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147話 北方戦線の決着

 真歴1088年4月10日。

 イェグラード軍の残党が毒ガスを散布するという事件から数日後。

 イェグラード共和国首相であるイェゴール・ミルスキーはこの事件をアラシア・ヒノクニ同盟軍の行ったものであると発表する。


「ふざけた事を言うわね」

 それを聞いた88レンジャー司令にしてイェゴールの娘であるオリガ・ミルスキー中佐は嘲る様に言う。

 それも当然である。

 モスク連邦とそれを支持するアラシア軍は毒ガス散布をイェゴールが指示したという明確な証拠を手に入れていたのだ。


 そして4月12日にはモスク連邦から、イェゴール・ミルスキーの署名が記載された毒ガス散布の命令書と、本人の肉声で命令する様子の録音が公開されたのである。

 これは当然ながら各国からの非難の的になる。

 それまで名目上は同盟を結んでいたルーラシア帝国もこれを破棄、イェグラード共和国政府は完全に後ろ盾を失う事になった。

 更にルーラシア帝国はイェゴール・ミルスキーを戦争犯罪者と名指しして、その首に賞金までかけたのである。


「多分、父はルーラシア帝国へ一時亡命しようと考えたのだろうけど、これでそうもいかなくなったわね」


 これまでイェグラード共和国はルーラシア帝国と同盟を結び、その支援を受けて国の立ち上げと運営を行っていた。

 ここ最近ではその支援も打ち切り気味であったが、それでも同盟関係は名前とはいえ継続されていたのである。

 しかし、今回の毒ガスの件で完全に帝国からは見限られてしまった。


「もう行く宛は無いという事ですね」

 この戦争の決着は着いた訳だが、アレクとしては複雑であった。

 確かに戦争終結で肩の荷は降りるのだが、毒ガスの被害を受けた茂助や部下達の仇討ちはしたいと思っていたのである。


「そうね。……でも近々、我々はチェレンコフ市に向かう事になると思うわ」

 オリガはまだ終わりでは無いとでも言いたげであった。

「チェレンコフ市?」

 つまり88レンジャー部隊の任務はまだ続く様だ。

 アレクはその事に怪訝そうな表情を浮かべる。


「イェグラード共和国の残存勢力が集合しているという情報があるの。チェレンコフ市は父が投資していた企業やら何やらがあって、その影響力もまだ残っているみたいなのよ」


 だとしても、その力はたかが知れている。

 大規模な戦闘にはならないだろう。


「それで北部戦線も片付く訳ですね」

 残ったイェグラード共和国の勢力をそこで殲滅すれば全ての決着が付くという事だ。

 茂助達の仇をそこで討って、自分の気を収める事にしようとアレクは思った。、


 しかし4月16日の明け方である。

 残存していたイェグラード共和国は意外な形で崩壊することになった。

 チェレンコフ市にいた反イェグラード派の軍人がイェゴールを捕縛してモスク連邦へ引き渡したのである。

 結果、指導者を失ったイェグラード共和国は完全に崩壊し、そこに属していた者達はモスク連邦に降伏、あるいは中立地域へと消えていった。


「あれ? じゃあ俺達は?」

 基地のラウンジでその通達を読んでいたアレクが間抜けな声を出す。

「まぁ、一時本土へ戻る事になるでしょうね」

 その横で同じ物を読んでいたサマンサが答える。


「おそらく4月いっぱいはここにいると思いますよ」

 そう言いながらやってきたのはザザである。


「どういう事だ?」

 イェグラードの勢力はほとんど掃討されている。

 これ以上、アラシアがここに残る理由は無いはずだ。


「まぁ、政権交代ってやつです。さっき聞いた話だと、モスク連邦の官僚達がイェグラード建立前に行っていた収賄やら何やらが明るみになって大変らしいですよ」

 ザザが呆れ顔で答える。

 そもそもイェグラード共和国が一時的にとはいえ成立したのは、旧官僚の汚職やら何やらの問題があった事も大きいのだ。

 その時の者達が再び政権を握るという話になれば荒れるのは当然だろう。


「第2のイェグラードか? 勘弁してくれよ」

 アレクは苦々しい顔で言う。

「はい、いいえ。反乱軍を指揮していたモロトフ少将が政権を握る可能性が高そうです」

 モロトフはモスク連邦とは別に反乱軍を指揮していた人物である。

 元は軍人であるが汚職などの不正を嫌う人物であり市民層からの人気は高い。


「で、それを支持する市民や軍と、旧政府の官僚や政治屋との間で火花が散っていると?」

「そうなりますね。もっとも、ほとんどの市民や軍人はモロトフ少将を支持していますし……、いざとなれば彼は軍人なので」

「力で抑え込む、か……」


 それではイェグラードとやっている事は変わらない。

 しかし、今回は力を振るう側に市民の多くが味方しているという違いはあるが。


「つまり、それが落ち着くまで私達はここにいる訳ね」

 サマンサの声は冷ややかであった。

 彼女も現状に呆れているのかもしれない。


「市内の治安維持みたいな任務であれば、そんなにドンパチする事ないだろうから楽で良いんだがな。……基本は警察任せになるだろうし」

 もし旧政府の官僚達を制圧しろなどという命令があれば、間違いなく戦闘になるだろう。

 アレクとしてはいい加減に休暇を寄越せと思っているところなので、戦闘になる可能性の少ない任務に就きたいところであった。


 4月20日。

 ザザの予想通りに88レンジャー部隊はモスク連邦に留まる事になった。

 もっとも、仮設の基地に待機ということであり、やる事といえば訓練と演習であった。


「せめて、こんな外れの基地じゃなけりゃあな」

 部下の演習を観察しながらジョニーが呟く。

 彼の目の前ではそれぞれ赤と白のチームに別れて白兵戦の演習を行っていた。

 赤チームはジョニーの部下達である。


「街の近くであれば勤務時間外に街に繰り出せたのねー」

 それに相槌を打ったのはメイ・マイヤー中尉であった。

 彼女の部下は白チームであり、赤チームと模擬戦を行っている。


「それがこんな国境ギリギリのだだっ広いだけの荒野ですからねぇ」

 88レンジャーが待機している場所はモスク連邦とアラシア共和国の国境ギリギリのラインなのだ。

 おそらく、すぐに本土に戻る為の配慮なのだろう。

 しかし、 せっかく戦闘から離れる事が出来たにも関わらず、勤務外の自由時間に出来る事が限定されてしまうというのは味気無い話だ。


「それにしても茂助の部隊がバラバラになったのは痛いわね」


 アレクが率いる第2中隊は、サマンサ・ノックス中尉の第1小隊、源茂助中尉の第2小隊、メイ・マイヤー中尉の第3小隊、ジョニー中尉の第4小隊、ザザ少尉の第5小隊の計5つの小隊で編成されている

 しかし、先に起きた毒ガス攻撃の被害により第2小隊はほぼ全滅してしまったのである。


「しかも補充はありませんからね……」

 戦力の約5分の1を失った訳だが部隊の補充は行われず、残った第2小隊の隊員は他の小隊への配置転換となったのである。


「88レンジャーの特性を考えるとねー」

 88レンジャーが所謂特殊部隊にあたる事を思いメイは苦笑する。

 88レンジャーの隊員達のほとんどは第一線で軍務に就いていた者がほとんどであり、その中でも第2中隊はエースパイロット級の操縦技術を持っている者ばかりが集まっていた。


「徴兵組やちょろっと実戦に出ただけの者では務まりませんか……」

 それ故に兵の補充が困難なのだ。

 そもそも、そうした高い能力値の兵は他の部隊も手放そうとはしない。


「そうだねー。……お?」

 その時である。

 2機の戦機からほぼ同時に撃墜信号が送られ、新しい戦機の識別信号が映し出された。


「あれは……?」

 その戦機はザンライであり、中隊長機を示すマークが付いていた。

 どうもアレク機が乱入したらしい。

 僚機にはサマンサとザザの機体も見られた。

 これらの機体は見境なく目に付いた機体を片っ端から攻撃している。


「赤チーム、目標変更。乱入してきた3機を撃破しろ」

「白チーム、目標変更ー。乱入してきた3機を撃墜ー」


 ジョニーとメイはそれぞれ指揮下の部隊に目標変更の通信を行う。

 それから数分して両チームが8%の損害を超えた時にザザ機を撃墜、サマンサ機は後退した。

 更に2%の損害を出しつつもアレク機をようやく撃破という結果となる。


「たった3機撃破するだけなのに10%の損害を出すとは……」

「流石というか、なんというかねー」


 その戦闘結果を見たジョニーとメイは苦笑する。

 この場合は自身の部下の能力不足を叱るべきか、アレク達の操縦技術が突出しているので仕方ないと思うべきか迷うところであった。

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