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16話 年明け接戦

 トールが藤原に起こされている頃、アレクは部隊の指揮をとっていた。

「向いていないものだ」

 味方に指示を出しながら思う。


 あらかじめ予想されていたパターン通りにエイク率いる歩兵部隊を伏せ、メイ・マイヤーの第2分隊と合流する。

 流石にこの時はメイ達もアラシア共和国主力戦機であるアジーレを使っていた。


 斥候として出した兵が戻ったのを確認して、アレクの乗るアジーレが歩き出し、それを先頭に第2分隊が続く。


「マーカーの設置は頼むぞ」

「任された」


 アレクはエイクの部下であるバルトに声をかけてハッチを閉じる。


《敵の数はこちらより上という話でしたねぇ》

 メイの妙に明るい声が通信機を通して聞こえた。

「敵が間抜けならこちらの策に引っ掛かるだろうさ」

 それは敵が引っ掛かる事を確信しているかのような声であった。

 自信家なのか、この策に余程自信があるのかとメイは思う。

 だが彼女はそんなアレクに何処か根拠の無い自惚れを感じ、信頼よりと危うさを覚える。


「来たぞ!」

 アレクの声が響く。目の前にはルーラシア帝国の主力戦機であるタイプβ。


 先制を仕掛けたのはルーラシアが側であった。

 タイプβの持つアサルトライフルが火を吹いて、アレク機の左腕に備え付けられた盾から重い金属音が響く。

 そして、アレクよりも先に第2分隊のターニャ機が反撃の射撃を行い、その弾丸が敵の足元の雪を巻き上げた。


 そこから戦機同士の射撃戦が開始される。

 しかしアレク達は5機のアジーレに対し、敵はタイプβが8機であり、数の上では不利であった。


「やはり敵の方が多い。後退するぞ!マーカーに気を付けろよ」

 アレクの判断は早い。

 味方が傷付く前に後退を指示する。


「数の上で不利と見たか……」

 敵側、つまりルーラシア帝国側の指揮官である李・トマス・シーケンシーはこの後退を正しい判断であると思う。

「それにしたって随分早い判断ではあるがな」

 そして自らも進んで味方機の展開を確認することにした。


「追ってきた!」

 一方でアラシア側は余裕のあるルーラシアと違い、緊張感に包まれながら行動していた。


 アレクはコックピット内で三面モニターに映し出される頭部カメラからの映像と、センサーが捉えた情報を読み込みながら機体を操縦する。

 味方を先に逃しながら、時折振り返っては牽制射撃を行う。


「妙だな。……マーカー?」

 殿となっているアレク機をシーケンシーはタイプβの拡大望遠で後方から眺めていた。

 センサーにマーカーらしき反応が引っ掛かる。


 それがアラシア側の罠であり、自分達が誘い出されたというのはすぐに分かった。

 しかし、それがどういった類の罠であるかまでは判断が付かなかい。


「敵はマーカーの上を通っている」

 マーカーの外に地雷でも仕掛けられていて、それを知らずに踏み込めば自分達はダメージを受けるという罠だろうか。

 シーケンシーは思案する。


「だとしたらマーカーがこちらでも探知出来るのは妙だ」

 そんな事を思った瞬間、部下の分隊長が通信機越しに声を上げた。


《マーカーの所には行くな!敵味方の識別信号で爆発する地雷が仕掛けられいると見た!》


 それを聞いたシーケンシーは逆の考えかと一瞬思ったが、そんな事は誰でも思い付きそうなものだと訂正する。


「いや、待て」

 そう声をかけた瞬間であった。

 マーカーから外れた場所に進んだタイプβ3機の姿が見えなくなったのである。

 しかし、レーダーには反応があった。


《落とし穴!》

 見えなくなった機体のパイロットの声が聞こえた。

 そこには4メートル程の深さがある穴が掘られていたのである。その程度であれば致命的なものでは無いのだが、戦機の脚を止めるのには充分であった。


 次の瞬間、落とし穴の手前から生身の兵士が対戦機用の中機関樹を持ち出して姿を現す。

 銃声、穴にハマった戦機は身動き出来ずにコックピットを撃ち抜かれて動かなくなる。


「やられた……!」

 シーケンシーは自分の気が抜けていた事を自覚する。何時もであればこの程度の事は予想出来ていたはずだと歯噛みした。


「後退しろ!態勢を立て直す」

 そう言うと味方の後退を援護するために自機を前へ進める。

 レーダーを見れば敵が追い打ちをかけてくるのが見えた。

 味方のタイプβが背後から撃たれ炎上する。


「ええい!」

 シーケンシーも負けじと射撃を行う。

 しかし、敵はそれを避けた。


「照準が狂っているのか?」

 正確に捉えたはずであるが、避けられた事に驚きと苛立ちが混じった言葉を吐く。


 次の瞬間、その敵は左腕に取り付けられた盾を光らせながら突撃してきたのだ。

「レーザーカッターか!」

 敵の左腕に装備されたシールドの先端には戦機同士による格闘戦用の兵装であるレーザーカッターが取り付けられている。


 その左腕が振り下ろされるよりも先にシーケンシーのタイプβは右腕を振り上げ、敵の左腕にぶつける形で溶断されることを防いだ。


《李・トマス・シーケンシーか!》


 それは戦機の装甲同士を接触させて行う通信であった。

 若い男の声であった。


「接触回線?」

 シーケンシーはそれを確認すると敵機から距離を取ろうと自機を後退させる。


 李・トマス・シーケンシー。

 青い壊し屋と呼ばれる彼は戦闘中に時折こうした出来事に遭遇していたのだ。

 通信をしてくる敵の大半は、エースパイロットとの決闘をするというヒロイックな気分でいる者であり、シーケンシーはその様な者達を軽蔑していた。


「私達は戦争をしているのだ」

 それはスポーツなどでは無く、純粋な殺し合いであるとシーケンシーは思っている。


 敵のアジーレからシーケンシーのタイプβが離れる。

 しかし、アジーレは更に追いすがり距離を詰めて再び格闘戦に持ち込もうとした。


《俺は射撃戦が苦手なクチでね》

 再び敵からの接触通信。

 ならばとシーケンシーは自機の左腕に装備させたレーザーカッターを振るう。


 しかし、敵機はそれを先程シーケンシーがしたように右腕を振り上げ、レーザーの刃に切り裂かれるのを防いだのだ。


《俺はアレクサンデル・フォン・アーデルセン。何時かのレアメタル工場で殴り合ったろう?》


 ややあってシーケンシーはその事を思い出す。

 発掘兵器の回収を行う為に制圧したレアメタル工場、そこで敵の襲撃を受けた時に妙に動きの良い敵がいた事を思い出したのだ。

 だからといって、その敵に返答する義理は無い。


 距離を取りライフルを撃つが、照準が定まるよりも先に敵が近付いてレーザーカッターを振り回す。


「逃がすものかよ!」

 アジーレのコックピットの中、アレクは叫んだ。

 前回は負けたが、今回はそうはいかないと意気込んでいた。


「腕は良いようだが……!」

 アレクの攻撃を防ぎつつ、以前に自分を仕留められなかったのがそんなに悔しいのかシーケンシーは思う。


 周りの状況を確認すれば味方の後退はほぼ完了しており、このアレクなんとかという名の男が乗った機体が突出している形になっていた。

 味方を呼び戻してこの機体だけでも仕留めるかと思案する。

 しかし、その前にそのアジーレはレーザーカッターを振るのを止めて右腕のアサルトライフルによる射撃を行いながら後退を始めたのだ。


「自分の置かれてる状況に気付くか」

 アレク機の射撃を避けながら、面倒なのが行ってくれたとシーケンシーは安堵する。


「突出し過ぎたか……。サマンサ辺りにどやさ

れるかもな……」

 アレクは射撃を行いながら、どうも熱くなり過ぎたなと思う。

 牽制程度のものだが、それをことごとく避けながら後退するシーケンシー専用の青いタイプβを見て舌打ちをする。





/*/





「被害は?」

 トールが尋ねた。

 軍の購買で手に入れた懐中時計を見れば、既に年が明けている。


「第3分隊は重傷者が3人、でも戦死者はいないわね」

 サマンサが答えた。

 その横には丁度帰還したばかりのアレクがいる。


「でも、第2分隊のケイト機が撃墜。ケイト二等兵は戦死したわ」

 その報告にトールは顔をしかめた。

「やったのは青い壊し屋か?」

 トールが尋ねる。

 サマンサは首を振った。


「いえ、シーケンシーはアレクが止めていたわ。他の敵が足止めに撃った弾が当たったんでしょう」

 元々、数の多い部隊では無い。

 その中でも戦力としての比率が大きい戦機を失った事をトールは苦々しく思う。ましてや、自分の直接的な部下が戦死してしまったとあれば尚更だ。


 しかし、誰よりも悔しく思ったのは戦機部隊を実際に指揮していたアレクである。

 彼は「クソっ!」と吐き捨てる様に言うと積もっていた足元の雪を蹴り上げた。


「迂闊だった……!俺が奴の相手をしていたばかりに……!」

「でも、そうしなければ青い壊し屋はもっと多くの戦機を撃墜したかもねー」


 メイである。

 平静を装っているが、部下を撃墜されたことで心中は穏やかでは無かった。

 口調の割に声の響きはどこか冷たい。


「捕虜はどうしますかい?」

 トールの前にエイクが現れた。


「捕虜?」

「落とし穴に引っ掛かった戦機のパイロットですよ。運良く1人何事も無く生き残ったのがいます」

「どんな兵士?」


 トールが尋ねた。つまりは尋問して何か有益な情報が得られるかということである。

 それに対してエイクは首を振った。


「立派な帝国軍人ですよ」

「軍国の名誉主義に足まで漬かってるってこと?」

「そうなりますな」


 やれやれとトールは呆れ、コーヒーでも飲ませて解放してやろうかと考える。

 捕虜を取ってもこちらには何も得が無いと考えたからだ。


「しかし、ただ解放しても面白く無いな」

 そんな事を呟いて思考を巡らせる。


「すまないが、何か書く物を。あと、連絡用のスノーモービルに、封の空いていない適当な酒を1本用意してくれ」

 いきなりそんな事を言い出したトールにエイク達は目を丸くする。

「新年の挨拶でもするつもりか?」

 アレクが不審なものを見る目で言う。

「似たようなものさ」

 紙とペンを受け取りながらトールは何かを書き始めた。


 李・トマス・シーケンシー殿へ。

 この度の戦闘、見事な腕前に感服いたしました。

 しかしながら、お互いに被害があったのも事実。

 新年を迎えたばかりという、本来はおめでたい時期にこれでは縁起があまりにも悪いと思われます。

 そこで、ここは一度兵を引いては貰えないでしょうか?

 我々もこれ以上の継戦は苦しく、このままでは鬱屈とした気分の年明けになり部下達に申し訳が立たないのです。

 そちらとしても、年明け早々に部下を戦場に出す事に抵抗がある事と思います故に。

 アラシア共和国陸軍、トール・ミュラー曹長より。


「これを敵に渡すのか? 捕虜に持たせて?」

 そんな内容の手紙を読み、アレクは驚いて言った。

「そうだ。……まぁ、奴さんが読むかは知らないが」

 トールは肩を竦めて見せる。


「こちらは戦力が少ないから攻撃しないで下さいと言っている様な内容ですね……。もし、敵からこんな物が送られてきたらどうします?」

 茂助がサマンサとアレクの2人に視線を向けた。


「まぁ、様子見ね。そう思わせて攻撃したところを罠にかける算段とも読めるし」

 稚拙な文であると手紙を読み直してサマンサが答える。

「同じく」

 アレクもそれに同意した。

「数で不利なのは変わらないですからね。隊長はそれを狙って?」

 茂助が大きな瞳を向ける。


「それもある。……でも通用するとは思っていないよ。相手はあの青い壊し屋だ」

 ついでに言えば、青い壊し屋こと李・トマス・シーケンシーも同じ人間である以上、こんな時期に働きたくは無いだろう。それならば、この手紙で怠け心が刺激されれば引いてくれるのでは無いかと考えたからだ。


「時間稼ぎくらいにはなるかもね」

 サマンサが頷く。この程度ならしてもしなくても大して変わらないはずである。

 成功して引いてくれればラッキー程度の感覚であった。


「その為にスノーモービルを渡すのか?」

 アレクはやや懐疑的である。

「ウォッカも1本な」

 開いていない酒を渡す事をエイクは不満に思う。


「奴さんに早く渡して貰いたいし、それだけ余裕があると思わせられるかもしれない。大体、あのスノーモービルは帝国製で使い辛いって言ってたじゃないか」

 そのスノーモービルはかつてこの辺りが帝国の制圧下に持ち込まれた物であり、ヒノクニやアラシア製のものでは無い。

 慣れない事もあり、使い辛いと不評だったのだ。

 酒に関してはトール達が未成年であり、飲酒に関しての意識が酔っ払ったエイク達の姿という印象が濃いこともある。


「とにかく用意してくれ」

「分かりましたよ……」


 エイクは「せっかくの酒が」とブツブツ言いながらトールの指示に従った。


「部隊は例のトラップゾーンの内側に配置させてるわ。……勿論、マーカーは片付けて敵に罠の位置を確認出来ないようにしてね」

「頼む。あと、なるべくこちらにはまだ余裕があるように見せたい」

「そうね。手紙を受け取れば、敵は初めにこちらに偵察兵を出すものね」


 そう言うとサマンサは各部隊をまとめる為に各隊長を集め始めた。


「ブラフか。まどろっこしいな」

 アレクはフッと軽く笑って呟いた。

 幼い頃からトールを知っているが、こういうことを思い付ける様になっている事を可笑しく思ったのである。

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