169話 前線崩壊
第9大隊と88レンジャーがペイジー空軍基地を制圧した事が引き金となり、カイエス地域の戦力は弱体化する。
そして11月3日には第8大隊によってカイエス地域守備隊本部が制圧された。
これによりカイエス地域の占領が完了する。
また、遡って10月20日にはIRBMによってズーマン地域守備隊司令本部を破壊。
その後の攻勢によって中央区の防衛線も致命的な損害を受ける。
「事実上の敗退だな……」
ルーラシア帝国製の陸戦艇であるH型陸戦艇”クイナ“の会議室内で星ノ宮が呟く。
「ペイジー空軍基地が堕ちたのは痛かったですね」
副官であるダグラス・シムスが報告書に目を通しながら応答する。
「空軍のレスパー大佐か。もっと早く俺達を呼べばこうはならなかったものを」
それは先に第9大隊と88レンジャーが制圧した空軍基地である。
この空軍基地の司令官であるレスパーという男は自分のプライドから陸軍である星ノ宮へ増援を要請する事を渋ったのだ。
「といってもその後も散々でしたけどね」
その後、星ノ宮は4個大隊を送り、カイエス地域の防衛に当たらせた。
しかし、その時には既に補給ルートである運河を抑えられており、補給や部隊の展開が手間取ってしまう。
その結果、戦闘は後手後手に回ってカイエス地域の制圧を許してしまったのだ。
「しかも同時期に中央区の最前線が壊滅だ。それは俺達も後退するように言われるさ」
この時には星ノ宮は部隊の再編成を終えて、カイエス地域の一部を奪還していた。
しかし、それと同時に中央区の防衛ラインが崩壊。
その場を放棄して中央区の防衛にあたるように命令されたのである。
「しかし、シーケンシー少佐はよくやっているようですね」
ダグラスは報告書を捲りながら言う。
「シーケンシーが?」
星ノ宮は自身の最も信頼する部下であり友人の名前がダグラスの口から出てきた事にわずかに驚く。
シーケンシーは当然ながら最前線に出していたが、その報告書はまだ目にしていなかったのだ。
「つい先日ですね。ヒノクニの陸戦艇を1隻撃沈したようです」
その話に星ノ宮はそれは大きな戦果だと関心する。
陸戦艇を撃沈するという事は司令塔を潰す事と同じであり、その指揮下の部隊は統制がとれずに機能不全となるはずなのだ。
/✽/
遡ること3日前である。
李・トマス・シーケンシー少佐の率いる大隊はヒノクニの拠点を次々と墜としていた。
「多分、この辺りに例の陸戦艇がいるッス。部隊の展開具合から見て間違いないっしょ」
軽いというか、礼儀知らずな口調でそう告げたのは第1中隊の隊長であるアルベルトという男である。
「確証はあるのか?」
シーケンシーはアルベルトに視線を飛ばして尋ねた。
「モチっスよ。偵察機を出したら、この辺りから通信用の電波が出ているのを確認したっス。その周波数帯は戦機で使用されているものとは違う、というよりも出力がダンチッス」
アルベルトは机に広げられた地図をボールペンで指しながら言う。
「なるほど。やってみるか」
その答えにシーケンシーも納得した。
このアルベルトという男であるが、茶色に染めた長髪にスポーツ用のサングラス。
そして軍服は大きく着崩して胸をはだけさせていた。
更に礼儀どころか知性さえもはるか彼方へ置いてきたかのような言動をしている。
その為、評判のよろしいタイプの人物では無かった。
しかし、その実で戦略眼や部隊の統率力は非常に高く、彼の部隊はあらゆる最前線で生き残ってきた実績がある。
惜しむらくは彼も戦機のパイロットなのだが、その能力は壊滅的であるという事だ。
「お前のところから3個小隊を陸戦艇に仕掛けさせろ。おそらく奴らはこのルートで逃げるはずだから、そこに俺と第2中隊で待ち伏せして迎撃する」
陸戦艇はその図体から移動可能なルートは限られてくる。
うまく誘導すれば待ち伏せして叩く事が可能なはずだ。
「了解ッス。……例のアレは使います?」
「ああ。だから第2中隊を動かすのだ」
アルベルトの言う例のアレとは、最近になって配備され始めたメーサー戦車である。
それまでも似たような兵器は存在したが、消耗が激しい為に継戦能力が低く、あちこちと移動させて使用するには難があるものであった。
それがようやく戦車として運用出来る形の物が完成したのである。
「お前もタイプγに乗って出撃しろよ?」
シーケンシーは笑いながらアルベルトの肩を叩いて言う。
シーケンシーはアルベルトの実力を正しく把握しており、それを高く評価していた。
「やめてください。死んでしまいます」
アルベルトは自身がパイロットとして致命的なくらい技術が無いことをよく分かっている。
そんな自分が戦機に乗って前線に出るなど冗談じゃないと口調が思わず普通のものになってしまった。
「地が出てるぞ」
「……冗談はナシッスよ」
軍隊においては戦果を挙げれば評価されて昇進する。
それは更に激しい戦域に回される可能性もあるという事だ。
しかし、アルベルトのように振る舞って人間性に問題があると周りに評価されれば、前線で何を仕出かすか分からないと思われて閑職に回されたかもしれない。
シーケンシーは彼のような言動をとっておけば今頃は軍務から逃れられたか、あるいは何処ぞの辺鄙な場所で戦闘とは関わりの無い所にいたかもしれないと思うのであった。
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そして11月2日である。
準備を終えたシーケンシーの部隊は玉堂の搭乗する“富士”を発見。
まずはアルベルトの率いる3個小隊が攻撃を仕掛ける。
「ここまで接近されるとはな」
艇長である玉堂は舌打ちをする。
「どうします?」
副艇長が尋ねた。
「わざわざ相手をしてられるか。M5のルートからN7まで後退。それに合わせて小林中尉の部隊を呼び戻せ」
この敵を倒すのであれば適切な場所に向かい、もう少し多くの戦力が必要だと玉堂は判断した。
その為には味方と合流しやすい場所へ移動しようと陸戦艇の動かそうと命令する。
「N2ポイントで合流ね。了解した」
この時、連絡を受けた小林亜理紗は自身の指揮する戦機部隊を移動させた。
そこはヒノクニの占領下であり、敵を迎え撃つには丁度良い場所でもある。
しかし、そこには既にシーケンシーの部隊が待ち伏せをしていたのだ。
これは玉堂も亜理紗にとっても予想外の事である。
「元は我々ルーラシアの領土だぞ。抜け道の1つや2つはあるということだ」
その場で待ち受けているシーケンシーは自機である青いタイプγのコックピット内で呟く。
そんな中でセンサーに反応。
敵の陸戦艇であった。
「ありゃなんだ?」
初めに異常に気付いたのは富士の護衛部隊である。
その兵が乗る鋼丸のセンサーに反応。
後続の機体を呼び寄せて警戒態勢をとらせる。
「それでは遅いのだよ」
次の瞬間、青いタイプγが恐ろしい速さで鋼丸に踏み込む。
そして右腕のアサルトライフルを次々と放ち、一瞬の間で機の鋼丸を撃破した。
「敵か! 待ち伏せだと!」
玉堂がブリッジで驚きの声をあげる。
その瞬間、四方からルーラシアの戦機が姿を現して自分達が囲まれている事に気付く。
「艇の中にいる戦力を全て出せ! ジャミング、電波妨害!」
玉堂はすぐに指示を出す。
この時、亜理紗やアラシアから出向してきたメイの部隊は合流しておらず、手持ちの部隊は少数であった。
「それでも小林中尉達が来るまでは持ち堪えてみせるよ」
敵の数は多いが、手元に残しておいた部隊は自分が育てた者達だ。
そう簡単にやられはしまいと玉堂は思う。
「定位置に来たな。メーサー戦車用意!」
狭いコックピットに揺られながらシーケンシーが命令する。
この人物は驚くべきことに戦闘を行いながら、その場の状況も把握していたのだ。
「メーサー砲戦車用意!」
部下の復唱と同時である。
富士の側にあった瓦礫が破裂して中からパラボラアンテナ状の砲身を持つ戦車が姿を見現した。
それは瓦礫の姿をしたダミーバルーンであり、その中にメーサー砲戦車を隠していたのだ。
「本船の右翼に反応!」
「戦車か!」
富士のブリッジもそれに気付く。
しかし、そこまでであった。
「撃て!」
その直後に富士のブリッジはメーサー砲戦車の砲身から吐き出された原子熱戦の直撃を受けて全て蒸発したのである。
「今だ!」
シーケンシーが叫び一気にルーラシアの戦機と歩兵部隊が飛び出していく。
それに対してヒノクニ側は突如指揮系統を失った事による混乱で陣形が乱れていた。
「墜ちろ!」
シーケンシーが叫び、専用のタイプγが得物であるアサルトライフルで鋼丸を撃破していく。
「ぐわっ!」
「た、隊長! うわぁっ!」
しかし、戦闘か開始されて数分後。
優勢だったはずの戦況で、シーケンシーの僚機が撃破される。
「やられた?」
シーケンシーは驚きの声をあげる。
そこは玉堂が自信を持って育てたいう部隊であり、僅かな時間で落ち着きを取り戻すと、今だブリッジ以外は健在である富士を中心として再度防衛線を形成。
シーケンシーの部隊に対応を始めた。
「……やるな」
敵陣の軽機関銃から放たれる弾幕を左腕の盾で防ぎながらシーケンシーは1度後退する。
そして合図を送るとメーサー砲戦車が再度砲撃を行った。
これは富士の機関部に直撃。
次の瞬間、その巨体は爆炎をあげてバラバラに吹き飛ぶ。
そして今度こそ統制を失ったヒノクニの部隊はバラバラと撤退することになった。
/✽/
そして時間は戻り再度11月3日。
この報せは何とか連弩まで辿り着いた玉堂指揮下の部隊により源明の元へ届くことになる。
「……なんてこった」
それを聞いた源明が唖然として呟く。
玉堂は確かに功名心の強い男ではあったが冷静な人物であり、その能力は確かであった。
また、彼の指揮下にいる者たちも優秀な兵士達であり、これらが撃破されるとは思わなかったのである。
「艇長。残存部隊の救出を急いだ方が……」
黙り込む源明を諭すように千代が声をかける。
「あぁ、そうだったね」
それに気付いた源明が答えた。
その声から動揺は抜け切っていない。
「玉堂大尉は艇に何かあればJ5ポイントのハービスタウンに集結する様に指示をしていました」
玉堂の部下が言う。
彼の言によれば玉堂は万が一の為に部隊の集結場所を予め定めていたのだ。
そこは数ヶ月前に放棄された町であり、部隊を集結させて再編成するのに適した場所であった。
「分かった。そこに救出部隊を向かわせる」
小林亜理紗、メイ・マイヤー、イテン・マタイの部隊は未だ健在と思われる。
おそらく指定された場所へ向かっているはずであり、そこへ救援を向かわせればこれらの部隊は救出可能なはずた。
「それと敵部隊には青い壊し屋がいました」
「李・トマス・シーケンシーか?」
ルーラシア帝国のエースパイロットである。
その名前を聞いて源明は顔を曇らせた。
「千代中尉。882に繋いでくれ。アレクの奴に出てもらう。青い壊し屋にはそれしかない」
本当にシーケンシーが出ているのであれば、それに対抗出来るパイロットはアレクしか居ないと源明は思っている。
「了解しました」
千代もそれは理解しており、すぐに882中隊へ通信を入れる。
その後、ミンミンからの要請によってガンナーズネストからもエステル・ドルイユの部隊も救援に向かうことになった。




