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2話 戦機乗り

 そもそもアラシア共和国が何故徴兵制度を取ったり、志願兵を集っているかといえば崩壊戦争後に作られた、真歴という1000年以上続く歴史に端を発する。


 真歴が使われる以前の時代、人類の文明はその栄華の極みにあった。

 天高くそびえ立つ建物、空を走る自動車、地上だけで無く地下に広がる大都市、果ては月にまで街があったとされる。


 しかし、その時代も戦争という形で終焉を迎えた。


 戦争の原因は不明。

 栄華を極めた裏に経済の格差が広がった結果とも、国同士の利権争いとも、様々な説があるのだが、その時代の資料のほとんどが消失してしまったからである。


 分かっていることは、その時に使われた大量破壊兵器によって大規模な環境汚染と地殻変動、それによって起きた異常気象などにより、それまでの大陸の地形は大きく変化し、水没したり地の底に埋もれてしまった都市や、人類が居住出来ない程の汚染物質に覆われた地域などが生まれたのだ。

 これにより、人類の文明のほとんどが消滅してしまった。


 この時に起きた戦争を崩壊戦争と呼ぶ。


 そして、崩壊戦争が引き起こした大災害がようやく落ち着いた頃になり、運良く生き残った人類は僅かに残った戦前の遺産を使い、文明を再び築き始めたのである。

 その内に真歴という暦が出来上がったのだ。


 アレク達が住む、アラシア共和国はその地殻変動によって出来上がった大陸、ルーラシア大陸の中にある国の1つであった。


 元々ルーラシア大陸はその大陸の名前をとったルーラシア帝国という1つの国であった。

 しかし、帝国が成立して500年も経つ頃にはその政治は腐敗し、社会の崩壊が始まる。


 その時に帝国の幾つかの地域が独立国として帝国から離れることを宣言。

 帝国はこれを許さずに各国に対して軍を派遣、それは小規模な戦闘から徐々に全面戦争となったのである。


 アラシア共和国というのは帝国から独立を宣言した国々の1つであった。

 そして、その戦争は50年以上も続いている。





/*/





 真歴1079年6月末。

 アレクサンデル・フォン・アーデルセンとトール・ミュラーは半年の基礎教育課程を終了し、希望部署を提出した後に教官との面接を行っていた。


 しかし、この時の面接の内容と結果はアレクにとってもトールにとっても予想外であった。


「機動歩兵ですか?」

 見慣れている色黒で厳しい教官の顔を見ながらトールは言う。

 機動歩兵というのは戦機という機動兵器のパイロットを指す兵科であり、名前と違い歩兵とはかけ離れた兵科であった。


「そうだ。適性検査でお前にもっとも合った兵科だ」

 教官は口元に笑みを浮かべていたが、眼は笑っていない。

「はい。……いいえ、自分はそう思いませんが」

 口調は落ち着いていたが、内心では冗談じゃないとトールは思っていた。


 彼が出した希望部署は会計、庶務、糧食といった後方勤務である。

 機動歩兵といえば戦闘において歩兵よりも前に出て戦う兵科であり、負傷者よりも戦死者の方が多いとまで言われる兵科であった。


「それに、だ……。これは貴様のためでもある。適性の低い部署に配属されて、中途で除隊した後に徴兵されるという者を私は何人も見た」


 意訳、機動歩兵以外の兵科に行くなら軍務に就く前に辞めさせられるという事である。

 この教官はトールの志願した理由を看破していたということだ。


 結局、トールはこの話を受け機動歩兵科に付くことになった。

 途中で辞めて徴兵されるのは癪であったのと、兵科教練で好成績を収めなければ前線に出ることもあるまいと考えたのである。


 その後、アレクの面接も行われたのだが、教官はその時にアレクの出した希望部署がトールと全く同じだったことに顔を曇らせた。


「アーデルセン二等兵。君なら前線でも十分に活躍出来ると思うが……」

「恐縮です」


 アレク自身そう思わないでも無いが、戦争をやりたくて志願した訳では無いので、前線に出るつもりなどは無かった。


 教官もその事は予想が付いている。経歴を見ればアレクとトールが同じ地域に住んでいることは明らかであったし、平日や休日に問わず2人がよく一緒に行動しているのを自身の目で目撃していた。


「ここだけの話だが、ミュラー二等兵は機動歩兵科に志願した。にも関わらずアーデルセン二等兵、お前が後方勤務というのは勿体無いと思うが?」


 教官はトールの話を引き合いに出す。

 それでアレクも機動歩兵科を希望すると思ったのだ。

 志願兵といっても、彼はまだ16歳の少年に過ぎない。

 友人と同じところにいた方が不安も無いのだ。


「トール、……いえ、ミュラー二等兵がですか?」

 アレクは驚きの感情を僅かに見せた。

「そうだ。適性検査では彼の戦機乗りとしての適正は中々良かったからな。無論、君ほどでは無いが……」

 基礎教育課程において、彼らは戦機の操縦も行った。

 それに基づけばアレクはほぼ即戦力になる程の成績を残している。

 トールに関しても決して悪くは無かった。中の上といったところだろう。

 適性だけ見た場合の話ではあるが。


「ハメやがったな……」

「何か言ったか?」

「はい。いいえ、ミュラー二等兵にしては意外な話だと思いました」


 どういうつもりかは知らないが、軍はトールを機動歩兵科に配属することが決定したということはアレクは理解した。

 そして自分をも同じところに配属しようというのだ。


「了解しました。彼が機動歩兵科を希望して自分が後方勤務というのも面白い話ではありませんからね。自分も機動歩兵科を希望します」


 渋々ではあったが、アレクは了解した。

 元々の顔付きから、教官にはその態度が横柄に見えたが思い通りになったことに満足して頷く。

 この後、アレクは前線に立つことになるのだが、この時の彼はそんな事を全く予想していなかった。

 彼は天賦の才というべきものがあったが、この時の彼は後先を考えないで行動することが多かったのである。




/*/




 結局、アレクとトールの2人は戦機のパイロット候補生として、機動歩兵科に配属されることになった。

 それと同時に一等兵へ昇格する。

 この半年間の訓練が終われば上等兵に昇格。晴れて正規パイロットとなるのだ。


 そもそも戦機というのはどういった兵器かということであるが、それは全高4〜5メートルの半人型兵器である。


 機種にもよって多少異なるが、人間と同様の形をした上半身と、2本の対になった脚を前後に装備した4脚を持った下半身から構成されており、その4つ足を使って歩行することにより車両や無限軌道を持つ戦車よりも不整地を走破する能力に長けた兵器なのだ。

 その姿は虫の背中に人の上半身が生えた様であるが、走る姿は古代神話の怪物であるケンタウロスの様でもある。


 兵装に関しても作戦や状況によって、上半身の両腕に様々な種類の装備を持ち替えさせることが可能であった。

 その汎用性の高さから現在では戦車よりも稼働数は多い。


 ただ、この戦機という兵器は万能という訳では無い。

 まず、機動性を確保する為に装甲そのものは戦車などに比べると非常に薄く、当たりどころによっては歩兵が持つような中機関銃でも撃破されてしまう事がある。

 更に、その大きさから歩兵の様に物陰に隠れるというのは難しく、射撃目標になりやすい。

稼働時間に関しても難が有り、味方の補給が受けられなければ棺桶に成り下がる。


 そのような兵器にも関わらず、戦場ではその機動性と汎用性、歩兵よりも装甲があることから、一番初めに前線に突撃することが多いのだ。


 それらの事象が重なり、戦機のパイロットは負傷するよりも先に戦死してしまうことの方が多いのである。


 トールとアレクの2人はそんな兵器のパイロット候補生となったのだ。


 真歴1079年8月15日。

 熱を持ち乾燥した空気が人々に今の季節が夏であることを感じさせていた。


「遅い!」

 先述した戦機が演習用のアサルトライフルを放つ。

 ペイント弾が飛び出して後ろを向いていた戦機のバックパックを派手な色に染め上げた。


「こいつ!」

 後ろから撃たれた戦機の味方機がペイント弾を撃った戦機に突撃する。

 その左手には模擬戦用の格闘兵装が握られていた。模造刀の様なものである。


 しかし、それを振り下ろすより先に銃口をコックピット部である胴体に突き付けられてペイント弾を浴びせられた。

 恐るべき早業である。


「そこまでだ!」

 ブザーと共にパイロット教官であるワン・フーという男の低い声が響く。


 早業を披露した訓練用戦機の背中側がスライドして後ろにせり出すと中からパイロットであるアレクが姿を見せた。

 全身を紺色のパイロットスーツに身を包みヘルメットを被っている。


「練習用の機体であそこまで動けるのか……」

 演習を見ていた他のパイロット候補生は驚きながらアレクが機体から降りる姿を見る。


 この時期、パイロット候補生の中でアレクサンデル・フォン・アーデルセンの名前を知らないものはいなかった。

 彼の操縦技術は候補生の中でも異常といえるくらいに卓越していたからである。


 それは本人の才能もあるが、努力の結果でもあった。

 操縦マニュアルを頭に叩き込み、他のパイロット候補生の動きをよく観察し、分からないことがあれば教官に質問をする。

 そういった事の積み重ねなのだ。


「努力するというのも1つの才能さ。才能と努力の2つが合わさって結果というものは出る」

 トールはアレクの事をそう触れ回っている。

 実際にその通りなのだろう。

 そんなトール・ミュラーもパイロット候補生の中では有名だった。


「あいつ、またやられてるよ……」

 嘲笑の声。

 アレクとは逆にトールは撃墜される側として有名だったのである。


「何をやっているんだ……」

 その様を見ていたアレクも呆れ声を出す。

「意外とワザとやられているのかもね」

 抑揚の無い、というよりも冷たい女の声がした。


「えっと……?」

 誰だったかとアレクは名前を思い出そうと女の顔を見る。

 栗色のストレートヘアーにグレーの瞳を持った美人であった。

 しかし名前は思い出せない。


「サマンサ・ノックス」

 アレクが名前を思い出せないと察したのか、女は自ら名前を名乗る。

「ああ!」

 それを聞いてアレクはパイロット候補生の中に美人がいるという話を思い出した。その美人の名前がサマンサだったのである。


「俺は……」

「あ、大丈夫。貴方の名前を知らないパイロット候補生はいないから」


 名乗ろうとしたところを遮られ、アレクは出鼻をくじかれたような感覚を覚える。

 どうも話し辛い人物だというのが彼女の第一印象であった。


「それにしても、女でパイロットっていうのは珍しいな」

 アラシア共和国では志願制や徴兵制は女性も対象となっている。


 しかし、徴兵制では男性に比べると女性の方が兵役免除の条件が緩く、例え兵役に就いても基本的には前線に出ない部署に配属されることがほとんどであった。

 志願制にしても同じことで、余程の事が無い限り戦闘部署に女性が入ってくるというのは珍しいことなのだ。


 その為に志願兵で尚且つ機動歩兵科に所属する女性兵というはかなり珍しいのだ。


「色々とね……」

 一瞬ではあるがサマンサの顔が曇る。

「そうか」

 おそらく訳ありなのだろうとアレクは察し、それ以上は尋ねなかった。

 相手も尋ねて欲しくは無いだろうし、そこまで関心が沸かなかったということもある。


「これはこれは、有望ルーキーカップル誕生ですか?」

 背後からからかうような女の声が聞こえた。


「メイ・マイヤー」

 サマンサが答える。

 そこにはやや癖の強い黒髪の女が立っていた。白い肌のサマンサとは反対に、その女の肌は健康的に焼けているようであった。


「残念ながらアーデルセン一等兵は私の事をご存知無いそうよ?」

 サマンサの顔が少し綻ぶ。

「そうなんですか?女性パイロットで操縦が1番上手なのに?」

 メイ・マイヤーと呼ばれた女はオーバーに驚いた素振りを見せる。


「まぁ、ガールフレンドには困らないって顔をしてるしね?」

 サマンサはアレクの顔を一瞥して言う。

「確かにそうですねぇ」

 合わせてメイも目を細めて悪戯っぽく笑った。


 からかわれているなとアレクは思い肚の中に不快感を抱える。

 サマンサ、メイの2人は見た目から自分よりも年齢が上なのだろうが、だからといって女にからかわれるのは面白くない。


「ならシミュレーターで一戦交えますか? 腕が良いなら嫌でも覚えますよ」

 不愉快というのならそれを叩きのめせば良いというのがアレクの持論である。

 この2人をシミュレーターで叩きのめせばそんな口も聞けないだろうと思う。


「なら丁度良いですね。次は私達のチームと相手ですからね」

 サマンサの声が先程の冷淡な声に戻った。

「つまり、わざわざ挨拶に来た訳ですか」

 演習の予定表を見ると、確かに次の演習の対戦相手の名前にメイ・マイヤーとサマンサ・ノックスの名前があった。


「そういうことだね。……おっと、時間か」

 メイは教官に呼ばれたのに気付いて走り出した。

「失礼」

 サマンサは一度敬礼してその後に続く。


「女がつまらない真似をする」

 その2人の背中を見てアレクは吐き捨てるように呟いた。

 成る程。つまりは自分を挑発して判断力を鈍らせようという魂胆なのだと解釈する。


「陰湿なことだ。だが、それを利用させてもらうとしよう」

 アレクは次の演習では自分が指揮を執ることを思いながら不敵な笑いを浮かべた。


 その後に行われたアレクとサマンサ達の演習ではアレクが勝利した。

 アレクは1人突出して、サマンサ側の策にハマった様に見せると、サマンサ達の機体を味方のクロスファイアポイントまで巧妙に誘導してこれを殲滅したのである。


 これによりアレクはパイロットとしてだけで無く、指揮官としても優秀である事が知れ渡ることになった。

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