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144話 ヴィクトグラードの罠

 真歴1088年4月2日イェグラード共和国首都ヴィクトグラード。

 現在、この街は最後まで抵抗を続けるイェグラード軍とモスク連邦軍、アラシア・ヒノクニ同盟軍との戦闘状態にあった。

 もっとも、戦闘といってもほぼ掃討戦である。


 イェグラード共和国の首相であるイェゴール・ミルスキー は首相官邸から脱出。現在は行方不明となっている。

 また、一部の官僚や高官達は既に逮捕されており政府としての機能は損なわれていた。


 市内に残った僅かな戦力もヒノクニ軍を中心とした部隊によって市街地そのものが包囲されていた為に、他の地域に存在するイェグラード軍と連絡を付ける事すら困難な状況となっている。


 事実上の首都陥落であった。


「だが、市内にはまだ抵抗する奴がいる。中には一般市民に紛れている奴もいるだろうから気を付けろよ」

 ヴィクトグラード掃討戦に参加している882部隊の隊長であるアレクは部下に注意を促す。


「まるで荒野のウェスタンですね」

 ザザがそれに答える。

 確かに周囲の建物を見渡すと訝しげな視線でこちらを見つめる市民の姿が見られた。


「妙な言い回しを……、うわっ!」

 アレクがザザに答えようとした時である。

 突如、建物の屋上からダダダっという音と共に足下が爆ぜたのだ。


「屋上に敵!」

 サマンサが叫ぶ。

 同時に彼女の部下達がそれぞれ手に持った短機関銃や拳銃で発砲してきた敵兵に応戦する。


「早く戦機を用意しろ!」

 アレクが叫ぶ。

 敵がただの歩兵であるなら、戦機で対応するのが一番効果的だ。


「いけます!」

 1機のザンライが動き出す。そして建物の屋上にアサルトライフルを放って、敵兵をあっという間に制圧した。


「まったく……、敵が何処にいるか分からないからタチが悪い」

 アレクが苦々しい顔で言う。

 88レンジャーが市内に入った時は既にこんな調子であり、あちこちに潜んで抵抗するイェグラード軍を制圧していくという状況であった。


「どうもイェグラードの首魁であるイェゴールはルーラシアへの逃亡を図っているみたいね」

 ある程度の制圧が完了し、とりあえずの拠点を市内に設置した時である。

 88レンジャー部隊の総司令官であるオリガ・ミルスキー中佐が報告書を受け取りながら言った。


「逮捕出来れば大きな成果になりますね」

 それを聞いたアレクが答える。

 彼を逮捕してしまえば、このイェグラード紛争も終わりだ。


「……可能ならね。彼が抵抗した場合は誤って殺害してしまう可能性もあるわ」

 本来は生かして捕らえるのが望ましいが、オリガは言外に殺害しても構わないと言ってるのだ。


 彼女からすればイェゴール・ミルスキーは病を患った母と自分を捨てて、新しい女に走った挙句に国を裏切った父親である。

 その様な男は殺されて当然だろうと思っているのだ。


「逮捕した際はオリガ中佐に確認をしてもらいますよ。私はイェゴールとやらの顔を写真でしか見た事が無い」

「その時は丁重に扱うわ」


 淡々と言うオリガを見て、アレクはイェゴールを逮捕した際はそのままモスク連邦軍に引き渡した方が良いかもしれないと思う。


《こちらモスク連邦412小隊。これより国営地下鉄3番駅を制圧する。周囲の警戒の為に増援を求む》

 通信機からモスク連邦軍の通信が入る。


「地下鉄か……」

 いかにも残存部隊が好みそうな場所である。

 もし、この地下鉄が市街地の外まで通じているならイェゴールが逃亡の為に潜んでいる可能性もあるだろう。


「私が行きましょうか?」

 そう告げたのは源茂助中尉であった。

「そうだな。頼む」

 アレクは茂助の提案を受け入れる。

 駅周囲の警戒であれば茂助の小隊だけで充分だろう。

 既に市内の半分は制圧済で、残りの敵部隊も少数である。


「3番駅ですね? 一応全ての分隊を出しますよ」

 茂助は自分の指揮下の戦機を全て出撃させる。

 無論、彼自身もザンライに乗って地下鉄の駅に向かう。


「こちら8822小隊だ。これより援護する」

 指定された3番駅に着くなり、茂助はその場に待機していたモスク連邦の412小隊と合流。

 そのまま駅の周囲に敵が潜んでいないか索敵を行う。


《我々は駅の中へ向かうぞ》

 その通信と共に412小隊の歩兵が各々短機関銃やらショットガンを装備して駅の中へ向かって行った。


「……これ、まだ民間人の避難が完了していないじゃないか」

 茂助は苦々しい顔で言う。

 周囲を見回すと防寒着を着た市民が歩道を歩いており、茂助達の戦機を珍しそうに眺める者もいた。


「敵が潜んでいたとしても小規模だから必要無いと思ったんでしょうか?」

 部下の1人が言う。

「だとしても巻き込まれる可能性はある。雑な仕事だな」

 茂助はモスク連邦軍のいい加減な仕事振りに憤りつつ外部スピーカーのスイッチを入れた。


「これより残敵の掃討を行います。市民の皆さんは安全な場所へ避難してください」

 茂助は市民に向かって呼び掛ける。

 それに倣ってか、各分隊長機もそれぞれ外部スピーカーで避難を呼び掛けはじめた。


「あまり変わりませんな」

 周囲の市民は茂助達の避難勧告を気に

止めることなく歩道をウロウロしていた。

 呼び掛けに応じたのは数人だけで、それもノソノソと建物の中に入っただけである。


「つい先日まで戦闘が傍で起きていたから慣れてしまったのか?」

 あるいはこれまで無事だったので、これからも無事だろうという根拠の無い自信でもあるのだろうか。


「巻き込まれても知らないからな」

 茂助は動こうとしない市民の姿を見て呟く。


「まぁ、イェグラード軍の主力は壊滅して、首相のイェゴールは逃亡して行方不明ですからね」

「戦闘は落ち着いたから日常生活に戻ると?」


 まだ市内には残存部隊もいるのだ。

 完全にイェグラードが壊滅した訳では無いというのが分からないのだろうか。

 茂助はそんな事を思う。


「隊長が思うよりも市民は逞しいと思いましょうや」

 部下の1人が冗談混じりに言う。

「そういう考え方もあるか……」

 茂助はそう返答しつつ目の前のVRモニターに映る景色を眺める。

 端の方に配送業者のトラックが走っているのが見えた。


「我々と同じ様に仕事はしなければ食べていけないという事か」

 そんな事を思っていると、更に飲料メーカーの配送トラックが茂助達の戦機が鎮座している通りを走って来るのが見えた。


「……? 何だあのトラック?」

 よく見るとトラックの運転席には誰も乗っていない。

 明らかにおかしい。

 茂助の直感が自機の右腕に装備させたサブマシンガンをトラックに向けされる。


「何だ!」

 次の瞬間、ドワォと音を立ててトラックが爆発する。

 その爆発は市内のあちこちで起きていた。

 更に地下鉄の駅の中でも起きたらしい。

 駅の入り口から煙が吐き出されていく。


「自爆テロか?」

 そう思った瞬間であった。

 トラックの爆発で起きた煙が鮮やかな緑色のものに変わったのだ。


「隊長!」

「毒ガス! 奴ら正気か!」


 もうもうと立ち上がる緑の煙は明らかに毒ガスであった。

 その中から首を抑えて苦悶の表情をしている市民が現れる。


「全機、すぐこの場から離れるぞ!」

 茂助は部隊に指示を出す。

 戦機のコックピットは密閉されている訳では無いので毒ガスに巻かれたら無事では済まない。


「くそ! 外部スピーカーも!」

 更に茂助は外部スピーカーから市民に対して毒ガスが撒かれた事を警告しようとコントロールパネルを操作する。

















/✽/













 市内で毒ガスが散布されたという情報はすぐにアレクの元にも報らされた。


「3番駅? 茂助が向かったところじゃないか!」

 それを聞いたアレクはすぐに救援部隊を差し向けようとするが、それはサマンサに止められる。


「毒ガスなら専用の特殊装備が必要よ」

「ザンライでは無理だと言うのか……!」

「特殊な戦機でなければ毒ガスの中を進むのは無理よ」


 サマンサの冷静な判断に止められアレクは歯噛みする。

 

「毒ガスや生物兵器は戦時協定で禁止されているっていうのに……!」

 そう呟いたのはザザだ。

 言葉から動揺している事が分かる。


「奴らは既に正規軍である事をやめてテロリストに成り下がったという事だ」

 そう答えたのはジョニーである。

 双眼鏡を使い町外れから緑の煙が上がるのを見付けて舌打ちをした。


「仕掛けた奴らが近くにいるはずだ。逃走する可能性のあるルートは?」

 毒ガスは自然に発生する訳では無い。

 それを散布した犯人がいるはずであり、アレクはそれを仕留めようと戦機に乗り込む。


「地下鉄沿いの道としか言い様が無いわ。情報が少なすぎるもの」

 サマンサは地図を取り出して言う。


「なら各部隊は散開して駅の周囲を警戒。……毒ガスには近付くなよ」

「敵を見付けた場合は?」


 指示を出すアレクにジョニーが尋ねる。

 アレクは即時発砲という命令が頭に浮かぶが、それを口にする前に一度息を吸う。


「基本は捕縛だ。……尋問する必要がある」

 敵が毒ガスを散布したのにも理由がある。

 それは行方不明になっているイェゴールに繋がるかもしれないのだ。

 迂闊に殺害することは出来ない。


「敵は民間人に偽装している事も考えられるわ。臨検をするなら慎重にね」

 サマンサが言う。

 こういう事をやる敵であれば充分に考えられる。


「ずっと前にそれをやった指揮官もいたしねー」

 懐かしむ様に言ったのはメイである。

 言葉とは裏腹に敵の逃走ルートを算定して、そこに向かうように部下の戦機にデータを転送していた。


「そういう事だ。各部隊は散開。敵を見逃すなよ」

 アレクはそう締めくくり、彼の指揮下の部隊が動き出した。


「……良かったわ。思ったよりも冷静で」

 移動中にサマンサがプライベート回線でアレクに呼びかける。

 アレク、サマンサ、茂助、メイは訓練兵時代からの付き合いである。

 その茂助が毒ガスが散布されたエリアの真ん中にいたとあれば、落ち着いてはいられないのが普通だ。


「……冷静なものか。何かしていないと落ち着かないからこうしているんだ」

 対毒ガス兵装は無いので救援には向かえない。

 だから市内に毒ガスを散布した犯人を捕らえようというのであるが、それも本来ならモスク連邦軍や警察の仕事である。

 アレク達はヴィクトグラードから逃走するイェグラードの残党を掃討する事が任務であり、今回の様な市内の治安維持は管轄外なのだ。


















/✽/













 16時28分。

 空もいよいよ暗くなり始めた頃である。

 ようやく市内に散布された毒ガスが薄れて安全になり、本格的な救出活動が始まった。

 しかし、その時には毒ガスの散布エリアにいた部隊の60%は死亡。

 25%は重症であり、任務継続は困難な状態となっていた。

 そのエリアにいた民間人に至っては更に悲惨である。

 生き残ったのは僅かに3人のみで、他は全員死亡。

 その生き残りでさえ、今後は後遺症に悩まされる事になるだろう状態であった。


「……!」

 茂助が意識を取り戻したのは市内の病院である。

 臨時に作られた病室には毒ガスの被害にあった兵士達が次々と運ばれ、それに対応する医者や看護師の声と負傷した者達の唸り声で溢れていた。


「気が付いたな」

 慣れ親しんだ声が聞こえる。

 アレクであった。


「あ……」

 茂助は名前を呼ぼうとするが声が出ない。

 更に言えば全身の感覚が無く、指1本動かすことが出来なかった。


「無理するな。毒ガスの後遺症だ」

 アレクは言いながら傍を通りかかった看護師の肩を掴む。

 そして何やら囁くと看護師は頷いて何処かへ走っていった。


「こんな状態だが報せておく。お前の部隊はほぼ壊滅。無事だったのは割と離れていた4、6、7分隊だけだ。駅に向かった部隊も6割がたは死亡か重症だ」


 その報告に茂助は目を伏せる。

 何とか首から上は動くようだ。


「お前も任務継続は無理と判断して88レンジャーからは外れてもらう。退役ではなく予備役扱いになる」

 自分はまだやっていけると思いたいが、この状態では無理そうだと茂助は視線で訴える。


「とりあえず復帰する為には医者の言う事を聞いてリハビリでも何でもやってもらうぞ」

 アレクは言う。

 しかし、茂助としては果たしてそこまで身体が元に戻るだろうかと疑問に思う。

 あの毒ガスはおそらく神経性のものであり、撒かれてから手当を受けるまでに結構な時間が経っていたはずだ。

 どの程度まで良くなるかは分からない。


「……戻ってもらうぞ? お前程のパイロットはそんなにいないんだ」

 アレクは目を細めて言う。

 どうあっても軍務から逃げる事は許さんと言っているようであり、茂助はそれをおかしく思う。

 表情筋が動くなら苦笑してたところだ。


「……ん、医者が来たな。じゃあ俺は後始末があるから、また近いうちに顔を見せる」

 アレクはそう挨拶をして診察に来た医者に軽く会釈をして立ち去る。


「……奴の変わりはいないんだ」

 アレクは既に知っていた。

 茂助はこれから先、軍務に復帰する事はないだろうという事を。

 医者の話によれば毒ガスにより末梢神経が侵されており、首から下に異常をきたしているという事らしい。

 それは今後とも治る見込みは低く、それどころか悪化する可能性もあるという話だ。


「こんなつまらない事で死なれてたまるか」

 アレクは呟く。

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