表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
183/216

183話 アラシアの暴動

 真歴1091年4月5日。

 ルーラシア大陸戦争が終結して約2年が経った頃である。

 アラシア共和国、セントラルリバー陸軍基地で暴動が起きた。

 原因は現政権に対する不満である。

 戦後1年が過ぎて各地域の戦線にいた兵士達が戻ってきた。

 それにより本国の人口が増加したのだが、それに対して物資が不足しつつある。

 これは終戦協定により、それまで占領していた帝国領を返還した事による生産拠点の減少の影響によるものであった。

 特に工業製品の生産に必要とされる貴金属の産出拠点である、ギソウ山岳地域の返還による経済的損失は大きい。


 これらの事項に対して政府は国民への各種社会保障を手厚くする必要に迫れた。

 当然、その為には財源の確保を行う必要がある。

 手始めに政府は消費税をはじめとする税金の増額を行い、公務員及び軍人の給与を一律に減額するという措置を行った。

 しかし、この給与減額を一律に行った事で新たな問題が発生する。

 それなりの立場にいる者はともかくとして、役職などが無い基本給の低い者達まで減額されることにより、生活が立ちいかなくなる者が現れたのだ。


 そして、この1年でそれらの不満が爆発。

 一部の軍人や警察などを中心に生活困窮者達が武装してセントラルリバー基地の一部を占拠。

 人質をとり政府に対して要求を始めたのである。


「……かつての英雄がこんな立場におかれるなんて」

 警察に配備された旧式のオートピストルを構えた男が苦々しい顔で言う。

「戦機で人を殺すのが上手かっただけだ。英雄なんて大それたもんじゃない」

 銃を突き付けられて両手を上げているのはアレクサンデル・フォン・アーデルセン大尉。

 かつては88レンジャーという特殊部隊で中隊長を指揮していた赤毛の男だ。

 戦後は戦闘ストレス症候群を発症。自宅で養生していたが、最近になって症状が緩和してきたのだ。

 そして治療の一環としてセントラルリバー基地の軽作業に従事していた。


「いえ、自分にとっては英雄です。貴方のおかげで自分はワース戦線で生き残る事が出来ました」

「ワース戦線? 北方戦線か。こりゃまた懐かしいな」


 ワース地域はアラシア共和国の北部に位置する地域である。

 アレクはここでオリガの指揮下で戦っていた事もあった。

 およそ5年程前のことだ。


「当時、私はロッド軍曹の分隊にいました。大尉は覚えていないでしょうが……」

「……そうだったか。じゃあ、あのカーチェイスにも?」

「敵の歩兵戦闘車を奪った件ですね。私も当然乗ってましたよ」


 当時を懐かしむように男は言う。

 ワース戦線でアレクの下にいたのであれば、それなりに腕の立つ兵士のはずだ。

 それが、こんなテロリストのような事をするという現実をアレクは残念に思う。


「まぁ、抵抗するつもりはないよ。だが、お前達のやる事が成功するとも思えんね」

 アレクは男に手錠をかけられながら言う。

「それでも、現状を憂いている者達がいる事を知らせる事は出来ます」

 どうやら、この男も今回の件が成功するとは思っていないようだ。

 あくまで今の世の中に不満を持つ者達がいる事をアピールするために起こしたようだ。


「……で、あれば良いんだけどな」

 そこまで軍の上層部も政府も単純では無いとアレクは思っている。

 こんな事をしても、マスコミに記事のネタを提供するだけにしかならないだろう。

 ここ終戦から2年経つ。

 しかし、アレクの予想以上に市民は政治に対して関心を持っていない様に見えた。














/✽/











「君も捕まったのか」

 人質は基地内の戦機用ハンガーに集められていた。

 軍が武力によって人質を救出しようとした際、即時に対応する為だろう。


「まぁ、そうなりますね」

 アレクは基地司令のルッツ大佐に声をかけられて苦笑を返す。


「私はあくまで基地司令に過ぎん。セントラルの軍においてはそこまで発言力は無いよ」

 ルッツは反乱兵のリーダーと思われる男に声をかける。


「しかし、ここには貴方以外の人質もいる。その中にはキャリアの為だけに軍に入った政治家の身内もね」


 アラシアには徴兵制がある。

 それは一般市民だけでなく政治家や大企業の経営陣といった富裕層も例外では無い。

 戦争が終わったとはいえ、徴兵制そのものは未だに廃止されていない関係で、この基地には徴兵された政治家の身内が配属されていたのだ。


「……88レンジャーは来ないのかね?」

 ルッツがアレクに小声で尋ねる。

 こういう場合、何処かしらの部隊が救出に来るというのが定石だからである。

 そして人質の中に元88レンジャーがいたとなれば、その部隊が来てもおかしくはない。


「さぁ? そもそも88レンジャーは対テロ部隊じゃないですからね」

 88レンジャーは新型兵器や新しい戦術の実地運用試験、前線の特殊任務を請け負う部隊である。

 何でも屋なところはあるが、こういう状況に出てくるとは思えない。


「88レンジャーも終戦になって休眠状態みたいなものだしな」

 終戦後、88レンジャーからは多数の退役者が現れた。

 その上、戦後になってほとんど出番は無くなった特殊部隊ということもあり、今は一部の士官が名前だけあるというような状態らしい。


「……ん、奴ら要求を始めたな」

 反乱兵達は通信施設を制圧したらしい。

 基地内のスピーカーから彼らの要求が聞こえてきた。

 その内容は、市民の減税と軍内部で留保している物資の解放、低所得者の給与額増、更に国家運営委員会の人数の削減などが挙げられている。


「言ってることはマトモだが、既に試みていることもあるのだがな」

 渋い顔をしてルッツが呟く。

「委員会のやり方では足りないという事なんでしょう? 実際、最近は食料品の値段が高くなってますよ」


 アレクは彼らの言うことも分からないでもない。

 国の富裕層は分からないだろうが、終戦直後の時に比べると食料品の値段がほぼ倍になっている。

 終戦直後は各企業の軍産部門や軍が留保していた物資が民間に流れて一時的に物価が安くなった。

 しかし、それも既に無くなり物資が不足し始めたのである。

 各企業も生産を進めているが追い付いていない状況なのだ。

 その為、物価が上がり市民の生活は苦しくなっている。

 一応、低所得者に対する給与の増額や一時給付金などは行われていた。

 しかし、それらを実行する為に増税が行われ、ほとんど実行する意味が無いというのが現実だ。


「50年以上続いた戦争だ。その混乱を2年で収めるというのに無理があるのだよ」

 ルッツはそう言うとため息をつく。

「だからといって市民を犠牲にする訳にはいかんでしょう」

 周りに比べれば自分は金銭に余裕がある。

 しかし、それでも生活にかかる値段の高さには辟易しているのだ。

 アレクはルッツの言い分を理解しつつも同意する気持ちにはなれなかった。


「あと5時間以内に返答が無ければ1時間毎に人質を1人殺す」

 反乱兵の脅迫する声が響く。

 それを聞いてルッツとアレクは顔を見合わせた。


「大佐。この手錠どうにか出来ませんか? これが無ければ後ろの戦機に乗り込んでコイツらを制圧出来ると思うんですが」

 流石に危機感を覚えたのかアレクが尋ねる。

「それは頼もしい事だが、申し訳ないことに手錠を解くことは私には出来んよ」

 そもそもルッツも手錠をかけられていた。


「ですよねぇ」

 アレクは苦笑する。

 実際のところ、手錠を解かれたとして戦機を操縦出来るかは疑問なところだ。

 この1年で睡眠中の悪夢として戦機を操縦していた事はある。

 しかし、現実では実機どころかシミュレーターにすら触れていない。

 実際に戦機に乗ったところで何が出来るだろうか。


「なら、私が解除しますよ」

 その時である。

 後ろから小声で話し掛ける者がいた。


「……救出部隊か」

 どうやら救出部隊の兵士が反乱兵に紛れていたようだ。


「お久しぶりです。アレク大尉」

「……誰だ?」


 救出部隊の男は親しげに声をかけてきた。

 顔見知りらしいが、フェイスマスクで誰か判別が付かない。


「ニコライ軍曹です」

「ニコライ……、あぁ……」


 その男はアレクが北部戦線に配属された時に世話になった小隊付き軍曹である。

 おそらく配置転換であちこち回った結果、今回の救出部隊に加わったのだろう。


「あと15分で本隊が突撃します。我々の指示に従って逃げて下さい」

 ニコライはそう言うと手早くアレクにかけられている手錠の鍵を外す。

 見れば他にも2人ほどニコライの仲間がいるようであった。

 それを確認している間にルッツの手錠も外される。


「ん? お前何をしている?」

 それを見た反乱兵の1人が尋ねた。

 バレたかとアレクは僅かに腰を浮かせる。

 しかし、ルッツが口を開いたので動きを止めた。


「私が頼んだ。手錠がキツすぎたから少し緩めてもらったのだ」

 ニコライは立ち上がると持っているアサルトライフルの銃口をルッツに向ける。


「ふん、呑気な奴だ」

 反乱兵は吐き捨てるように言うと踵を返す。

 3人は安堵の息をついた。


「……いや、誰だお前は! ここにはアサルトライフルを持った奴はいないはずだ!」

 次の瞬間、反乱兵は振り返るとニコライに向けてサブマシンガンを向けた。


「チッ……」

 次の瞬間、ニコライとその仲間がそれぞれ得物を手にとって反乱兵達に射撃を開始する。


「人質の皆さんは物陰に隠れて!」

 ニコライが叫び人質達が一斉に走り出す。


「コイツら……!」

 反乱兵の1人が頭を撃ち抜かれて倒れる。

 走り回る人質を間に銃撃戦が開始された。


「……まったく、冗談じゃないぜ」

 混乱の中、アレクは自身の後ろに置かれていたアジーレのコックピットに隠れることに成功する。


「火が入っているな。動くんじゃないか?」

 その機体は既に動力が起動していた。

 後はIDカードで自軍の兵士である事が認証されれば動かせる段階となっているのだ。


「いざとなったらすぐ動かせるようにしたんだろうな」

 おそらく反乱兵側がすぐに動かせるように待機させていたのだろう。


「……俺のIDでいけるか?」

 アレクのIDカードには彼が戦機のパイロットであるというデータは残っているだろう。

 しかし、前線を退いているので搭乗権限があるとは思えなかった。

 それでもアレクはIDカードをリーダーに読み込ませてみる。


《complete》


 コントロールパネルにその文字が表示される。

 ロックが解除されて機体の操作が可能になった。


「おいおい、まだ俺のライセンスは生きていたのか」

 元はエースパイロットと言われた身とはいえ今は戦傷者である。

 そんな軍人のライセンスがまだ残っていた事にアレクは驚きを混じえた笑いを浮かべた。


「武装は……」

 未だに身体は戦機の操作を覚えていたようだ。

 アレクは慣れた手付きで機体の確認を行う。

 VRモニターを下ろして機体のメインカメラが捉えた映像を表示させる。


「HG89……? 俺の知らない武装だが……」

 自機のすぐ側に何やら戦機用の兵装があるのを確認した。

 しかし、それはアレクの見た事の無い装備である。


「俺がパイロットから離れている間に開発されたものか?」

 それは所謂ハンドガンのような装備であった。

 それまでのアレクが知っている戦機用のアサルトライフルやサブマシンガンに比べると、あまりにも小さいので実戦で使うことを思うと心許なく思う。


「……ま、今の俺はパイロットじゃないから関係ないか」

 そう思ってアレクの腕が止まる。

 今の自分は治療の為に軽作業をやっている身分なのだ。

 緊急時とはいえ、何をするでもないだろうと思う。

 モニターに映し出される映像には集まってきた反乱兵と救出部隊が銃撃戦を繰り広げており、自分には気付いていないようであった。


「俺は救出される側なんだから、こういう時は大人しくしてるのがいいのさ」

 そう呟いてパイロットシートに体重を預ける。

 昔であればいの一番に敵を制圧していただろうが、今はそういった戦意が全く湧き上がらない。

 それを思うと改めて自分はパイロットでは無くなったのだと感じる。


「人質は!」

「分かりませんが、この場から逃げたようです!」


 ニコライと部下の会話が聞こえる。

 まさか目の前の戦機の中に1人隠れてるとは思うまいとアレクは笑う。

 落ち着くまでこうしているかなどと思った時である。


「センサーに反応?」

 自機のレーダーに反応があった。

 どうやらアジーレが接近しているようだ。

 一瞬救出部隊かと思ったのだが友軍の識別信号が出ておらず、何処の部隊に所属しているか不明となっていた。


「救出部隊……、では無いな」

 ニコライ達は接近してくる戦機に気付いていないようである。

 それに対して反乱兵の攻撃は消極的になり、後退しつつあるように見えた。


「となれば反乱兵に強奪されたやつか。識別信号を出さないのもロック制限を解除する為だな?」


 アレクの思考が回転を始めた。

 何となく気分が高揚しているのを感じる。

 そして目の前に強奪されたであろうアジーレが姿を現し、ニコライ達にアサルトライフルを向けた。


「……っ!」


 次の瞬間、アレクの腕が動き素早く自機を操作する。

 彼の乗るアジーレの右腕が動いて側にあったハンドガンを拾い上げた。

 それを見たニコライや反乱兵が驚きの表情を浮かべる。

 そしてアレク機のハンドガンが明確に反乱兵側のアジーレに向けられると、重厚な音をたてて発砲された。

 放たれた弾丸は敵機の胴体を貫通し、これの機能を停止させる。


「当たった……!」

 操縦桿を握るアレクの手が震える。

 それを抑えようと思うが、センサーにもう1つの反応が洗われた。

 やはり、これも反乱兵側に奪われたアジーレである。

 今度は明確にアレク機を狙っていた。


「まだいたのか……!」

 武器の残弾を確認する。

 残り9発。

 全弾合わせて12発であることを考えると本当にハンドガンとして設計された装備である事が分かる。


「こんな弾数でやれっていうのか!」

 なんてふざけた装備だとアレクは憤りながら機体を敵機の側面に回り込むように移動させた。

 周囲に敵の歩兵がいるようだが気にしてはいられない。


「ええい!」

 自機を移動させればそれに合わせて敵機も動く。

 アレクは牽制に2発撃った。

 1発は外れて、もう1発は命中するが情けない金属音をたてるのみであった。


「有効射程が短すぎる!」

 アレクは悪態をつきながら更に2発撃ち込む。

 これはまったくの大外れであった。

 しかし、敵の動きは止まる。


「今だ!」

 アレク機は敵のアジーレの正面に位置取りすると、前進しながら残弾全てを撃ち込んだ。

 それは全て敵機のコックピットを貫くと、その機体を跳ねさせる。


「……やったか?」

 そして火花をあげて動かなくなった敵を見てアレクが呟いた。

 ややあっても敵機が動かないので撃破した事を理解する。


「……そうか」

 それを確認してアレクは脱力して息を吐いた。

 モニターの端にニコライが近付いてくるのが見える。


「大尉!」

「ニコライ軍曹か」


 アレクはコックピットハッチを開くとニコライに向けて手を振った。


「勝手な事をしたな」

 アレクは力なく俯きながら言う。


「はい……。いいえ、おかげで助かりましたよ」

「他の敵は?」

「制圧しました。人質は何人か負傷しましたが、死人はいません」

「それは良かった」


 そう言うとアレクは力なく笑う。


「療養中と聞いていましたが、腕は落ちていないようですな」

「冗談じゃない。現役だったらあの程度もっと早く仕留めていた。……今はビビって震えが止まらない」


 そう答えたアレクの肩をニコライは軽く叩く。


「とにかく大尉も我々と来て下さい。安全な所に避難します」

「了解した」


 それからこの暴動が収まったのは2時間後のことである。

 しかし、暴動が起きたのはこの基地だけでなかった。

 同時刻に議事堂でも暴動が起きて、経済産業委員会に所属する議員が3人殺害されたのである。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ