198話 不気味な敵
真歴1093年3月5日。
アレクが率いる88レンジャー部隊はザザン地域という場所にいた。
ここは東ルーラシア連合に味方した市民軍と、ルーラシア帝国の皇族であるヨクヨクという男が率いる正規軍との間で揺れている地域であった。
「ヨクヨクという男は悪人では無い。皇族にしては珍しく差別意識は無いから部下からも慕われている」
「そんな男なら連合に付きそうなものですが……」
「だからこそ国を割って内戦を始めた連合が許せないのだろうな」
シーケンシーはアレクに今回の大将であるヨクヨクという男を解説する。
今回の戦域は広く、味方部隊を各地に分散させて配置しなければならない。
簡易テントの中、長机に広げられた地図を見てアレクとシーケンシーはこれからの戦況を思い描いていた。
「中佐、伝令から通信です! 南西21番道路、四角橋がヒノクニ軍によって占拠されました!」
簡易テントに駆け込んできたアレクの部下が告げる。
ヒノクニが占拠したそこは2つある補給ルートの内の1つであった。
ここは帝国側の防衛ラインにも通じている箇所であり、重要度の高い場所でもある。
もう一方の補給ルートはそれに比べると距離があるので、運搬に時間がかかってしまうのだ。
こちらは戦略的価値が低いと見られたのか、どうやら無事らしい。
「やられたな……」
シーケンシーは舌打ちをして言う。
「敵の規模は?」
尋ねたのはアレクだ。
ヒノクニの部隊規模が小さければ奪還しようと思ったのである。
「報告では戦機を中心とした3個小隊程度だと……」
それを聞いてアレクは考えを巡らせる。
「シーケンシー大佐、俺も3個小隊を率いてこれを攻撃。四角橋を奪還しようと思うが、どうです?」
「動くには早い気もするが……、ここでヒノクニを叩けば牽制にもなるか……? 分かった、任せる」
ヒノクニに制圧された場所をすぐ奪還すれば、これに対してプレッシャーを与える事になるかもしれない。
なるべくヒノクニには大人しくしてもらいたい事を考えると、ここで彼らの鼻を明かしてやるべきだろう。
シーケンシーは88レンジャーの出撃を許可する。
/✽/
それから4時間後。
アレクはジョニー中隊から3個小隊を選んでこれに当たらせた。
今回はアレク自身もザンライに乗って出撃する。
「敵部隊、後退していきます」
ジョニーから通信が入る。
ヒノクニ軍は初めの数分は正面からアレク達を迎撃していたが、数機の鋼丸が損傷すると部隊全体がその機体を護衛するかのように後退しはじめたのだ。
「……各機散開しつつ後退。砲撃が来るぞ」
アレクは自身の経験から敵の動きが自分たちを砲撃ポイントに引き込む為の罠だと判断する。
「来ました! 熱源体です!」
その予想は正しく、それまでアレク達が戦闘を行っていた場所に向けて砲弾とミサイルが飛んできた。
それらは爆炎と共に地面を吹き飛ばしていくが、88レンジャーの中でそれに巻き込まれた者はいない。
「終わったら追撃だ。敵は逃すなよ」
砲撃の後に再度現れた敵に向けて88レンジャーは突撃する。
アレクも当然前線に出てヒノクニの鋼丸と対峙した。
「流石にパイロットの練度は高いな……」
敵の鋼丸は必ず3機で編隊を組み、お互いにカバーし合いながら88レンジャーに当たる。
その連携によってアレクは敵機に決定打を与えられずにいた。
「俺も腕が落ちたものだ……」
戦後からこれまでほとんど実戦に出ていなかったアレクは自身の腕が鈍っている事を痛感する。
それでも部下を使いながら敵機を後退させ、制圧目標まで侵攻し続けた。
「あの橋の周囲にいる敵を蹴散らす。ロケットランチャーを持っている機体は向かい側の連中に撃ち込んでやれ!」
鋼丸が装甲トラックを引き連れて橋を越えた先へと退避していく。
それを援護するように歩兵が重機関銃で弾幕を張っていた。
ザンライに限らず、戦車などに比べると装甲の薄い戦機は重機関銃による射撃でも十分な脅威となる。
当然、それを防ぐ為に盾を構えたり反撃を行いつつ移動する事となる88レンジャー側の戦機の脚は遅くなった。
「こちらも応戦します!」
部下のザンライが前に出る。
その機体の両腕にはドラムマガジンが装着されたサブマシンガンが装備されていた。
「こちらも援護する」
アレクは自機を下がらせながらも敵に向けてアサルトライフルによる射撃を続けた。
相互で弾丸の応酬が繰り広げられ、あちこちで地面が爆ぜて噴煙があがる。
そんな中で徐々に敵部隊が後退していくのが確認出来た。
「よし、このまま追い詰めます」
追い詰められた敵は橋から下がりつつも、各々の持つ得物で抵抗を続ける。
それを部下のザンライが追い詰めていく。
そのように見えていた。
「……? なんだ?」
アレクはそこで妙な違和感を覚える。
それは彼のこれまでの経験から来る直感であり、ロジカルなものでは無かった。
「……! 何か変だ。全機、橋からすぐに下がれ!」
アレクが叫ぶ。
それに反応した数機のザンライが足を止めた。
それと同時である。
「しまった!」
ドドォという音と共に橋のあちこちが爆発したかと思うと崩壊し始めたのだ。
「うわっ! 橋を爆破したのか!」
瓦礫と共に数機のザンライが下に走っている川に落ちていく。
高さはそれほどでも無いので、落下によってパイロットが死ぬ事は無いだろう。
しかし、機体そのものは当然ながら身動きが取れない。
「まずい! 橋の向かい側に一斉攻撃!」
アレクが指示を出すよりも先に、敵機である鋼丸が橋と共に河へ落下して身動きが取れないザンライに一斉攻撃を加えていた。
「しまった!」
「身動きが……! うわぁっ!」
瓦礫に埋もれたザンライは敵の一斉射撃を受けて爆散していく。
「こいつら……!」
ギリギリで橋に入らなかったジョニーの乗るザンライがこれらの機体に向けてアサルトライフルを撃つ。
当然、これに対して敵も反撃を行うが、それはすぐに終了した。
「敵部隊後退していきます!」
落下したザンライを全て撃墜し終えたのである。
それを確認したかのように敵の鋼丸を中心としたヒノクニ軍は撤退した。
「……何機やられた?」
「……ザンライが5機。装甲車が2台です」
「数だけならそれほどでは無いが……」
部下の答えにアレクは歯噛みする。
ここで戦死したのは全員ベテランか、訓練で優秀な成績を持つ者達であった。
補充しようにも替えが効かない者達ばかりである。
「あの橋は我々の補給路であると同時に敵にとっては進軍ルートにもなり得るはずです。それを惜しげも無く爆破するとは……」
川に落ちた味方機は敵の弾幕を受けて四散していた。
その様子をモニターで確認したジョニーが言う。
/✽/
「やられたわ」
アレク達が帰還してすぐにサマンサが苦々しい顔で言う。
「貴方達が四角橋で戦闘をしている最中に北側の弾薬庫が爆破されたわ」
「北側の? 本土からの物資を搬入する予定だった場所だな?」
「搬入中をやられたの。敵ながら見事なタイミングね」
「……守備隊はどうした?」
弾薬庫は当然ながら重要な拠点の1つである。
当然、そこを守る守備隊は存在していたはずだ。
「勿論応戦したけど、後手後手に回ったわ。敵は遠距離からの砲撃を行い、その後に歩兵とドローンで攻撃してきたの」
サマンサが長机の上にモニターを乗せて操作する。
戦機か何かのカメラ映像だろう。
モニターには空中を飛ぶ複数のドローンが映し出された。
「砲撃が行われた後にドローンによる強襲……。ドローンはほとんど撃退したけど、その間に歩兵の接近を許してしまったわ」
映像が早回しされ、やがてロケットランチャーを構えた歩兵が映し出された。
「……この歩兵、ロケットランチャーしか持ってなさそうだな」
映し出された歩兵はヒノクニ軍の深緑色をした野戦服に、1発撃ち切り式のロケットランチャーを装備しているのみに見える。
「流石に拳銃くらいは別に持ってると思うけど……。とにかく1発撃ったら速攻で逃げるという方法を取られたわ」
「それにやられたのか?」
「ええ、弾薬庫周囲を中心に狙われたわ」
「被害は?」
「初めの砲撃で装甲トラックとレーダー探知車の2台が大破。続いての攻撃で搬入中の弾薬が半分ほど吹き飛んだわ」
サマンサの話を聞いてアレクも彼女と同じくらい苦々しい顔となる。
「ついでですが、居住区の貯水槽の1つがドローンの自爆でやられましたな」
そこへ現れたニコライが渋い顔をして告げた。
弾薬もそうだが水も貴重な物資である。
「甚大……、とまではいかないけど節約に頭を回す必要が出てきたくらいには被害が大きいわ」
「ヒノクニめ……、やってくれたな」
アレクがこれから先の苦労を思いながら言葉を吐き出す。
その横でジョニーが不審なものでも見た様な表情をしていた。
「しかし、敵は何でそこまで辿り着けたんです? 拠点の周囲には人感センサーや、なんならトラップゾーンも展開させてましてよね?」
ジョニーの言を聞いてアレクとサマンサは思案顔になる。
彼の言う通りに各拠点へ向かうルートや、その周囲にはセンサーや罠を設置しており、敵兵が接近すればすぐに分かるようになっていた。
初めの砲撃でレーダー探知車が破壊されたとはいえ、そこまで接近を許すだろうか。
「まぁ、アレク隊長が橋の制圧に向かって戦力を分散させたのはあるわね」
つまり残った88レンジャーだけでは敵が接近するまで迎撃しきれなかったということである。
自身の采配ミスかとアレクは僅かに顔を曇らせた。
「……部下からの報告では一部のセンサーやトラップは解除された形跡があるそうです。それも、初めからそれがそこにあったことを知っていたかのように、ですね]
ニコライが言った。
センサーやトラップは当然ながら巧妙に隠されており、余程の者でも無い限り看破は不可能なはずである。
「野戦に慣れた敵ということか?」
アレクが呟く。
しかし、それよりも自分達の事を全て見透かされた様な敵の動きにベッタリと肌に張り付くような不快感を覚えていた。
「まるでこちらのパターンを知っているかの様な動きね」
同じ感覚をサマンサも有していたのか、アレクが思っていた事を口にする、
「敵の指揮官が例の小山源明だったりして」
ジョニーが冗談めかして言う。
かつて、自分達の指揮を執り、前線にいた人物が敵にいればそれもあり得るだろう。
しかし、ジョニーからしてみれば一度戦争は終わったのに彼が再び戦場に出るとは思っていなかった。
「……あり得るな」
「確かにこのやり口は彼のやり口ね」
ジョニーとしては冗談のつもりで口にした言葉である。
しかしアレクとサマンサはそうは思わなかった。
むしろ、敵の動きに理由付けするのに一番説得力のある話である。




