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153話 人事異動

 真歴1088年5月20日。

 ヒノクニ軍で人事異動が実施される。

 ルーラシア帝国領ズーマン地域方面攻撃軍の総司令官が入れ替わる事になった。

 新しく着任したのは蜂須賀大将。

 それまでは作戦本部の本部長であり、陸戦艇の開発を推し進めていた人物である。

 また、陸戦艇の開発に成功してからは、これを運用した作戦などを立案していた。


「これも遺跡から陸上戦艦のデータを回収した小山源明少佐のおかげだな」

 蜂須賀は機嫌良く言う。


 陸戦艇の開発はかなり前から行われていたが、技術的な問題と予算の関係から凍結せざるを得ない状況となっていた。

 そこへ源明が崩壊戦争前の遺跡から陸上戦艦や原子熱線砲のデータを回収した事で技術的な問題が解決。

 陸戦艇の開発は一気に進み、実戦における試験運用が行われた。

 この時、源明達をはじめとした者達がこれを用いて実績を示した為に正式に量産が開始される。

 これらの成果により蜂須賀は今の地位を獲得したのだ。


「勿論、陸戦艇を中心とした部隊の指揮を執っていたのはタチバナ君だ。これは君の成果でもある」

 同時に蜂須賀の部下であるアベル・タチバナも大佐へと昇進する。

「今は連隊の指揮を執って貰うが、いずれは第8師団を任せたいと思う」

 蜂須賀は不敵な笑みを浮かべてアベルの肩を叩いて言う。

「はっ」

 アベルも緊張した面持ちで答えた。


「そういえば、例のロングボウはどうだ? かなりの成果だったと聞くが」

 それは遺跡から発掘された特殊弾頭である。

 長距離のロケットに搭載して大気圏外まで打ち上げ、そこから切り離された弾頭が更に加速する事で絶大な威力を発揮するという代物であった。

 復元された物の幾つかが、アベルの指揮下の部隊に配備されている。


「地形そのものを変えてしまう威力だったと報告を受けています。いずれは閣下にも報告書が届くかと……」

 それは源明の第9大隊によって使用されており、確かに絶大な効果があったという報告をアベルは受けていた。


「……そうか」

 それを聞いた蜂須賀は惜しい事をしたと思う。

 ロングボウの開発計画に彼は関わっていなかったからだ。


「……小山少佐からその事で」

 アベルが口を開く。

「ああ、小山源明少佐か」

 彼の養父である小山武蔵とは蜂須賀も関わりが深い。

 彼との繋がりで蜂須賀は陸戦艇の開発を進め、この時に小山武蔵をはじめとする政界とも繋がりを持てたのである。


「小山少佐が言うには、敵が同様の兵器を持ち出した時に備えて、新しい迎撃兵器を開発して欲しいとの事です」

「敵もロングボウと同様の長距離弾道兵器や超音速兵器を持ち出してくるというのかね?」

「小山少佐はそう考えているようです」


 今回の作戦で用いられたロングボウは全て崩壊戦争前の遺跡から発掘された物であった。

 その為、新たに生産するのは技術的に困難だとされている。

 そんな兵器を敵も持ち出してくるなど有り得るとは思えない。

 蜂須賀はそれは杞憂だと考える。


「小山少佐は心配性のようだな。あの兵器は我々の技術で生産するのは難しいと聞く。ルーラシアもそれは同じだろう」

 蜂須賀はそう笑い飛ばす。

「それだけ凄まじい威力だったのでしょう」

 アベルは源明の意見に賛成していた。

 今、戦場に溢れている戦機も遺跡から発掘された兵器を現代の技術で運用可能にしたものである。

 それは、初めこそルーラシア帝国のみが使用していたが、今はほとんどの国が使用している兵器なのだ。

 同じ事がロングボウでも起こらないとは限らない。


「……まぁ、開発部には伝えておこう」

 蜂須賀はそう応えたが、あまり乗り気では無さそうだ。

「杞憂であれば、それに越した事はありませんけどね」

 これ以上は何も言える事は無い。

 









/✽/













「ここ最近になって急に力を付けてきてますね」

 アベルの執務室。

 彼の側近であるタックルベリー軍曹が言う。

「蜂須賀大将かい?」

 自身の机の上に置かれた新しい階級章と、それに関するいくつかの書類を眺めてアベルが答える。


「陸戦艇の開発を進めるようになってからですな」

 陸戦艇の生産には軍だけで無く、多くの企業も関わっている。

 蜂須賀はその陸戦艇の開発や運用に関する中心人物であり、これらの利権にあやかろうとした企業はこぞって彼に接触を図った。

 結果的に蜂須賀は軍と企業の双方にコネを手に入れたのである。


「それに加えて小山少佐の養父殿のおかげで政治的な繋がりもある」

 陸戦艇開発の資金調達には源明の養父である小山武蔵も関わっていた。

 彼もまた軍との繋がりを望んでいた為に、蜂須賀とは良好な関係を築けたのである。


「それで、遂にズーマン地域進行戦の総指揮を執ることになった訳だ。……成功すれば元帥になって陸軍の総司令官になるだろうね」

 蜂須賀は極めて野心的な人物だ。

 それまで存在しなかった陸戦艇という新兵器に手を出して、推し進めていた事からもそれは伺える。


「最近は官房長官とも繋がりがあるようですな」

 タックルベリーは物知り顔で言う。

 官房庁といえばヒノクニ内閣府の補助機関であり、官房長官はそのトップである。


「いずれは首相にでもなるつもりかな?」

 アベルは冗談混じりに答える。

「そうかもしれませんよ?」

 ヒノクニでは政治に携わる事が出来るのは軍務経験があるか、国家公務員の様な職に就いている事が条件である。

 蜂須賀は現役の軍人であり、将官が政治家に転向するというのは珍しい話では無い。


「……それで軍の予算が上がって動きやすくなるのは良いけど、市民の生活に負担が増えると思うと複雑だね」

 軍の予算は国民や民間企業からの税金などから捻出されている。

 当然、戦争が激しくなればそれだけ市民生活に影響が出るだろう。


「そう思うのであれば、この戦争を早くに終わらせなければなりませんな」

「そうだね。……しかし、どこまでやればこの戦争は終わるんだろう?」


 元々、この戦争はヒノクニがルーラシア帝国から独立する為に行われていた。

 そして、長い戦争を通してヒノクニは既に国としての体裁を整え、他国からは既に1つの国として認められている。

 戦争相手のルーラシア帝国もヒノクニを“テロリスト”や“叛徒”などと呼ぶ事はほとんど無く、実質ヒノクニを公認しているようなものとなっていた。


「ルーラシア帝国を降伏させるまで……、というのは無理でしょうな」

 タックルベリーの言う通りに、この戦争で敗北しない事は可能だが勝利する事は不可能に近いだろう。

「ヒノクニとアラシア共和国……、合わせても国力の差がね……」

 ルーラシア帝国の領土は広い。

 その分、経済活動も資源もヒノクニ・アラシア同盟の倍はあるだろう。

 それを同盟国で完全に制圧するのは不可能というものだ。
















/✽/















「だからさ。ズーマン地域を制圧して、これ以上の戦争はお互いに消耗するだけで何のメリットも無い事を分からせれば戦争は終わると思うけどね」

 所変わって連弩の艇長室。

 源明が千代に話しかける。

「……だと良いのですが」

 彼女もまたアベルと同じ様に、どうしたらこの戦争は終わるのかという疑問を持ち、それを源明に投げかけていたのだ。


「何にせよ私達が勝たなければどうしようもないんだけどね」

 現在、源明が率いる第8大隊は512高台を制圧して、その場に留まっている。

 指揮下の部隊を制圧した各地に配備して、防衛拠点を置いて補給ルートを確保させていた。


「それにはズーマン地域を制圧しなければなりませんが……」

 ズーマン地域の防衛線は厚く、中央の市街地は要塞化されているという話である。

「まぁ、難しい話だね。帝国本土からは次々と増援が送られて、今も防衛線は強化され続けているだろうし」

 それに対して同盟側は、つい先日までルーラシアだけでなく北方のイェグラード共和国の相手もしていた。

 軍としてはかなり疲弊した状態である。


「陸戦艇という兵器が本格的に生産、配備されて部隊の展開速度が早くなった。電撃戦ですぐに制圧出来ると踏んでいたのかもしれないけど見通しが甘過ぎたね」

 陸戦艇の部隊展開速度はそれまでよりも非常に早い。

 これを用いた作戦を展開すれば、敵が防衛線を築き上げる前に制圧出来ると上層部は考えたのだろう。

 しかし、敵はこれを物量でカバーしてしまい、結果的に長期戦になったのだ。


「こうなると我が軍は不利だな。敵も陸戦艇への対応を編み出している。それに、こちらは新たに陸戦艇を生産しても乗組員の教育が追いつかない」

 陸戦艇を運用するには多くの人員が必要だ。

 しかも、機関部メンテナンスや通信士などの専門知識を持った者がいなければ動かす事が不可能である。

 その為の教育には時間がかかってしまうのだ。

 ただ、陸戦艇を作れば即配備とはいかないのである。


「最近では一般企業の軍産部門からスタッフを徴集しているみたいですね」

 千代が言う軍産部門とは民間企業内において軍用の商品やサービスを提供する部門であり、ここには元軍人やそれらに精通する者が多く所属している。

 その人員を出向という形で徴集しているのだろう。


「ウチの乗組員にも何人かいたな?」

 当然、そうした人員は連弩の中にも何人か存在する。


「いますね。……中にはそのまま正式に軍に入ったのもいます」

「それはまた物好きな……」

「元の職場や他の現場に比べたら、ここの労働環境はマシだからと言ってましたね」

「それはそれで問題だな」


 連弩は前線に配属される事が多い。

 しかも、メーサー砲などを装備している為に連弩そのものが敵部隊と戦闘を行う事もある。

 本来、陸戦艇はそこまで前に出る事は少ないにも関わらず、その様な現場や派遣元の企業よりも前衛に向かう連弩の方が労働環境が良いというのはどうなのだろうか。


「失礼します」

 そんな話をしていたところへ、ウルシャコフ少尉が入ってきた。


「どうかしたかい?」

 源明は腕時計を確認しながら尋ねる。

 この時間帯なら提示報告などは無いはずなのだ。


「お邪魔でしたかな?」

 ウルシャコフは一度千代に視線を向けてから源明に向き直るとからかうような笑みを浮かべて言う。

「いや、構わないよ」

 源明は短く答えるとウルシャコフに報告を促す。


「はい。3時間後に補給が届きます。それが済み次第、部隊の再編成を行い移動を開始して欲しいと通信が入りました」

 つまりは制圧した512高台から別の戦場へ向かえという事である。

 しばらくの間、あまり使い道の無くなった512高台の守備で楽が出来ると考えていた源明は苦々しい顔になった。


「そんな顔をしなさんな。我々が乗っている陸戦艇が連弩級である以上は仕方の無い事でしょう」

 ウルシャコフは苦笑する。

 彼ももちろん源明の気持ちはよく理解していた。















/✽/


















 一方、ルーラシア帝国である。

 真歴1087年の10月から始まったズーマン地域攻防戦。

 徐々にではあるが、アラシア・ヒノクニ同盟軍に押されつつある事に前線の不満が溜まっていた。


「してやられたか……」

 512高台から撤退したハント少佐の表情を伺いながら、ダンチェッカー大佐が呟く。


「やられたよ。……あんな滅茶苦茶な兵器は予想外だ」

 いつもは飄々としているハントも今回ばかりは悔しそうであった。


「環境破壊という言葉を奴らに教えてやらねばな」

 敵の撃ったミサイルは基地どころか、高台という地形そのものを変形させてしまったのだ。

 まるで崩壊戦争時に使用された超兵器の逸話である。


「他の戦域でも、遠距離から飛んでくるミサイルに手こずっているらしい」

 忌々しげにダンチェッカーが言う。

「援軍は無いのか?」

 今はとにかく多くの戦力を投入して、より強固な防衛ラインを築かねばならない。

 その為の増援を各地域や首都にあるという予備戦力から投入する必要があるとハントは思う。


「上の八海山大将は動いてくれている。しかし、天帝が首を縦に振らないようだ」

 八海山謙信は次期天帝候補でありながら、それを蹴って軍に復帰した男である。

 今はズーマン地域守備隊の総指揮を執っていた。


「八海山大将、動くのは良いが結果が伴わなければな」

 それでも彼の判断は早い。

 これまでと比べると被害は少なく済んでいるのは分かる。

 しかし、戦場というのは結果が全てなのだ。

 ハントは上の動きに不満を覚えていた。


「天帝が国の経済的負担を恐れて、軍への予算を削ったのが原因だ」

 ダンチェッカーはハント以上に不満を抱えている。

 無論、彼も結婚して妻がいるので市民への負担を減らしたいという天帝の思いも分からなくは無い。


「だが、前線で戦っているのは我々なのだ」

 ダンチェッカーは舌打ちをする。

「まったく……。首都の予備戦力は投入出来ないのか?」

 前線士官のダンチェッカーに言っても仕方ないのは分かっているが、ハントは聞かずにはいられなかった。

 先の戦闘で相当苛立っていたのである。


「それも、万が一を恐れて天帝が許可しなかったらしい」

「万が一の事は今起きているんだぞ……」


 そもそも首都への絶対防衛ラインとされているのがズーマン地域だ。

 そこへ敵が侵攻しているという状況が緊急事態ではないのかと思い、ハントはため息をつく。


「……珍しく苛立っているじゃあないか」

 そんなハントの様子を見てダンチェッカーが言う。

 彼との付き合いは長いが、苛立っている姿を見るのは数年振りであった。


「……そうかもしれないな」

 ハントもそれは自覚している。


「八海山大将が、この作戦に参加している全将兵にチョコバーを配布している。下で貰ってこい」

 ダンチェッカーの口からチョコバーという、本人には似合いもしない単語が出てきた事にハントは驚きつつ聞き返す。


「チョコバー?」

「閣下が苦労をかけているせめてものお詫びにという事だ」


 それにしてもチョコバーというのは子供扱いではないかとハントは思う。

 不満というよりも呆れに近い。


「どうも、自分のポケットマネーか

ら出したらしい」

 つまり八海山はこの作戦に参加している全員分のチョコバーを自分の金で購入して配ったという事だ。


「……まぁ、食べられるだけマシか」

「何処ぞのよく分からん団体から、手作りの色紙を貰うよかマシだろう」

「……あぁ、アレは扱いに困るんだよな」


 ハントは苦笑する。

 市民団体などから時折贈り物が届く事があるのだが、置き場所に困るが無碍にも出来ない物が届く事が時々あるのだ。


「兵士達の間では八鹿弥生は天帝に相応しく無いという話まで出ている」

 ダンチェッカーが言う。

「……分からなくは無い」

 その兵士の言葉も分かるとハントも思う。


 現、ルーラシア天帝の弥生帝は皇族の血を引いているが、産んだ子供が前・天帝の直系の血縁だという理由で天帝になった人物である。

 それまでは酒造メーカーで働いており、民間人も同然であった。

 当然、政治や軍の知識はほとんど無いと言っても良い。


「それよりも、お菓子1つとはいえ兵士に労いの品を自費で用意する将軍の方が人気が出るのは当然だな」

 ダンチェッカーが言う。

 実際、その通りで八海山は兵士からの人気も高い。

 おそらく今の天帝よりも求心力はあるだろう。


「八鹿天帝は戦争継続に反対しているんだったか?」

 ハントはふと思った疑問を口にする。

 もし、天帝がこの戦争を続ける事を良しとしないのであれば、軍への働きかけに消極的なのも頷ける。


「市民の生活を第一に考えてるのは間違い無いはずだ」

 民間で過ごした年月の長い人物である。

 戦争によって市民がどれだけ苦労したかを間近で見てきたのは間違い無い。


「だったら、尚更この戦闘に勝って敵をズーマン地域から追い出さないと収拾付かないじゃあないか」

 敵を追い払って、これ以上の戦争は無駄だと言う事を分からせる必要がある。

 そうでなければ敵は調子付いてますます戦争が激化してしまう。


「私もそう思うね」

 ハントの意見にダンチェッカーも同意して頷く。

 どうにかして戦争を終わらせたいのであれば、敵を全滅させるか戦意が消失するくらいまでの損害を与える必要がある。

 そうでなければ終戦も和平も無いと2人は考えているのだ。

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