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182話 戦後のルーラシア帝国

 真歴1090年3月1日。

 ルーラシア帝国のイッツー市を統治しているジョージ・パルメニカ市長は悩みを抱えている。

 終戦後、ルーラシア帝国では軍縮が進められ、大量の軍人が退役する事になったのだ。

 更に軍産部門が縮小され経営が悪化した一般企業も多い。

 つまり、市内に失業者が溢れたのである。


「しかも、この状況は今後も悪化するだろうな」


 まだ各地には本土に引き揚げていない兵士たちがいる。

 これが戻ってくれば失業者の数はますます増えるだろう。


「公共でのインフラ事業を新たに立ち上げて、彼らを雇用したいところだが……」


 この場合、公共事業なので給与は市の収益から支払われる。

 しかし、イッツー市の財源にはこれを支払えるだけの余裕は無かった。


「まったく……、軍はもう少し計画的に退役させて欲しいものだ」

 これが何年もかけて少しずつ退役させるというのであれば、一気に失業者が溢れるという事も無いはずなので対処することは可能だったろう。


「市長、お電話が入っています」

 そんな事を考えている時だ。

 秘書がパルメニカ宛に電話が掛かってきたことを告げる。


「誰だ?」

「陸軍総務課の波多野次郎大尉だそうです」

「……?」


 それは全く知らない人物であった。

 どういう事だと疑問に思うが、どちらにせよろくでも無い内容なのだろうなとため息をつく。

 そして自身の電話機に繋がせた。


「はい、ジョージ・パルメニカです」


 それからしばらく会話をした後にパルメニカは不機嫌な顔に変わった後に受話器を叩き付けるようにして電話を切る。


「どうしたのです?」

 それを見ていた秘書は、機嫌どころか怒りの雰囲気を纏っているパルメニカに尋ねる。


「ああ。軍の財源では戦傷補償や遺族年金を支払う余裕が無いので、市でどうにかして欲しいとの事だ」

「無茶を言ってくれますね」


 本来、戦争に参加した事で発生した補償は軍が行う事になっているのだが、予算の縮小や退役兵があまりにも多い事などが原因でそれが難しくなったらしい。


「だからといって市の財源でそこまで出来るものか」

 パルメニカは舌打ちをする。

「上の方に上申してみます?」

 秘書が言う。

 上というのは国の内政を取り仕切る元老院の事である。


「無駄だな。元老院の皇族連中は同盟から返還された地域の取り分を決める事にしか興味無いらしい」


 終戦後、同盟からは少なくない領地を返還されている。

 その中には鉱物資源が多く産出されるギソウ地域なども含まれていた。

 それらをどの皇族が統治するかという話が長引き、戦後処理についてはそれぞれの地方を統治する皇族や市長にほとんど丸投げされていたのである。


「……まぁ、言うだけは言ってみるか」

 それでも何もしないよりかはマシであろうとパルメニカは上申書を描き始めた。














/✽/

















「……予想通りだな。元老院の連中は国民を無視して自分の利権漁りに夢中になっている」

 各地域からの上申書に目を通しながら呟くのは八海山謙信であった。

 この時期、彼は元老院議員として内政についての取り組みに力を入れている。

 その為、各地域からの上申書などは彼の元に集まっていたのだ。


「本来は天帝陛下や議長としては内政に力を入れたいだろうがな」

 今回の終戦は八鹿女帝や彼女を支援する穏健派が無理に決定したところがある。

 それに反発する皇族は多く、彼らを抑えるには返還された利権を与えるよりなかったのだ。


「その結果、戦争が終わっても国民は苦労するのだからな」

 八海山はそう呟くと電話の受話器をとる。

 相手は結城信秀。

 戦争継続派の頭領であり、八海山の協力者であった。


「私だ」

 4コールした時に結城が電話に出る。

 そして僅かな雑談を経てから本題に入った。


「で? アラシアとヒノクニの様子はどうか?」

 結城信秀はルーラシア帝国元老院議員で外交を担当している。

 アラシア共和国やヒノクニの状況は彼の方がよく知っているのだ。


《アラシアもヒノクニも内政の立て直しでいっぱいいっぱいですな》


 戦争が終わり内政や経済の建て直しや、戦後復興に力を入れているのは何処も同じらしい。


《特にヒノクニは軍の中で不祥事が発見されて、大掛かりな調査が行われているらしいですな》

「まぁ、長い戦争だったからな。洗えば幾らでもそういった事は出てくるだろうさ」


 ヒノクニは名目上は文民統制ということになっている。

 しかし選出されている政治家のほとんどが軍に携わっており、選挙権を持っているのも軍務経験がある者がほとんどの国である。

 軍と政治の癒着などは当然のことだろう。

 

《そういえばカサンドにいるマスベイから面白いものを見つけたと》

「面白いもの?」

《崩壊戦争前の遺跡だそうです》

「ほう」


 崩壊戦争とは真歴が始まるキッカケになった世界規模の戦争である。

 この時に使用された兵器は当時の文明を滅ぼし、地殻変動を引き起こして大陸の形さえも変えてしまったというものであった。

 この時の施設などが遺跡として発掘される事がある。

 それがルーラシア帝国の北部であるカサンド地域で発見されたということらしい。


「ふむ。当時のロストテクノロジーでも見付かれば良いのだがな」

 崩壊戦争前の科学力は真歴となった現在を凌ぐものである。

 この時の物が発掘されれば世の中を一変することも有りうるのだ。

 特に先の戦争でヒノクニが使用したIRBMのように軍事技術に関する物が発見されれば、再度戦争を起こしてアラシア、ヒノクニ、モスク連邦を支配下に置く事が可能になるかもしれない。


「まぁ、発掘はさせておけ。ロストテクノロジーが見付からないでも博物館の展示品にはなるだろう」


 もっとも八海山は現実的な見方をする人物である。

 崩壊戦争前の遺跡が発見されたからといって、そこに何かを期待してはいなかった。
















/✽/
















 ルーラシア帝国北部のとある牧場。

 帝国軍のエースパイロットである李・トマス・シーケンシーは退役すると、帝国北部に土地を買って牧場の経営を始めた。


「よう。順調そうだな」

 シーケンシーが牛小屋の掃除をしている時だ。

 彼の幼友達であり、皇族の1人である星ノ宮尊が訪れる。


「順調……かな?」

 シーケンシーは苦笑して答えた。

 牧場といっても大規模なものでは無く、取れた牛乳や卵なども地元の商店に下ろす程度のものなのだ。

 今の生活は軍務に就いていた時の貯金の残りと銀行からの借金、そして僅かな売上のみで営んでいる。


「土地を購入して牧場を建てた時に貯金の半分以上を使った。借金もあるから順調では無いな」

 それでも軍人として戦闘に出るよりも今の生活が合っているとシーケンシーは笑う。


「何なら少しばかり投資してやろうか?」

 星ノ宮が冗談めかして言う。


「見返りは? 悪いが配当金なんて大したものは出せないぞ」

「新鮮な牛乳と卵と肉だな。妻が喜ぶ」

「……肉は出せないが牛乳と卵なら分けてやれそうだ。後で土産に持っていくと良い」


 そう言うとシーケンーは掃除道具を置いて自宅に星ノ宮を招き入れる。


「……で? 軍の様子は?」

 自宅といえば聞こえは良いが、シーケンシーのそれはプレハブ小屋に毛の生えたようなものであった。

 そんな家のリビングでコーヒーを出してシーケンシーが尋ねる。


「軍縮で徴兵組や一部の下士官は強制的に退役だ。そんな連中が失業者になって街中は大変な事になっている」


 星ノ宮は未だに軍に留まっている。

 陸軍少将として1個師団を任されている彼はまだ退役する訳にはいかなかった。


「まぁ、俺もいつまでも軍にいるつもりは無いが」

 終戦となった以上、軍にいても自身の野心を満たせるとも思えない。

 それならば退役して政治家へ転身するか起業でもしようかと星ノ宮は考えていた。


「なら俺の牧場を手伝え。俺の他に従業員が3人しかいない。正直人手がもっと欲しい」

「街に行けば退役軍人で職に困ってる奴はいくらでもいるぞ」

「そいつらが信用出来ればな」


 実のところシーケンシーもそうした者を雇っていた。

 しかし、その内の1人が牧場の資金を持ち逃げしようとした事があったので、雇用するにも慎重になっていたのだ。


「畑仕事ならガキの頃に散々やったが、今はまだやる気にはならんよ」

 星ノ宮は皇族といってもほとんど一般市民と変わらない。

 あるいはそれよりもやや貧困よりの出自である。

 幼少期などは親の手伝いで畑仕事をよくやらされていた。


「それよりもだ。外に退役祝を置いてある。農作業なんかに役立ててくれ」

 星ノ宮はそう言うと窓の外に視線を向けた。

 シーケンシーは怪訝そうな表情で彼と同じように窓の外を見る。


「あれは……」

 そこには1機の戦機が運ばれていた。

 外装こそ変えてあるが、おそらくはタイプγである。

 それに加えて戦機用の武装と弾薬が入っているであろうケースまで運ばれていた。


「あれは軍用だろう。農作業に使うようなものじゃない」

 シーケンシーは苦々しい顔で言う。

「廃棄予定の機体と装備をくすねてきた。勿体ないからな。上手く使え」

 星ノ宮が言う。

 その目が笑っていないことにシーケンシーは気付くと嘆息した。


「また戦争なのか?」

「……分からん。しかしカサンドの動きがきな臭い。それに関係しているのか義父が退役将校や各地の皇族にコナをかけている」


 星ノ宮の義父である結城信秀は和平に関して反対派であった。

 今回の終戦は当然面白くはないだろう。

 再度戦争を始めようと思っていてもおかしくはない。


「お前はどうなんだ?」

 シーケンシーは星ノ宮に尋ねた。

 彼はエースパイロットなどと言われているが、本来平和主義者である。

 再度戦争となる事など望んでいない。


「俺もこれ以上の戦争は不要だと思っている。……もし各国に対して優位に立ちたいなら経済を強化すべきだな」


 星ノ宮もシーケンシーの意見に同意する。

 これからは帝国の産業や経済を伸ばす事で国際的なイニシアチブをとるべきだと考えているのだ。


「ルーラシア帝国はアラシアやヒノクニに比べて土地も資源も豊富にある。これを活かせば国家間でも優位に立つことが出来るはずだ」


 なにもルーラシア大陸を1つの国家が統一する必要は無い。

 いくつかの国があって、その中心としてルーラシア帝国が有れば良いのだ。

 そして、その国を自らの手で動かしたいというのが星ノ宮が持つ野心であった。


「まぁ、なんにせよ穏便に終わって欲しいものだ」

 一方でシーケンシーとしてはこのままのんびりと牧場経営を行って過ごしていきたいと思っており、星ノ宮の野心に付き合おうとは思っていなかったのである。

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