179話 副司令の反乱
真歴1089年9月23日。
ランドウ大佐、曹孟市の市長、警察署長は焦っていた
9月19日に起きた事件があまりに大きくなり、鎮圧にあたった部隊からも死者が出たのである。
本土はこれを重く見て、曹孟市の駐屯基地、警察、行政に対して監査を行う事に決定した。
これが入れば、彼らがこれまで重ねてきた不正が明るみになってしまうだろう。
「これは参った……。どうすれば良い……」
市長などは先日に試行された地域振興政策によって支給された補助金の一部を自身の懐に収めたばかりである。
しかも、この証拠の隠滅は完了しておらず、今の段階で監査に入られればすぐに明らかになってしまう。
「誰かに責任をとらせる必要があるな……」
ランドウはそう呟くと子飼いの中尉を呼ぶ。
「中尉。どうやら小山源明中佐が軍内部において不正を働いているようだ。すぐに処分したまえ」
ランドウは全ての罪を源明に擦り付ける事を決めた。
逮捕する際に抵抗されたとでも理由を付けて彼を殺してしまい、適当な証拠を作り上げれば方が付くだろう。
源明は陸戦艇の艇長という後方勤務の人間なので、訓練を行った兵士であれば充分対応出来るはずだ。
「いいな? キチンと処理するのだぞ?」
ランドウは念入りに中尉へ言葉を発する。
それを察した中尉も「勿論です」と答えた。
「さて、後は……」
中尉が出てくとランドウは直ぐにデスクの電話をとる。
隠蔽工作を行うように事務の者たちへ指示を出したのだ。
「中佐、よろしいでしょうか?」
ランドウの命令を受けた中尉はすぐに源明の執務室へ向かう。
「どうぞ」
扉の奥から源明の声が聞こえ、中尉は一度息を吸うと45口径のオートピストルをホルスターから抜く。
そして扉を開けるとすぐに銃口を源明に向けた。
「………!」
ランドウは知らなかったが、源明は元々前線上がりの指揮官である。
扉を開けた男が自分に銃を向けているのに気付くと、考えるより先にデスクの影に身を隠した。
同時に中尉の銃が火を吹いてそれまで源明がいた場所に銃弾を叩き込んだ。
「どういうつもりか!」
源明が叫ぶ。
「中佐には軍内部において不正を行った事が分かっております。潔くその責任をとって頂きたい」
中尉は源明のデスクに回り込みながら答えた。
「そういう事か」
これは予想していたが、意外と早く決断したなと源明は笑う。
「さぁ!」
中尉はデスクの影に隠れた源明に銃を向ける。
そして数発の銃声が部屋に響いた。
「がっ………!」
倒れたのは中尉であった。
源明は9ミリピストルで彼の胴体を3発撃った。
狙いを付けて撃つという動作は源明の方が彼より早かったのだ。
中尉は左手で自身の胴体を触り、撃たれた事を認識した瞬間に力なく床に倒れる。
源明は立ち上がるとそれを見下ろして口を開いた。
「前線に出たことも無いヒヨっ子に私が撃ち負けるとでも?」
倒れた中尉の右手から拳銃を取り上げながて源明が言う。
この中尉はランドウの腰巾着であり、元は事務関係の任に就いていた。
射撃訓練では好成績だったようだが、あくまで決められた動きをするマトに当てる程度のものである。
実戦で敵兵を相手に何度も撃ち合いをしていた源明に適うはずも無かったのだ。
「中佐!」
銃声を聞きつけたのか、すぐに中山が部屋に駆け込んで来る。
「あぁ、問題無いよ。それよりも、どうやら私は大佐に殺されかけたようだ」
源明は倒れた中尉を一瞥して答えた。
「と、なりますと………」
中山は倒れている中尉を確認する。
間違いなくランドウの子飼いであり、この男自身も部下や市民に対して不当な暴力を行使した事のある人物であった。
「すぐに部隊を集めたまえ。
祭りの時間だ」
源明は不敵な笑みを浮かべて言う。
その表情にはやや怒りが込められていたようであった。
/✽/
それからの源明の行動は早かった。
中山とソンハに命令して、反ランドウ派の兵士達を集め、彼らに武装させて即応の部隊編成を行う。
そして駐屯地の各施設を素早く制圧してしまった。
この辺りの手際の良さは流石に実戦上がりといったところだろう。
もっとも中山を始めとした士官の能力が高かった事が一番の要因であるが。
「何のつもりだ! これでは武装蜂起では無いか!」
ランドウは自分のいる司令ビルに源明が兵を侵入させたという報告を聞いて声を荒げた。
ドアの外では銃撃戦の音が響く。
「おのれ……!」
ランドウが呪詛の言葉を吐く。
同時にドアが開いて完全武装した源明が姿を現した。
「そこまでです。大人しく拘束されれば命は取りません」
源明はアサルトライフルを構えている。
それを見てランドウは歯噛みした。
「……私を売るつもりか?」
自分や市長などの不正を白日の元に晒して、自身の保身を図るつもりなのかとランドウは尋ねる。
「本土の連中は大佐や市長の不正を疑っていました。私はその為に来たようなものですよ」
源明は不敵に笑って答える。
軍の上層部はどうか知らないが、養父であり経済産業大臣である小山武蔵は曹孟市の財政を怪しんでいた。
それ故に源明の工作に手を貸していたのだ。
「初めからそのつもりだったか……。しかし良いのかな? 君の妻は市長の私設秘書だ。私の身が危うくなれば……」
ランドウの言う通りに源明の妻である千代は市長の私設秘書である。
彼の身が危うくなれば千代の身柄もどうなるか分からないと脅迫の言葉を口にした。
「そんな事は予想済みに決まってるでしょう?」
源明は馬鹿にしたように笑う。
「中佐!」
そこへソンハが駆けつけてきた。
源明は「来たか」と呟く。
「ソージから連絡。藤原……、いえ。奥様の身柄を確保。同時にに市長の捕縛に成功しました」
「よくやった。こちらに連れてくるように伝えてくれ」
「了解です」
ランドウは口を開けて源明とソンハのやり取りを凝視する。
一体なにが起きているのか理解が出来ない。
「私は前線で戦っていた指揮官ですよ? その伝手で傭兵を何人か市内に引き入れる事くらいは出来るのですよ」
こういった事態に備えて源明はガンナーズネストの者達を市内に引き入れていたのだ。
目的は千代の身柄の安全であるが、状況によって市長の捕縛や警察署の制圧も考慮されており、それが可能な程度の人数を市内に引き入れていたのだ。
「ぐっ……!」
手の打ちようが無い。
ランドウはその事実を突きつけられ、悔しさから唸り声を漏らす。
そして、ここまで積み上げてきたものが全て崩れ落ちたのを悟るとデスクに突っ伏した。
/✽/
「なんで君は戦場でも無い所で騒ぎを起こしているんだ?」
8月5日。
ランドウ及び曹孟市市長が逮捕された後にアベル・タチバナ少将が源明に尋ねる。
この日、源明は事情聴取の為にヒノクニの首都であるジャンジラへ訪れていた。
「騒いだのは向こうですよ。ランドウ元司令が私の暗殺なんて企まなければ、もう少し穏便に済みました」
「世間からは戦争が終わったから、今度は味方同士で撃ち合いをしたなんて言われてるよ?」
実際、ランドウ派の者たちを拘束する際に抵抗が起きて戦闘になっていた。
しかも、数人の死傷者が出ているのである。
「死傷者のほとんどはランドウ元司令の手の者です。過去に不正やら市民への暴行やらの経歴がある連中ですよ」
だからといって死亡しても構わないという事は無いが、そこまで気に止めるつもりも無かった。
源明からすればそういった軍人は許せなかったのである。
「おかげで軍内部のあちこちに監査が入って、政府への発言力も弱まる事になりそうだ。蜂須賀さんあたりは君を恨むだろうね」
今回の事件は大々的に報道された。
その結果、軍部に対しての不信感が募り、これまでの体制を改める為に監査が入ることになったのだ。
おそらくはこうした不正は次々と暴かれる事になるだろう。
そのきっかけを作った源明は軍の上層部から当然良く思われるはずが無い。
特に陸軍大将であった蜂須賀などは政治家へ転身している。
そういった者達の中には源明を恨む者もいるだろう。
「退役させられるというのであれば望むところですよ」
もっとも自身の出世など興味のない源明にとってはどうでも良い事であった。
「……いや、君は閑職へ回されることになるよ」
アベルは声を潜めて言う。
「ほう?」
まだ源明には伝わっていないが決定した事のようだ。
「どうも上は君に兵力を持たせるのは危険と判断したらしい。戦史研究科の資料編纂室へ回されるらしいよ」
戦史研究科とはその名前の通りにこれまでの戦闘の記録や崩壊戦争前の遺跡の発掘などといった歴史に関する研究を行う部署である。
軍の中では戦闘任務とは全く関係の無い所であり、所謂出世コースからは外れた部署であった。
「それは嬉しい限りですね」
歴史の研究に関しては源明も興味をそそられるところであり、むしろそれは有難い話であった。
「……多分、また引っ越す事になるよ」
アベルもそれを分かっており苦笑しながら言う。
「あちこち移動するのは慣れてますよ」
遠足を楽しみにしている子供の様な表情で源明は答えた。
「ま、その方が君らしいけどね」
その後、11月1日にはアベルの言う通りに源明は戦史研究科第2資料編纂室の室長へ任命された。




