141話 512高台
真歴1088年3月10日。
源明は連弩の通信室で上官であるアベルからの指令を受けていた。
「512高台ですか?」
《そう。第4大隊が思ったよりも手こずっているんだ。手を貸してやってくれ》
「まぁ、連弩のメーサー砲なんかは対要塞戦には有効ですが……」
アベルからの指令は現戦域を移動して512高台にある要塞を第4大隊と共に攻撃するという内容であった。
その512高台は他の場所に比べて小高い平地であり、その壁面にはいくつものトーチカが設置されている。
戦闘になれば、この高台から狙い撃ちされるので攻める側は不利な戦いを強いられるのだ。
しかし、連弩級の陸戦艇であればメーサー砲や120ミリ連装砲などで、これに対応が可能という事らしい。
「あまり気は進みませんが……」
連弩が前に出るという事は大隊司令部が前線に出るという事である。
これが撃沈されれば部隊の統率が執れなくなるのだが、自らその危険を冒すとなれば源明としては面白くない話なのは当然だ。
「結局、前線に行くのは変わらないみたいだね」
例え陸戦艇に乗っていたとしても、銃砲が向けられる場所に身を晒す事には変わらない。
源明は苦笑する。
「連弩級の宿命ですね」
千代が答える。
後方からの支援を目的とした陸戦艇であるが、120ミリ連装砲やメーサー砲の様な強力な兵器が搭載された連弩級は前線に向かわなければならないようだ。
「あら、なら私たちの出番も回ってくるかしら?」
この頃には平然とブリッジに入り、誰もそれを咎めなくなったフェイ・ミンミンである。
「そうだね。君達の実力とやらを見せて貰うことになるよ」
源明が答える。
未だにガンナーズネストは信用ならないが、戦力である事には変わりない。
彼らにも前線で戦って貰うことになる。
「とりあえず連弩が撃沈された場合、大隊の指揮権は富士に移行する様に伝えてくれ」
「玉堂大尉ですね。……その場合のマニュアルも?」
「既に用意させていたと思うけど、改めて確認させてくれ」
源明は連弩が撃沈された場合の対応を各艇に伝えさせる。
陸戦艇の艇長はヒノクニに何人もいるが、彼ほど撤退や艇の撃沈に備えたマニュアルを作らせる者はいないだろう。
大隊司令部である連弩が撃沈した場合の対応策を何パターンも予想してマニュアル化させているのである。
これは彼が初めて艇長になった時から変わっていない。
部隊が壊滅的なダメージを受けた際は各小隊ごとに、それぞれの判断で動ける様に徹底させていた。
「それにしても次席の大隊長が玉堂大尉という事になりますが、宜しいんですか?」
千代が確認するように言う。
源明は玉堂をあまり評価しておらず、それは千代も同じであった。
玉堂は長期的な状況判断力に乏しく、戦果を重視するあまり部隊の損害が増加傾向にあると見ているのだ。
「本当はいっそ新米艇長のピエット大尉に任せたいんだけどね。そうもいかないだろ?」
新米であれば損害を恐れて無理をする事もなく後退するだろうと源明は思う。
しかし、そうなればベテランの玉堂や石塚はよく思わないはずだ。
「でしたら石塚大尉でも……」
「それも考えたけどね……」
彼は海軍出身である。
陸と海の違いこそあるが、正規の艦長教育を受けている事を考えると、艇の指揮は彼の方が向いているのではないかと千代は思う。
「そうなると玉堂大尉が面白くないはずだよ。陸軍出身の士官が陸戦で海軍出身の指揮下になるからね」
ヒノクニは陸軍と海軍の仲が悪い。
特に根っからの陸軍である玉堂は海軍出身の石塚をよく思っていないはずだ。
「くだらないわね」
それまでの話を聞いていたミンミンが微笑を浮かべて言う。
「まったくだね」
源明は苦笑しながら同意する。
/✽/
3月13日。
512高台へ到着した第8大隊は連弩を前面に出しつつ部隊を展開。
先に攻撃していた第4大隊と共に攻撃を開始する。
「これじゃあ近付けないじゃない!」
先行したのはピエット大尉指揮下の習志野に所属するリリー・レーン中尉の戦機部隊だ。
しかし、高台のトーチカから激しい砲撃と敵の戦機部隊による連携攻撃に前進すらままらない状況であった。
「奴らが習志野に戦力を向けている隙をつく!」
リリー隊が攻撃を仕掛けている側面から、玉堂大尉が指揮する富士の部隊も攻撃を開始する。
その主戦力は小林亜理沙中尉の指揮する戦機部隊だ。
しかし、これも敵の激しい抵抗にあい後退せざるを得なかった。
「航空支援が必要ですね」
富士と習志野の後方から支援を行っていた滝ヶ原の艇長である石塚が言う。
「一応、37飛行連隊には支援要請を出しているけどね」
無論、源明は既に航空支援を要請していた。
しかし、敵にも航空部隊はいる。
これにより友軍の飛行部隊が迎撃されてしまう事態が発生。
その為、なかなか支援に応じることが出来ないらしい。
「この辺りの航空基地は……」
「72大隊が攻撃しているはずだね」
「敵の航空戦力があるということは、72大隊はうまくいってないという事ですか……」
何処も思い通りの成果を挙げられていないようだ。
やれやれと石塚は肩を落とす。
「一度、連弩を出そう。こちらのメーサー砲でトーチカの幾つかでも破壊出来れば状況は変わるかもしれない」
源明はそう言うと連弩を512高台の防衛線に向けさせた。
無論、本気で状況が変わるなどとは思っていないが、このまま手をこまねいてる訳にもいかない。
「さて、まずはメーサー砲と120ミリ砲は高台のトーチカに攻撃。その間に戦機部隊は前進」
そして3月18日になり、連弩は512高台に攻撃を開始。
増援としてガンナーズネストの部隊も投入する。
「高台からミサイル!」
通信士が叫び、敵の基地から発射されたミサイルが連弩に向かう。
しかし、これらはCIWSによって迎撃された。
「連弩を移動させる。だが各砲座は砲撃を止めるなよ!」
その場に留まるには連弩の全身はあまりにも大きすぎる。
敵からすれば狙わなくても当てることが可能なマトということだ。
射程内で足を止めれば、たちまち砲弾とミサイルの雨に晒される事になるだろう。
「ガンナーズネスト、敵部隊と接触!」
「お手並み拝見だね。ウルシャコフ少尉の部隊に援護させろよ」
連弩から発射されたメーサー砲の軌跡と、敵の基地から発射されたミサイルが飛び交う下で戦機部隊が戦闘を開始する。
「……!」
その先頭にいたのはイテン・マタイとエステル・ドルイユであった。
彼らが乗る戦機はガンナーズネスト独自で開発と生産がされている“ハルバード”という機体である。
ハルバード。
見た目はV字形のバイザーが特徴的な頭部と、鋼丸を思わせる甲冑のような装甲を持つ戦機だ。
各国が使用している戦機よりもヒロイックな見た目であり、市民受けは良さそうな機体である。
もっとも独自開発というのは名目だけであり、実際のところはタイプβのフレームの一部と外見だけ変えただけであった。
つまりはタイプβのコピー品である。
「性能の違いは腕でカバーよ!」
エステルの乗るハルバードはタイプβの後継機であるタイプγの死角を突くように動き、装備させたサブマシンガンでこれを撃破する。
「……!」
イテンの乗るハルバードもそれに続くように敵機を撃破する。
ガンナーズネストの機体は確かに旧型の仕様であったが、乗り手は様々な戦場を駆けてきたベテランがほとんどであった。
機体の性能差は充分にカバー出来るのである。
「連弩から曲砲支援! 5秒後にポイントブラボー3からデルタ4まで!」
部下から通信が入る。
敵が密集している場所に連弩が砲撃を行うようだ。
「5秒! うわっ!」
しかし砲撃のカウントよりも早く、イテンの前方から轟音と土煙があがった。
「……っ!」
それは敵の高台から行われた砲撃によるものであった。
その直後に敵陣からも土煙があがり、こちらは連弩からによるものだという事がすぐに分かる。
「まただわ!」
エステルの声が通信を通してガンナーズネストの機体に伝わる。
ヒュウという甲高い音が聞こえ、ハルバードが動き、轟音と土煙があがった。
「これ以上は無理だな」
敵の砲撃が次々と行われ、地面が次々と抉られていく。
連弩からの曲砲支援もあるが、敵の砲撃の方が激しい。
イテンは部隊をすぐに後退させる。
「何勝手に後退してるのよ! ……そんな事も言ってられないか」
エステルも文句を言いつつ自身の部下を敵の砲撃範囲外まで後退するように指示を出した。
その途中で敵のタイプβが追撃を開始する。
「旧式が舐めるんじゃないわよ!」
その叫び声と共にエステルの乗るハルバードはタイプβをレーザーカッターで袈裟斬りにした。
「中身は似たようなものだと思うが……」
イテンも呟きつつ後ろから迫るタイプγにサブマシンガンを撃ち込む。
戦機同士の戦闘となれば、ガンナーズネストの面々は滅法腕の立つ者が多い。
彼らの部下も後退をしながら隙を見て追撃してくるルーラシアの戦機を撃破していく。
「各員、ポイントチャーリー4まで後退したら反転して敵を迎撃。そこまでは敵の砲撃も届かないわ」
通信に突如淡々とした声の命令が伝わる。
声の主はフェイ・ミンミンであった。
「姫様!」
エステルが驚いた声を出す。
それも当然である。
彼女の乗るハルバードの前にはミンミン専用にカスタマイズされたハルバードが立っていたのだ。
「あら、驚いている暇はないわよ」
次の瞬間、ミンミンの乗るハルバードは右腕を上げる。
そして、その腕に装備させたアサルトライフルを1発撃つ。
直後、エステル機を追っていたタイプγの胴体の真ん中を弾丸が貫通。そこから爆炎があがった。
「あ、ありがとうございます……」
「遊びじゃないのよ?」
ミンミンの言葉にエステルは萎縮してしまう。
その横でイテン機が更に敵機を撃破した。
「さぁ、一度後退よ」
ミンミンとその指揮下の部隊の援護により、イテンとエステルの部隊は目標地点まで後退する。
その後、敵の砲撃範囲外に達したところで反転するが、その時点で敵も追撃を中止して基地へ戻っていった。
/✽/
「結果として大した戦果は挙げられなかったわね」
戦闘後、ガンナーズネストは連弩の前方5キロ先にベースキャンプを建てていた、
その中でガンナーズネストの面々が戦闘の後片付けに奔走する様子を見てミンミンは残念そうに呟く。
「おい」
機体の修理について何やら部下を叱りつけるエステルを横目にイテンが声をかけてきた。
その横にはルーラシア軍のパイロットスーツを着ている男が立っている。
「捕虜だ。どうやらお前の事を知っているらしいぞ」
イテンがぶっきらぼうに言う。
「やはり、ミンミンお嬢様だ!」
捕虜の男はおそらく30代の半ばといったところだろう。
階級章を見ると中尉のようだ。
「どちらだったかしら?」
しかしミンミンには見覚えの無い顔であった。
同時にイテンが拳銃を抜いて捕虜の側頭部に突きつける。
もし、彼がフェイ派とは敵対関係の者であれば即射殺しなければならない。
「覚えてないのも無理はありません。私はカッケ中佐の部下でしたから、あまり顔を合わせる事もなかったでしょう」
「邸宅の警備部隊に所属していたのかしら?」
「はい。ホス・ホワイトです」
ミンミンはホスと名乗った男を一瞥すると、イテンに視線を向ける。
イテンも邸宅の警備部隊に所属していた。
このホスという男を知っているのかと視線のみで尋ねる。
「……」
イテンは黙って首を横に振る。
どうやら知らないようだ。
もっとも、当時の彼は邸宅の警備部隊でも新参者であったので無理の無い事かもしれない。
「私の父はデタラン・ホワイト。お父様のフェイ・シュエン様とは乗馬仲間でした。その中でこの戦争の行く末について語り合っていたそうです」
「そう……、その名前は何度か聞いた事があるわね」
確かにデタランという名前は父親から何度か聞いた覚えがある。
もっとも、そこまで仲の良い人物だとまでは思っていなかった。
その程度の話題にしかならなかったのだ。
「私自身はカッケ中佐にお世話になり、今もこうして軍になんとかいる事が出来ます。……最前線送りではありますが」
むしろ、この男はカッケの方に縁があるようだ。
この場にカッケがいれば良かったのだが、彼は現在アンカーテールにあるガンナーズネスト本部で仕事をしていた。
「……いいわ。もし、貴方がお父様やカッケへの忠誠が残っているのなら信頼出来る者を集めて協力してちょうだい」
ミンミンは柔らかい笑顔をホスに向けて言う。
同時にイテンは銃を降ろす。
「も、勿論です! 私の部下の中にはフェイ派の者が何人かいます。何か役に立つ事もあるかと思います」
ホスは上官からの命令を受けた様な表情で答える。
しかし、ミンミンはあまり期待してはいなかった。
たかが1人の中尉と数人の部下で何が出来るというのかと思っていたのだ。
「そうね。この砲撃を止めるのに協力してちょうだい」
ミンミンは柔らかい笑顔を変えずに目を細める。
それを見たホスは思わず背筋を伸ばした。
理由は分からないが、このミンミンという若い娘にプレッシャーめいたものを感じたのである。
そして、同時に彼女がフェイ派の頭領であり、この先にルーラシア帝国の中心人物になるのではないかという期待も抱いたのだ。
「や、やれるだけやりますが……。期待はしないで下さい」
しかし自分の立場を思えば、彼女の期待に応えるのは難しい。
「でしょうね。……」
ミンミンは柔らかい笑顔を浮かべたままで冷たく言う。
そのまま右手を上げるとイテンに彼を解放するように命じた。
「ホス中尉とか言ったな? 俺達は傭兵部隊だ。そして彼女はその頭領だ。ガンナーズネストに入りたいなら結果を出すんだな」
イテンはホスの背後からそう告げた。
「私はルーラシア帝国を正しい状態になる事を希望するだけだ。傭兵になるつもりは無い」
ホスはキッパリと言う。
彼はフェイ派が復活する事で、この戦争が一刻も早く終わる事を望んでいるのだ。
「そうか……」
ホスはあくまで軍人として生きていくという事だ。
イテンはそれを理解して短く答える。




