191話 シーケンシー大佐とアレク中佐
真歴1092年11月25日。
東ルーラシア連合占領下である東ウイング市。
守備隊の隊長に新たに任命された李・トマス・シーケンシー大佐はアラシアからの軍事支援として特殊部隊が配属される事に機嫌を良くしていた。
「帝国もこれだけ戦力があると分かれば攻めてくることは無いだろう」
ましてやこの東ウイング市には民間人がおり、都市機能は普通に運営されているのだ。
ここを攻撃するという事は民間人を攻撃する事と同義である。
「帝国から見れば我々は民間人を人質にとっているようなものてすな」
シーケンシーの部下であるスーンは苦笑する。
「ん……、アラシアからの応援が来たか」
スーンが見慣れないグレーの軍服を来た兵士達を連れて来たことをシーケンシーはみとめた。
「私がこの東ウイング市守備隊の隊長である李・トマス・シーケンシー大佐だ。アラシアからはるばるようこそ」
シーケンシーはアラシアの指揮官らしい男に挨拶をする。
男も敬礼をすると口を開く。
「ハッ。アラシア陸軍第7師団独立部隊88レンジャー司令アレクサンデル・フォン・アーデルセン中佐であります」
男はエメラルドグリーンの瞳でシーケンシーを見据えていた。
その目付きと、わずかな身のこなしからベテランの兵士である事が伺える。
「君も前大戦に?」
シーケンシーが尋ねる。
見た目の年齢からすればそうであろうと事は予想が付く。
「はい。初陣は17で、かれこれ10年以上戦機のパイロットとしてやってきました」
「ほう……」
戦機のパイロットとして10年以上生き残る人物は珍しい。
それも中佐にまで登り詰めたとあれば、相当腕に立つパイロットに違いない。
「……実はシーケンシー大佐とも何度かやりあっています」
アレクは苦笑しながら言う。
「私と……?」
僅かな驚きを持ってシーケンシーが答えた。
青い壊し屋などと呼ばれていたが、100%の敵を撃破している訳では無い。
彼はそんな幸運なパイロットの1人の様だ。
「ギソウ地域やジョッシュ要塞、ホワイトリバーにズーマン地域なんかで貴方とは戦いましたよ」
「一度ではないのか?」
「何度か、と言ったでしょう?」
驚いた事に目の前のアレクというパイロットは複数回戦った事があるようだ。
そんな事があるのかとシーケンシーは感心する。
「ジョッシュ要塞戦の時には通信を入れて名乗ったりもしたんでふがね」
アレクが恥ずかしそうに言う。
しかし、シーケンシーは「そうか」と短く答えたのみであった。
青い壊し屋と呼ばれる様になってから、決闘気分と功名心で名乗りを入れてくる敵のパイロットは幾らでもいたからだ。
そうした者などいちいち覚えてはいられない。
「……ま、当時は俺も17だか18の頃ですからね。若さゆえです」
シーケンシーが自分を覚えていない事を残念に思いつつも、彼くらいのエースパイロットなら当然かと苦笑する。
/✽/
その晩である。
20時34分。
連合側から与えられた簡易的な宿舎でアレク達は休息をとっていた。
アレクは部下とカードゲームに勤しんでいる時である。
突如としてドワォとでもいうような爆発音が鳴り響き、宿舎の壁を揺らしたのだ。
「敵襲か!」
すぐさま立ち上がり、窓から外を見る。
「あれは市街地の方ですよ!」
名取が指を指す。
その方向からは火の手が上がっているのが分かる。
それと同時だ。
「何か落ちてくるわ!」
サマンサが叫ぶ。
市街地から上がる炎の光が空を走る白煙を照らしていた。
それはそのままのスピードで市街地に落ちると、更なる爆炎を上げる。
それはほんの一瞬の時間であった。
「ミサイルじゃないのか?」
アレクはそう呟きつつ、基地司令室へ電話をかける。
しかし、この事態は当然連合軍も把握しており、その混乱の為か電話は繋がらずツーツーという無機質な音を鳴らすのみであった。
「状況が分からん。パイロットは全員自分の機体に搭乗。歩兵科も何時でも出れる様にしておけ」
アレクは88レンジャーに臨戦態勢を取らせる。
彼らは訓練通りに動きはじめ、10分もしない頃には、すぐにでも一戦交えられる状態となった。
「中佐! シーケンシー大佐からですぜ!」
通信機を抱えて来たのはダッシュ大尉の副官であるアーガイルであった。
「おう」
アレクは自機のザンライから降りると、すぐに通信機を受け取る。
《アレク中佐か》
「はい。そちらはシーケンシー大佐?」
《そうだ。こちらでも状況が把握出来ていないが、市街地が敵の攻撃を受けているのは確かだ》
「我々が出ますか?」
《いや、敵の攻撃が何処から来ているのか分からない。しばらく待機だ》
何処に敵がいるのか分からない。
つまり、いきなりこの基地が襲撃を受ける可能性があるという事だ。
シーケンシーは防衛用の戦力として88レンジャーを置いておきたいという事だろう。
《……もっと言えば、敵はこちらのレーダー範囲外から攻撃しているようだ》
シーケンシーの言葉にアレクは眉をひそめる。
市街地に飛んできたのはミサイルかロケットの類だろう。
そうなれば発射台となるものがあるはずだが、それが見つからないという事だ。
「新手のステルス兵器ですかね?」
基地には広範囲の索敵が可能なレーダーが配備されている。
それをカバーする様に各種センサーやそれらの中継機が基地の周囲に点在しており、更に警戒部隊も存在していた。
それらがミサイルやロケットの発射台となるものを発見出来なかったのは考えにくい。
《いや、弾道の計算から敵の位置を探らせているが、どうも相当な遠距離から飛んできているらしい》
「相当な遠距離?」
《計算では1000kmは先らしい》
「冗談だろう……?」
《私もそう願いたいが》
現状、軍で使用されているミサイルの射程は長くても300km程度であり、それも基本的には戦闘機や戦艦に搭載されるようなものだ。
それらの類に攻撃を受けた際、ミサイルなどを発射した対象が基地の広域レーダーなどに引っかからないというのは考えられない。
《……いや、ヒノクニの兵器ならあるいは?》
シーケンシーは前大戦の時に司令本部が謎の飛翔体による攻撃を受けた事を思い出す。
それも今と同じ様に遠距離から放たれた兵器だという報告を目にしていた。
「シーケンシー大佐?」
《いや、何でも無い。とにかく88レンジャーは命令があるまで待機だ》
シーケンシーが思い出していたのはヒノクニが発掘した崩壊戦争前の兵器であるIRBMであった。
その詳細は戦後になっても明かされておらず、一般的には発掘された兵器を運用したら偶然上手くいった程度の情報しか出回っていなかったのである。




