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177話 曹孟市

 真歴1089年5月20日。

 ヒノクニ経済産業省、小山武蔵大臣の邸宅である。


「曹孟市か……」

 小山武蔵はそれを聞いて思案顔になった。

 自分の養子である小山源明が曹孟市陸軍駐屯地の副司令に任ぜられたからである。


「何か不都合な点でも?」

 珍しく食卓を共にする源明が尋ねた。

「あの市はかなり財政が悪くてな。……破綻するほどでは無いが、何かと問題を抱えているらしい」

 以前から市民税が高い割に公共のインフラや施策などに様々な問題を抱えているという噂を小山武蔵は聞かされていたのである。


「それに伴ってかは分かりませんが治安も良くないという話ですね。犯罪率も高くて警察もあまり機能してるとは言えないみたいです」

 今や小山源明の妻となった小山千代が思い出したかのように言う。

 彼女は既に退役しているが、どういう訳かあちこちから様々な情報を拾ってきていた。


「警察の予算が不足しているのか?」

 町の治安を維持する警察がその役割を果たしていないという話に源明は怪訝そうな顔をする。

 ヒノクニの警察の予算は国と地方自治体の予算から計上されていた。

 市の財政に何らかの問題が発生すれば、警察への予算が減少して機能しなくなることも有り得るだろう。


「曹孟市の税収が年々落ち込んでいるという話ですね」

 又聞きで手に入れた情報を千代は口にする。

「税収か……」

 確かに市の税収が少なくなれば、結果的に警察へ回す予算が減少するのは理解出来る。

 戦後補償なども考えると予算不足になるというのは分かる話だ。


「どうかな? 私は今の市議会がきな臭いと感じるな」

 しかし、小山は税収が原因とは思っていないようだ。

 そもそも曹孟市は地方にある小さい都市という訳では無い。

 国内の大手企業の幾つかはこの地域に大規模な工場を建てている。

 当然、それに合わせて人口も多い。

 税収が少ないというのは考えにくい話なのだ。

 

「もし何かあるなら探って欲しい。私は終戦ついでに政治の腐敗を全て出してしまいたいと思っている」


 これまでは戦時という事で見逃されていた事案は多い。

 しかし、これからはそれらが許されなくなってくるだろう。

 そうした事を正すことで市民からの支持を得たいと小山は考えているのだ。


「と言われても私は政治監査部では無いので……」

 もっとも源明は軍人であり政治家では無い。

 市の財政や不正を探れとだのと言われてもどうしようも無いのだ。


「分かっている。まぁ、何か気が付いたら教えてくれ。これでも警察官僚にツテがある」

「はあ……」


 源明は曖昧な返事をする。

 彼は軍人である自分が政治に関与する事を良しとしなかった。


「だったら私が市の役員か何かになって内部を探りましょうか?」

 面白そうだと言う風に千代が言う。

「そういうのは監査官の仕事だ」

 源明は気乗りしないようであり、定職に就くなら他の所にするように言った。

















/✽/
















 6月1日。

 引越しも終えて正式に曹孟市駐屯地に源明は着任する事になる。

 そこで彼はこの場所が噂よりも酷い有様である事を痛感した。


「ふむ。初日からご苦労な事だな」

 初出勤日、曹孟市駐屯地司令のランドウ大佐が源明に言う。

 この日、源明は駐屯地へ出勤する道中で市民に暴行を振るう兵士を見付けて警察に突き出したのである。

 しかし、ランドウ大佐に挨拶を済ませた頃になると、件の兵士は警察から解放されたのか我が物顔で駐屯地を闊歩していたのだ。


「ああ、ちょっとした誤解が会あったようだ」

 それを尋ねた源明にランドウ大佐は薄笑いを浮かべて返す。

「……成程。まぁ、我々としては軍務に支障が無けれぼ構いませんよ」

 ややあってから源明はそう返答した。

 それをどう捉えたのか、ランドウは源明の肩を叩く。


「ははは。君が物分りの良い副司令で助かる」

「いえいえ。でなければ前線ではやっていけませんよ」


 源明も笑って返す。

 とりあえずは“物分りの良い”副司令で通しておこうと思ったのだ。

 この基地の状況がまだ見えてこない。

 その状態で基地司令を敵にするわけにはいかなかった。


「………小山大尉?」

 そんなある日だ。

 駐屯地の内情を探りつつルーチンワークに勤しんでいた時に声がかかる。

 振り向くと、黒髪を短く刈り上げた面長の顔に釣り上がった目を持つ男が立っていた。

 その上には円形のメガネをかけており、生真面目な雰囲気を漂わせている。


「チェ・ソンハ中尉か?」

 それはかつて自分の下では歩兵小隊を率いていた男だ。

 野心的で優秀な男であり、自分の下に置いておくには勿体ないと参謀本部に推薦した人物だ。

 昇進してからは実際に参謀本部に所属していたはずだが、何故ここにいると源明は疑問に思う。


「……まぁ、人間関係ですよ」

 話を聞いてみると前線の事を何も知らない上官と喧嘩になり、この地へ飛ばされて来たのだと言う。


「君らしいよ」

 源明は苦笑する。

「いえ、しかし中佐とは随分昇進されましたね。自分は未だに大尉止まりです。しかも史料編纂課の課長ですよ」

 どうやらソンハは大尉にまで昇進したが、ここでも疎まれて閑職に回されてしまったようだ。


「良くないなぁ……」

 更にソンハから駐屯地の内情を聞くと、ここが不正のオンパレードだと言うことが分かった。


「この曹孟市では軍……、というよりこの駐屯地のランドウ大佐が市長と翻意の仲です」


 元々、ヒノクニの政治体制は立憲民主制という事になっている。

 しかし、政府の人間は軍部と繋がりがあるか、元軍人である事が多い。

 その為、政治において軍の意向はかなり強いのだ。

 ルーラシア帝国との戦争が終わり、徐々にその傾向も薄れつつあるが、この地域ではそうでも無いらしい。


「軍を味方に付ければ多くの票が入りますからね」

 自身が市長の座に居続ける為に曹孟市の市長はランドウ大佐と繋がりを強く保っているようだ。


「それで、市長は我々が好き勝手に出来るように条例を制定したり、警察に手を回している訳か」


 あまりにも分かりやすい悪徳市長である。

 こんな事が本当に起こっているという事実に源明は呆れてしまう。


「市民は何も思わないのかね?」

「いえ、不満だらけだと思いますよ。しかし軍に睨まれたくはないでしょうしね」


 現市長に反対する者達の中には適当なら理由を捏造されて軍や警察に連行された者もいるらしい。


「この駐屯地にしても、地元出身の兵達はランドウ大佐に不満を持っています」

「地元出身の兵?」

「ランドウ大佐も現市長も本土から来た人物ですからね。そういった連中が好き勝手やれば地元の連中はよく思いませんよ」


 更にソンハが説明する。

 どうもこの駐屯地には2つの派閥があるようだ。


「1つはランドウ派とでもしておきますか。要は大佐の息がかかった者達で、ランドウ大佐が何処からか引っ張ってきた士官や兵達です」

「もう1つは地元出身?」

「はい。曹孟市出身の兵士達です。その中心にいるのが中山吾郎軍曹ですね」

「中山吾郎軍曹?」

「所謂、小隊付き軍曹です。元はズーマン地域の境界線にいたらしいのですが、負傷してここに戻ったらしいです」


 つまり中山吾郎というのはベテランの兵という訳だ。


「成程ね。大体ここの内情は把握した」

 源明はそう答えて思案顔になる。

 この現状を放っておいても、自分が巻き込まれさえしなければ構わないのだが。


「そうもいかないか……」 

 副司令として着任した以上は巻き込まれない事は無いだろう。

 不正の手伝いをさせられるか、あるいは其れが露見した時のスケープゴートにされるかだろう。

 となれば動くより他は無い。


「どうします?」

 ソンハが尋ねる。

 どうやら彼は源明がこの状況を変えることを期待しているらしい。


「色々と手を回してみるよ。上手くいけば市長と司令を引きずり下ろす事が出来ると思う」

 面倒事は嫌いなのだと思いながらもソンハの期待に応えることに決めた。

「何か自分に出来る事は?」

 ソンハの瞳が眼鏡の奥で光る。


「とりあえず中山軍曹と話を付ける必要があるな」

「了解です。それなら何とかなりますよ」

「それと、いざという時の戦力を外部から引き入れて潜伏させようと思う」

「戦力ですか?」

「多分だけど、最終的に荒事になるだろうからね」


 こうして2人は曹孟市の現状を改善しようと動き出す。

 もっとも、これは正義感の為に動くという訳では無い。

 ソンハはこれを機に成り上がろうという野心を秘めての事であり、源明はこのまま現状を放置しておくと面倒な事になると思ったからだ。

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