもそも、自分達の力が無くとも国というコミュニティを成立させる事が可能だという事実を認められない皇族達は認められなかった」
つまり皇族は市民を自分達より劣っており、彼らに1つの国を成立させる事など不可能だと思っていたのだ。
しかし、現実は皇族達の考えとは反対に、彼らは自分達の力で国を作り上げた。
こうなれば皇族は優良種であり、彼らによって市民は支配されていなければならないという常識が覆されてしまう。
「そんな事は……!」
「市民は皇族に比べて劣っている。しかし、その劣っている者達が皇族と同じ事をやってのけたとあれば、天帝や皇族達の優位性が危ぶまれる。それに焦ったから戦争を仕掛けたのだろう」
ルーラシア大陸大戦が起きたのは八海山が産まれるより前の事である。
彼が言っている事は全て予想にすぎない。
しかし、ほぼ間違いないだろうという確信を持っていた。
結局、ルーラシア大戦が始まった頃から皇族がその地位だけで市民を治める時代は終わっていたのである。
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事が起きたのはそれから3日後であった。
一本の電話が結城の表情を変える。
「死亡した……? 死んだというのか?」
それは彼の義理の息子である星ノ宮尊と、その妻である自身の娘が死亡したという報告であった。
星ノ宮一家が住む邸宅内に強盗が侵入。
金目の物が奪われ、更に邸宅に火を放たれたらしい。
星ノ宮は妻を含めて炎に巻かれて死亡したというのである。
逮捕された犯人によれば、内戦の影響で上がった物価により生活が困窮。
このままではどんなに働いたとしても飢え死にしてしまう。ならば内戦の原因に一役買っているであろう皇族から奪えば良いというのが動機であるという。
「ふざけるな! 物価が上がったとはいえ、小麦で例えるなら1500が4000クレジットに上がった程度だろう!」
たかが、そんな事で自身の愛する娘と、利用価値のある養子を殺されたのだ。
結城の怒りは有頂天に達し、思わず叫び声をあげる。
この時、連合市民の所得からすれば食糧をはじめとする物価は深刻なまでに高騰していた。
「そんなものは奴らの努力が足らんからだ! どうせ大した仕事もしていない怠け者共の戯言だろう!」
一方、結城を初めとする皇族達の所得は市民のそれを遥かに上回っている。
内戦により物価が高くなっていても、彼らからすれば誤差に過ぎない。
その感覚のズレから皇族達は連合内の内政よりも、帝国の領土を切り取る事ばかりに目がいっていた。
それが市民の不満に繋がり、星ノ宮が殺されたというのである。
「おのれ……! おのれ……! 俗物共め!」
結城が唸り声をあげる。
彼は野心家であったが、娘の事はそれとは関係なく愛情を持っていた。
「おい! 犯人を捕らえてここまで引っ張ってこい! 私の手で直々に首を刎ねてやる!」
結城は報告者に憎しみの叫びを口にする。
犯人は地獄の様な痛みと苦しみを与えた後にこの手で殺してやらねばならない。
本来、皇族に従うべき者が自分達に逆らうだけでなく、殺害するなどあってはならないのだ。
「しかし、こうなると私の立場が……」
ある程度気分が落ち着いた後に、結城の理性は違う方向へ働きはじめる。
結城信秀という皇族がここまで上り詰めたのは星ノ宮尊を推したからというのが大きい。
星ノ宮は末席で忘れられかけていたとはいえ、天帝直系の血筋であった。
当時、落ち目であった結城は彼を発見して彼の後見人となった事で天帝に近い位置に付くことが出来たのである。
しかし、その星ノ宮が死亡してしまった。
「このままでは……」
いずれは星ノ宮を軍務大臣なり財務大臣なりにして、自身の思うように操ろうとしていたが、その野望も潰えてしまう。
このままでは結城の連合内における立場は危うい。
「……まさか、その為に?」
結城の脳裏にある考えが浮かぶ。
先の会話でもそうであったが連合の代表である八海山は結城信秀をはじめとした皇族達を疎んじているようであった。
今回の件は、八海山が自身が疎んじる者達を政府から追いやる為に仕組んだ事ではないだろうか。
「だとすれば次は私の身が危うい……!」
結城信秀は、以前ルーラシア帝国の穏健派であったフェイ・シュエンを政界から追い出す為に似たような事を行った。
今度は自分がその立場になってしまったのではないだろうか。
そんな疑念が結城の中で産まれる。
そうなると、次は命の危険すらあり得るだろう。
「しかし、まだ間に合う……!」
結城は急いでデスクの電話機に手を伸ばした。
そして星ノ宮の伝手で知り合った何人かの軍人に連絡を付ける。
自身の身柄と東ルーラシア連合における立場を守る為に動き出す必要があった。