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178話 副司令の務め

 時系列は少し戻って真歴1089年6月15日。

 この日から源明は本人の性分に合わない事に、色々と動き回る事になる。

 本土にいるウルシャコフに連絡を取り、ガンナーズネストと接触。

 更に養父である小山武蔵と連絡を取り、これからの計画とその支援を取り付けた。

 そしてランドウや市長に取り入る為に様々な“寄付”や“相談”を行う。


「私も父である小山武蔵経済大臣の息子です。後々のことを思えば、ここで勉強しておきたいと思いまして」


 そして7月1日にランドウと共に市役所に向かった。

 その執務室で市長を相手に源明は心にも思ってない事を言う。

 この日は新たに着任した挨拶という名目でランドウと共に挨拶をしたのだ。


「前の副司令と違い実戦経験のある人物です。だから物分りも良い」

 薄ら笑いを浮かべてランドウが言う。

 それを聞いた市長も満足そうにしていた。

 それからしばらく会話を重ねる。

 源明からすれば不愉快なことこの上ないが、市長に取り入る事は成功したようだ。

 市役所に寄付をするという名目で本土から珍しい美術品を取り寄せた甲斐があったというものである。


「で、千代には申し訳無いが市長の私設秘書として働いて貰うことになる」

 帰宅するなり源明は妻である千代に告げる。

 当然、彼女はそれを聞いて呆れた顔になった。


「結婚したばかりの妻を策謀に使います?」

 正論である。

 源明もそれには申し訳無さそうに笑うしかなかった。


「済まないね。市長の懐を探るにはこれしか方法が無い」

 謝罪の言葉を口にするが、戦中の事では無いので命の危険は無い。それならば別に問題は無いだろうと源明は思っているようだ。

 千代はそんな考えを読み取り不満そうな顔を見せる。


「まったく……、政治家にでも転向するつもりですか?」

「その気は無いよ」


 もっとも千代もこうなる事はある程度予測していた。

 源明が自分と結婚したのも、一番の目的は公私共に信用出来て能力のある人材を手放したくなかったからだというのを理解していたからだ。


「いやはや、流石に君の元副官というだけあって有能じゃないか」


 それから数日して千代は市長の私設秘書として勤務することになる。

 源明の期待通りに彼女はすぐに市長に取り入る事に成功し、彼とそれに連なる黒い部分を抜き出す事に成功した。


「でも、これだけじゃ駄目だ」

 源明は更にランドウに反感を持つ兵士達を味方に付けるべく動き出す。

 その為に彼らと個人的な面談を行いはじめた。

 更に自身の実力を示す為に、指揮官あるいは戦機のパイロットとして自ら実戦演習に参加する。

 しかし、最終的には彼らの信頼を集めている中山吾郎軍曹と殴り合いで話をつけることになった。

 倒れたのは源明である。

 格闘センスが無い彼と実戦経験豊富な中山が殴り合えば当然の結果だろう。


「中佐、自分を殴って下さい」

 中山は倒れている源明の手を引いて立ち上がらせて言った。

 それを了承し、源明も中山の顔を思い切り殴る。


「……っ! 中佐の事は分かりました。跳ねっ返りの連中は自分から話を付けておきましょう」


 中山も今まで見せた源明の振る舞いと殴り合いから、信頼するに値する人物と認めたようだ。


「ありがとう軍曹」

「それにしても、中佐は自ら戦うよりも兵の指揮に専念する方が良さそうですな」


 中山は苦笑して言う。

 彼から見ても源明は兵士としては向いていないらしい。


「……よく言われるよ。これでも元は戦機乗りなんだけどね」


 そんな事を答えつつ、中山にはランドウの配下にいる士官や兵達の不正の証拠を集めさせる事と、その不満を暴発させないように命令する。


「順調のようですね」

 中山と話を付けた後日にソンハが声をかける。

「ああ、ウチの嫁さんも市長から色々と黒いブツを集めている」

 市長の私設秘書として勤務している千代だが、次々と市長やそれに関わる者達の不正の証拠を集める事に成功していた。


「中佐の奥さん……。まさか藤原千代少尉だとは驚きましたけど、あの人なら確かに信用出来ますね」

 実際、千代は秘書としての通常業務も非の打ち所の無いくらいにこなしている。


「おかげで家に帰ると愚痴を聞かされる事が多いけどね」

 このところ源明が自宅に戻ると不機嫌そうな千代の話を聞かされる事が多い。

 これに関しては源明が原因ということもあり、苦笑しつつも聞き続けるしか無かった。


「あとはこれらの証拠をどこかにリークする訳ですね。もっとも、憲兵隊だと揉み消される可能性もありそうですが」

「そうだね。でも軍の外であればどうかな?」


 軍の監査部やら憲兵部隊やらに告発しても揉み消される可能性がある。

 現在は終戦直後という事もあり、軍と行政、更には軍産企業などの間で様々な問題が表面化しているのだ。

 軍の上層部としてはこれ以上問題を大きくしたくないはずである。

 この事態を知れは内々で揉み消す可能性は大いにあるのだ。


 しかし、これが政界やマスコミへのリークであればどうだろう。

 これまでヒノクニは戦時という事もあり軍部を中心とした政治体制をとっていた。

 しかし、これを良く思わない者達が議院や官僚の中に存在しており、マスコミも軍部の問題を提起している。

 これらの者達にランドウ達の不正をリークすれば、当然ながら大きく取り上げられて軍としても対応せざるを得ないはずだ。

 そして、源明にはそれが出来るだけのコネがあった。













/✽/
















 9月19日の事である。

 源明の予想しないところで暴発が起きた。

 暴動である。

 発端は兵士に暴行を受けていた市民が近くを通りかかった警官に助けを求めた。

 しかし警官はこれを無視。

 結果的にこの市民は兵士によって殺害される事になる。

 この話が広がり市民の間に広まっていた不満が爆発。

 市役所前で暴動が起きたのだ。


「暴動が大きすぎて警察の手に負えなくなくなり、市長から治安出動の要請が来ています」

 ランドウはその報告を面倒臭そうに聞いていた。

 この暴動の発端は軍にあるというのに、それを全く理解していないようである。


「大佐。ここは橋本大尉の部隊に任せてみては? 彼は曹孟市出身です。うまく収めるかもしれません」

 この状況で能天気にしていられるランドウを内心で侮蔑しながら源明が提案した。


「橋本大尉か……」

 橋本大尉はランドウ達に対して反抗的な士官の1人である。

 その名前を出されて良い気分はしない。


「……そうだな。奴にやらせてみるか」

 しかし彼がこの暴動を収めるのに失敗すれば、それを理由に処分する事が可能だ。

 成功したとしても、それはそれで構わないかという打算がランドウの意思を決定する。


「……そういう訳だ。なるべく穏便に頼むよ」

 ランドウから許可を得た源明はすぐに橋本の元へ向かった。


「その原因となった兵を市民の前に突き出せば済みそうなもんですかね」

 橋本は源明を目の前に憮然とした態度で答える。


「暴動を収める生贄なら1人では不足だよ」

 源明は苦笑する。

 彼としても市民の前に原因となった兵士と警官、不正を行う市長やランドウといった面々を突き出してやりたいと思っていた。


「いずれそうした機会もありますよ。今はこれ以上市民から犠牲者を出さないようにする事が先決でしょう」

 中山が橋本の肩を叩いて言う。

「まぁ、仕方ないか」

 渋々といったところだが橋本も命令に従うことにした。


「実弾は使うなよ。可能な限りね」

「了解。まぁ、上手くやりますよ」


 橋本は部隊に催涙弾や暴徒鎮圧用のゴム弾を装備させて出動させる。

 そして数時間かけて何とか暴徒となった市民を散らせる事に成功した。


「しかし、こちらには数人の死人が出ました」

 全てを終えて報告に来た橋本が言う。

 治安出動した部隊の数名が市民に襲われ殺害されたのである。


「あぁ、そういうこともあるよね」

 戦死者名簿を見て源明が言う。

 そのどれもが、かつて市民を相手に何かしらの事件を起こしていた兵士達であった。

 中にはランドウお気に入りの少尉も含まれている。

 おそらくは、橋本が暴動を抑える為に彼らを使ったのだろう。


「この混乱じゃ犯人も分からないよなぁ」

 源明は白々しい態度で言う。

「警察も混乱してますからね」

 それを見た橋本は愉快そうに笑って答えた。

 一応、源明はこの犯人を探すように橋本大尉に命令する。

 しかし手段や期限といった事は定めず、実質放置しておけという内容であった。


「ふざけるな! 何としても犯人を探し出せ!」

 一方でランドウは自身の身内の兵士達が市民に殺害されたという事もあり怒り心頭である。


「はっ! 部下や警察署に話を通して全力で捜査させます」

 源明は忠臣じみた言葉でランドウに答える。

 無論、そんなつもりは毛頭無かった。


「ま、これだけの騒ぎになれば、こちらから動かんでも憲兵やら監査部やらが入るだろうな」

 源明はランドウの執務室から出ると彼を小馬鹿にしたような笑みを浮かべて歩き出した。

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