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134話 降下作戦

 真歴1088年2月14日22時17分。

 イェグラード共和国、ホーゲンダガヤ基地上空5000メートル。

 胴体がコンテナになっている様な形状の輸送機が6機滑空している。

 どの機体も夜間迷彩が施され、一目見ただけではその姿を確認出来ない。

 その下の基地では戦闘が繰り広げられており、サーチライトの光や爆炎、時折見られるマズルフラッシュが辺りを照らしていた。


《目標ポイント到達。スモーク、チャフを展開しつつ高度下げ》

《了解。スモーク、チャフ展開……。高度下げ》


 輸送機はそれぞれ煙幕とチャフによる金属片をばら撒きながら機首を下げて高度を落とす。

 基地も輸送機の存在に気付いたのか

、サーチライトが上空に向けられる。

 しかし対空迎撃は行われない。

 既に対空砲は破壊されていたからだ。


《予定通りだ。……チッ!》

 輸送機のパイロットは舌打ちをする。

 確かに対空砲の弾幕は無かったが、歩兵の携行ミサイルが飛んできたのだ。

 しかし、そのミサイルは旧式だったのだろう。

 輸送機の周囲で展開されたチャフに阻まれ、あらぬ方向へ飛んで行った後に爆発した。


《機銃で蹴散らせ》

 輸送機の両翼には12ミリ機関銃が取り付けられており、機長の指示の元でこれが地上に向けて発砲された。


《各機は降下スタンバイ》

 揺れる輸送機のカーゴベイの中、降下準備を示す赤いランプが搭載された3機のザンライを照らす。

 左肩の装甲には882という数字が書かれていた。


 88レンジャー部隊、第2中隊という意味である。

 それはアレクサンデル・フォン・アーデルセン大尉が指揮をする戦機のみで構成された部隊であり、882部隊あるいは第2中隊などと呼ばれる部隊であった。


「降りられるのか?」

 戦機の狭いコックピット内でジョニーが疑問を口にする。

「空軍でも優秀なパイロットを引き抜いて、この輸送機も専用の改造をしてあるらしい」

 答えたのは隊長のアレクだ。

 もっとも、応答した彼でさえもこの状況は疑問があった。


 今回の作戦は奇襲による迅速な基地制圧が目標である。

 その為に地上3方向からの侵攻に加えて、上空から戦機を基地に直接降下させ制圧するという作戦展開なのだ。

 しかし、戦機を直接前線に降下させて戦闘を行わせるというのは初の試みである。

 その初めてを行うのが特殊部隊として立ち上げられた88レンジャー部隊というわけだ。


「対空砲は先に潜入した工作部隊が全て破壊したとはいえ、この輸送機が撃墜されないとは限りませんよ?」

「それはそうだが、俺達は着地した時の衝撃で脚をやらない事を考えた方が良い」


 だが、戦機が降下する前に輸送機が撃墜される。あるいは降下に失敗してしまうなど不安要素は多い。

 経験豊富なジョニーやザザの口からもそれらの感想が漏れる。


《戦機のパイロット聞こえるか。降下まであと10秒!》

「おいおい、急すぎるぞ!」

《地上から攻撃が来ている! 待っている余裕があるか!》


 突然の事に対してアレクと輸送機機長が言葉の応酬を始める。しかし、文句は言いつつも機体降下の最終確認を済ませていた。


《クソっ、カウント省略! スタンバーイ……、スタンバイ……、GO!》


 合図と共にカーゴベイの底部が開き、ランプが赤から緑に変わると同時に戦機がハンガーから切り離される。

 基地の上空2000メートル。

 6機の輸送機にはそれぞれ3機の戦機が搭載されており、それらが全て基地に向けて降下する。

 同時に低空飛行を行っていた輸送機は機首を上げながら上昇していく。


「バランスコントロール! 指定高度に達したらロケット点火!」

 アレクが声を上げる。

 降下するザンライは全部で18機。

 パイロットはジョニー、ザザ、サマンサ、メイ、茂助を含む古参の腕利きパイロット達であった。

 これらの機体は背中に使い捨てのロケットを装備してる。

 それは指定高度で点火する事で降下速度を相殺して機体への衝撃を防ぐ為のものであった。


「2番機了解」

「3番機了解」


 部下の機体から了解の返答が成されていくうちに高度が下がり、地上が近付いていく。


「この浮遊感は好きになれないな……!」

 アレク達は実際に戦機による降下訓練を2回行ったが、パイロットシートに座りながら全身を襲う浮遊感は慣れないものであった。


「ロケット点火!」

 指定高度に到達。同時に背中のロケットが点火する。


「ぐっ……!」

 数秒もしない内にドズンという衝撃がコックピット内を揺らす。

 着地成功。

 機体に異常は無い。背中のロケットは切り離す。


「行くぞ!」

 アレク機は右腕に装備させたサブマシンガンで降下する機体を狙う銃座を撃つ。


「着地成功!」

「3番機着地成功!」


 他の機体も次々と基地の中に着地していく。


「こちら5番機、流されました! 予定の降下ポイントからズレて敵の戦機ハンガー前に着地」

 それは源茂助の機体であった。


「……ドジが! 誰か茂助の援護に迎向かえ!」

「9番機と10番機、降下中に5番機を目視で確認しています。我々が向かいます!」

「任せた。ついでにハンガーの中にある戦機を破壊しろ」

「了解!」


 アレクは悪態をつくが、初めて行う作戦行動で訓練もロクにしていない事を思えば仕方の無い事かもしれないとも思う。


「俺達は中央司令ビルに向かう。11番機からは通信施設の破壊だ!」

 アレクは全ての機体が降下した事を確認すると各機に命令を出す。

 散開したザンライはそれぞれの目標ポイントに向かう。

 アレクの乗るザンライもジョニー機とザザ機を連れて中央司令部が入っているビルへ走り出した。


「敵の守りは薄い。一気に行くぞ!」

 敵部隊のほとんどは基地の周囲に築かれた防衛線に展開している。

 基地の中には必要最低限の部隊がいるのみであった。


「正面! 機動砲システム!」

 ザザが叫ぶ。

 それは105ミリ戦車砲を備えた装輪装甲車であった。

「当たれるか!」

 同時にアレク機がサブマシンガンを撃つ。

 この戦車砲を受ければザンライなどひとたまりもない。


「駄目だ。弾かれる!」

 アレク機から放たれた弾丸は機動砲システムの正面に当たるが、ガンガンという音をたてるだけで何の効果も示さなかった。


「側面から回り込みます!」

 ザザの乗るザンライが走り出す。

 同時に機動砲システムの戦車砲がアレク機に砲撃を行う。


「……っ!」

 アレクはそれを予期して既に回避行動をとっていたので、この直撃を避ける事が出来た。


「こっちもかよ!」

 一方でジョニー機は別の敵と交戦していた。

 ポータブルミサイルを携行していた重装歩兵である。


「散開しろ! まとめて撃たれるぞ!」

 アレクは自機を走らせながら言う。

 その後を追うように機動砲システムの戦車砲から砲撃が何度か行なわれる。


「これは防げないだろ!」

 その側面からザザの乗るザンライが接近。

 素早い動作で左の手掌が展開して、内部のレーザーカッターが起動する。

 振り下ろされたレーザーの刃は 機動砲システムの側面装甲を溶断した。

 それでもなお車体は動きを止めない。


「まだ動くのか!」

 ザザ機は右腕に装備させたサブマシンガンを構えさせる。

 そして溶断された箇所に狙いを定めて射撃を行った。

 機動砲システムの車体は爆発して、今度こそ機能を停止させる。


「敵の歩兵がチョロチョロしてます! 先に行って下さい!」

 ジョニー機は重機関砲が設置された砲座に向けて射撃を行う。

 敵の歩兵が思った以上に基地の内部にいたのだ。


「予備戦力が意外と残っているな……」

 アレク機の横に装甲車が止まる。

 その中から敵の歩兵が出てこようとするが、その前にアレクは装甲車に照準を定めて狙い撃った。


「大尉! こっちです!」

 ザザ機が先導して目標の中央司令ビルへ向かう。

 その途中で何度が敵と遭遇しながらも、これを撃破しつつ先へ進む。


「アレが目標だ!」

 目標のビルは平べったい5階建てのビルである。

 窓には幾つか明かりが灯っており、兵士の黒い影も確認出来た。

 アレクとザザは中央司令ビル制圧の為に、目標周囲の敵戦力を殲滅するのが目的である。


「ビルから撃ってくるぞ!」

 アレク機とザザ機は素早く左右バラバラに走り出す。

 明かりの灯っている窓から敵兵が銃撃してきたのである。

 バラバラという銃声と共にザンライの足元から砂煙が上がった。


「これでも食らえ!」


 ザザ機は左脚のペイロードから手榴弾を取り出す。

 手榴弾といっても戦機用にサイズアップされた物であり、直撃すれば重戦車でもただでは済まない威力がある。

 ザザの乗るザンライは取り出したそれを司令ビルに向かって投げ付ける。

 放り投げられた手榴弾はビルの手前で大きな爆炎をあげて、外壁ごと内部のものを吹き飛ばした。


「あまりこういうのは好きじゃないが……」

 アレクはセンサーを切り替えてビルの窓際にいる歩兵をVRモニターに映し出す。

 そして、こちらを狙う敵兵に向けてサブマシンガンを発砲した。


「隊長。源茂助です! ハンガー内の戦機及び戦闘ヘリは全て破壊しました!」

 アレクとザザが司令ビルへ攻撃をしている最中である。

 茂助から嬉しい通信が入った。

 戦機はともかく、上空から一方的に攻撃される可能性が高い戦闘ヘリの破壊に成功した事は大きな成果だ。


「なんだ、あれは?」

 しかし、喜びもつかの間。

 司令ビルの裏手から1台のトラックが出ていくのが見えた。


「大尉!」

 ザザが叫んで自機にサブマシンガンを撃たせる。

 その先には二足歩行の戦機が立っていた。


 装甲が着いておらずフレームや動力パイプが丸見えの四肢。

 唯一装甲で覆われている胴体のコックピット。

 逆さにした鉢の様な形状の頭部には2つのカメラアイと口に似た排気口があり、どことなく人間の顔を思わせる。


「閃光か……!」


 それはルーラシア帝国の特殊型戦機“閃光”であった。

 本来はタイプβに変わる量産機として開発されたが、その特殊な機体特性から一部の部隊に配備されたのみで生産中止された機体である。


「奴ら、何処からあんな物を……」

 ザザはその存在に驚きながらも素早く自機のザンライに回避行動を取らせた。

 敵の閃光は両腕にサブマシンガンを装備させており、これを一斉に撃ってきたのだ。


「モスク連邦時代に鹵獲していたんだろう?」

 アレクのザンライも閃光の放つ弾幕を避けながらザザとは反対方向へ走り出す。

 閃光は左右別々の方向へ移動したザンライのどちらを追うか迷い、一瞬だが動きを止める。


「遅い!」

 その隙をアレクは見逃さなかった。

 アレク機は素早くサブマシンガンを放ち、その弾丸は閃光のコックピットブロックを直撃する。

 それを最後に敵の抵抗は無くなり、周囲に敵の姿は確認出来なくなった。


「これでこの辺りは片付いたか?」

 レーダーやセンサーに反応無し。

 司令ビルの窓にも人影は見られない。


「そうみたいですね」

 ザザの機体からも他の敵影は見られない。

「なら後は後続に任せよう。……照明弾をあげるぞ」

 アレク機はサブマシンガンの銃口に照明弾をセットして上空にそれを打ち上げた。

 ややあってから空に光の球が浮かび上がり周囲を照らし出す。


《了解した。これより降下する》

 通信が入る。

 それはアレク達と同じ88レンジャーの空挺部隊からであった。

 戦機によって敵の装甲戦力がある程度片付いたら、その後に歩兵が降下して基地を本格的に制圧する予定なのだ。


「さっきのトラック気になりません?」

 ザザは上空の輸送機から空挺部隊が降下するのをレーダーで確認しながら尋ねる。


「そうだな。追ってみるか」

 閃光との戦闘に入る直前に走って行ったトラックである。

 この基地はほとんど包囲されているというのに、何処に向かったのだろうか。


「……ん、降りてきたな」

 上空からパラシュートを背負った兵士達が降下してくる。

 彼らは着地するなり、隊列を組むとすぐに司令ビルの玄関へ向かった。


「こちら第3中隊、アーデルセン大尉だ。我々は周囲の警戒、索敵に入る。後ここの制圧は任せるぞ」

《こちら第1中隊、了解した》


 アレクは降下部隊に通信を入れて自機をトラックの逃げた方向へ歩かせようとする。

 その時であった。


「こちら6番機! 敵の輸送ヘリを発見! 基地から離脱していきます!」

 味方機からの通信。

 相当焦っているのが声から伺える。


「撃ち落とせ」

 アレクは淡々と命令する。

 逃げるトラックと離脱する輸送ヘリ。嫌な予感しかしない。


「駄目です……。射程外に逃げられました」

「糞。仕方ない。そのまま周囲の警戒を続けてくれ」


 どうやら輸送ヘリには逃げられた様だ。

 降下作戦という事もあって、アレク達の戦機はサブマシンガンの様な軽量の火器しか装備していなかった。

 逃げるヘリを落とすには射程が短すぎたのである。


「隊長。基地内の装甲目標は全て沈黙した模様です」

「了解した。後は掃討戦だな」


 これで基地の制圧は概ね完了した事になる。

 しかし、先程のヘリを逃したというのが大きな失敗であるとアレクの直感は告げていた。

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