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162話 救援要請

 真歴1088年9月3日。

 ズーマン地域中央区東部防衛線。

 現在、この地域はルーラシア帝国軍とアラシア共和国軍で激しい戦闘が繰り広げられていた。

 アラシア側はこの戦域に2個大隊を投入。

 それに加えてオリガの率いる88レンジャー部隊も参戦していた。

 対するルーラシア軍は新造されたH型陸戦艇を投入。

 消耗した部隊は陸戦艇に後退させ、代わりの部隊を出撃させるという事を繰り返して防衛線を維持していた。


「また、新しい部隊……。いや陸戦艇で再編された部隊が消耗した部隊と交代したのか」

 前線の拠点として建てられたプレハブ小屋の中でアレクは報告を受けていた。

 遠くからは砲撃音が聞こえ、何処かの部隊が戦っているのが分かる。


「883中隊は? ヘリで空から攻撃出来ないのかしら?」

 悩ましい顔をしているアレクにサマンサが尋ねる。

「陸戦艇だからな……。通常の拠点と違って動き回る目標だ。追いかけ回ると燃料の消耗が激しいらしい。例え接近出来ても対空火器や護衛部隊に蜂の巣にされる危険があるそうだ」

 つまり戦闘ヘリだけでは陸戦艇は撃沈出来ないという事だ。

 これを成功させるのであれば地上部隊との連携が必要になる。


「連弩だって、何だかんだ言いつつも空からの攻撃で堕ちた事はなかったろう?」

 アレクは連弩を例に出して言う。

 事実、これまでに連弩は何度も戦闘ヘリや爆撃機による空からの攻撃を受けているが撃沈された事は無い。


「これじゃあ消耗戦ね」

 陸戦艇といえど無限の物資を持つ訳では無い。

 いずれは補給が必要になるだろう。


「どちらが先に耐えられなくなるか……。だが俺たちは遠征の身だ。補給線が伸びている分、こちらのが先にダウンするな」

 徐々に勢力圏が増えているとはいえ、ズーマン地域はルーラシア帝国の土地である。

 補給に関してなら敵の方が有利なのだ。


「隊長! ポイントD2の第42小隊から救援要請です」

 そこへ部下が駆け込んでくる。

 救援要請を発したのは現在戦闘が行われている場所である。


「ポイントD2か」

 そこはアレク達の受け持った戦線と隣り合わせではあるが、管轄外のエリアであった。

 本来であれば管轄エリアの大隊に中継して、そこが救援要請に応じるのが通常の処理である。


「しかし、話を聞く限りだとそれでは間に合わんな」

 42小隊は敵に包囲されつつある。

 おそらく大隊が救援部隊を編成している間に全滅してしまうだろう。


「仕方ないな。ジョニーとザザの小隊を出すぞ。……俺も出る。すぐに用意しろ」

 アレクは自ら部隊を率いて救援に向かう事を決めた。

 882中隊の現在地であればすぐに駆け付けられるはずなのだ。















/✽/














 16時12分。

 救援要請を出した第42小隊はほぼ壊滅状態であった。

 敵の攻撃を受けてバラバラになっていた他の小隊も合流しているが、戦力として見ればせいぜい3個分隊といったところだろう。


「クソ、2128小隊から異動してこれかよ」

 目の前にはルーラシアの主力戦機であるタイプγ。

 それに相対する形で1機のザンライが防衛線の前に出る。

 そのパイロットは名取陽平という今年で22歳になる少尉であった。


「まったく、帝国兵ってのはどうも真面目過ぎて困るな」

 彼の乗るザンライは軽快に移動しながら装備したサブマシンガンで敵機を撃破していく。


「救援はまだ来ないのか? そろそろ弾が切れるんだが?」

「現在、882中隊がこちらに向かっています!」

「あとどれくらいで着く?」

「不明です!」


 部下の答えを聞いて陽平は舌打ちをする。

 そして自機の装備していたサブマシンガンをその場に投げ捨てさせると、撃破した敵機の握っていたアサルトライフルを取り上げる。


「FCS同期は……、無理か。仕方ない……。物理トリガーでの使用に切り替え」

 残弾を確認、更に敵機のペイロードから予備のマガジンを取り上げる。

 その一連の流れを陽平は淡々と行っていく。

 そして再び戦闘。

 いよいよ敵は戦機だけで無く、歩兵戦闘車まで出撃させていた。

 それに気付いた陽平は舌打ちをして、これに銃口を向けさせる。


「来ました! 882中隊です!」

 しばらくして陽平が歩兵戦闘車を蜂の巣にしていた時であった。

 部下の通信と同時に味方のザンライが敵陣になだれ込んでいく。

「来たか」

 どうやら生き残る事が出来そうだと陽平は部下の通信を聞いて安堵する。

 見れば複数の友軍機が次々と敵機を撃破していく様がセンサーに映し出されていていた。


「聞こえるか? とりあえずこの辺りの敵を殲滅したらポイントC3まで後退するぞ」

 それは救援部隊の隊長からの通信であった。


「了解しました。救援感謝します」

 陽平は心からそう思って返答する。

 同時に目の前に現れたタイプγに向けて射撃を行い、これの左肩を破壊した。


「……撃つ度に照準がズレていくな。FCSの同期が無いとこんなものか」

 ルーラシア帝国製の武装はアラシアのそれと共通の規格である事が多く、鹵獲してそのまま使用出来る事が多い。

 だが、その場では火器管制システムを通した細かい設定が出来ないために照準や射撃反動などの補正が不可能であるという弊害がある。

 その事に陽平は舌打ちをしつつ、追加の射撃で敵機を撃破した。


「……チッ」

 更に白煙の奥から敵のタイプγが姿を現す。

 どれだけ敵はいるのだと思い照準を合わせた。

 だが、その横を味方のザンライが通り過ぎる。


「出過ぎじゃないか?」

 そう思った瞬間だ。

 そのザンライは右腕に装備したサブマシンガンを撃ちながら敵機に突っ込むと同時に左腕のレーザーカッターでこれを袈裟斬りにしてしまう。

 それは驚くべき早業であった。


「なんだありゃ? 同じ人間が動かしているんだろうな?」

 その機体は更に次の敵機に向けてサブマシンガンを1射してこれを撃破する。

 おそらくここまで10秒もかかっていないだろう。

 その短い間に2機のタイプγを撃破したのだ。

 その肩には882という数字と中隊長機である事を示すマークが描かれていた。


「中隊長クラスであんなパイロットがいるのか?」

 陽平はその事に驚く。

 中隊長であれば階級は大尉辺りであろうが、そのくらいで前線に出るというのは珍しい話なのだ。

 しかも、あの動きは間違いなくエースパイロットである。


「……いや、あの機体だけじゃないな」

 よく見ればその周囲の機体も鮮やかな腕前で敵機を撃破、あるいは後退に追い込んでいる。

 救援というにはあまりにも練度の高い部隊であった。


「88……。噂の88レンジャーか」

 それらの機体に描かれた所属部隊を示す数字を見て陽平は彼らが特殊部隊の88レンジャーである事に気付く。


「少尉。こちらは後退の準備が整いました」

 部下から通信が入る。

 このまま88レンジャーと共に敵部隊を殲滅したいところだが自分以外の者達は満身創痍であった。


「分かった。彼らの言う通りの場所に後退する。殿は俺がやるから先に後退しろ」

「了解」


 こうして名取陽平達はアレク達の救援により後退する事が出来た。

 しかし、中隊は陽平達の部隊を残してほぼ全滅しており、これ以上の任務継続は不可能な状態だろう。

















/✽/


















「へぇ、お前が名取陽平か。源茂助から話は聞いていたが」

 19時15分。

 部隊の再編成や負傷者の手当などに皆が追われているなか、名取陽平は残存兵の代表として救援部隊の隊長に報告を行っていた。

 本来であれば自身の中隊に所属する上官へ報告を行うはずなのだが、それらに該当する者たちは全員戦死していたのである。


「源茂助少尉ですか?」

 それはかつての同僚の名前であった。

 陽平を救援した部隊の中隊長から意外な名前が出た事に陽平は僅かな驚きを覚える。


「奴と俺は同期だよ。それに、最近までは俺の部下でもあった」

 赤毛の中隊長が言う。

「今はどうしてるんです?」

 何となしに尋ねた。

「……イェグラードの戦いで毒ガスにやられてな。生きてはいるが復帰はどうかな」

 その答えに陽平は「あぁ」と短く声を出す。

 イェグラード戦の最後で毒ガスが使用された話は聞いていた。

 まさかその被害にあっていたとは予想外である。


「どうだ? お前が良ければウチの部隊へ来ないか? 茂助から腕の良いパイロットだと聞いている」

 赤毛の中隊長は88レンジャーに入らないかと尋ねてくる。

 それに対して陽平は首を横に振る。


「88レンジャーは特殊部隊でしょう? ただでさえ死亡率の高い機動歩兵なのに、更に危険なことをやる気にはなりませんよ」

 その答えに赤毛の中隊長は苦笑する。

 言いたいことは分かるという雰囲気だ。


「それに去年に結婚したばかりなんです。これ以上危ない事をするようなら嫁さんに怒られますよ」

 陽平は本土で待っているであろう妻の顔を思い出しながら言葉を続ける。


「結婚してるのか?」

 少し驚いた顔で尋ねられた。

「元は同じ部隊のパイロットでした。彼女方が腕はありましたけど」

 陽平の妻は同じ部隊に所属していたパイロットであった。

 同じ戦場で紆余曲折を経て結婚する事になったのである。


「ふむ。ならその嫁さんをスカウトしてみるか」

 赤毛の中隊長は冗談めかして言う。


「彼女は退役してますよ」

「そうだろうな。何にせよ気が変わったら声をかけてくれ。俺はアレクサンデル・フォン・アーデルセン大尉だ」


 アレクが笑って言う。

 しかし陽平は声をかけることなどあるものかと内心で思っていた。


「……今は何処も人員が不足してるからな」

 報告を終えて立ち去っていく陽平を見ながらアレクは呟く。

 その横にはいつの間にやらサマンサが立っていた。


「……因みに貴方は結婚しないの?」

 やや意地の悪い言い方でサマンサが尋ねる。

「相手がいないのは知ってるだろう」

 アレクは苦々しい顔で答えた。


「貴方ならいくらだって作れるでしょうに」

 アレクは映画俳優さながらの整った顔立ちをしている。

 その上、名の知れたエースパイロットだ。

 サマンサの言う通りに作ろうと思えばいくらでも作れるはずであり、アレク自身も何度か女性に言い寄られた経験はあった。


「こういう仕事でいつ死ぬかも分からないのに結婚してもな」

 そう答えてアレクは少し考える。

 自分はいつまでパイロットをやれるのだろうか。

 そしてパイロットを辞めた時に自分は何が出来るのだろう。


「将校にでもなれば前線に行く事もなくなるのかもしれんが」

 そこまで自分は真面目でも無いし、そもそも大部隊の指揮官など向いているとも思えなかった。


「貴方が将校になる事が出来れば、それこそ選り取りみどりね。……なれるとは思えないけど」

 サマンサがクスリと笑う。

 それを聞いてアレクはムッとするが、ややあって反撃に転じた。


「ならお前と結婚するか?」

 不敵な笑いを浮かべてアレクはサマンサ正面に立つと、その腰に手をかける。


「馬鹿言わないでよ」

 サマンサはその手を払い除けながら冷たい声を出す。

 そして怒ってしまったのか、そのままプイと背中を向けて行ってしまう。


「上官をからかうからだ」

 アレクはその背中に言葉を浴びせた。


「……」

 そこでアレクはそれまでのやり取りを部下が見ていた事に気付く。

 まるで自分がフラれたのを目撃された気分であった。

 ややあってからアレクは苦笑しながら部下に「笑うなよ」と声をかける。

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