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181話 灰色の日々

 真歴1089年12月1日。

 戦闘ストレス症に罹ったアレクの灰色の日々は未だに続いていた。

 ただ、ひたすらに惰眠を貪ったかと思えば、気が狂ったかのようにテレビゲームをやり続けるという日々を過ごしている。

 時折、シャルロッテがやって来て缶詰や軍用の携帯糧食を置いていく事があり、カウンセリング以外で他人と会話をするのはその時くらいであった。

 それでも、医者が言うには少しつづ良くなっているらしいが本人にはその自覚は無い。


「……」

 何となしにアレクはテレビを付ける。

 ニュースを見れば明るい話題が目に付き、まるであの時の戦争を忘れようとしているのでは無いかという思いが湧き上がってきた。


「……あ」

 そんなもやもやした気分を抱えていると復員兵の事が話題に上がる。

 戦地から帰ってきたは良いが就職が出来ない。

 あるいは戦傷を負った者達に対する保障が行き届いていないという内容であった。


「軍縮で徴兵組は退役したもんな」

 元々、アラシア共和国には徴兵制がある。

 しかし、終戦条約の中に軍縮があった事から徴兵された者達の兵役が解除されたのだ。

 それらの兵士たちの中には兵役を延長して軍に残り続けた者達がいる。

 アレクの部下であったザザなどはその例であり、徴兵を終えても仕事にありつけないというのが理由であった。

 そして戦争が終わり、こうした者達が市井に戻っても世間には変わらず仕事が無いという問題である。


「元々、一部の企業は人を少ない事を前提としたシステムで動いているっていう話だよな」

 アレクがテレビに呟くと、同じ様な事を映像の中にいるコメンテーターが説明しだした。


 つまるところ、ほとんどの企業が徴兵による人手不足を考慮したオペレーションを構築しており、そこへ新しく人を入れる必要が無くなっていたのである。

 また、戦傷などによってハンディキャップを背負った者達は可能な仕事も限られてくるので更に大変であった。


「街に人が増えれば経済や産業が盛んになると思ったがそうでも無いのか」


 この場合は一気に人が戻ってきた為に、それに社会が追いついていないというのが正確なところだろう。


「へぇ、帝国はもっと大変なんだな」

 同じ様な問題はルーラシア帝国やヒノクニも抱えている。

 そんな話題になった時だ。

 ピンポーン、という来客を知らせるチャイムがなった。


「……チッ、誰だよ」

 あまり人と話す気分では無いアレクは舌打ちをする。

 これを無視しても構わないが、軍関係の人間だと後が厄介だ。

 怪しげな勧誘とかであれば殴り飛ばしてやろうか等と思いつつ玄関の扉を開ける。


「やっほー、久しぶり。アレク大尉」

 そこにいたのは、やや癖のある黒髪に健康的な小麦色の肌を持つ見知った女性であった。


「メイ・マイヤーか」

 それはかつての部下であり同僚であった。

「いやいや、探すのに苦労したよー」

 彼女は終戦後に退役していたのである。


「久しぶりだな。まぁ、上がれよ。……あー、前線の簡易テントよりかは綺麗だ」

 アレクはメイを自分の部屋に招き入れる。

 リビングの床に洗濯物が何枚も散らばり、パンパンになったゴミ袋が転がっている様子を見てメイは苦笑した。


「確か出版社に就職したんだったか?」

 アレクは椅子に引っかかっていたズボンを放り投げてメイが座る場所を確保して尋ねる。

「そう。今日はその取材で来たの」

 メイはそこに座るとかばんを床に置いてノートとペンを取り出した。


「かつてのエースパイロットの落ちぶれた現在って記事でも作る気か?」

 取材という言葉にはアレクが反応する。

 戦機のパイロットとしてそれなりに名前の知れているアレクはこれまでもマスコミの取材を受けた事があった。

 しかし、そのどれもが気分の良いものではなかったのだ。


「まぁ、そんなところかな。今、私達の雑誌は終戦になってから、かつての軍人達の動向がどうなったかを調査してるの」

「ご苦労な事だ。それにどんな意味があるんだ?」

「今、退役した人達が問題になってるでしょう? それを色んな人に知って貰いたいの。それらの原因とか背景とか」


 現在、職にあぶれた兵達は確かに問題になっている。

 これらの者達の中には愚連隊のようなものを結成して犯罪を起こしているという話も聞く。


「それの解決手段になればという事か?」

「そのキッカケになればね」


 メイの返事を聞いて「ふぅん」とアレクは声を漏らした。

 何にせよ、暇つぶし程度にはなるだろうと彼女の話を承諾する。

 同じ取材でも顔見知りで、尚且つ同じ戦地を巡った戦友であれば自分にとって不快な記事にはしないだろう。


「……と言っても話すことなんか特に無いな。見ての通り戦闘ストレス症で何もやる気が起きないし、何かをしてもケアレスミスばかりで話にならんってとこだ」

「まだ退役はしてないんでしょう?」

「考えてはいるが、医者からは落ち着くまで待てって言われてる。まぁ、軍にいる分には医療費の補助もあるしな」


 療養の為に休職状態とはいえ、アレクは未だに軍属である。

 もっとも、88レンジャーからは外されて何処の部隊にも所属していなかったが。


「882の指揮は実質サマンサが執っているはずだ」

「サマンサね」


 メイは先日サマンサに会い、正式に彼女が大尉となって882中隊の隊長になった事や、一時アレクと付き合ったがすぐに破局したことを思い出す。

 それを口にしかかったが何とか堪えて止めた。


「もしアレクに会うなら軍務の内容については話さないで。それがキッカケで症状が重くなったりする事もあるわ」


 アレクの症状は鬱傾向にある。

 そこへ軍務の話題を聞けばそれが悪化する可能性があると事前にサマンサから聞かされていたのだ。


「……どうかしたか?」

 何かを言いかけた事を察したアレクが尋ねる。

「サマンサが心配してたよ」

 メイはそれだけ答える。


「未練がある訳でも無いだろうし、早く仕事に戻れって事か……」

「まぁ、そんなところ」

「今更会っても気まずいだけだ。戻りたくなくなってきたな」

「復帰してヨリを戻さないの?」


 メイはからかうように言う。

 真っ当な精神状態になればアレクとサマンサが再び付き合う事もあるのでは無いかと考えたからだ。


「それは無いな」

 一方でアレクはメイの冗談を一蹴する。

 所謂仕事人間であるサマンサにはアレクが求めるような恋人的な側面は無かったのだ。

 それはサマンサも同じだろう。

 お互いに軍人としては一緒にいられるが、それ以外となると難しいのだ。


「まぁ、サマンサが仕事人間というのは分かるけどね」

 サマンサの性格はメイもよく知っている。

 それ故に、アレクの言う事も理解出来た。


「そんな事より世間に馴染めなかった兵士の話を聞きたいんじゃないのか?」

「そうそう。アレから88レンジャーはどうなったかとか聞きたかったんだ」

「……どうもこうも、かなりの人数が辞めていったよ」


 それからしばらくメイはアレクに様々な質問をぶつける。

 やがてそれも聞くことも無くなったのか「さて……」とメイが立ち上がる。


「まぁ、こんなところかなー」

「取材というより愚痴を聞かせただけになった気がするな」


 アレクからすれば単なる世間話をした感覚であり、取材されたというような疲労感は無かった。

 果たしてこんなのが記事になるのかと疑問に思う。


「まぁ、半分は昔の同僚に世間話しにきただけだからね。これが記事になるかもまだ分からないし」

「エースパイロットの没落か。名前は出さないで貰いたいがな」

「考えておくよー」


 メイはそう言いながら手荷物をまとめる。


「それに、まだあちこち火種は残っているみたいだしね」

「火種?」


 その言葉を聞いて、アレクの中でまた戦争が始まるのかという疑問とも期待とも付かない感情が僅かに現れる。


「……あぁ」

 余計な事を言った。

 メイは苦虫を噛み潰したような表情になる。

「また戦争になるのか?」

 確かに帝国との境界線付近では終戦に納得のいかない勢力が未だに戦闘行動をとっているらしい。


「……うーん、まだ分からないけど帝国の皇族達の間でうまくいってないみたいよ?」

 それは弥生女帝に対して元軍部の皇族達がかなり反発しているという話であった。

 それが暴発すれば再び戦争が起こる可能性はある。


「そもそも終戦になったのは弥生女帝が望んだからであって、国の戦力だけでいえば戦争を継続する事は可能だったからねー」


 確かに同盟軍は帝国の最重要防衛ラインであるズーマン地域の完全制圧まであと1歩というところまで進んでいた。

 ここを制圧すれば、後は帝国の首都近郊に向かうというところである。

 しかし、首都そのものにも強力な守備部隊は存在しており、他の戦線にも強力な部隊は残っていた。

 これらを集結させられた場合、首都に侵攻しても返り討ちにあった可能性は高い。

 その事実を考えれば帝国の軍部としては今回の終戦が面白くないと思うのは当然だろう。


「弥生女帝は軍を軽く見ていると思われたみたいね」

「それで反発されていると? まぁ、理屈は分かる話だが……」

「それに加えて帝国の政府では軍部の発言力も強かったからねー」

「それはアラシアやヒノクニだって同じだと思うが……」

「ヒノクニは軍部全体に監査が入ったみたいよ? で、次々と不正が出てきたせいで組織体制の見直しがされて以前程の力は無いんだって」

「ふーん」


 長く続いた戦争である。

 その中心となった軍部であれば、探ればいくらでも不正は出てくるだろう。

 それが明らかになって軍が政治に対して干渉出来なくなっていくのは国としては正しい方向なのかもしれない。

 アレクはそんな事を思う。


「何にせよ、まだ完全に戦争が終わったと思うのは早いのかもね」

「そうだな。俺もまた前線に出されるのは勘弁願いたい」


 終戦という空気感に馴染めないでいたが、だからといって再び前線で戦う気もアレクには無かった。

 自身の症状を完治させた後に軍を退役して、何か別の職業に就くのが一番良いのだろうと思っている。


「私も少尉だったから戦争になれば再招集に応じないといけないし、このまま何事も無ければ良いんだけどねー」


 アラシア共和国では尉官以上の軍属は退役した後も、軍によって再招集がかけられれば王子なければならないのだ。

 当然、少尉として小隊を指揮していたメイはその可能性がある。

 せっかく退役して窮屈な軍から離れる事が出来たのだ。

 戦争となって再び軍に戻るというのは勘弁願いたいだろう。


「まぁ、そうならない事を願うしかないね」

 メイはそう言うと玄関の扉に手をかける。


「そうだな」

「ま、どちらにせよアレクはキチンと治療しないとね」

「あぁ、何時までもこのままという訳にはいかないよ」


 このまま休職上体が続けば、いずれは強制的に退役となってしまう。

 そうなれば今まで軍によって支払われていた治療費が今後は自費で払う事になる。

 ある程度の蓄えはあるが厳しい話になるのは違いない。


「じゃあ今回はありがとうね」

「いや、こちらこそ久しぶりに話せて良かったよ」


 このところ、マトモに会話をした記憶も無かったのでメイとこうして話す事が出来たのは良い気分転換になったのではないかと思う。

 しかし、同時に世間から自分が置いていかれた様な感覚も覚えていた。


「……ふぅ」

 メイが帰ったことで自宅に再び静けさが蘇る。

 あらためて部屋の中を見ると散らかっているのがよく分かった。


「……片付けるか」

 床に散らばった上着や籠の中に無理矢理詰められた下着、流し台に重なる食器を見て自身の生活が荒れている事に気付く。

 とりあえず一度部屋を綺麗にしてみようかと思うのであった。

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