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171話 思わぬ拾い物

 真歴1088年11月12日。

 カイエス地域はそのほとんどがアラシア・ヒノクニ同盟軍の占領下となっていた。

 その中で源明が率いる第9大隊はアレクの指揮する882中隊を指揮下に置きながらこの地域の防衛にあたっていた。


「オリガ中佐からはお前らを返せって言われたけどね」

 連弩のハンガー内。

 アレク達のザンライがメンテナンスされているのを横目に源明が苦笑する。

 882中隊は本来ペイジー空軍基地制圧の為に出向してきた部隊だ。

 目標が達成されれば当然88レンジャー本隊へ帰還する。

 しかし、源明は先の富士が撃破されて大隊の戦力か低下した事を理由にアレク達を手元に置き続けたのだ。


「だからよ。もはやオリガ中佐も隠すことなくヒノクニの動向を探れって命令してきたぞ」

 汚れた作業服を着たアレクは塗装用のスプレーガンを自機に向けて答える。

 

「となると、いよいよ本格的に和平交渉に向けて動き始めたかな?」

 そういった直接的な命令がきたという事はアラシアも和平交渉に向けていよいよ本格的に動き出し、少しでも多くの情報を仕入れようとしているのだろう。


「で? お前は何か知っているのか?」

 そう言うとアレクはマスクをしてスプレーガンを噴射した。

 辺りに塗料の臭いが広がる。


「最前線の士官に言われてもねぇ……」

 現在、第9大隊が位置するのは自軍の占領下とはいえ最前線である。

 そのような情報は全く入ってこない。


「そうだよなぁ……」

 つい先日まで戦闘続きである事を考えれば当然である。


「艇長。フェイ・ミンミンから通信が入っています」

 そこへ千代がやってきた。

 ガンナーズネストからの報告らしい。


「定時報告?」

「いえ……、それが」


 千代が源明に耳打ちする。


「……それが本当なら大変な事だよ」


 源明が驚いて顔をあげた。

 その様子を見たアレクは何事だという顔で2人を見る。















/✽/

















 それはガンナーズネストの部隊が運河を監視していた時の事である。

 1隻の商船が進んでいるのを偶然ミンミンが発見した事から始まった。


「あの船、何かしらね?」

 岸辺で運河を眺めていたミンミンが側にいたエステルに尋ねた。

 尋ねられたエステルは航行表を確認すると、その商船が載っていない事に気付く。


「停めなさい」

 ミンミンが短く言うとエステルが手信号で合図。

 その後ろに控えていたガンナーズネストの兵達が商船に向けて次々と発砲する。


《そこの船は今すぐ停止しろ。従わないなら撃沈する》


 いつの間にかエステルはガンナーズネスト製の戦機であるハルバードに乗り込み、その手に装備したアサルトライフルの銃口を船に向けていた。

 船側もそれを確認したのか、すぐに船体を岸に寄せる。


「一体なんです?」

 動揺した様子の船長が尋ねる。

「貴方達の船が私たちの知っている航行表に載っていなかったの。申し訳ないけど臨検させて貰うわよ」

 ミンミンは右腕に持った軍刀の切っ先を船長に向けて答えた。


 黒髪でゴシックドレスを着た女性が軍刀を突きつける姿というのは異様だったのだろう。

 船長も黙って後ずさる。

 他の船員達も彼に従って甲板の端に集まった。

 その間にガンナーズネストの面々が船に飛び移って船内の調査を行い始める。


「姫様、積荷は問題ありません。どれも書類通りの民間用物資です」

 積み荷の確認を終えるとガンナーズネストの組員が書類を確認しながら報告する。


「いや、待て! 二重底だ!」

 それはソージの声であった。

 どうやら船の隠し扉を発見したらしい。


「……チッ」

 船長が舌打ちをする。

 それと同時に懐の得物に手を伸ばした。

 しかし、それよりも早くにミンミンは軍刀を振り下ろして彼を袈裟斬りにしてしまう。


「こいつら……!」

 残った船員達も各々拳銃やアーミーナイフなどの得物を持ち出した。

 どうやら民間人に変装していた武装勢力のようだ。


「やらせるかよ!」

 ミンミンが船長を袈裟斬りにしたと同時にソージが恐ろしい早撃ちで船員の1人を殺害する。

 それを皮切りに銃撃戦となるが、船員達はロクな抵抗も出来ずに殺された。


「この拳銃、帝国兵ですね」

 ソージは死体が握っていた拳銃を手に取って言う。

 それはルーラシア帝国軍で制式採用された物であった。


「一体何を運んでいたのかしらね?」

 船は二重底であった。

 おそらくは知られたく無い何かを移送していたのだろう。

 ミンミンは開かれた隠し扉を一瞥すると、そちらに向かって口を開く。


「護衛は全員殺したわ。もし、中に誰かいるなら3つ数える間に出てきなさい。出ないならこの船を沈めるわ」

 そう言いながらミンミンは手榴弾を手に持って今にも投げ込もうとしている。

 しかし、彼女が数えるよりも前に隠し扉の奥から1人の男が姿を現した。

 格好から見るに皇族か、あるいはそれに近い人物の様だ。


「………貴方は」

 その人物を見たミンミンは驚いた顔で言う。

 男の方もミンミンの顔を見て驚いたようである。

「フェイ・ミンミン嬢か?」

  それは2人にとって予想外の再会であったようだ。

 だが、それを思うよりも先に船の上空からバラバラという騒音が響き渡った。


「戦闘ヘリ?」

 それはヒノクニ製と思われる戦闘ヘリであった。

 全身は灰色の塗装をされているが所存部隊が分かるものは何も描かれていない。


「何かしら?」

 不審に思ったのも束の間。

 その戦闘ヘリは突如機関砲をミンミン達の乗る船に向けて発砲してきたのである。


「きゃっ!」

 ミンミンは驚いて甲板上のコンテナの影に隠れ、周囲の者達もそれに倣う。

 しかし、ヘリからの発砲は続けられ甲板に幾つもの穴が空いていく。


「姫様!」

 いの一番に反撃に転じたのはエステルの乗るハルバードであった。

 彼女は自機の右腕に装備されたアサルトライフルで戦闘ヘリを撃つ。


「この野郎!」

 更にその周囲で待機していた数機のハルバードもそれぞれの得物で戦闘ヘリに向けて弾幕を張る。

 それらを避け切れなかった戦闘ヘリは次々と弾丸を浴びると空中で爆発四散した。


「……危なかったわね」

 その様子を見上げてミンミンが呟く。

「姫様、船を降りましょう。このままだと沈みます」

 そう声をかけたのはソージである。

 見れば甲板は穴だらけになっており煙も上がっていた。


「そうね。……とりあえず貴方にはどういう事か聞く必要もあるしね」

 何とか生き延びていた皇族風の男にミンミンは声をかける。

「……そのようですな」

 男はやや気まずそうな顔で返答した。


「誰です?」

 ソージが尋ねる。

 少なくとも彼の知っている皇族の中にこの男の顔は無かった。


「ユン・ウーチェン。まぁ、お父様の知り合いね」

 ミンミンが答える。

 ユンと呼ばれたその男は視線を逸らす。

















/✽/


















「ユン・ウーチェン。皇族の1人で同盟に和平交渉の書簡を届けるつもりだった訳だ」

 連弩のブリッジで報告を受けた源明が通信機に確認した。

 相手はミンミンである。


《どうしたものかしら?》

 事が事だけにミンミンも源明に対して意見を求める。


「……状況を整理したい。一度連弩まで連れてきてくれ」

《了解したわ》


 ミンミンが保護した人物が本当に和平交渉の使者であれば大変な事だ。


「……この事はアラシアに知られると面倒な事になりそうだな」

 現在、連弩のハンガーではアレク達882中隊が機体メンテナンスを行っている。


「千代。済まないけどアレク達にF3ポイントに偵察に出るように言ってくれ」

 源明は千代を呼び出すとアレク達に出撃を促すように指示を出す。


「了解しました」

 それまでの状況を理解している千代は素直にそれに従いアレク達に出撃の指示を伝え、更にミンミン達にはアレク達と鉢合わせしないようにも連絡をした。


「で? 和平交渉の書簡というのは本物なのですか?」

 数時間後、連弩へ連れられて来たユンに対して源明が尋ねる。

「勿論です。現物をお見せする訳にはいきませんが」

 身体検査をさせたところ、書簡が入っているであろう封筒以外にはめぼしい持ち物は所有していなかった。

 身分証も確認したが、間違いなくユン・ウーチェンその人である。


「極秘で移動する必要があるのは分かりますが……、何者かに襲われたと?」

 それより気になるのは彼らが何者かに追われていたということだ。

 戦闘ヘリまで追いかけてくるというのは余程の事だろう。


「和平交渉を快く思わない結城派の仕業でしょう」

「なるほど……」


 ルーラシア帝国の結城派という政治派閥は戦争継続派だという話は聞いた事がある。

 彼らなら和平交渉がされる事を望まずに、追っ手を差し向けて暗殺する事も考えられるだろう。


「……分かりました。信頼出来る者に貴方の身柄を移送させる様に手配します。捕虜に紛れさせる形になりますが宜しいか?」


 捕虜に紛れさせるというのは源の配慮である。

 誰かに追われている者を移送するのでであれば要人としてよりも、捕虜として移送した方が目立たないと考えたのだ。


「感謝……、すれば良いのかは分かりませんな」


 妙な事を言い出したユンに源明は怪訝な顔をする。

 捕虜として移送させられるのが気に入らなかったのかとも思う。


「私達の護衛の者は皆殺しにされたのです。ガンナーズネスト、貴方の指揮下なのでしょう?」


 その言葉を聞いて源明はユンが言いたいことを理解する。

 自身の部下を目の前で全滅させられればそうも言いたくなるだろう。

 しかし、それに関してはこちらだけに非がある訳では無い。


「秘密裏に移動したいのは分かりますがここは前線です。情報に無い者が通れば臨検もしますし、抵抗されれば撃ちもしますよ」


 このユンという男はその辺りまで想像が回らないのかと源明は思う。


「もし、そういう事を言うのであれば中立勢力のオリエンタル急行を使うべきでしたね」


 少なくともオリエンタル急行であれば戦場の中を移動するよりも安全だったはずだ。


「あそこ���既に���城派に抑えられていました。私が和平交渉の準備をしていると情報が漏れていたのです」


 ユンは苦々しい顔で言う。

 その答えに成程と源明は納得した。

 彼の動きが外部に漏れていたからこそヘリによる攻撃があったのだろう。


「そちらも色々大変みたいですね」

 それから少しの会話の後に源明はユンを別室で休むように促した。

 その場には副官の千代とミンミンが残る。


「……で? アレを襲った戦闘ヘリというのはヒノクニの物なんだって?」

 源明が尋ねる。

 ユンが乗っていた船に攻撃を仕掛けた戦闘ヘリは確かにヒノクニで使用されているものだったのだ。


「ええ。所属部隊が分かるものは描かれていなかったけどね」

 突然味方のヘリから攻撃を受けた時は流石に驚いたとミンミンは答える。


「鹵獲されたものでしょうか?」

 味方の機種が攻撃してくるとなれば、その可能性は充分に考えられる。

 至極当たり前のことを千代は口にする。


「……いや、むしろヒノクニの部隊じゃないかと私は思うね」

 一方で源明はルーラシア帝国では無く、ヒノクニがユンの暗殺を企てたと考えていた。


「……穏やかな話じゃないわね」

 ミンミンが言う。

 しかし、彼女も源明の意見には同意であった。


「蜂須賀大将が言っていたけど、和平交渉をするにしても優位な内容で進めたいと言っていたからね。その為にはこのズーマン地域を占領してから交渉を進めたいはずだ」


 源明は何時かに蜂須賀の言っていた事を思い出す。


「交渉の際には制圧したズーマン地域を交渉の材料にしたい訳ですね」


 それも有り得る話だと千代が頷く。

 彼女自身もヒノクニがユンの暗殺を企んでいる可能性が高いと思っていたのだ。


「和平のタイミングにはまだ早いと」

 ミンミンが呟く。

「そういう事だね」

 源明は苦笑する、

 彼としては一刻も早く戦争を終わらせたいと、蜂須賀と正反対の事を考えていた。


「……で、どうするんです?」

 千代が尋ねる。

 ユンを同盟の上層部に届けなければ和平交渉は行われないだろう。


「ヒノクニに任せると途中でユン氏が死亡する可能性があるな」

 源明達の予想ではユンを追ってきたのはヒノクニ軍であった。

 当然、その可能性を考える。


「……出撃させたばかりでアレだがアレク達を呼び戻してくれ。アイツに預けてアラシア経由で交渉に向かって貰うか」

 この場合、身内の部隊よりも外部の部隊の方が信用出来る。

 特に882中隊はオリガから原隊に早く返せとせっつかれているのだ。

 そのついででもある。


「ユン・ウーチェンは和平交渉の書簡を持っている。それを勝手にアラシアに預けるなんて大丈夫なのかしら?」

 ミンミンが言う。

 彼女の言う様にこれはかなりの大事であり、選択を誤ると源明の立場も危うくなる。


「まぁ、私の場合は前線指揮を言い訳に大隊長会議をサボったり、命令の拡大解釈を理由にしていい加減な事をしている。……という評価のはずだからね。今回もその一環と見てくれれば良いんだけど」


 つまり882中隊をアラシアに返す“ついで”にユンを移送させたと思わせるという事だ。

 基本的にはいい加減な仕事をする軍人として源明は見られているので、今回はその評価を利用しようという訳である。


「こればかりはどうなるか分かりませんね」

 事が事だけにそう都合良くいくだろうかと千代は思う。


「もしかしたら降格くらいはあるかもなぁ……」

 別に今の地位に拘りは無いが、再度一兵卒になって前線に出る事になるのは嫌だなと思う。

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