15話 年末
真歴1080年12月31日。
その日の夜は珍しい事に空には雲1つ無く、月明かりが積もった雪を映している。
ジョッシュ要塞から北へ5キロ程進んだ場所。
そこにはルーラシア帝国による侵入を防ぐ為の野営地が存在している。
「年末に戦争する馬鹿が何処にいる?」
塹壕の中で寒冷地用の戦闘服を着ているエイクが言った。
塹壕から頭を出して辺りを見回すが特に異常は見当たらない。
その背後では破棄されたドラム缶を改修して作られたストーブの中で、燃やされている薪がバチっと音をたてる。
「そう言っている所に奇襲をかけるって、ウチの隊長は言ってましたぜ?」
エイクの部下の1人がストーブの前で手をかざしながら答えた。
彼の名前はバルト。エイクとほぼ同時期に徴兵され、今は彼の下にいる長身の男である。
「中隊長がだろ? あのアベルとかっていう……」
「サマンサの嬢ちゃんもでさァ」
エイクは舌打ちをする。
サマンサの判断は信頼出来るからだ。
それは以前の撤退戦の時に彼女が提案した作戦で証明済である。
「俺としても年末くらいはゆっくりしたいね」
背後から声がかかる。
振り向けば薄暗い雪景色の中でエメラルドの瞳を持つ少年が立っていた。防寒帽の隙間から赤い髪が見える。
「アレク軍曹、交代の時間ですか?」
バルトが尋ねた。階級が上とはいえ、歳下の少年に丁寧な口調を使うのは妙な気分だと思う。
「ン……。戦機に積もった雪くらいは払ってくれても良いんじゃないか?」
それに頷くと肩や頭に雪の積もったアジーレを見て言う。
「見張りだけで、そこまで手が回りませんよ」
ウンザリした声でエイクが言う。
「そりゃそうだろうけどさ……」
いざという時に積もった雪で動けなければどうするうもりだと不満そうな表情を見せる。
「まぁ良いさ。年末に戦争やりたがる奴もいないだろうしな」
その点はアレクもエイクと同意見の様だ。
アジーレの胴体に乗っている雪を払い落とすと、ハッチを開いて中に潜り込む。
「おー、寒い寒い」
そんな事を呟いてセンサーを起動させる。
赤外線センサー、識別信号レーダー、金属探知型レーダー、パッシブソナー、アクティブソナー、それぞれの反応を確認した。
「反応は無しか……?」
三面モニターを見ながら呟き、コントールパネルを弄った。
センサーを長距離モードに切り替えた。細かい反応は感知できないが、センサーの有効範囲は伸びる。
「ん?」
アクティブソナーと金属探知レーダーに反応が見られる。
「伍長。今、哨戒に誰か出しているか?」
再びハッチを開いてエイクに尋ねる。
「いいや、出してないな」
エイクはストーブの前で屈みながら薪を放り込んで答える。
「レーダーに反応。金属探知とアクティブソナーだ」
その言葉にエイクの手が止まる。
「先の戦闘で破壊された戦機とかじゃないのか?」
立ち上がって尋ねた。
楽観的な事であったが、その顔に緊張感が走る。
「ならアクティブソナーに引っかかる理由が分からない」
「敵だとしたら?」
「戦機かそれに近い物か……、何にせよ生身の兵士だけって事は無いな。……数は1つしか反応しないが……」
アレクが答えた時、レーダーの反応は消えていた。
しかし、そこには確実に何かがいると直感が告げている。
「俺が偵察に向かおう。何かあれば閃光弾を打ち上げる」
言ってアレクはアジーレのハッチを閉じた。
アレクの乗ったアジーレは身震いをする様に動き雪を払い落とす。
しかし、まだ頭頂部には雪が積もったままであった。
「バルト! ゾーロク! 警戒態勢だ!」
エイクは部下の名前を叫ぶ。
気怠い雰囲気は消え、張り詰めた空気が流れ始める。
アレクはコックピット内で防寒帽と防寒グローブを外して端に投げ捨てる。
戦機の中には申し訳程度のエアコンが付いているのだ。
「全く……! 年末だっていうのに戦いたがるなんて馬鹿じゃないのか……?」
コントールパネルを操作しながら呟いた。
面倒な事をさせるなという怒りが込み上げてくる。
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年末に仕事をするという怒りを持っているのはアレクだけでは無かった。
ルーラシア帝国軍のエースパイロット、李・トマス・シーケンシーも同じ事を思っていたのである。
「年末にこういう事をさせる上の連中は休んでいるのだから良いご身分だ」
そう呟いて鼻を鳴らす。
三面モニターには部下の戦機が数機鎮座しているのが映っていた。
本来なら休めるところなのに仕事をしなければならないという怒りを抱えている。
「少し進んでみる。お前達はこのまま待機してくれ」
部下に待機命令を出し自機を数10メートル程進めた時であった。
レーダーに反応。
アラシア共和国の主力戦機であるアジーレである。
「奴らも気付いたか……。さて、どうしたものか?」
年末で敵の気は緩んでおり士気は低い。しかし、それはこちらも同じ事だ。
おそらくはマトモな戦果は挙がらない。
そんな事を考えている内に閃光弾が空に上がるのが見えた。
真っ暗な空を白、赤、青の光が明るく照らす。
「敵に発見されましたね」
通信機越しに部下の声が聞こえた。
「構わんよ。今回の我々は囮だ。各防衛拠点へほぼ同時に攻撃を仕掛け、敵がそちらへ夢中になっている隙に本隊が要塞へ直接攻撃をかけるらしい」
既に別の味方部隊が自分達とは違う方向から要塞に攻め入ろうとしているはずなのだ。
「しかし本隊はどのルートから要塞へ侵入するのですか?」
部下の質問にシーケンシーはふと考え込む。
「本隊は試作型の兵器を使うとかで、機密保持の為に秘密裏に動くという話だったな」
「それじゃあ、本隊と連携が取れないじゃないですか」
「そうだな……。新兵器を使って要塞を奪還する。そういう功績を挙げたい上層部の意図なのかもな」
言ってから不機嫌そうな表情になる。
最後は予想でしか無いがほぼ間違い無いだろう。
現在、戦線は膠着状態になっており市民の間では厭戦気運が高まってきているという話だ。
戦争による利権を貪っていた上層部としては面白い話では無い。
「本隊の司令はダンチェッカーか……。奴のお手並み拝見といったところだな」
シーケンシーは嘲笑を浮かべる。
「何にせよ基地司令は気の毒な事だがな」
年末で家にも帰れずに襲撃を受けるのだ。
敵とはいえ同情するところである。
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「クソ……! 1個小隊はいるじゃないか!」
アレクは狭いコックピットの中で悪態をつく。
レーダーの反応があった場所へ近付き、敵の数が多いことを確認したのである。
すぐさま閃光弾を打ち上げ、自機を後退させた。
敵の数が哨戒程度の数であれば撃破するなり、脅かすなどをするが、そういう事が通用する敵の数では無い。
打ち上がる閃光弾を見たエイクもすぐに武器を持ち、アレク機の支援に向かう。
ほぼ同時に、野営地内の兵士詰め所へエイクの部下が駆け込む。
「戦闘配置!」
その時トールは詰め所内の談話室で、古臭いソファーの上に横になって眠っていた。
そこで代わりに指揮をとったのはサマンサである。
階級としてはアベルから預けられた藤原千代の方が上なのだが、彼女はほぼ部外者であったのでトールから部隊の指揮権は与えられていない。
サマンサの指示の下、部隊は編成を完了したと同時に戦線に加わる。
「ミュラー曹長? 起きて下さい」
落ち着きのある女の声でトールは眠りから覚めた。
「交代?」
眠気でスッキリしない意識の中で尋ねた。
隣にいたのは藤原千代である。
「あぁ、藤原曹長か……」
辺りを見回すと、談話室には自分と藤原しかいなかった。
しかし妙に外が騒がしい。
「敵襲ですよ。既に第2、第3分隊が接敵したみたいです」
藤原の声は穏やかなままだ。
ややあってからトールは彼女の言葉の意味を理解する。
「ちょっと待て。何で起こしてくれなかったんです?」
敵襲と聞いてようやく意識が覚醒した。
「起こしたじゃないですか」
藤原はクスクス笑いながら答える。
「敵が発見された時点で起こすべきでしょう?」
藤原の言葉に苛立ちながら防寒着の袖に腕を通した。
「サマンサ軍曹が、隊長は特にやる事無いだろうからギリギリまで寝かせておくようにと」
トールは舌打ちをする。
「全く……! 隊長をなんだと思っているんだ……!」
そう言う当人は普段から作戦立案や事務処理をほぼサマンサやアレクに丸投げしている。
また。ヒノクニに対する注文の口利きなどは藤原に任せっきりであった。
サマンサの言うとおり、彼自身は必要最低限の仕事しかしていないのだ。
側でそれをよく観察している藤原はクスクス笑いながら「それはそうでしょう」と呟く。
2人が外に出ると、サマンサが何やら兵士に指示を出している最中であった。
「状況は?」
トールが尋ねる。声はやや苛立っていた。
「敵の数はおそらく小隊規模。戦機が9機はいるわ。後方には装甲車両らしき反応もあったみたいね」
「接敵したらしいが、既に戦闘に入っているのか?」
背後から銃声が響いた。
サマンサは振り向いて銃声の方向を確認する。
「みたいね」
遠くの戦闘音を聞きながら短く答えた。
「だったら、訓練通りにBポイントに敵を引き込んで、要塞にも増援を寄越すように連絡を」
「既にしてるわよ。前線はアレクが指揮している。増援は期待出来ないわね。他のエリアも同じ様に攻撃を受けてるそうよ」
「アベル中隊長の予想通りか……」
トールは顔を曇らせる。
「まぁ、俺のやる事の無い事は分かった」
やれやれと頭を振りながらトールは皮肉を込めて言う。しかしサマンサはそれを全く意に介さない。
「失敗した時に責任とってくれれば、それだけで充分よ」
そう答えて自機であるアジーレに乗り込んだ。
「これですよ」
トールは苦笑して隣にいる藤原に視線を向ける。
「その割には信頼してるみたいですね?」
ククっと藤原は笑う。
「アレクもサマンサも優秀ですよ。彼らと同レベルの人材はそうそういない。実際彼女の言う通り、俺のやる事はありませんよ」
おかげで楽が出来るのだが、今日に関してはいつもよりも雑に扱われている。
やはり、年末ということもあり気が立っているのだろう。
「相手も同じか……、もっと楽が出来る方法があれば良いのだが」
そんな事を呟いてみる。
遠くでは既に戦闘が激化していることが、音で分かった。
「俺の機体の用意は?」
「出来てますよ」
藤原が答える。
その機体はヒノクニ製の戦機。黒鉄丸と呼ばれるものであった。
アラシア共和国のアジーレ、ルーラシア帝国のタイプβよりも、遥かに人型に近い型である。
下半身は標準的な4脚であったが、上半身は鎧武者を思わせる、アジーレとは違う重厚感を持つデザインであった。
しかし、胴体部分はアジーレよりも2メートル程後ろに長く伸びている。
これは、この機体が複座型で指揮官の搭乗を前提としたものだからである。
その為の電子兵装がされており、簡易的な指揮車としての役割も果たすのだ。
パイロットは藤原千代であり、指揮官はトール・ミュラーである。
藤原の方がパイロットとしての腕は良い。
何故この様な機体が配備された理由だが、トール機として配備されたアジーレはこれより数日前に撃墜されていたからである。
トール達がジョッシュ要塞に配備されて約2週間後なのだが、トールはアジーレに乗って警戒任務を行っていた際に、敵の哨戒部隊と遭遇。
そのまま戦闘になり、トール機は敵によって撃墜されたのであった。
パイロットであるトールは運良く無事だったのだが、貴重な戦機を失い部隊としての戦力は大幅に下がった。
そこで藤原がアベルに話を通して、この機体が配備されたのである。
「さて、行きますかね」
黒鉄丸のコックピットの中、前側には三面モニターに囲まれた藤原、後ろ側には各機体から送られたデータ等が表示されるモニターを眺めるトールが並ぶ。
「では部隊指揮を。名前だけの隊長さん?」
藤原がからかう様に言う。
しかし、トールはモニターを確認しながらブツブツと呟くだけで返事は返ってこなかった。