19話 敵の後背を突け
トール率いる438独立部隊がジョッシュ要塞に撤退する道を進んでいた時である。
本来なら真っ直ぐ進めば要塞へ戻れるはずなのだが、その進路上に敵の反応が見られたのだ。
しかも、その敵は要塞の防衛部隊と戦闘の最中である事が通信を傍受して分かったのである。
「どうも乱戦らしい……。防壁周辺でドンパチしてるみたいだね」
トールはヒノクニ製複座型戦機である黒鉄丸のコックピット内、上側の席で眉を八の字にしながら言う。
「隊長はこの事を予想していたんですか?」
下側の席で操縦を担当している藤原千代がトールを見上げた。
「増援を頼んだ時に連絡が付きませんでしたから、可能性の1つとして考えてはいましたよ」
舌打ちを交えながら答える。
《我々は敵の後方に位置しているみたいですね》
部下の通信に分かってるよとトールは内心で思う。
カメラの映像を見れば前方の木々の間の先にぼんやりとした明かりが見えた。
《敵が要塞を攻撃している事を考えれば、あそこが敵の拠点ね》
サマンサからの通信である。
「参ったね。要塞に戻るには敵中を突破しないと駄目みたいだ」
コントロールパネルに周辺の地図を呼び出す。部隊全てが通過出来るルートは他に見当たらなかった。
トール達は、歩兵を無理矢理積んだ戦機が6機と雪上移動用のスノーモービル5台、兵員輸送車1両の部隊であった。
正規のルートから外れた獣道の様なところを進むには難がある。
《ボヤボヤしてると後方からシーケンシーの部隊が追ってきますね》
茂助が言う。
《また民間人に変装しますか?》
笑いを交えながらエイクも通信を入れてきた。
「無理だろうね」
今回は状況が全く違う。変装してやり過ごせる状況では無い。
《戦機部隊は前進して敵の後背から攻撃。敵エリアに着いたら各戦機に取り付いている歩兵部隊は降りて白兵戦を展開。スノーモービルに搭乗している部隊は戦機の後方から敵エリアに侵入して撹乱。その隙に兵員輸送車を突破させて、歩兵、スノーモービル、戦機の順で離脱……、といったところかしら?》
サマンサが言う。
通信からは他に何も聞こえなかった。トールの判断を待っているのだ。
「それで行こう」
他に方法は無い。
ここで足を止めれば、後ろから李・トマス・シーケンシーの部隊が追ってくるからだ。
「各機は俺に付いてこい。奴らをひっかき回してやる」
アレクが言う。
それに対して「おぉ!」という鬨の声が上がった。
《私は戦闘を避けて兵員輸送車と離脱します》
茂助の通信である。
彼の機体は先の戦闘で両腕を失い、戦闘は不可能となっていた。
「そうしてくれ」
トールが答える。
同時にアレクを先頭にした戦機部隊が敵に向かって突撃していった。
「時間との勝負だな。敵の後ろを突いたとはいえ、こちらの後ろには李・トマス・シーケンシーがいる。追ってくるだろうね」
「その前に離脱出来れば良いんですね?」
トールの独り言に藤原が答えた。同時に藤原が操縦する自機も動き出した。
「こちらも手負いですからね……。吉と出るか凶と出るか……」
そう言いながらトールは要塞に向けて電文を打ち始めた。
アレク機を先頭に第1、第2分隊が敵陣に切り込む。
その背後にスノーモービルに乗った歩兵部隊と物資輸送用の寒冷地仕様の兵員輸送車と茂助のアジーレが続く。
やや開けた雪原。
そこには幾つかの簡易的な照明灯が建てられ、その間には簡易テントや燃え盛る焚き火で構成された陣地が機銃が備え付けられたバリケードに囲まれていた。
それを確認するとアレクを先頭にした各戦機は手に持ったアサルトライフルでこれに攻撃を仕掛けて突撃する。
バリケード周辺の敵兵は驚きの顔を浮かべて右往左往するのが見えた。
そして、そのまま敵陣に侵入すると戦機に取り付いていた歩兵部隊が飛び降りて各々白兵戦を展開する。
その背後からスノーモービルが戦機の開けたバリケードの穴から敵陣へ突撃。
古代の騎馬兵の様に駆け回って敵兵を追い散らしていく。
《聞こえるかい?》
トール機に通信が入る。
アベルの声であった。
「……暗号化通信くらいはした方が良いですよ? 敵に傍受されます」
もっともらしい事を言うトールにアベルは小さく笑い声をあげる。
《今はそこまで余裕が無くてね。要件だけ伝えるよ。そちらがいる少し先にパラボラアンテナの化物みたいな兵器がある。それを大至急破壊してくれ》
「こちらは手負いで、そこまで余裕無いですよ」
《余裕が無いのはこちらも敵も同じさ。今から位置情報を転送するよ》
「……あぁ、来ました」
ジョッシュ要塞や、防衛部隊のセンサーやレーダーによって捉えられた敵味方の位置情報がトール機のマップモニターに表示される。
その中で一際大きい光点があり、すぐ横にターゲットの表示がされていた。
トールはその情報を味方機へ転送する。
《何だこれは?》
すぐさまアレクから返答が返ってきた。
「目標。何でもアンテナの化物で、それを破壊しろって命令が来た」
自機が揺れる中でトールは平然と言った。
操縦は全て自分よりも腕が良いパイロットである藤原に任せているので、余裕があった。
《なら俺達がやりますよ》
エイクの通信であった。
現在、彼は兵員輸送車から部隊を指揮しており、離脱の順番がもっとも早い。
同時に目標への距離も近かった。
「行けるか?」
《対戦車ライフルとロケットランチャーがあります。隊長やアレク軍曹が踏ん張ってくれれば》
「了解した」
トールはアレクを先頭に敵の防衛部隊への攻撃を命じる。
その側をエイク率いる第3分隊、つまりは歩兵部隊がスノーモービルに乗って通り過ぎていった。
敵の戦機が飛び出し、それをアレク機が撃破する。
《私もエイク伍長に続きます》
茂助であった。
「まぁ、機体を盾にするくらいは出来るか……。頼む」
返答と共に茂助の乗るアジーレが駆けていく。
前脚が一本破壊され、両腕が無い姿は頼り無いが、何かに使えるだろうとトールは思った。