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174話 帰郷

 真歴1089年1月20日。

 ルーラシア帝国と同盟の間で和平が成立し、アレク達88レンジャー部隊は任務を終えてアラシア本土へ帰還していた。

 そこで彼はある報せを受ける。


「……茂助が?」

 訃報であった。

 それを知らせたのは原田友紀少佐。

 旧姓は源友紀。

 茂助の姉であった。


「和平交渉のニュースを見て、何処かへ連絡をとろうと思ったみたい。使用人が名簿を取りに行っている最中に……」

「……そうですか」


 それ以上の言葉が思い浮かばなかった。


「……茂助は最後まで貴方の部隊に復帰するつもりだったみたい」


 源茂助は中性的な顔立ちの人物であり、アレク達とは訓練生の頃から親しかった人物である。

 初めて軍務に就いた時も同じ部隊であり、長い付き合いであった。


「叶わなくて残念です」

 アレクは無意識で言葉を口にする。

 茂助は指揮官としても優れており、彼の指揮する部隊はよく統率されていた。

 また88レンジャーではアレク次くらいに腕の立つパイロットでもある。


「……貴方のせいでは無いわ。気にしないで」

 呆然としているアレクを見て友紀は声をかける。

「はい」

 茂助はイェグラード戦の終盤で敵部隊の毒ガスによる無差別攻撃が原因で死亡したのだ。

 しかし、その場に出撃するように命令したのは自身では無いのか?

 いや、毒ガス攻撃など予想出来る訳が無い。

 アレクの中で様々な感情や疑問が黒い渦を巻く。


「……それじゃあ。貴方も気を付けてね?」

 そう言い残して友紀との面会は終わる。

 以降、アレクが彼女と会うことは無かった。


「そう……、茂助が」

 中隊に戻ってその事を報せると同期のサマンサやメイも肩を落として残念そうな表情を見せる。

 茂助の部下だった者の中には涙を流す者もおり、彼が部下に慕われていた事を改めて知る。

 それがきっかけになったのか、88レンジャーから退役を希望する者が何人か現れた。


「またか……」

 朝イチで届いた退役願を見てアレクが呟く。

「仕方ないわね。和平が成立して軍縮が行われるって話だし」

 部下の退役願を届けに来たサマンサが答えた。


「戦争が無くなれば俺達の仕事は楽になると思うんだがな」

 これからは戦闘に駆り出されることも無くなるはずなのだ。

 そうなると、やる事といえば演習くらいのものになり、仕事の内容は格段に楽になるとアレクは思う。


「どうかしら? 帝国の和平を良しとしない皇族達の勢力が未だに戦闘を続けているって話よ?」

「小規模な武装勢力だろ? なら俺達の出番じゃない」


 戦争において権益を守っていた皇族達の中には和平をよく思っていない者たちもいる。

 それらは未だに各地の戦線で戦いを続けていた。

 しかし、それらは小規模なものであり、88レンジャーの様な前線の任務を主とする部隊が対応する事では無い。


「それはそうだけどね」

「それにだ。こうも退役する奴が多いと、マトモに出撃も出来んよ」


 事実、既に10人近くの退役願が提出されている。

 元々、少数精鋭の部隊である88レンジャーからすればかなりの戦力低下であった。


「再編成だな……」

 減った人数は何処かで補充しなけれぼならない。

 しかし、軍縮と言われている中でそれは望めるのだろうかとアレクは不安に思う。













/✽/

















 3月1日。

 アレク達は任を解かれて、久しぶりに長期の休暇を得る事が出来た。

 これは88レンジャーの再編成の為でもある。


「久しぶりだな」

 アレクは故郷であるストーンリバーへ戻ってきていた。

 和平交渉が締結され、事実上の終戦となった為か街を歩く人々の顔が明るく見える。


「クスクス」

 隣を通り過ぎた若い女が笑った様に思えた。

 見れば、歩いている人々の中で自分だけが軍服を着ていたのだ。

 街中に戦争の臭いは全く感じられない。

 その中であれば、自分は確かに浮いているのだろう。


「ハンバーガーショップか」

 並んで歩いている男女が入って行くのが見えた。

 アレクは自分が昼食をとっていない事を思い出して、そこで食べようと決める。


「このハンバーガーのセットでコーラも付けてくれ」

 小綺麗に見える店のカウンターで注文をして商品を受け取る。

 こうした店舗で食事をするのは久しぶりであった。


「……よう。アンタも帰還兵かい?」

 席についてハンバーガーを手に取ると、隣に同じ軍服を着た男が現れる。

 この男も昼食をこの店でとるようだ。


「そうだ。……驚いたな。前よりも大きくなってないか?」

 アレクは自分が注文したハンバーガーがイメージしていたよりも大きな事に驚く。

「軍に卸していた物資が民間に出回り始めたらしい。物価も下がっている」

 男は訳知り顔で説明しながら右手に持ったハンバーガーを頬張る。


「ありがたい話だ」

 アレクも男に倣ってハンバーガーを頬張る。

 久しぶりのソレは軍で出されるものとは比べ物にならないくらい美味く感じた。

 そこでアレクは隣の男に左腕が無いことに気付く。


「……その左腕は戦傷か?」

 アレクの質問に男は笑って口を開く。

「ああ。西部戦線だ」

 西部戦線は激戦地であり、アレクも一時期そこに配属されていたこともあった。


「俺もグリーノッツェにいた事がある。毎日、ワニの肉を食わされてたよ」

 アレクは懐かしむように笑う。

「ご馳走だな。俺の主食は芋虫と野草だった」

 男も笑って答える。

 西部戦線のほとんどはジャングルであり、補給路の整備が行われていない戦域では物資が不足する事も珍しく無かった。

 この男はそういった中で不足した食糧に悩まされていたらしい。


「そりゃ大変だったな」

「全くだ。衛生兵……、いや医療キットの1つでもあれば腕を無くさずに済んだかもしれん」


 アレクと男は苦々しい顔になる。

 苦々しいという言葉では易しすぎるくらいの出来事が2人の頭をよぎった。


「全くだ。それがあれば俺も仲間を熱病で失わずに済んだかもしれん」

 アレクはグリーノッツェで起きた事を思い出す。

 消息不明となった味方部隊の救援と探索に向かったが、部下の多くが熱病にかかり、更には敵に包囲されてしまった。

 あれほど悲惨な状況になった事は無い。


「しかし戦争が終わったんだ。こんな事はもう起きないと思いたいな」

 男はハンバーガーを食べ終えて立ち上がる。

 そろそろ店から出るようだ。

 そこでアレクの階級章に目を向けた。


「大尉殿でしたか……!」

 目の前にいる若者が大尉である事に男は驚く。

 今までかなり無礼な言い方をしてしまった。


「今は仕事中では無いからな。気にするな伍長」

 アレクは気にすること無く笑う。

 見るにこの男は徴兵された兵士なのだろう。

 それならば若い兵士を見れば同じように徴兵された人物だと判断し、階級章を確認しないで話しかける事もあるはずだ。


「いえ、失礼しました。……ちなみに何処の所属でしょうか?」

「俺は陸軍88レンジャー第2中隊隊長。アレクサンデル・フォン・アーデルセン大尉だ」


 アレクはそう言うとニヤリと笑う。

 それを聞いて男は目が回るような感覚を覚えた。

 陸軍の88レンジャーといえば最前線で任務を行う特殊部隊である。

 その中隊長などと言えば徴兵組の伍長から見れば神様みたいなものであった。


「赤毛のエースパイロットとは……!」

 しかも88レンジャーのアレクといえばエースパイロットとして、それなりに名前が知れている。


「その肩書きもこれからは必要無くなるだろうさ」

 戦争が無ければ戦機に乗って戦うことも無くなるだろう。

 アレクはそれに可笑しみを覚えて笑う。

 状況が落ち着けば転職するのも悪くはないだろう。


「では自分はこれで」

 2人とも食べ終わると店から出る。

 男はアレクとは反対の方へ向かおうと歩き出す。


「徴兵組でも戦傷手当はあるはずだ。軍を抜ける前に申請しておくと良い。抜けた後では手続きに時間がかかると聞いている」

 アレクは男の失った左腕に視線を向けて言う。

 戦傷で何らかの障害を負った場合はその手当が出る。

 しかし軍を辞めた後に申請すると、どの戦場で負ったものかなどの調査や、どのくらいの額が支払われるかなどの決定に時間がかかるのだ。


「そうでしたか。ありがとうございます」

 男は初めて会った時と変わってかしこまった態度で答えた。


「あいつもせめでそれくらいで済めばよかったんだがな」

 アレクは茂助を思い出して息を吐いた。

 彼は部下であったが、それ以前に同期の友人でもあったのだ。

 生きていれば今頃戦場の思い出を肴に酒でも酌み交わしてきたのかもしれない。

 それを思うと残念でもあった。











/✽/
















「よう、帰ったか」

 自宅に戻ると唯一の肉親である父親が迎える。

 無事に戻ってきたとあって喜びの表情を浮かべていた。


「あぁ、無事だよ」

 マトモに自宅へ戻ったのは何年振りだろうか。

 久しぶりに見た父親の姿は以前よりも小さく、髪の毛も白くなっていた事に気付く。

 一瞬、それが父親であると分からなかったくらいだ。


「帰還祝いだ。良い店に連れて行ってやるよ」

 父親は目の前の息子が実体を持った姿である事を確認するようにアレクの肩を掴んで言う。


「それにしても街の雰囲気が大分代わったな」

 アレクはリビングで荷物の整理をしながら言う。

 以前よりも街が明るくなり、道を歩く人々も洒落た服を着ているように見えた。


「終戦になって経済が潤ってきたんだろ。元々、この辺りは戦争の影響も少ない地域だったしな」

 アレク達の故郷であるストーンリバーは前線から離れていた。

 それに加えて土地も豊かで気候も過ごしやすい地域であった。

 その為か産業も盛んであり、アラシア共和国の中では恵まれた地域であった。

 終戦となり、それが余計に目立ってきたのだろう。


「そういうものか」

 長い間、前線にいたアレクは平和という空気に安堵よりも違和感を覚えていた。

 それでも戦争は本当に終わったのだという実感はある。


「お前も退役して戦争の事は忘れたらどうだ?」

 父親が言う。

 戦争は終わった。

 これ以上、軍にいる理由は無いという事だ。


「……忘れる?」

 アレクはその言葉が引っかかり、荷物を整理する手が止まる。


「そうだ。戦争は終わった。こらからはもっと違う仕事を……」

 父親が言いかけた時である。

 アレクは立ち上がった。


「忘れる事なんて出来る訳ないだろ。俺の仲間や部下は何人も死んでいったんだぞ……! 戦争が終わった。平和になった。それで全部これまでの事は忘れて平和に生きましょう? 冗談じゃない!」


 アレクは語気を荒くして言う。

 戦争が終わったのは良い。

 しかし、それまでに死んでいった者達を忘れて平和に生きましょうというのがアレクには許せなかった。

 それでは何のために彼らは戦って死んだのか分からないではないか。


「お、おい……。別に俺はそういうつもりじゃ……」

 そんなアレクに父親は思わず気圧されてしまう。


「……そうだな。悪い」

 アレクは自分の父親も徴兵されて前線に出ていた事を思い出す。

 この父親も仲間が戦死して無念に思った事はあるだろう。


「ふぅ……。それよりもいい店っていうのは何処だ?」

 アレクは気を取り直して尋ねる。

 とりあえずは父親の言う良い店で久方振りにまっとうな料理に舌鼓を打つ事にしようと思ったのだ。


「お前、酒は飲めるか?」

「多少はな。北部戦線にいた時は飲まなきゃ寒くてやってられない時もあった」

「それは良い。ワインと魚の美味い店だ」

「赤ワインか? それなら好きだ」

「じゃあ楽しみにしてろ」


 その後、父親の言う通りにアレクは赤ワインと魚を堪能する事になる。

 それと同時に町の雰囲気に馴染めない事を感じて、しばらくは軍に残る事を決めた。


「しかもアパートを借りるのか?」

 アレクは部隊に戻ったら基地の近くにアパートを借りることにする。


「ああ。俺の部隊はラズベリーウッドの基地にある。非番の度にここまで帰るには少し遠過ぎるんだよ」

「……まぁ、仕方ないか」


 父親としては戦争も終わり気軽に息子に会えると思っていた。

 しかし、そうではない事を残念に思う。


「どの道、俺は特殊部隊で中隊長をやっていたんだ。そう簡単に退役という訳にはいかない」


 アレクはそう言うが、実際のところはこれまでの環境と今の環境が違いすぎる事に加えて、そこからくる自身と父親の考え方の違いから、今は一緒には暮らせないと思ったからである。

 もっとも、この時アレク本人はいずれ時間をかければその辺も解消されるだろうと考えており、その時には父親の言う通りに退役するつもりでいた。

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