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14話 ジョッシュ要塞

「ヒノクニの部隊へ出向ですか?」

 突然の事にトールは驚きを隠せない。

 それは11月20日のことであった。

「突然のことで済まないとは思う」

 そう答えたのはトール達が所属する中隊の隊長、カルル・コトフ大尉である。

 赤ら顔に八の字の口髭が特徴だ。


「10日前にヒノクニがギソウ地域にあるジョッシュ要塞を陥落させた事は?」

「それなら通達で聞きましたよ。あそこは帝国本土に繋がるルート上の1つで、妙に頑丈な防壁に囲まれた要塞でしたね」


 大尉はウムと首を縦に振る。 


「当然、抑えた要塞はヒノクニの管理下に置かれる訳だが、その為の兵力が足りないそうだ……。あちらもギソウ地域だけに構ってはいられないらしくて、ヒノクニ本土からの増援も遅れているらしい」

「そこで我々に白羽の矢が立った訳ですか……」

「白羽? ……まぁ、そういう事になる。向こうの指揮官はアベル・タチバナ……、今は大尉か。向こうは君たちを知っているらしいからな。適任だろう」


 妙なところで意外な名前を聞く事になるものだとトールは驚いた。彼とは二度と会うことも無いだろうと思っていからである。


「当然、今までの1個分隊という訳にはいかないからな。君には3個分隊を率いて貰う」

「さしずめ4分の1小隊ですね」

「君の階級は曹長だ。1個小隊を率いたければ少尉まで昇進することだ。こちらとしても、他国の為にそれ以上戦力を分ける余裕も無い」


 昇進する気など全く無いとトールは内心で思いながら「はっ」と答える。

 それにしても、救援がたった3個分隊とは如何なものだろうか。おそらくは他にも違う形での支援はしているのだろうが……。

 同盟といっても、そこまで信用していないという事か。

 トールはそんな事を考えながら差し出された辞令を受け取った。


「……それとこれも」

 大尉はもう一つトールに差し出した。それは小さな封筒である。

「何です?」

 手紙のようだ。トールはそれを受け取り、カルル大尉に視線を向けた。


「向こうにチャンという男がいる。彼に渡して欲しい」

「誰なんです?」

「君よりも前にヒノクニへ出向した男だ。君達とは入れ違いで戻ることになっている」


 つまり、この手紙はアラシア共和国本土へ戻る為の手続関係についての内容なのだろう。


「向こうは君の顔を知っている」

「そうなんですか?」

「訓練生時代、君はある意味有名だったらしいからな」


 成績の悪さという意味では、確かにトールは有名であった。

 順位は座学、実技共に下から数えた方が早い。

「後方勤務希望だったのに、前線に出る部署に配属なんて言われれば、やる気なんて出ないよ」

 とは本人の談である。






/*/






 真歴1080年12月2日。

 トール達は雪が降りしきる中、ギソウ地域のジョッシュ要塞に立っていた。

 その要塞は噂通りに周りを高さ18メートルはある防壁によって囲まれていた。

 また、その防壁の頂上には規則的に迫撃砲や機関銃座が設けられており、近付く者には容赦の無い攻撃がされるであろう事が容易に想像出来る。


「元は鉱物の採掘施設だったなんて話だが……、嘘じゃないのか?」

 防壁を見上げながらアレクが呟く。

「どうだろうね。その話は俺も聞いたけど、この辺りで採掘用のトンネルを幾つも掘って、それらの管理を行っていたって事らしいけど」

 雪の積もっている場所をワザと踏みながらトールが答えた。彼は防壁よりも積もった雪を踏む事に夢中になっていたのだ。


「やぁ、来たね」

 聞き覚えのある声と顔が現れた。

 トールはそれを確認して敬礼をする。


「アラシア共和国陸軍、438独立部隊。トール・ミュラー曹長。以下、えーっと……、33名。現時刻を持って着任します」


 それを聞いた亜麻色の髪を持つ青年、アベル・タチバナ大尉は面白そうにククッと笑う。

 彼は以前会った時は野戦服を着ていたが、今回はディープグリーンに金色の刺繍がされた軍服を着ていた。


「ご苦労さま。おめでとう、昇進したんだ」

「ありがとうございます。……人を率いるのは柄じゃ無いですけどね」


 この時、438独立部隊は2つの戦機分隊に1つの歩兵分隊が合わさった混成部隊であった。


 まず、第1分隊としてアレク、茂助、サマンサの戦機分隊。

 この分隊長はトールが全体の部隊長と兼任する事になっている。といっても、トール本人はサマンサに任せるつもりでいたが。


 そして、第2分隊はメイ・マイヤーの率いる戦機分隊である。

 この分隊はターニャ、ジェシー、ケイトという女性のみの分隊であった。

 メイを除く隊員達は過去に犯罪歴があるという理由で配属された訳有りの分隊である。


 そして歩兵分隊を率いるのは、以前に民間人の救出で協力していたエイクであった。

 彼とその部下達は先の戦闘後、自分達の司令官達が民間人を見捨てた事を軍部に訴えていた。

 しかし、その問題は取り沙汰される事も無いままにトールの部隊へ配属される事となったのだ。

 問題は揉み消され、半ば厄介払いの形での配属であった。


 それでも大人しくこの配属を受け入れたのは、トールにある程度の信用があったからである。

 前回の民間人を連れた撤退戦において、当時の上官は自分達と民間人を置いて逃げてしまったが、代わりやってきたトールという若者が率いる部隊は逃げる事も無く責任を果たした。

 またエイク達の配属が決定した時、トールは歩兵分隊の指揮をエイクに任せたいと彼とその部下達の昇進を進言した事から、少なくとも前任者よりは部下に対して正当な評価を下すだろうと考えたのである。

 その為かエイクと彼の部下達は昇進していた。


「この部隊は軍のブラックリストそのままだな」

 部隊の構成員を見てトールは苦笑する。

 軍として扱いに困る面々ばかりで構成された部隊であった。この様な部隊を他国の支援部隊として送るのだから苦笑もするだろう。

 隊員達も同じ様な気持ちであり、お互いに親近感が沸いていた。


「実のところ、アラシアから兵力が来る事は期待していなかったんだ」

 増援を要請していたアベルにしても、同盟国とはいえ他国であるアラシアから戦力が来るとは思っていなかったらしい。


「はぁ」

 何と返せば良いものか、返事といえるか微妙な声でトールは答えた。


「だから、君達は私の管轄内で動いてもらう。……基本的には遊撃隊みたいな扱いと思って欲しい」


 員数外の部隊。

 散々こき使われるか、あるいは放置させられるか。

 後者の方がありがたいと思いながらトールは「了解です」と答える。


「それと、彼女を君の部隊に加えてくれ」

 アベルがそう言うと、1人の女性がひょっこりと現れた。

 黒髪を後ろで束ねており、落ち着いた雰囲気を漂わせている。


「何時かの美人だな」

 トールの横にいたアレクが顎を擦りながら呟いた。それを聞いてトールも彼女のことを思い出す。


「藤原千代曹長です」

 何時かのレアメタル工場での戦闘時にアベルの横にいた下士官であり、自身の操縦する戦機にトールを乗せていた女性であった。


「お久しぶりですね」

 藤原は真っ先にトールに挨拶をする。

「いつぞやはどうも」

 軽く頭を下げて返す。

 そしてアベルに視線を向けた。


「部隊に加えると言っても、階級が私と同じなのですが……」

 部隊の指揮官はトールである。そこへ同じ階級の藤原が加えるとなると、彼女はどういった扱いになるのか?


「私とのパイプ役と思ってくれて良い。君はとりあえず准尉待遇で扱わせてもらうよ」

 つまり藤原千代はトールの部下として扱って構わないという事である。


「要は我々を監視する為の密偵だろう」

 アレクが聞こえるような声で呟く。

「どの様に捉えてもかまわないよ」

 トールがアレクを咎める前にアベルが苦笑混じりに言った。

 一方で藤原は何が面白いのかニコニコと微笑んでいる。


「では、私はこれで。後は藤原曹長に聞いてくれ」

 そう言うとアベルは足早にその場を立ち去った。


「……では基地の詰め所に案内します」

 藤原が言った。

「いや、その前にチャン中尉という人がいるらしいんだが……」

 トールは上司から言い渡された事を思い出す。

 軍用コートのポケットに手を入れ、手紙が入っている事を確認した。


「あぁ、それならあそこにいますよ」

 藤原が指した方向に、同じアラシア共和国軍の制服を着ている長身の男が部下に指示を出しているのが見える。


「私は中尉に書類を渡してくるから、後はサマンサ軍曹とアレク軍曹によろしく」

「え?」


 藤原、サマンサ、アレクの3人がそれぞれが声をあげる。しかし、トールは既に走り出していた。


「面倒な事は全部私達ね」

 サマンサが呆れながら言う。

「まぁ、いつもの事だろ」

 腕を組んでアレクがそれに答えた。






/*/






 遠目で見た時も思ったが、目の前にして見ると改めて背丈が高いと思う。

 チャン中尉を見上げならトールは敬礼をする。

 チャンは頬骨の張った顔でトールを見下ろして敬礼を返した。

 そして、次の瞬間には破顔する。


「ああ! よくここまで生きてこれたものだ! お前のやられ振りは有名だったからな!」

 大声で笑いながら言うとトールの背中を叩く。

 酒でも飲んでいたのか若干顔が赤い。


「部下が優秀なんです」

 背中を叩かれながらトールが答える。

「アーデルセンか……、腕は確かなようだな」

 青い壊し屋と渡り合った事は彼も聞いていた。


「それよりもこれを」

 トールはカルル大尉から預かった封筒を渡す。

「あぁ、これか」

 手紙を受け取ったチャンは一度トールに視線を向けると、ポケットからヒノクニの硬貨を取り出した。


「小遣いだ。俺はアラシア本土に帰るから必要無いのでな」

 そう言ってトールの手にそれを握らせる。

「や、こりゃどうも」

 誰か良い仕事をした者がいたらコーヒーでも買ってやろうか等と考えながら、それを受け取ってポケットに入れた。


「じゃあな。頑張れよ坊や」

 チャンはトールの肩に手を置いて去って行った。


「妙に気の良い人だな。アルコールが入っているからか?」

 今、自分がいる場所は冬という事もあってか、気温はマイナスを切る程であった。

 アルコールで身体を暖めるのは分かるが、勤務中に飲むのはどうかと思う。


「……俺の部下にも気を付けないとな」

 未成年のアレクやサマンサなどはともかく、エイクなどは勤務中にも飲むかもしれない。 

 酔っ払って戦死するなどという間抜けな事が無いようにしなければと1人思うのであった。

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