168話 IRBM
真歴1088年10月22日9時35分。
ズーマン地域境界線ヒノクニ陸軍L1基地。
その司令ビルで2人の男が会話をしている。
蜂須賀少将と基地司令のロベルト大佐である。
「打ち上げまであと10分ですな」
ロベルトが腕時計を確認して言う。
窓の外には巨大な円柱が並んで4本立っているのが見える。
「あぁ、まさか帝国もここから攻撃されるとは思うまいよ」
蜂須賀が機嫌良さそうに返答する。
窓の外に並んでいるそれは巨大なミサイルであった。
「ICBMでしたかな?」
ロベルトがそのミサイルについて尋ねる。
彼はこの基地の運営を任されていただけで、目の前の兵器についてはあまり詳しくない。
「いや、分類的にはIRBMだよ。中距離弾道ミサイルだな」
「中距離……、ここからズーマン地域中央区まで1000キロはありますよ」
1000キロというのは中距離というものでは無い。
現在、各国で採用されているミサイルの射程距離は、戦艦に搭載されている長距離のものですら350キロ程度が最大である。
それもカタログスペック上で届くというだけで、実際の命中精度は期待出来ない。
「あぁ。だがこいつの最大射程は3000キロくらいだと言われている」
「それだけあればヒノクニ本国からでもジャンジラを狙い撃てますな」
「まったくだ。崩壊戦争前の技術というのは凄まじいものだよ」
流石は崩壊戦争前のオーバーテクノロジーであった。
それが1000キロをという距離を中距離としてしまう事にロベルトは関心する。
ルーラシア帝国、ヒノクニ、アラシアが所有している兵器の中に、そこまで長射程のものは存在しない。
しかし、目の前のミサイルはそれだけの射程がある。
「これなら一方的に敵を狙い撃ち出来ますな」
ロベルトが感想を漏らす。
「ああ。だが、量産の目処はついていない。今あるのもこの基地の地下に残っていた遺跡をサルベージしたものに過ぎんからな」
それに対して蜂須賀はやや不満そうな顔をしている。
彼としてはこの超兵器を量産したいのだろう。
「しかし、今回の攻撃でデータは取れます。いずれは量産も可能でしょう」
ロベルト大佐が指揮するL1基地は崩壊戦争前の遺跡の上に建造されたのだ。
それも基地建造の際に偶然発見された遺跡である。
この遺跡は所謂ミサイル発射基地であり、複数のミサイルサイロが存在した。
その保存状態も非常に良好であり、電源さえ確保出来ればすぐにでも再起動が可能な状態だったのである。
また、同時期に別の遺跡から件のIRBMがサルベージされたのも幸いであった。
それをこの遺跡で組み立てて実射まで行う事が可能となったのである。
「そういえば、この部品を持ち込んだ部隊の隊長に建造中のサイロについて質問されましたな」
ロベルトは数ヶ月前にあった陸戦艇の艇長を思い出す。
軍人らしからぬ雰囲気の男であった。
「ふむ?」
誰の事だろうと蜂須賀は思い当たる節を考える。
「黒髪の垢抜けない雰囲気の男でしたよ。ミサイルサイロを指して、あれは何を作っているとか聞かれましたな」
陸戦艇の艇長であるというのに、それらしくない雰囲気の男で印象は強かった。
しかし、名前までは思い出せない。
「……もしかして小山源明少佐かな?」
名前を言い当てたのは蜂須賀だ。
艇長らしくない艇長というのであれば彼くらいしか思い当たらなかったからだ。
「ああ、そんな名前だったかもしれません。まぁ、その時は通信アンテナを建てていると答えましたが」
小山源明。
確かそんな名前であり、そういったやり取りをした事をロベルトは思い出す。
「……ふむ。彼はこういった物に縁があるな」
源明がヒノクニに来た理由を知っている蜂須賀はその偶然に関心する。
どうも小山源明という人物は崩壊戦争前の発掘兵器に縁があるようだ。
「どういうことです?」
ロベルトは源明の事を陸戦艇の艇長の中の1人程度にしか思っていない。
しかし、源明は発掘兵器であった陸戦艇のデータを提供し、そのキッカケも発掘兵器であるアグネアに関わるものであった。
「……彼にはロングボウの実戦テストを依頼していた」
蜂須賀は短く答える。
まさか源明が陸戦艇の開発に大きく関わっているとは言えない。
「ロングボウですか」
ロベルトが答える。
ロングボウとは今回のIRBMより前から研究がされていたロケットの弾頭だ。
スクラムジェットエンジンなるものが搭載されており、ロケットから切り離されると同時に超音速で目標に向かうという代物であった。
その威力は凄まじく、大隊規模の基地を丸々1つ壊滅させる程ものらしい。
その実射試験を源明が行ったという事だ。
「あれも今回のIRBMの技術に活かされているとか……、因果なものですな」
なるほどとロベルトほ納得して答える。
「……む、そろそろか」
蜂須賀が腕時計を見て呟く。
IRBMの打ち上げ予定時刻になっていた。
《これより打ち上げカウントダウンに入ります》
同時に館内放送が流れた。
いよいよだと蜂須賀とロベルトの気分は高揚する。
このIRBMは現在のヒノクニにとってロストテクノロジーの塊であり、打ち上げまでこぎ着けた事が奇跡のようなものだ。
「いきなり爆発とかしないだろうな?」
打ち上げまで残り5秒。
ふとそんな疑問が蜂須賀の脳裏を掠める。
「開発部を信じるしかありませんな」
残り3秒。
ロベルトも蜂須賀も軍人であり技術屋では無い。
そう答えるしかなかった。
「来たぞ!」
カウントが0になったと同時にIRBMの底面から白い煙と炎が吐き出されゆっくりと上昇する。
「おお……!」
次々と上昇していく円柱のそれを見て2人は感嘆の声をあげた。
/✽/
同日10時03分。
ズーマン地域中央区、ズーマン基地司令ビル。
この日、ここの総指揮感はルーラシア帝国の皇族の1人であるポン・トゥルメィル中将が執っていた。
本来は八海山が居るべき場所であったが、彼は前線の視察に出ていた為である。
「どれ、八海山の奴が出ている間に何か戦果でもあげてやるか」
でっぷりとした身体を椅子に預けてポンはそんな事を考えていた。
彼は所謂親の七光りと子ねだけで今の地位にいるような人物であり軍務の才能は無い。
「何やら外が騒がしいな?」
執務室の外から喧騒が聞こえ、それを訝しんだ直後である。
彼のいる司令ビルはヒノクニによって放たれたIRBMの直撃を受けて何もかもが吹き飛んでしまったのだ。
「本部と通信がとれなくなった?」
視察中、八海山はタイプγで出撃中にその報せを受ける。
PRの為に前線部隊と共に偵察に出ていたのだ。
「………そうか。直ぐに戻る」
八海山はそれだけ言うとすぐに視察を中止して中央区へ戻る。
そして、その惨状を見るなり苦々しい顔になった。
「総司令部はほぼ全滅か……」
15時23分に彼が司令本部に戻ると、基地の建物はほとんど吹き飛んで瓦礫の山となっていた。
「ええ、1002時に上空から飛来する物を確認して数秒後にはこれです」
額に包帯を巻いた少尉が言う。
彼が言うには上空から高速のミサイルのような物が4発基地内に直撃したという事だ。
「しかし、何処から飛来したかは全く分かりません。信じられないですが、余程の遠距離からでなければ考えられない事です」
「そうか……。分かった。後は我々の仕事だ。貴官はとりあえず休んでいるといい」
この少尉は何も知らなかったが、八海山には思い当たる節が幾らかあった。
だからこそ彼はこの日に基地を離れたのだ。
「……ところでトゥルメィルの奴はどうなった?」
思い出したかのように八海山は先程の少尉に尋ねる。
「はっ。その時は司令ビルにいたという事ですからおそらくは……」
「死んだか」
「死体は見つかっていませんが、おそらくは……」
おずおずと答える少尉に「分かった」と八海山は短く答える。
「これで少しは綺麗になるな」
八海山は聞こえない声で呟く。
ポン・トゥルメィルは無能を絵に書いたような男であった。
本来は中将などなれるはずも無い人物なのだが、親の権力とコネだけでそうなってしまったのだ。
八海山からすれば唾棄すべき人物である。
それが今回の騒動で居なくなったという事で彼の機嫌は少し晴れやかになった。
「閣下」
そんな気分の八海山に背後から声がかかる。
見た目は如何にも前線の士官という風体であったが、八海山直属の親衛隊であった。
「……どうした?」
何となく用件は察している。
「この攻撃ですが、やはりヒノクニのものでした。L1基地から何か打ち上げられるのが確認されたとの事です」
どうやら、かなり離れた場所からの攻撃らしい。
おそらくは崩壊戦争前の発掘兵器でも持ち出したのだろう。
八海山はふむと息をつく。
「分かった。引き続き頼む」
八海山がそう言い終わるや、その親衛隊はすぐに歩き去っていく。
「……ヒノクニめ。やってくれたな」
八海山は舌打ちと共に呟く。
近いうちにこの中央区に向けて攻勢を仕掛けてくるのは予想していたが、こんな方法は予想していなかったのだ。