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148話 飛翔、ロングボウ

 時間は少し戻って真歴1088年4月8日の事である。

 源明率いる第9大隊は512高台への攻撃を再度開始した。

 この時、補給を終えた第4大隊もタイミングを合わせて攻撃を行う。

 これにより、512高台を包囲して侵攻するという形になった。


「だが、我々には地の利があるよ」

 512高台守備隊の司令官となったビーン・ハント少佐は基地の1番地下深くにある司令室で言う。

 先の戦闘で幾つか破壊されたが、高台の周囲に配置されたトーチカや砲台、ミサイルランチャーは未だに健在だ。


「砲撃終了と同時に戦機部隊を前に出せ」

 そして指揮下の戦機部隊も同じである。

 タイプγなどから編成される部隊に加え、彼の連れてきた試作型戦機である閃光を中心とした部隊が各拠点の防衛にあたっていた。


「しかし、あの連弩級が出てきていませんね」

 副司令が報告書を眺めながら言う。

「前回、散々こちらを撃ってきたからな。弾薬が尽きたんじゃあないか?」

 連弩級はヒノクニの部隊で間違いなく中核となる戦力であり、部隊の指揮にも関わっている陸戦艇だろう。

 それが出ていないというのは確かに気になるところであった。


「司令! ブラボー4が敵の奇襲にあいました! 敵の工兵がトーチカを破壊した模様です!」

 それは源明の部隊ではなく第4大隊である。

 彼らは機械科部隊を囮に工兵を敵陣に侵入させて、砲撃支援を行うトーチカを破壊したのだ。


「構わん。こちらの直援部隊を警戒に当たらせろ」

 敵は思った以上の数を周囲から侵入させているようだ。

 しかし、それも位置が分かればどうにでもなる。

 敵の狙いは一体何であるか、ハントはそれが計れずにいた。


「我々の防衛陣に侵入して砲撃をやり辛くするつもりでしょうか……」

 確かに敵味方が入り乱れた状態ならば、味方を巻き込む可能性がある砲撃支援は行いにくい。

 しかし、敵は過去に同じ作戦を実行済みで失敗していたはずである。


「同じ事をするか……? 敵は何を考えている……?」

 作戦室の中央にある大きな液晶パネルに現在の戦況が映し出される。

 しかし、それだけでは実状が掴みにくい。


「少し前線を見ておきたい。私の閃光を用意してくれ」

 ハントは近くにいた通信士に声をかける。

「前線は敵と交戦中ですよ?」

 突然、前線に出るといった基地司令に副司令が驚きの声をあげる。

 彼は士官学校卒であり、指揮官が戦闘を行うという考えが無いのだ。


「後方で篭っているだけで、戦闘が勝てれば苦労はしないじゃあないか」

 ハントは苦笑して答えた。

 最も、副司令の意見は正しい。

 指揮官が戦死してしまえば部隊の統率に大きな障害が発生する。

 それでも前に出たがるのは彼が戦機のパイロット上がりだからかもしれない。














/✽/

















 小林亜理沙中尉は戦機のパイロットであり、この部隊の指揮官であった。

 元は源明の下に配属されていたが、今は玉堂大尉の富士級陸戦艇“市ヶ谷”の指揮下にいる。


《2個分隊をポイントBへ向かわせろ。それで敵の動きを封じられる》

「ポイントDの守備が薄くなりますよ?」

《今は守る事より攻めることが重要なのだ》

「……了解しました」


 亜理沙は玉堂との通信を終えてため息をつく。

 この2人は反りが合わず関係はあまり良いとは言えなかった。

 元々、玉堂は歩兵部隊を率いていた前線指揮官である。

 しかし、その癖が抜け切っていないのか、艇長でありながら前線部隊の細かいところにまで口出しをしてくるのだ。

 しかも彼は歩兵の指揮は執っていたかもしれないが、戦機の指揮を執ったことは無い。

 これの運用に関しては素人も同然なのだ。


「大丈夫なんスかねぇ」

 副隊長が言う。

 軽い口調の男だが能力は信頼に足る人物である。


「玉堂大尉は部下を過大評価し過ぎている。塹壕の機関銃だけで敵は防げないよ」

 市ヶ谷に所属する歩兵部隊のほとんどは玉堂が連れてきた兵達である。

 身内ということもあってか、玉堂は源明の部下であった亜理沙達よりもそちらの方を信用していた。


「自身の部下を優先して信用するのは良いけど能力や役割は考えて欲しいね」

 塹壕と機関銃では敵の機動部隊には太刀打ち出来ないだろう。


「分かってないって事ッスね」

「あの玉堂大尉は戦機部隊を指揮した事が無いからな」

「じゃあウチの大将はどうなんスか?」

「小山少佐? 彼は元は戦機乗りだよ。しかも歩兵の指揮もした事があるんだって。能力はともかくとして前線で叩き上げられた艇長だね」


 しかも源明は自分に指揮能力あまり無い事を自覚しているので、基本的には現場や専門家の意見を優先するタイプである。

 亜理沙は過去に階級が高いだけで自身の能力を判別出来ない上官の下にいた事もあるので、源明の様なタイプの人物は有難かった。

 ついでに言えば面倒くさがりで自分や部下の損耗を嫌っているので、そこまで無茶な命令をしてこない。


「はぁ、とりあえず適当な分隊に命令を、出しておきますか」

 副隊長は近くにいた部下に指示を飛ばす。

 それと同時である。


「小林小隊長! 偵察隊より連絡! ここから北西3キロに敵の戦機部隊です!」

 どうやら小隊本部に敵部隊が迫っているらしい。


「分かった。各員は戦機に搭乗、敵を迎撃する」

 連弩が例の新兵器であるロングボウとやらを発射する時刻まで暫くある。

 その間は持ち堪えなければならない。


「敵はタイプγを中心とした部隊だ。こんな所で撃墜されないように気を付けろよ」

 亜理沙は言いながら自機の鋼丸を起動させた。
















/✽/














 512高台から約120キロ南東。

 連弩はその地点で新型の長距離ロケット弾であるロングボウの発射準備を行っていた。


「大分離れていますが大丈夫ですかね?」

 報告の為にブリッジへ上がってきたウルシャコフ少尉が尋ねる。

 この時代の一般的なミサイルやロケットなどは完全に射程外の距離であった。


「いや、これでも近いくらいらしい」

 それに答えたのは副艇長の城前である。

 今回発射するロケット弾ことロングボウはかなり特殊な代物である。


「まず、通常のロケット推進で弾道飛行をしながら成層圏に到達。その後、弾頭は落下する訳だが……。この時に弾頭は正面の吸入口から空気を取り入れて後方に噴射。更に加速をかけて目標に向かうらしいが、詳しくは分からないな」

 城前が説明する。

 どうも、今回のロケットには新型の弾頭が搭載されており、それにはスクラムジェットエンジンなる物が使用されているらしい。

 しかし、この技術そのものは崩壊戦争前の物である。

 データを参考に遺跡の内部でサルベージされた部品や一部を現在の物に置き換えて組み立てただけなのだ。

 実働実験はほとんど行っていないので、結果がどうなるかは分からないのだ。


「一応、高度と加速度から莫大な破壊力が得られるという理屈ですかね?」

 納得とは言い難いが理解はしたとウルシャコフが答える。


「その辺りは艇長も疑わしく思っているみたいだがね」

 概要は口で説明されれば分かるが、1度も見た事も無ければ実働データの無い兵器である。

 その威力がどれほどのものかは実際に使ってみないと分からない。


「まぁ、これで駄目なら本土に帰る言い訳にもなるってものさ」

 艇長席で2人の会話を聞いていた源明が割り込んで言う。

 城前の言う通りに期待はしていないという事がよく分かる。


「準備完了しました!」

 そこへ砲術長から連絡が入る。

 ロングボウの発射態勢が整ったようだ。


「了解した。目標ポイントの設定に間違いは無いか?」

「ポイントA1、B3、G6、J9に設定してあります」

「よし。目標時間になったら予定通りに発射する」


 山田康介の補給部隊から受領したロングボウは4発。

 これを全て今回で使い切る予定である。

 大盤振る舞いだと城前は言ったが、源明はこの兵器の威力を信用していない。

 小出しに使用して中途半端な結果を挙げるくらいなら、全て使い切ってしまった方がマシだと思っていたのだ。


「艇長、発射時刻になりました」

 砲術長が自身の腕時計を確認しながら言う。


「了解した。ミサイル発射管1番から4番まで、……撃て!」

「了解。ミサイル発射管1番から4番までてぇーい!」


 艇長である源明の指示を受けて、砲術長が砲撃士に命令。

 次の瞬間、連弩のミサイル発射管から細長いロケットが白い煙の尾を引いて上空へ登っていった。


「さて、我々も移動だ。万が一に備えて前線へ向かう」

 源明が指示を飛ばす。

 もし、このロングボウに大した効果が無ければ前線の部隊を回収しなければならないのだ。













/✽/














 13時丁度である。

 512高台の司令部では手が空いた面々が交代で昼食をとっていた。

 しかし、ハントが前線に出てしまったので指揮権を預かった副司令はその場を離れる訳にはいかず、作戦室で従卒が運んできたサンドイッチとコーヒーを口にしていた。


「敵は後退しつつあります」

 通信兵が報告する。

 それを聞いて副司令の脳裏に疑問が浮かぶ。


「後退するにしては早くないか?」

 今まで交戦してきた時に比べて、随分あっさりと後退していくと思ったのである。


「流石に前回の先頭で弾薬を使い果たしたのでは?」

 部下の1人が言う。

 確かにそれはあるかもしれない。

 前回の戦闘では陸戦艇までもが現れて、ひたすらに砲撃を行ったのだ。

 しかし、そう思うのは早急だと副司令は思い直し、前線にいるはずのハントに連絡をとろうとした。


「……! 高熱源体接近!」

 レーダーの反応を見ていた部下が叫ぶ。

 ミサイルかロケットがこの基地に向けて放たれたという事だ。


「迎撃!」

 副司令が叫ぶ。

 しかし、彼の意識はそこで肉体ごと失われた。

 次の瞬間には2発の弾頭が高台に直撃。

 それぞれ基地の奥まで貫通し、その時に発生した衝撃波やら何やらで何人もの兵士がその身体を四散させたのだ。

 副司令やその場にいたオペレーター達も例外無く、轟音と衝撃、その有り余るエネルギーで何もかもを吹き飛ばされたのだ。


「……?」

 煙と轟音、崩れ落ちる天井。

 その中で身体中がボロボロになった1人の兵士は妙な形状をした弾頭を薄れ行く意識の中で見つめていた。

 何かが512高台に直撃して、内部に建造された基地を貫通したらしい。

 そこまでは理解出来たが、見つめていた弾頭はその場で爆発する。

 彼の意識はそこで焼き尽くされ消滅した。

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