145話 ロングボウ
真歴1088年4月1日。
89大隊は未だに512高台を制圧出来ずにいる。
既に制圧の完了予定日を過ぎていたが、戦線は膠着状態となっていた。
当然、アベルを含む上層部からは512高台の早期制圧を求められるが、源明はそれに対して無視を決め込んでいる。
「地の利は向こうにあるし、航空支援がやってくる可能性もある。敵の戦力も多いし、それは無理というものだよ」
それでも敵の攻撃に対しては、一定の戦闘ラインを崩さずに被害を極力抑えている。
これ以上を求めるなら倍の戦力を用意して、損害が甚大になる事を承知の上で突撃するより他は無い。
「そもそも第4中隊はどうしたんだ? ここ最近は全く動きが無いじゃないか」
ブリッジの艇長席で胡座をかいて源明が言う。あまり行儀は良くない。
「あの部隊には陸戦艇が無い。戦線を維持するだけでも苦労しているんだ」
その言葉と共に面長の男がブリッジに入り、手に持っていたバインダーで源明の頭を軽く叩いた。
「山田少佐……」
今作戦の補給部隊を指揮している山田康介である。
連弩の補給の為にやって来たのだ。
「一応、512高台ルート以外の侵攻は徐々に進みつつある」
つまり、源明達はズーマン地域侵攻部隊の中でも遅れている事になる。
しかし、源明はそのような事を気にする人物では無かった。
元が戦争嫌いなのだ。
「だとしたら、我々だけここで残っても問題無い訳ですね」
意訳すれば、他の部隊が頑張っているのであれば我々くらいサボっても問題無いだろうという事だ。
この男はどうしてもやる気を起こすつもりはないらしい。
「そうだろうと思ってな。我が軍で開発されたばかりの新兵器を持ってきた」
新兵器。
その言葉を聞いて源明は「あー」と不安そうな声をあげる。
開発されたばかりの新兵器と言えば聞こえは良いが、要は海の物か山の物かも分からないような兵器である事がほとんどだからだ。
「安心しろ。実証試験では成果を残せている。他の部隊でも近々運用される予定だ」
源明の内心を察して山田が言う。
彼は補給部隊故に仕様から外れていたり、現場では求められていない物資を送り付けられた人物の顔は何度も見ているからこそ分かるのだ。
「実証済み……? 新しい戦機ですか?」
「長射程のロケットだ。」
「長射程?」
「あぁ、現在地からでも512高台を狙い撃ち出来るぞ」
「そうなると敵の射程距離外から攻撃が可能ですね」
源明は新兵器の仕様書に目を通す。
それは所謂弾道ミサイルとか弾道ロケットなどと呼ばれる兵器であった。
発射されれば高度1000キロ程度まで上昇。その後、目標へむかって落下するという代物である。
「しかし、高度10キロ。つまり対流圏と成層圏の周囲には汚染物質や強力な磁場に覆われた空域がそこかしこにあって、そこを通った物に搭載された電子機器は尽く使えなくなるんでしょう?」
それは約1000年前に起こった崩壊戦争によるものである。
この戦争時に用いられた大量破壊兵器の影響が未だに残っているのだ。
その為、この時代の人類は宇宙へ行くことはおろか、飛行機を高高度で飛ばすことすらままならなかった。
「だからロケットなのさ。陸戦艇であらかじめ目標地点を設定して打ち上げる。打ち上げられたロケットは磁場空域に達する前に目標へ向けて弾道軌道をとりつつ上昇。あとは落ちるだけという話だ」
「常に落下地点までの誤差を修正しながら落ちたり、こちらから誘導するという訳では無いんですね」
「1度飛ばしたらそれきりだな」
アテになるのだろうかと源明は疑問符を浮かべるが、かつてアラシアが巨大なタイヤにロケットを付けた兵器の様な物を作った事を思い出し、それよりかはマシだろうと思い直した。
「納入されるのは合わせて4発だ」
「少ないですね」
いくら新兵器といえど4発しか納入されないのは少な過ぎではないか?
源明は不満そうな顔を見せる。
「そうだな。ただ、それには理由がある」
山田はそう言うともう1冊の資料を源明に手渡した。
「実のところ、こっちのが重要なんだ。要は本命だな」
「これは……、新型の弾頭?」
「そうだ。長射程ロケットの先に搭載するヤツだ」
つまり実際に運用させたいのは長射程のロケットでは無く、その先端に載せる弾頭という事だ。
こちらの方が特殊な物になるらしい。
「これは遺跡から発掘された兵器のコピー品だ。4つでも市ヶ谷級と同程度のコストがかかる」
山田が説明を続ける。
この弾頭そのものは崩壊戦争前に作られた物であり、現在よりも遥かに優れていた技術の物をサルベージして開発されたという事らしい。
「そんなに凄いんですか?」
疑うような目付きで源明が尋ねる。
「あぁ、このロケットの弾頭にはスクラムジェットエンジンが搭載されてる」
「スクラム……、なんです?」
「スクラムジェットエンジンだ。簡単に説明すると、弾頭前方にある吸気口から空気を取り入れて後方に噴射して加速するエンジンだ。最高速度はマッハ15まで出る」
「とんでもない速度ですね。普通のジェットエンジンとは違うという事ですか?」
「俺は技術者じゃないからな。その辺りはよく分からんよ。ただ崩壊戦争前の技術だ。俺達の知っているジェットエンジンとは違う技術体系かもしれん」
少なくとも既存の技術で作られた兵器という訳では無さそうだ。
つまりロストテクノロジーの塊という訳だが、源明としてはそのような兵器をアテにする事に不安を覚える。
手渡された資料によると、この弾頭が基地直上に直撃すれば、そのまま地下まで貫通して内部から目標を破壊出来るらしい。
「カタログスペックは大したもんですがね」
弾頭が基地の地下まで貫通するなど有り得るのだろうかと源明は疑わしく思う。
「よく考えろ。成層圏からこれだけの重量がとんでもない速度で落ちてくるんだぞ。その位置エネルギーと速度エネルギーから計算される破壊力を……」
「物理の授業は苦手なんですよ」
新兵器について疑問に思う源明に山田が説明を始める。
しかし、小難しい話は無しだと源明それを止めた。
「これだから根っからの軍人は……」
「そのつもりもありませんよ」
呆れる山田に源明が答える。
誰もやりたくて軍人をやっている訳では無い。
そういう不満を表情に出す。
「しかしよくこんな物を開発……、というかサルベージしましたね? これが資料の通りなら、生産性を上げればスイッチ1つで戦争が終わりそうだ」
この兵器を更に発展させれば、戦場に兵士を送る前に一方的な攻撃も可能になるだろう。
「まぁ……な。お前さんはアベルと初めて会った時の事を覚えてるか? アラシアの頃になるはずだ」
山田は言い淀みつつ尋ねた。
それは源明がトールという名前でアラシア軍にいた頃の話である。
彼がまだ軍曹として1個分隊を率いていた頃にアベルと初めて会ったのだ。
「ええ、覚えてますよ。何かの工場だかが敵に制圧されて、それを確認しに行った時です」
忘れもしない。
あの敵部隊には青い壊し屋と呼ばれるルーラシアのエースパイロットである李・トマス・シーケンシーがいたのだ。
そして、当時は部下だったアレクがシーケンシーと交戦した事もある。
「あの時にルーラシアが発掘兵器を運び込んでいたのは?」
それは源明も覚えている。
あの工場には泥に塗れた筒状の何かが持ち込まれており、それは一目見て発掘兵器と呼ばれる物である事が分かった。
そもそも、当時のアベルが率いていた部隊はそれを目的にアラシアの占領下へ侵入していたのだ。
「このロケットはその時に得られた情報を元に作られたのさ」
山田が言う。
しかし、源明はそれを聞いて「はて?」と疑問に思う。
「あの発掘兵器は全て爆破したはずですが?」
あの時、源明は発掘兵器を周囲にいる敵部隊ごと爆破したはずである。
「残骸や破壊しきれなかった部品はあるさ。それにデータもな。あの時、基地の占領をしたのはアベルだったんだろう?」
つまり、戦闘の後にヒノクニは基地の内部にあった発掘兵器のデータと残酷を回収していたという訳だ。
そして、その技術を解析して今回の兵器を作り上げたという事らしい。
「セコい真似を」
発掘兵器をヒノクニに渡さない為に破壊した当人の言である。
「そう言うな。あの時、お前さんは新兵の軍曹で、アベルは中尉としてそれなりに経験もあったんだ」
山田は苦笑する。
その時の新兵がいつの間にか自分と同じ少佐になっているのだから世の中分からないとも思う。
「そうそう、その弾道ロケットだが“ロングボウ”が愛称だ」
「ロングボウとは随分大人しめな名前ですね」
この手の兵器には伝説の武器やら生き物の名前が愛称として用いられるのが常であるが、ロングボウは現実に存在する弓矢である。
開発者もこの兵器の威力に自信が無いという現れなのかもしれない。
「了解。以後このロケットはロングボウと呼称します」
果たして何処までアテになるのだろうか。
源明は欲しくもない玩具を渡されたような微妙な表情をしていた。
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「と、まぁそんな訳でだ。新兵器であるロングボウを使用するに当たって君達にはいくつかやって貰いたい事がある」
数時間後、会議室にガンナーズネストのフェイ・ミンミンとイテン・マタイが呼び出される。
「艇長自らの頼みとは興味深いわね」
ミンミンはクスクスと不敵にわらいながら言う。
その横でイテンは厄介な事になりそうだと無表情を装いながら思案を巡らせていた。
「うん。フェイさんが率いるガンナーズネストには最前線に出て貰う事になるよ」
その言葉にイテンは予想通りだと表情を強ばらせる。
「あら、ようやく私達の信用してくれたということかしら?」
「……それは、これからの働き次第さ」
確かにこれまでのガンナーズネストの動きを見ていると、ルーラシア帝国と繋がりを持っていたり、寝返るような素振りは見られなかった。
かと言って、このフェイ・ミンミンという人物を源明は完全に信用する事は出来ない。
むしろ、その横にいるイテン・マタイという如何にも兵士であるという男の方が信用出来るくらいだ。
「良いわ。私達としてはここで戦果を挙げて、ヒノクニ・アラシア同盟軍へ名前を売るチャンスだものね」
「それならそれで良い」
そんなに目立ってどうするつもりだと源明は疑問に思うが、今は目先の事である。
いつも戦略や戦術は他人に投げる事の多い彼であるが、珍しく何かを思い付いたらしい。
その内容を2人に話し始めた。




