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18話 ジョッシュ要塞防衛戦

 時間は少し遡り、まだ年明け前になる。

 敵襲の報せがジョッシュ要塞のアベル・タチバナ大尉に届いたのは22時頃であった。


「やっぱり来たね」

 亜麻色の髪が揺れる。

「警戒態勢を取らせていたのは正解でしたね」

 報せを届けた長身の男がニッと笑う。

 チョコレート色の肌を持っているが為に笑うと白い歯が目立った。


 彼はアベルの副官であり、ダイソン・タックルベリーというアベルと同じ他所から移民してきた男である。


「出来れば年末くらいは休ませて貰いたかったけどね」

 アベルはそう言って苦笑する。


 それから数分しない内に各地にある防衛拠点から敵襲の報が次々とやってきた。

 それに合わせてアベルは要塞内の兵力や補給物資など必要に応じて向かわせる。


「……例の438独立部隊からも支援要請が来ています」

 通信士が忙しく動いているのを背にタックルベリーが新しい報告を行う。

「あそこは後回しで良いよ。ここからそんなに離れた場所じゃないし、あの隊長は怠け者らしいから危険と感じたらすぐに後退するさ。彼らの追手は要塞内の残った戦力で叩けば良いだろうしね」

 アベルはそう言うとトールの援軍要請を後回しにする。

 結果、トールはアベルの予想通りに後退するのだが、まだこの時は交戦状態に入ったばかりであった。


 数分した後、各防衛拠点への指示が落ち着いたのでアベルは要塞内の戦力を確認する。

 すぐさま、タックルベリーがバインダーに挟まれた書類を捲った。


「戦機分隊が6個、全て鋼丸です。歩兵分隊が8個、更に戦闘ヘリ3機による1個分隊に、歩兵戦闘車が4台、要塞の外壁にある迫撃砲と遠隔操作式の機関銃が要塞の防衛戦力ですね。2個小隊といったところですな」


 鋼丸というのはヒノクニの主力戦機である。

 鎧武者の様な上半身が特徴的な機体であった。


 戦機に関して、旧式のタイプβで無くて良かったとアベルが頷く。

 これなら何処かの防衛拠点が崩れても、撤退した部隊と要塞に残った部隊を合わせれば陥落させられる事は無いと思ったのである。


「後は各部隊次第かな?」

 冗談めかして笑う。

「何処ぞの坊やがこちらに駆け込むのでは?」

 タックルベリーも陽気に答えた。

 しかし、その気分もすぐに打ち砕かれる事になる。


「敵襲です!」

 目の前にアベルよりも若い通信士が駆け込んで来たのだ。

 アベルとタックルベリーは目を見合わせた。


「今度は何処の防衛拠点だい?」

 落ち着き払って尋ねる。

「目の前、要塞の北側1キロ先です!」

 その答えにアベルとタックルベリーの声が失われた。

 ほとんど目の前に敵が現れたのである。


 それと同時にグワンという爆発音と地響きが起きる。

「敵の砲撃です! 防壁に命中した模様!」

 そんな声が聞こえた。


「こちらも迫撃砲で反撃。敵がどうやってここに来たかも探ってくれ」

 アベルはあくまで冷静さを崩さない。


「防衛拠点への援軍に戦力を割きすぎたかな……?」

 アベルの言葉にタックルベリーは「どうでしょう」と短く答えた。






/*/






「ふむ。予定通りだな」

 ルーラシア帝国軍の黒い軍服を纏った男が呟く。

 細長い顔と大きな瞳は、その人物を実年齢よりも老いている様に見せた。


 男の名前はニック・ダンチェッカー。

 李・トマス・シーケンシーと同期の中尉である。

 いかにも軍人というシーケンシーと違い、学者にも思えるインテリジェンスな雰囲気の男であった。


「要塞に砲撃を開始。その間に第1から第4分隊は前進」

 冷静に指示を出し、部下も淡々とそれに従う。


「例の物は?」

 ダンチェッカーは副官に尋ねた。

「トンネルの中で組み立て中です。15分はかかるかと……」

 その答えにダンチェッカーは顎を擦って「ン……」と頷く。


「まぁ、予想通りということか」

 要塞側の反撃が起こったことを遠目で見ながら思案顔になる。


 次の瞬間には敵も要塞内から戦機を出撃させ、それらと交戦状態になった。

「中尉も戦機に搭乗してください」 

 部下の言葉にダンチェッカーは不機嫌そうな顔を見せる。


「我慢して下さい。装甲がある戦機の方が安全なんです」

「この薄い装甲なら弾が当たれば同じだろう」


 顔をしかめながらダンチェッカーは自機である指揮官用タイプβに乗り込む。


「ま、それもこれまでの辛抱だな」

 コックピット内でコントロールパネルを慣れない手付きで操作しながら呟く。

 モニターの端に映る地面にはポッカリと穴が開いていた。

 ルーラシア帝国はジョッシュ要塞の防衛圏外からトンネルを掘ってやって来たのである。


「しかし、よくトンネルなんて掘れましたね」

 部下の通信が聞こえた。

 オープンチャンネルで誰かが言ったのだろう。


「元はこの辺りの炭坑を利用したものだがね」

 ダンチェッカーは気まぐれに答える。

 ジョッシュ要塞の存在するギソウ地域は鉱物資源が豊富な地域であり、過去には周囲の山岳や地下にはいくつものトンネルが掘られていたのだ。


 今回ジョッシュ要塞へ続くトンネルも、過去に放棄された炭坑がたまたまジョッシュ要塞へ向かっていた為に、それを再利用したに過ぎない。


 流石にジョッシュ要塞のレーダーも地下には反応出来ないのだ。


「ただ気を付けた方が良い。突貫工事のトンネルだからいつ崩れてもおかしくない」

 これはトンネル内に待機している部下への言葉である。

 鼻先では既に戦闘が行われているのだ。


「砲撃は敵部隊で無く要塞に集中させろ。こちらへの支援砲撃を少しでも妨害するんだ」

 コントロールパネルに映し出される戦況を眺めながら指示を出した。






/*/






 戦闘が始まり10分程が経過した。

 アベルは要塞の指揮所で各部隊から寄せられる報告を分析して戦況を確認していた。

 敵味方共に戦機による射撃戦と支援砲撃の応酬で戦況は五分五分といったところである。


「他の部隊との連絡は?」

「敵の通信妨害で連絡はとれません」


 現状、ジョッシュ要塞は孤立しているということだ。

 どうしたものかとアベルは顎を擦って考える。


「未だに敵が何処から沸いたのかも分かりませんからな」

 タックルベリーがアベルの内心を代弁する様に言った。

「沸いて出た……?」

 その言葉にアベルはとある可能性を導き出す。


「なるほど。それなら確かにそうだ」

 そう呟くアベルをタックルベリーが訝しむような目で見つめる。


「トンネルだよ。我々の索敵範囲外からトンネルを掘って地面から現れたのさ」

 突飛な話である。

 そんな事があり得るのかとタックルベリーは首を捻る。


「この辺りは鉱物資源の豊富な地域だ。この下まで通じてないにせよ、近くまで続いている坑道があってもおかしくないんじゃないかな?」 

「そりゃあ、まぁ……、あり得ないとも言えませんが」


 タックルベリーは言葉を濁すように言う。


「可能性としては一番高いよ」

 アベルはそれだけ言うと再び思案顔になり、ややあってから再び口を開く。


「砲撃を交戦中の敵部隊に集中。外へ出ている味方部隊をポイントAまで後退させろ」

 すぐさま、その命令は通信士によって要塞に残った防衛部隊に伝えられる。


「どうするおつもりで?」

「奇襲とはいえ、あの戦力だけでこちらを墜とすつもりじゃ無いだろう」

「まだ何かあると?」

「ああ。第3防衛拠点の第1小隊にそこを放棄して要塞まで戻るように手配してくれ」

「……伝令を出しますよ」


 タックルベリーが部下に指示を出す。

 その様子を見ながらアベルは先程から自分は後手後手に回っているなと歯噛みする。


「いけないな。年末だから浮かれているのかもしれない」

 そんな事を呟いてみる。


 いっその事、自分も前線に出て直接指揮を執ろうかとも思った時であった。


「敵の数が増えました! 詳細は分かりませんが、主力戦車並の大きさです」

 電探士の声である。

「何処から出てきたんだか……」

 アベルが苦々しい顔になると通信士の1人が「映像出ます」という言葉と共に通信機を操作する。すぐさま指揮所の壁にかけられた液晶モニターに外の様子が映し出された。


「第3戦機分隊の4番機の映像です」

 そこに映っていたのは戦車によく似た兵器であった。

 しかし戦車砲は存在せず、本来それがある場所には巨大なパラボラアンテナの様な物が付いていた。

 また足回りはキャタピラでは無く巨大なローラーになっている。

 そして、前方には2機のタイプβがアンテナ車とケーブルで繋がっており、これを牽引していた。


「何でしょうアレ?」

 部下の1人が口を開く。

「通信アンテナ、では無いんだろうな……」

 タックルベリーはさっぱり分からないという意思を込めて答えた。


「厄介な物である事は間違いないよ。要塞の砲撃部隊はあのアンテナもどきに攻撃を集中。部隊の後退もそのまま続けて」


 急いで通信士が防衛部隊に通信を入れる。

 要塞の周りを囲む防壁に設置された迫撃砲が砲撃を始めた。

 同時に敵の戦機はアンテナ車の防衛に周り、空から落ちてくる砲弾に弾幕を張り始める。


「よっぽど大切なものらしい」

 次にアベルは長距離砲を装備させた戦機を要塞近くに配置して敵を狙い撃たせる。

 これに対して敵は大型の盾を装備させた戦機を用意して防御させた。


 その時点でアンテナ車の足が止まり、牽引していた戦機が道を開けるように左右へ移動する。

 そしてパラボラアンテナが動き出して要塞に向けられた。

「何かまずいな……!要塞外の部隊はアンテナ車から距離を取れ!」

 アベルが叫ぶ様に指示を出す。


 同時であった。

 パラボラの皿の部分から閃光が発せられ、辺りを昼間の様に照らし出した。

 すぐさま、アンテナ車の目の前にいた戦機の反応が消失する。

 電波障害が起きたのか、レーダーや各地に配置したセンサーの反応も途絶え、敵部隊を映し出していたモニターにノイズが入り、映像が途絶えた。

 そして音である。

 フライパンでベーコンを焦がすようなジューという低い音がスピーカーから聞こえてくるのだ。


「何が起こった!」

 アベルとタックルベリーが同時に声をあげる。


「分かりません! ……第4、第3戦機分隊からの通信途絶! ……残った反応は、3機です。他は消失!」

 通信士が大声で答えた。

 その他の通信士も外の部隊を連絡を付ける為に通信機に声をあげる。その中には直接確かめようと前線に向かう者もいた。


「第8から第12ブロックの防壁……、融解しました!」

 通信士の1人が叫ぶ。

 指揮所全体が驚愕に包まれ、一瞬だか空気が止まった。


「融解?」

 アベルが聞き返す。

「敵部隊、要塞に接近!」

 その報告にアベルはとにかくこの場をどうにかしなければと思考を切り替えた。


「要塞内に残った長距離砲や迫撃砲は例のアンテナ車に攻撃を集中! 外の部隊は要塞内に後退して態勢を立て直すんだ」


 次はどうするべきか?

 アベルは報告される状況を確認しながら自身の知性をフル回転させ、部隊へ指示を出し始めた。


「そもそもこの要塞を2個小隊に毛が生えた様な戦力で防衛するのが無理な話なんだよ」


 誰かの声が聞こえた。

 全くもってその通りとも思うのだが、たかだか地方の戦術拠点1つに戦力を割けるほど本国には余裕が無いのだ。

 そんな状態で、何時まで戦争を続けるのだろうと頭の横隅で埒もない疑問が頭を擡げた。

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