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201話 海藤村正と結城信秀

 ルーラシア帝国はそれぞれ分割された地域から構成されている。

 そして、その各地域を地方総督が代表として政治的に治めるという形をとっていた。

 所謂、領地と領主という関係だ。

 この代表は皇族が務めている事が多い。

 特に天帝に近い者ほど豊かな土地を治めており、彼らは多くの富を得ていた。

 この体制はルーラシア帝国から分離した東ルーラシア連合も同じである。

 その中でも、元々豊かな土地を治めている海藤村正は特に強い力を持っていた。

 それに加え、最近は連合内でも様々な土地を新たに治めており、その力を増しつつある。


「閣下。ホウコウ市のカヤン代表が我々の傘下に付きたいと連絡がありました」

 海藤の執務室。

 そこへ彼の副官である白河優一が報告の為に訪れる。


「あぁ、あそこは土地が痩せてる上に地形的にも農業や工業を発展させるには難しいからな。ろくに利益も出なけりゃそうだろうよ」

 この時期、海藤は連合内の様々な地域を自身の領地に併合していた。

 それらのほとんどはあまり利益が出ないような地域である。


「大した産業も持てない地域にも連合の中央は課税しているからな」

 連合は加盟地域の収益の一部を税として中央に収める様に取り決めている。

 しかし、土地の性質などによって産業が上手くいかず、収益の上げられない地域はこれが難しい。


「ホウコウ市もそんなところですね。特に3年くらい前に起きた蝗害で農産が致命的なダメージを受けて、未だに立ち直れていないのが現状です」


 連合のこういった地域の代表は、より力のある地域を収める代表へ助けを求める。

 今回はそれがホウコウ市のカヤンという男と海藤だという事だ。


「今のところ、あの辺りの土地はほとんど価値がねぇ。だからそこの住民をショウリン地域に移住させる。あそこはホウコウ市とは逆に人手不足で幾つも閉鎖した工場やら何やらがあったはずだ」

 

 海藤は連合内でこうした運営が難しくなった地域を幾つも併合して、人員や施設の移動を行い収益を伸ばしていた。

 その方法はやや強権的であったが、市民にとってはルーラシア帝国だった時も同じ様なものである。今更、大きな不満の声も上がらなかった。

 むしろ、それらの政策で新しい仕事に就く事が出来て食べるのに困らなくなり、場合によっては職を持つ為の教育を受ける機会も増えていたので、海藤のやり方は市民から歓迎されていた。

 その為か彼の影響力は徐々に強くなり、連合内でも無視出来ない1つの派閥となりつつある。


「ホウコウ市そのものはどうします?」

「あんな所に価値は無いからな。ゴミ処理場にでもするか」

 

 ホウコウ市周囲は水資源に乏しく起伏の激しい土地である。

 農業や工業施設の為に利用するのは難しい。

 帝国との戦争も継続する必要のある現状では放置するより他は無いのだ。


「カヤン代表はどうします?」

「どんな奴だ?」

「世襲皇族ですね。まぁ、出自で人を見るタイプではありませんが」

「……会ってから決めるが、適当な邸宅を用意して食うに困らない金銭を渡せば満足するだろう」


 連合に加わった皇族の中には前大戦の後に食べるのに困って加入を決めた者も多い。

 こうした者達は生活さえ保障してやれば満足するのだ。
















/✽/















 一方で東ルーラシア連合の創設者であった結城信秀は焦っていた。

 彼に付いてきて連合に加わった皇族達が最近になって排斥される事が多くなったからである。

 元々、東ルーラシア連合は八海山謙信が皇族が中心となっていた帝国から市民を解放して、彼らが中心となる政治の国を作る事を謳って結成したものであった。

 当然、東ルーラシア連合の政治中枢には市民出身の者達が加わってくる。

 逆にルーラシア帝国の臭いを残し、国を動かすのは皇族であると考えている者達はその数を減らしていった。

 そして、結城に付いてきた者達は連合内で数を減らしつつある典型的な皇族である。

 彼らは家柄に甘んじて地位を手にした者ばかりであり、連合の政治を任されるだけの能力を持ち合わせていなかった。

 結果として彼らは連合政府中央から排除されていき、結城派は徐々にその立場を追いやられつつある。


「これでは我々に付いてきた者達があまりにも不憫です」

 当然、結城は東ルーラシア連合の代表である八海山謙信に訴えるが、彼はそれに取り合うことはなかった。


「忘れたのか? 我々は出自に関係無く平等かつ公平な政治を目指している。それを守れずに足を引っ張る皇族など必要ない」


 八海山は皇族だろうが市民だろうが、功績を上げた者達を重要な役職に宛てている。

 ただ、天帝と関係する血筋であるというだけの者に連合の運営を任せる事はしなかった。


「八海山謙信は我々皇族を排除して自身が新たに天帝になろうとしているのでは?」


 結城信秀をはじめとする皇族の中にはこういった疑いを持つ者も現れ始めていた。


「まぁ、それは間違いでは無いな」

 その噂を聞いた八海山は1人笑いながら呟く。


「そもそも国や政府なんていうものはそこに住む者達が安定した生活を送る為にあるものだ。そして、それを運営する者は血筋や階級などでは無く、ただその才能のによって決めるべきだろう?」


 後に八海山は自身の息子に対して内密にそう言ったらしい。


「やはり父上は帝国の打倒を?」

「そこまで私は自惚れていない」


 息子の質問に対して八海山はそう言うと思案顔になり、やがて口を開く。


「ただ家柄のおかげで与えられたものに満足出来なかったのは確かだ。私は自分の考えた理想の国家を作りたいと思っている」

「それは帝国では無く共和国という事ですか?」


 東ルーラシア連合はいずれ共和国制を取り入れると明言している。

 それ故にアラシア共和国の支援を取り付ける事が出来たのだ。

 八海山はいずれ東ルーラシア共和国を建国するつもりなのだ。


「どうだろうな。共和制とやらが私の理想国家に都合が良いというだけだ」

「はぁ……」

「そんな事よりお前は自分のやるべき事をやれ。親の七光りなどと言われたくはないだろう」


 八海山は自身の息子にそう言うと、それ以上この話題を続けることはなかった。

















/✽/
















 そんなある日の事だ。

 海藤の執務室に彼も予想しなかった客が訪れる。


「私はてっきり貴方から嫌われていると思っていたんですがねぇ……」

 驚きを交えた愛想笑いで海藤は向かい合った客に言う。


「末席とはいえ、君も皇族だ。それならば嫌う理由は無いよ」


 そう答えたのは結城信秀であった。その言葉は明らかに嘘である事が分かる。

 海藤からすれば気に入らない事この上ないが、それ以上に東ルーラシア連合を八海山と共に立ち上げた重要人物がこんな場所に来る理由に対する好奇心の方が強くあった。


「……で、用件はなんです?」

 海藤は結城の目を真っ直ぐ見ながら尋ねる。


「君、元帥になるつもりは無いかな?」

 元帥。

 その単語に海藤は反応した。


「昇進……、ですか?」

 帝国軍で元帥といえば軍のトップとも言える階級である。

 もし、海藤が元帥になれば東ルーラシア連合軍の大部分を自身の指揮下として収める事が出来るだろう。


「中々興味深い話ですが……」

 今の連合は寄り合い所帯である。

 階級にそこまでの意味は無い。

 現に、大将である自分はその階級に見合っていない規模の軍を率いている。

 だからこそ各地を併合して力を集めているのだ。


「……言いたい事は分かる。どうだろう? 私がいくらか支援をする。君は南部方面軍の司令としの肩書を与える。そうすればこの辺りの地域全てを上からの命令という事で併合出来る」

「それで私に何をしろと?」

「南西のソウシン地域を制圧して欲しい。その功績で君は連合軍の元帥になれる」


 つまり海藤に東ルーラシア連合の南部地域を全て与えるので、帝国の南西部地域を制圧しろという事だ。


「ソウシン地域ですか……」

 そこはギソウ山岳に近く、レアメタルの採掘場が多く見られる

 また水源も豊かであり、ここを制圧すれば経済的な効果は非常に大きい。


「私も政治だけでなく新しいビジネスを行わければと思ってね」

 どうも結城は制圧したソウシン地域の利権を自身のものにしたいようだ。

 そして海藤の自分の派閥に取り込んで、連合内での立場を強くしたいらしい。


「それなら私じゃなくても良いのでは……? 八海山閣下の力を借りれば……」

 海藤がそこまで言ったことろで結城は手を振って言葉を遮る。


「どうも八海山閣下は自身に権力を集めて第二の天帝になろうとしている様に見える。それを牽制する力を持つ者が必要なのだ」

「それが私と?」

「そうだ。共和制というのは1人個人の独裁を容認するものではないのだろう?」


 ルーラシア帝国の元皇族である結城の口から出たとは思えない言葉に海藤は曖昧に笑ってみせる。

 共和制は血筋だけの政治家を容認するものでも無いだろうと内心で嘲笑していたのだ。


「まぁ、事情は分かりましたよ」


 正直なところ東ルーラシア連合内において、結城信秀が率いる派閥の立場は弱まりつつあった。

 今更になって、それを後ろ盾にしても大した意味は無いと海藤は考える。 

 それでもその資金力は馬鹿には出来ない事も確かだ。

 この古臭い皇族の力を利用して軍の最高司令官まで上り詰め、適当な理由を付けて結城を滅ぼしてしまうかとも思う。

 しばらくの間、海藤の中で野心と策謀がグルグルと回り、やがて1つのチャートを作り出した。


「分かりました。力になりましょう」


 海藤は顔を上げて答える。

 結城の話を受ける事に決めたのだ。


「受けてくれるか」

「ええ、ただしその為に必要な物は多いですよ?」

「それは可能な限り手配しよう」


 海藤の返事を聞いて結城は満足する。

 彼もまた海藤を利用して軍部を自身の下に置き、いずれは八海山を排除して自分やその周囲の皇族達が上に立つ国家を夢見ていたのだ。

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