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159話 第93平原陥落

 真歴1088年8月4日。

 第93平原は陥落。

 ルーラシア帝国軍は完全撤退する。

 その決め手となったのは88レンジャーでも第9大隊でも無かった。

 ルーラシア側の物資不足である。

 この2ヶ月の間、ルーラシア軍の守備隊にはマトモな補給がされなかったのだ。

 その結果、各地の戦線では物資が不足し、これ以上の戦闘継続が困難となったのである。


「どうも敵の上の方はうまくいって無さそうだな」

 敵部隊が撤退した事で完全に空き家状態となった拠点。

 その様子を見ながらアレクが呟く。

「その様ですね」

 付き添いのジョニーが答えた。

 そして拠点内にある兵員詰所の扉を開ける。


「……酷い臭いだ」

 部屋に入った瞬間、鼻を付く臭いにジョニーは顔をしかめる。

「1週間は風呂に入っていない兵士の臭いだな」

 アレクも同じように顔をしかめるが、すぐに何時もの表情に戻る。

 前線ではよくある事なので慣れているのだ。


「西部戦線にいた頃に最長で2週間入れなかった事があるぞ」

 アレクは笑って言う。

 西部戦線は熱帯のジャングルがほとんどであり、場所によっては水が貴重なものとなっている事がある。

 その上、最前線である為に戦況によっては風呂に入る余裕が無くなる事も見られた。

 そんな場所で汗と泥と硝煙に塗れたまま2週間以上を過ごしていた時に比べればここはマシな方だと思う。


「そりゃそうなんですけどね」

 ジョニーは適当な相槌を打ちながら簡易ベッドの端に置いてある金属製の箱の前でしゃがみ込む。

 しばらく何かを確認した後にナイフを取り出す。

 そして蓋の部分を弄り始めた。


「……離れてください。ブービートラップの様です」

 蓋を開けると中の爆薬が作動する仕掛けらしい。

 敵の置き土産という訳である。


「おいおい、そういうのは工兵とかそっちのに任せた方が良いんじゃないか?」

 ジョニーもアレクも戦機のパイロットである。

 トラップ解除についての訓練は一通り受けてはいるが専門では無い。

 複雑な仕掛けになると完全にお手上げである。


「ワイヤーを使った子供の工作レベルのものですよ。トラップと分かれば新兵だって解除出来ます。……出来た」

 ジョニーは答えながらあっという間にトラップを解除して蓋を開ける。

 ジョニーもアレクも手榴弾の1つでも入っているはずだと思い身構えた。

 しかし、箱の中には何も入っておらず空であり2人は拍子抜けしてしまう。


「空ですね。しかも、……何だこりゃ?」

 ジョニーは蓋の裏に何かがテープで取り付けられているのを発見する。

 ジョニーはそれを外すと「見てくださいよ」と呟いてアレクに投げて渡す。

「……クラッカーだな。パーティーなんかで使う奴だ」

 投げ渡されたそれを見てアレクが言う。

 三角錐の先端の紐を引っ張ると音ともにリボンやら紙吹雪が舞うパーティグッズだ。

 試しに紐を引いてみたがポスンという音がして、中から弱々しく色紙の切れ端やら紐が床に落ちただけであった。


「湿気ってるな」

 アレクはそう言うとクラッカーを床に投げ捨てた。

「ブービートラップの練習とかですかね?」

 床に転がるクラッカーを見てジョニーが言う。

「それか単なる悪戯だろう」

 ブービートラップを残しておけるくらいの余裕が無かったのかもしれない。


「アーデルセン大尉」

 そこへ別の部下がやってくる。

「どうした?」

 部下の様子から見るに大した事ではなさそうだ。


「他の場所も使えそうな物はほとんど何も残っていません。倉庫内の弾薬箱や給水タンクは空で、食糧や生活用品もありませんでした。残っているのはゴミだけです」

 どうやら本当に物資が何も無くなってしまい、この場所を放棄してしまったようだ。


「水道はここ数日の間に使われた形跡もありませんね。……空のポリタンクと水筒が転がってました」

「それは撤退するだろうな」


 何よりも重要な物資である水が無くなってしまえば拠点の維持など不可能だ。

 おそらく、それが敵の撤退した原因だろう。


「……まぁ、そう思わせてという事も考えられるか」

 あまりにもお粗末なワイヤートラップにアレクはそんな事を疑ってしまう。

 それは考え過ぎではとジョニーは声をかけようとした瞬間であった。


「ぎゃ!」


 何かが爆ぜるパンっという音ともに誰かの叫び声が扉の外から聞こえた。

 それを聞いたアレクとジョニーはお互いに顔を見合わせて何が起きたのかを察する。


「ブービートラップに気を付けるように皆に伝えてくれ」

 アレクは報告に来た部下に命令する。

 敵だって間抜けでは無いという事だ。

 自分達は軍の中で特殊部隊になるのだからそれくらいは分かって仕事をして欲しいものだと僅かな憤りを覚える。


「とりあえず、ここを綺麗にしたら一通りの物を運び込んで落ち着くとするか。何時まで居られるかは分からんが……」

 物資は無くても施設そのものは敵の拠点として使われていた場所である。

 屋根がある所で寝られるだけマシというものだ。

 アレクはジョニー達にこの拠点にしばらく滞在出来るように整備する事を命令する。















/✽/

















 一方その頃。

 ヒノクニ軍第9大隊は総出で追撃戦を行っていた。


「逃げる敵を討つのは趣味じゃ無いけど、これから先の事を思うと敵の戦力を充実させる訳にはいかないな」

 そう言いながら源明は連弩を前進させ、敵の撤退ルートにガンナーズネストの部隊を配置する。


「高熱源体! ミサイル! 数は4!」

 ガンナーズネストが敵を発見し、追撃戦を行っている最中である。

 連弩に向けてミサイルが発射され、通信士が声をあげた。

 それを聞いて大した数では無いと源明は落ち着き払って口を開く。


「CIWSは起動しているな? 移動しつつフレア打ち上げ」

 陸戦艇というのはその巨体から敵の射程距離に入れば即座に狙われてしまう。

 その為にCIWSやフレアといった防御兵器を標準搭載しており、この程度の数のミサイルであれば充分対処可能であった。


「しかし、問題は何処が撃ってきたかだが……」

 源明の予想通りに4つのミサイルは全てCIWSとフレアによって全て防がれた。

 そのミサイルの放たれた方向だが、すぐに敵の陸戦艇がいる事が確認される。

 ルーラシアのH型陸戦艇であった。


「敵の陸戦艇か……。お返しをくれてやれ。メーサー砲、目標は敵の陸戦艇だ」


 この頃になると、ルーラシア帝国でも陸戦艇を用いられている事が広く知れ渡っていた。

 しかし、その数は未だ少なく各戦線に1隻いるかといったところである。

 そして、それの対応には専らヒノクニの陸戦艇”連弩“級が充てられた。

 陸戦艇という大型の目標に対して戦機や戦車などでは火力不足なのだ。

 一番効果的なダメージを与えられるのは航空戦力なのだが、それもある程度まとまった数を運用可能ならの話である。

 結局、陸上戦力で陸戦艇に対応出来るのは要塞攻略用のメーサー砲や連装砲を搭載した連弩級になるのだ。


「駄目です。外れました。敵の陸戦艇は射程の範囲外に出ます」

 連弩から放たれたメーサー砲は敵の鼻先を掠めただけで終わった。

 そして、味方部隊を回収し終えたのだろうか直ぐにその場から引き上げてしまう。


「敵の陸戦艇だって連弩を相手にはしたくないだろうから当然か」

 源明はそう呟くと追撃戦を行っていた部隊に帰還命令を出した。














/✽/















「93平原は落ちたか……。まぁ、仕方ないよな」

 基地に作られた臨時の執務室で報告を聞いた星ノ宮が呟く。

 その声はやや不機嫌そうであった。

 彼はズーマン地域内のワンパエリア守備隊司令である。

 そのワンパエリア内の戦線の1つが陥落したとあれば当然だろう。


 しかも93平原が陥落した事により一部の防衛線が分断され孤立しつつある。

 連鎖的に他の場所も制圧されるのも時間の問題であった。


「済まなかったな。もっと補給を送る事が出来ればこうはならなかったものを」

 星ノ宮の嘆きに答えたのは上官のブラウン少将であった。

 彼はズーマン地域守備隊の総司令である。


「上が補給を出し惜しみしたと聞きましたが?」

 星ノ宮が掴んだ話によると八鹿女帝やその周囲の皇族達がズーマン地域防衛の予算追加を渋ったという事らしい。


「本土の経済負担と、先月に西側で蝗害が起きて農作物に相当な被害が出たそうだ」

「蝗害?」

「バッタだかイナゴだかの大量発生らしい」

「……蝗害は仕方ないにせよ。ここが堕ちたら仕方ないでは済まないんですがね」


 ズーマン地域が制圧されれば帝国首都侵攻は時間の問題である。

 首都そのものには強力な守備隊の他に、各前線へ予備戦力として投入される第1師団や皇帝直属の親衛隊といった部隊が常駐しているが、侵攻してきた敵を追い払うには数が少ないだろう。


「上は一応首都の防衛システムの準備を進めているらしい」

 ブラウンは苦々しい声で言う。

「我々を捨て石にするつもりとういう事ですかね?」

 上層部はむしろ首都決戦で決着をつけようとしているようだ。

 それは首都陥落の可能性も考えられる危険なものである。

 これには星ノ宮も正気の沙汰では無いと思う。


「敵が首都へ侵攻するとなれば相当な戦力を集めるはずだ。そこへ首都の防衛戦力と各地へ展開している部隊を戻して一網打尽にするつもりなのかもしれんな。……良策とは思えんが」

 ブラウンが予想した事はあまり現実的では無い。

 それはつまり他の戦域を放棄する事に等しい上に、部隊を集結にするにしても時間がかかり過ぎるのだ。


「弥生帝はズーマン地域を同盟に渡すのを条件に和平に持ち込むという噂がありますが……」

 それは現天帝をよろしく思っていない皇族の間で広がっている噂である。

 八鹿弥生には最近になって徐々に勢いを取り戻しつつあるフェイ派が後援にいるという話だ。

 この派閥は所謂穏健派であり、以前にも政府に無断で和平交渉を行おうと画策していた事がある。

 それを思えば可能性はあるのかもしれない。


「そんな事は無いはずだと思いたいがな」

 星ノ宮の持ち出した噂話はブラウンも聞いた事がある。

 しかし、それが実行されるということは事実上の降伏であり、将官であるブラウンとしては受け入れ難い話であった。

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