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17話 トールの手紙とシーケンシー

 シーケンシーにトールから手紙が届いたのは撤退が完了して30分後であった。

「この敵は我々を馬鹿にしているのか?」

 手紙を読んだシーケンシーの部下が言う。

「戦力はこちらの方がまだ上のはず。ならば全戦力で叩いてしまおう」

 もう1人の部下が血気の赴くままに声をあげる。


 さて、この手紙をどう受け取ったものか?

 シーケンシーは考える。

 今、ジョッシュ要塞周辺のあちこちで戦闘が起きているはずであり、1つの戦闘地域に向けて更なる戦力を割く余裕は無いはずだ。

 敵はおそらく我々の足止めを狙う、というよりも期待して手紙を送ったのだろう。


「ならば、やはり攻めるか……?」


 そう思って手紙を読み直す。

 下手な文字だと思う。

 もしかして、これを書いた指揮官も自分と同じ様に年末年始に戦争をする事を馬鹿馬鹿しいと思っているのではないだろうか。


「いや、ここは攻めるか。全戦力だ。戦機、装甲車、重火器類はすぐに使えるように準備しろ。急げよ」


 凛とした声で言う。

 言ってから、再びあのアレクなんちゃらというパイロットと戦う可能性を思い付き、一瞬気分が落ち込んだ。


「面倒ではあるが……」

 それに関しては数で押し切るしか無いと思い直す。


「この酒はどうします?」

 手紙と共に届けられたヒノクニ製のウォッカである。敵地から返された部下が尋ねた。


「この戦いが終わったら開けよう。何処かに閉まっておけ」

 自分の好きな酒種で無い。

 戦闘が終わった後に部下達が勝手に飲むだろう。






/*/

 





「敵はこちらを攻めてくる気みたいです」

 密かにスノーモービルを追った兵が戻り、トールに報告する。


「真面目だねぇ……」

 トールは苦笑した。

「全戦力で来られたら、こちらが不利ですな」

 エイクが言う。

 先程、攻撃を仕掛けてきた部隊の戦力は全てでは無い。

 それは初めに出した偵察兵の報告から分かっていたことだ。


「要塞とも連絡が繋りません」

 ヒノクニから派遣された藤原千代が黒髪を揺らして現れた。


「どうしたものかしらね」

 サマンサが尋ねる。

 ややあってトールの口が開いた。


「要塞に撤退。とりあえず、小屋にある通信機器と書類関係を全て回収して全速力で逃げよう」

 この判断には藤原の顔が曇る。


「いくらなんでもそれは……」

 撤退を決めるのが早すぎる。

 そもそも、トール達はアラシア共和国軍でとはいえ、今はヒノクニの指揮下なのだ。

 好き勝手をされては困る。


「勝てない戦いはしたくない。それにアベル大尉からもそう言われてるしね」

 トールは涼しい顔で答えた。

 彼はここで後退したとしてアベルに責を問われることは無いと思っている。

 ここへ来てからアベルと何度か話してみて分かったのだが、彼と自分の思考の方向性がほとんど同じであるからだ。

 

 それは理屈で無く、言葉を交わした時の直感的なものであるが、トールにはその確信があった。

 つまりは、ここで撤退してもアベルは笑って「ご苦労様」と言うだけだとトールは思っているのだ。


「はぁ……」

 藤原は不満気に答える。

 しかし。ここの指揮官がトールである以上それ以上口を出すことは出来なかった。


 この部隊の実質的な指揮官、もしくは参謀であるサマンサも何も言わずにトールの判断に合わせた指示を部下に出している。

 となれば、尚更そうせざるを得ない。


「小屋ごと燃やした方が早くないか?」

 サマンサの横にいたアレクが言う。

「止めた方がいいわね」

 答えたのはサマンサである。


 どういうことかとアレクは表情のみで尋ねた。

「この戦闘が終わった後に、ここを取り戻すということよ」

 サマンサは無表情に答える。

 なるほどとアレクは頷く。

「そんな事が出来るのですか?」

 そう尋ねたのは茂助であった。

「ここで要塞が落ちなければね」

 ルーラシア帝国がこの先にあるジョッシュ要塞を落とせずに撤退すれば、一緒にこの地点を制圧した部隊も当然引き上げるだろう。

 元々、トール達のいる防衛地点はそこまで戦略的価値は少ない。


「敵は東の森林からも来ているみたいです」

 エイクの部下であるバルトの長身が目の前に駆け込んできた。


「二手に別れたか。ま、当然だけどな」

 アレクが肩をすくめる。


「最優先は重傷者、次に通信機器、機密書類関係を回収」

 サマンサが言う。

「書類は全部燃やして良いよ」

 続いてトールが言った。

「駄目でしょ、全部燃やしたら。物資やら何やらの管理関係もあるんですから」

 すかさず茂助が刺すように言葉を繋げる。

 トールは「駄目か」と悪戯っぽく笑う。


「東から来る部隊は我々が足止めしますか?」

 バルトが尋ねた。

 そちらにもトラップはいくらか仕掛けてあるが、規模を考えるとアテにはならない。


「任せるよ。誰が行くかはエイク伍長と相談して決めてくれ。それとアレクは茂助と適当な人員を連れてBポイントの警戒へ当たってくれ」

 歩兵部隊の人選はエイクの管轄であり、トールにはそれをどうするという権限は基本的には無いのだ。

 自分の管轄下で自由に動かせるのは精々第1分隊のアレク、サマンサ、茂助程度である。


「第2分隊を護衛に付けたら?戦機の火力があれば歩兵は手を出し辛くなるわ」

 サマンサが提案する。

 それに対してトールは頷いて答えると、サマンサはメイに声をかけた。

「俺も行くぞ」

 アレクもそう言って自機であるアジーレに乗込んだ。

 

 それから数分後、バルトが率いる部隊が敵の歩兵部隊と先戦闘になったという報告がトールに届く。


「東側の敵は歩兵だけ?」

 報告をした兵士に尋ねる。

「はい。あの森とトラップです。戦機や装甲車は入り込めませんよ

 その返答を聞いて頷く。

「撤退までどれくらいかかる?」

 今度はサマンサに尋ねた。彼女の元には次々と各部隊の状況が報告されているのだ。

「あと10分ってとこね。足の遅いのは既にここを脱出させてるけど……」

 それを聞いたトールは「まだかかるか……」と呟く。


《こちらBポイント。敵の戦機部隊だ。奴ら地面を撃ちながら向かってきている。残った落とし穴を処理するつもりらしい》

 サマンサの持つトランシーバーが鳴る。

 それはアレクの声であった。

 先程の戦闘エリアに警戒をさせる為に戻らせていたのである。


「その敵を狙撃出来る?」

 サマンサが尋ねる。

《ライフルだぞ、無茶言うな。昼ならまだしも、この真夜中じゃ敵の位置が正確に掴めない。……というか、射程外だ》

 アレク機の装備はアサルトライフルであった。

 この武器は接近戦用であり、狙撃を行えるほど射程距離が長くない。


「悪いがもう少し持ち堪えてくれ」

 横からトールがトランシーバーに向かって言う。

《相手は落とし穴潰しをしているからな。時間を稼ぐのには問題無い》

 気楽そうな声の返事であった。

 しかし、次の瞬間にはアレクの「あちゃー」という声が聞こえる。おそらく落とし穴の1つでも破壊されたのだろう。


「隊長」

 サマンサがトランシーバーのスイッチを切るとトールの背後を指差した。

 そこにはヒノクニ製の複座型戦機である黒鉄丸が胸部のコックピットハッチを開いて鎮座している。

 その中で藤原が起動準備を行っていた。


 要は早く戦機に乗れとサマンサは言いたいのだ。


「分かった。藤原さん? 頼みますよ」

 トールは開いたコックピットからチラチラと姿を見せていた藤原に言う。

 敬礼して藤原はそれに答えた。


「とりあえず俺達はBポイントへ向かって、ある程度時間を稼いでから歩兵を回収しつつ後退」

 トールは戦機のコックピットに転がり込む様にして後ろ側のシートに座ると、藤原に自機の行動方針を伝える。

「了解です」

 コントロールパネルを操作しながら藤原が答えた。

 トールと藤原の乗る黒鉄丸が立ち上がる。

 後方に飛び出た胴体の側面と背中に小さなタラップと手すりが溶接されていた。


 トール率いる第438独立部隊の戦機には全てこのような改造が施されている。

 これは部隊に兵員輸送車が1台しか無く、全ての隊員を一度に輸送する方法が無かった為に施された改造であった。

 これにより、戦機に兵士が取り付けるようになり、簡易的だが兵員の輸送が可能になったのである。


 1機の戦機に2人から3人しか運べないが、足止めに向かった歩兵の数は少なく、今回は第1分隊と第2分隊の戦機だけでも充分であった。


 数分してトールとサマンサがBポイントに辿り着いた時には、既にアレクと茂助の戦機が先頭に立ち、敵の前進を防ぐ為に手に持ったアサルトライフルで射撃をしている最中であった。


「手伝うわ」

 サマンサの乗るアジーレが右手に持ったアサルトライフルを構える。

 その銃口が火を吹いたと同時に、崩れた落とし穴の合間を進むタイプβの胴が撃ち抜かれた。


「やるな」

 声と同時にアレク機も敵機の右腕を破壊。

 武器を持っていた右腕を失った敵はすぐに後退する。


 しかし、敵もただやられているだけでは無い。

 筒の様な形の兵器、所謂ロケットランチャーを両腕に装備したタイプβが3機、アレク達の向かい側に姿を現すと、手に持ったそれで一斉射撃を行った。


 激しい轟音と共に爆発の炎と積もった雪が舞い上がる。

「うわぁっ!」

 誰のものとも分からない叫び。


 トールがすぐさま指揮官席のモニターで各機の状態を確認する。

《やられました》

 茂助の声だ。

 彼の乗るアジーレは両腕を失い、右前脚が不調である事を示す表示がモニターに映っていた。


「動けるか?」

《前足が1本イカれましたが、走るだけなら》


 人間と違って戦機の脚は4つある。

 その為に1本なら破壊されても残りの脚でどうにか動けるのだ。

 最悪、2本失っても脚の原型があれば残りの脚を使い、動かない脚を引きずって移動することも出来ないことも無い。

 そこが戦機の強みである。


「茂助は急いで後退。歩兵部隊の回収忘れるな」

 その指示と共に茂助の乗るアジーレに兵士が3人取り付いた。

 1人は背中のタラップで無く、更に上の頭にしがみついている。


《なるべく若いのから引かせますよ》

 エイクであった。

 自分も若いのだがとトールは内心で思う。勿論、この部隊を名目上とはいえ自分が取り仕切っている以上は最後まで残らなければならないのだが。


「それと、今の砲撃で落とし穴が全てやられたみたいです」

 コックピット前方で機体の操縦を行っている藤原が言う。

「やれやれ……」

 頭を振る。

 モニターを見るとアレク機が接近してきた敵機の両腕をレーザーカッターで切り落としていた。


《こちら第2分隊。兵員を回収、撤退します》

 第2分隊率いるメイ・マイヤーからの通信である。


「よし、我々も全速で撤退だ」

 待ってましたと言わんばかりにトールが声をあげた。

 

 各戦機にエイクの指示の下で兵士達が取り付く。

 取り付き終わった順にサマンサ、トール、アレク機が後退を始める。

 そのまま全機がそれぞれ持っている閃光弾をライフルにセット。

 敵に向かってそれを撃つ。

 更にトール機が左側の腰位置にあるハードポイントから戦機用にサイズアップされたチャフグレネードを放り投げた。


 眩い光が広がる。

 モニターは真っ白になり、パイロットはそれぞれ予め記録しておいたマップをコントロールパネルに呼び出し、それを頼りに全力で撤退した。


 しばらく走るとチャフの範囲外から出たのか、通信障害が消える。

「全員無事か?」

 センサーに敵反応は無い事を確認してトールが尋ねた。


《ダニーとグレッグだ。2人やられた》

 エイクの悔しそうな声が聞こえた。通信機越しである。

「そうか……」

 また部下が死んだとトールは弱々しい声で答える。


《気にしないで下さい。戦場にいる以上は仕方無い》

「いや……」


 仕方無い訳が無いだろう。

 彼らは望んで戦場に立っていた訳では無いのだ。

 トールは言いかけるが、この理不尽に怒っているのはエイクだと思い、それ以上は何も言わなかった。

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