158話 継戦、第93平原
真歴1088年6月2日。
アラシア共和国軍は第93平原に対し航空部隊による攻撃を開始した。
ルーラシア帝国軍もこれに対して航空部隊を差し向けるが、アラシアの妨害工作によって出撃が遅くなり各地域への爆撃を許してしまう。
当然、88レンジャー部隊と第12連隊もこれに合わせて攻撃を開始した。
ルーラシア側も反撃の為に増援部隊を差し向けるが、手薄になったところを源明の率いる第9大隊に侵攻されてしまう。
「アーデルセン太尉の言う通りにヒノクニが後方から敵を叩いているようですな」
6月5日。
各部隊の報告を受け取りながらランドルフ中佐が言う。
アレクの言っていたままの通りにヒノクニが動いている事がやや信じられないといった様子である。
「向こうは陸戦艇があるから、部隊の展開と移動がかなり早いわね」
オリガ中佐は満足そうな顔であった。
ヒノクニが持つ陸戦艇の部隊を高く評価しているようだ。
「それにしても敵の動きが鈍いのが気になりますな」
先日の航空部隊への対応から始まり、現在の敵の動きは後手後手に回っているようにランドルフには見えた。
敵部隊には青い壊し屋がいるはずだが、その話もほとんど聞かなくなり味方の被害は少ない。
それが不自然に思えたのだ。
「何処かに伏兵がいて奇襲をかけるなり補給路を断つなりする可能性があるのかもしれませんな」
ランドルフは誘い込まれている可能性を懸念する。
「882中隊と883中隊に索敵をさせましたけど、伏兵らしきものはいないそうですわよ」
オリガが返答する。
その報告はアレクや他の部隊が実際に偵察を行い、得られた情報によるものであった。
「俺なら伏兵を使う」
「奇遇だなアーデルセン大尉。俺も同じ事を考えていた」
敵の動きを見たアレクと第3中隊のダッシュ大尉もランドルフと同じ事を考えていたのだ。
彼らは先んじてオリガにその事を告げると周囲の索敵を行わせた。
しかし、予想に反して伏兵は発見出来なかったのである。
この事に関してはアレクをはじてオリガやランドルフもどういう事かと首を傾げた。
「何か策があるのかもしれない」
元来、警戒心の強いランドルフはそう思うと各部隊に警戒を強めるように指示を出す。
「あるいはヒノクニが言っていた陸戦艇かしら」
オリガはむしろ偵察隊の数を増やして情報収集に力を入れる事にした。
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88レンジャーが伏兵を発見出来なかった理由であるが、実際のところ思惑など無く、単純に物資の不足による事が原因であった。
「良い。そこはもう放棄して第6中隊と合流させろ」
オレンジ色の髪を持つ士官がやや苛立った様子で部下に指示を出す。
李・トマス・シーケンシー少佐である。
「了解しました」
部下はシーケンシーの命令書を持つと回れ右をして司令室から立ち去っていく。
「このままでは第93平原も手放す事になるぞ……」
デスクの上に広げられた地図を眺めて呟く。
ここ数週間、陳情している補給が全く行われていないのである。
その代わりに新造された陸戦艇の部隊が増援として送られてきた。
しかしシーケンシーは元がパイロットである為に、これとどう部隊を連携させて動かしたら良いのか判断に困っていた。
「そもそも、あの艇長は私と同じ少佐だからな……」
どちらかの階級が上という訳では無いのでお互いに命令という形はとれない。
結果的に全体の戦況を共有しつつ、どう動くかはそれぞれの判断に任せることにするしかなかった。
その陸戦艇であるが、艇長のアキーラ・バーゲン少佐も未だ陸戦艇の指揮には不慣れであり、どうしたものかと思っていた。
「とにかく我々は前線の部隊を叩いて回るぞ」
結果的にバーゲンは前線の各地に部隊を展開、ある程度の損害が出たらこれを回収して後退という方法をとった。
つまりは遊撃隊である。
「第4小隊から連絡。すでに救援先のポイントチャーリーは既に沈黙しているとの事です」
報告を聞いてバーゲンはため息をつく。
遊撃隊として動くは良いが、敵の対応速度も速い。
どうしても後手後手に回ってしまう。
「そもそも、陸戦艇1隻でカバー出来る程ここは狭くない……か」
いくら陸戦艇の部隊は展開速度が速いとはいえ、それは陸戦艇の移動範囲内での事である。
これよりも戦域が広ければどうしようも無い。
「さらに連絡です! 第4小隊が戦闘ヘリ部隊から攻撃を受けています!」
「……そこは良い。後退させろ」
ついでに言えばバーゲンの指揮下の部隊は全てが地上戦力であり、航空戦力に対しては対応が難しい。
「流石に1隻ではな」
6月9日。
バーゲンの指揮するH型陸戦艇”ヘルメス”が後退した報告を聞いてシーケンシーが呟く。
そして、再度上官である星ノ宮に増援と補給を陳情した。
「本来なら私も前線に出たいところであるが……」
青い壊し屋とあだ名される自分が出れば敵の士気を削ぐことも可能であろうし、更に戦機の幾つかを撃墜して見せれば進軍速度も落ちるかもしれない。
「少佐! シエラ4が敵と交戦!」
部下の報告を聞いてシーケンシーは顔を顰める。
それは後方の弾薬庫が敵の攻撃を受けたという報せであった。
「そこは死守する必要がある。ここの守備隊から適当に2個小隊を増援で送ってやれ」
敵はアラシアだけでは無い。
側面からヒノクニの陸戦艇が何隻かちょっかいをかけてくるのだ。
そうなると戦域全体を見て指揮を執らなければならないので、自分が出撃する訳にはいかないのである。
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「ここで増援?」
一方でヒノクニ軍は件の弾薬庫を攻撃していた。
ピエット大尉が指揮する第894中隊である。
「うーん、石塚大尉に増援を頼もうか……」
市ヶ谷級陸戦艇“習志野”のブリッジで、この若い大尉は思案顔になる。
そもそもこの男は士官学校を卒業してから間もなく、実戦の経験は少ない。
本来は艇長の補佐を務める予定だったのだが、肝心の艇長が不祥事を起こしてしまい急遽艇長になってしまったという人物なのだ。
「私が出るわ。この艇はガラ空きになるけど、そこを突くほど敵も余裕無いでしょ」
迷っているピエットをイライラした様子で声をかけたのはリリー・レーン中尉である。
彼女は元々源明の下で戦機部隊を指揮していたが、今はピエットの下で第4中隊の戦闘部隊全体を指揮していた。
「敵の数は多いようだけど……」
「関係無いわ。全部潰すから。最悪、弾薬庫に火を付ければ良いのよ」
ピエットは不安げに言うが、リリーはそんなものは何処吹く風とでも言う態度であった。
実際、リリーのパイロットとしての実力は抜きん出ている。
「……分かった。弾薬庫を制圧するのが望ましいけど、不可能なら火を付けるなり爆破してくれると有難い」
「曖昧な言い方ね、新品艇長。そこは有難いとかじゃなくて”やれ“と命令するところよ」
リリーはこれまで前線で戦ってきた人物である。
その戦闘経験から、ピエットは彼女に遠慮しているところがあった。
しかし、この中隊の司令官は彼である。
そうした曖昧な態度は部下を不安にさせてしまう。
リリーそれを咎めるように言った。
「分かった。リリー中尉は第1小隊を率いて先行した部隊と合流。敵の増援を殲滅しつつ弾薬庫を制圧あるいは破壊。但し小隊に5%の損害が出たら先行部隊と共に後退してくれ」
ピエットは背筋を伸ばして命令の言葉を口にする。
「了解。リリー・レーン中尉、第1小隊出撃します」
リリーは敬礼をして答える。
内心ではここまで言ってようやく司令官らしくなるのかと少々呆れていた。
それから数時間後。
シーケンシーの送った増援は意外と強力であり、リリーの部隊は弾薬庫の制圧を諦めざるを得ない状況となる。
「せめて弾薬庫の破壊はするわよ」
リリーは自ら鋼丸に乗って敵陣に飛び込むと台風のように暴れ出す。
その間に工作員を目標の弾薬庫へ侵入させ、破壊工作を行わせた。
「リリー中尉! これ以上は危険です!」
リリー機に随伴していた鋼丸から通信が入る。
その機体は既に左腕を破壊されており、残った右腕でアサルトライフルを扱っていた。
「工作員は?」
リリー機は尋ねながら接近してきたタイプγを左腕に装備させたレーザーカッターで串刺しにする。
「工作員も弾薬庫内で敵と遭遇。手持ちのC4爆薬の半分しか仕掛けられていないそうですが、このままでは……!」
その報告を聞いてリリーは舌打ちをする。
大口を叩いておいて、この結果というのは情けない話だと思う。
「仕方ないわね。第4分隊を工作員の迎えに回して。それが完了したら全部隊後退。……仕掛けた爆薬はすぐに爆破させて」
リリーはそう指示を出すと敵機に突撃。
左前腕の盾を構える。
そして敵の射撃を防ぎつつ右腕に装備させたアサルトライフルでこれの胴体を撃ち抜いた。
「あっ! 弾切れだ!」
左腕を失った随伴機から叫び声が通信される。
「さっさと後退して。攻撃出来ない戦機は邪魔なだけよ」
リリーは後退を命令する。
言われた側も当然ながらその事は分かっており、弾切れになったアサルトライフルを振って合図を送りながら後退した。
「私もそろそろ引くしかないか……」
リリー機は最後の予備マガジンをアサルトライフルに装填させながら、敵からゆっくりと離れていく。
それと同時に弾薬庫の方から爆発が起きた。
おそらく先に侵入させた工作員によるものだろう。
「こちら第4分隊です。侵入させた奴らを回収しました」
弾薬庫の爆破を命令した兵達は回収されたようだ。
「了解。全部隊後退!」
リリーは後退命令を出す。
それまで残って敵機と戦っていた部隊は追手に反撃をしつつ後退を開始した。
リリー機はそれらの殿となり、敵機を数機撃破する。
数時間後。
戦闘は終了。
目標の弾薬庫は、僅かな損害を加えたのみで破壊には至らなかった。
「……仕方ないか」
結果報告を聞いてピエットは呟く。
敵の指揮官は李・トマス・シーケンシーである事を考えれば当然かもしれないと、それほどショックは受けなかった。
なにより、自分よりベテランのリリーですら失敗する事があることを知り安堵する。
「……小山少佐が言うには我々の目的はあくまで陽動と敵部隊の分断だ。なら弾薬庫の破壊を無理に成功させる必要も無いか」
ピエットはそう呟いた。
目標の破壊よりも部隊の損耗を抑える事を是と結論付けたのである。
その言葉を聞いたリリーはまるで源明の様の事を言っているなという感想を抱いた。




