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133話 小山源明“少佐”

 真歴1088年1月20日。

 ヒノクニ首都トキオシティ、防衛省本部ビル12階会議室。

 だだっ広い部屋には長机を挟んで亜麻色の髪の男、面長の人の良さそうな男、黒髪の野心を抱えていそうな顔の男、恰幅の良い白髭の男がそれぞれ並んでいた。


 源明の上司であるアベル・タチバナ中佐、後方支援部隊に所属する山田康介少佐、今や作戦本部の本部長にまで昇進した蜂須賀大将、白髭の男は第8師団の団長であるバッカス少将という錚々たる顔ぶれだ。


「小山源明大尉か……」

 バッカス少将が手元の資料に視線を向けて確認する。


「なるほど……。真歴1079年に16歳で志願兵となり、1年の教育期間を終えて17で初陣か」

 それはトール・ミュラーだった頃の経歴である。

 源明はこの師団長がそれを分かってるのか疑問に思いつつも「はい」と肯定した。


「真歴1084年、陸戦艇の艇長として勤務したのは21歳……。21の大尉とはスピード出世だな」

 

 バッカスは笑いかける。

 その笑みにはどういった意図があるのだろう。

 源明は目の前で言葉を発する男の表情を伺った。


「君は今年で25歳になるな?」

 更に確認を重ねるようにバッカスが尋ねた。

「はい」

 その通りだと源明も答える。


「若いのは良いが向こう見ずは良くないな」

 そう言葉を発したのは蜂須賀であった。

 口元は笑っていたが、眼は源明を睨んでいる様である。


「向こう見ずですか……」

 思い当たる節は幾らでもある。

 しかし、やりたくも無い仕事を命懸けでさせられていればそうもなるだろう。


「イェグラードの部隊と交渉を行い、事後承諾という形でアーニア市の制圧を行う。しかも交渉条件には政治的なものを含めていた。これは越権行為と独断専行だよ」

 軍規に照らし合わせればその通りであった。

 源明は申し訳ないとという表情をしてみせる。

 しかし、全く申し訳なく思っていないのが、アベルと山田にはすぐ分かった。


「で? 私はどうなりますか?」

 源明は尋ねる。

 これで降格して後方に送られれば御の字であった。


「……昇進だよ」

 バッカスが答える。

「……は?」

 てっきり懲罰を言い渡されると思っていた源明は間抜けな声をあげた。


「昇進だ。君は少佐として陸戦艇4隻から編成される大隊を指揮してもらう」

 バッカスは言葉を続ける。

 いや、そうはならんだろと源明は内心で声をあげた。


「大隊……、ですか」

 源明はそう言いながら山田とアベルに視線を向けた。

 視線を向けられた2人は苦笑してる。

 アベルと山田は源明にとって昇進の方がよほど懲罰に値することを分かっているからだ。


「今、ズーマン地域で作戦が展開されているのは知っているな?」

 バッカスは言葉を続ける。

「知ってるも何も……、我々はその陽動として動いていました」

 要は囮である。

 ルーラシア帝国の絶対防衛ラインとされるズーマン地域への侵攻作戦を気取られない為、ヒノクニとアラシア共和国は手始めにイェグラード共和国へ侵攻したのだ。


 イェグラードはルーラシア帝国の支援の元で立ち上がった国であることから、そこを攻めるのは作戦目的としての説得力も高い。

 更に作戦としても大規模な部隊展開をした為にルーラシア帝国も引っ掛かってくれたのだ。


「そうだ。しかし、ここ最近になってルーラシア帝国も持ち直してきている」

「そうですか……」


 源明はそうだろうと思う。

 国力でいえばルーラシア帝国のそれはヒノクニとアラシアと足したものより多い。

 イェグラード侵攻作戦が陽動と分かれば、ルーラシア帝国首都へ繋がるズーマン地域の前線を早急に立て直すのは当然であり、それが可能なだけの国力があるのがルーラシア帝国なのだ。


「ズーマン地域で展開している部隊を少しでも増やしたい。そして素早く展開する必要もある」

 バッカスは言葉を続ける。

「その為の陸戦艇ですか。当然ですけどね」

 素早く部隊を展開して後方から支援を行う。

 それが陸戦艇の運用方法だ。

 前線では1隻でも多くの陸戦艇が必要なのだろう。


「だから君には連弩を含めて4隻の陸戦艇を指揮してもらう。行き先は勿論ズーマン地域だ」

 バッカスの言葉に源明は「ハッ」と半ばヤケクソ気味に答えた。

 再び最前線送りなのだから当然である。


「後の細かい事はタチバナ中佐とアベル少佐と話し合ってくれ。以上だ」

 バッカスはそう言うと蜂須賀と共に立ち上がって何やら会話をしながら退室した。


 部屋には源明とアベル、山田の3人となる。

 源明は並んで座っている2人に視線を向けた。


「そう不満そうな顔をするな」

 山田は苦笑する。

「私は大尉止まりの軍人と思っていました。不満にもなりますよ」

 最前線送りに、更に重くなる責任と仕事内容を思えば不満にもなる。

 少なくとも源明は出世欲や野心などを持ち合わせていない人物であった。


「人材不足なのさ。君には新しい陸戦艇の指揮を執ってもらうよ」

 アベルはそんな源明の感情を無視しながら笑顔で言う。


「新型の陸戦艇?」

 初耳という訳では無い。

 噂程度には聞いていたが、それを自分が指揮するというのか。

 源明の関心はアベルの言葉に向かう。


「これが新型の陸戦艇。“市ヶ谷”級だ」

 アベルはそう言いながら源明に新型陸戦艇の資料を手渡した。


「意外と小さいですね」

 資料を捲りながら源明が率直な感想を言う。

 しかし、その言葉は好意的な語気であった。


 新型陸戦艇“市ヶ谷”級。

 それは連弩級や流馬級を半分にした様な陸戦艇であった。

 全高約55メートル、全長約100メートル、全幅約35メートル。

 それまでの陸戦艇に比べて半分といっても、下手な雑居ビルより巨大なのには変わりない。


 しかし、その巨体のほとんどは各種兵装を搭載する格納庫であった。

 大きさを考えれば2個小隊分の戦機、数にすれば約90機は搭載出来るだろう。


「戦地に着くまで戦機はバラして運搬する事も多いから、そうなればもう20機は詰められるな」

 山田は言う。

 もっとも、それだけの戦機を揃える事が出来ればの話になるが。


「機関部は新たに開発された物を搭載している。だからここまで小型化出来た」

 山田が言う。

 機関部は連弩よりも小型の物を使用されており、艇の大きさからも小回りも効きそうであった。


「武装は?」

 後はどの程度の武装がされているかも気になるところだ。

 機関部が小型になった分、出力も少なくなっている。

 これで連弩に搭載されている様なメーサー砲を使用したら一発でオーバーヒートするだろう。


「いや、こいつはあくまで部隊の運搬や通信なんかの後方支援を主目的とした陸戦艇だ。武装は40ミリ対空機銃が8基あるだけだな」

「CIWSですら無いのか……」


 市ヶ谷級に搭載されている兵装はコンピューター制御がされていないアナクロな対空機銃のみであった。

 敵に襲われたらひとたまりもないだろう。


「しかし、ここまで割り切った方が運用目的がハッキリしますね」

 元々、陸戦艇は部隊指揮をはじめとした後方支援や部隊の運搬を目的に開発されたはずなのだ。

 連弩級の様な重武装された陸戦艇は云わば邪道であり、正道なのは市ヶ谷級の方である。

 源明としては、こちらの方が好意的な兵器として見れた。


「君には市ヶ谷級6番艇“富士”、7番艇“滝ヶ原”、8番艇“習志野”を率いてズーマン地域攻略戦へ参加してもらう」

 連弩を含めて陸戦艇4隻。

 どうやらこれで1つの大隊となるらしい。

 本来の大隊編成よりも規模は小さいが、陸戦艇を運用する部隊という特殊な条件ではこの様になるようだ。


「一応、各陸戦艇には2個戦機小隊と普通科1個小隊が配備される事になる」

 山田が言う。

 この辺りの人員や配備される兵装に関しては彼の方が詳しいだろう。


「やはり連弩級に比べると1隻で運用出来る部隊は少なくなりますね」

 全てを合わせたとしても、大隊というには戦力があまりにも少ない。

 いくら陸戦艇を使用するからといって、これを大隊として扱うのはあんまりではないかと源明は不満に思う。


「とりあえずは他の部隊と合流しながら転戦する形になると思うよ」

 アベルが答える。

 つまり、源明達の部隊は遊撃隊として戦う事になるようだ。


「なら我々第8師団はイェグラードから手を引いてズーマン地域に向かう訳ですね?」

「そうなるね。後任としてイェグラードには第12師団が向かうらしいけど」

「あの師団は南西の山岳警備が主な任務でしょ? 最前線でやり合える装備があったとは思えませんが」

「まぁ、前線から引き下げられた装備が多い事は事実だね」


 どうもヒノクニはズーマン地域に本腰を入れて、イェグラードからは徐々に手を引く算段のようだ。


「とにかくお前さんは休暇の後、部隊編成の為に他の艇長と合流してもらうぞ」

 山田が言う。

 部下となる艇長達との顔合わせだけではなく、編成の為に必要な兵員や装備についても話し合う必要がある。


「了解。藤原少尉に言って必要な物をピックアップさせますよ」

 事務方で1番頼りになるのは藤原千代少尉だ。

 パイロット兼通信士として配属されているが、実質は源明の副官あるいはお目付け役である。


「その藤原少尉だが……、彼女も昇進して中尉になる。正式にお前さんの副官だよ」

 山田がフフンと笑いながら言う。

「それはありがたい。彼女には無理を言って、その分の給料が無い事を申し訳なく思っていましたよ」

 源明も笑いながら答えた。

 彼女に無理な事を言ってるのは、源明も自覚しており申し訳なく思っていた。

 そもそも藤原千代というのは優秀な人材であり、中尉でも階級としては釣り合っていないのだ。


「私の監視役にならなければ、もっと良い仕事が出来たでしょうに」

 源明のお目付け役になったばかりに、彼女はどんなに活躍しても昇進することが無かったのだ。


「まぁ、奴さんはそれなりに今の環境を気に入ってるみたいだがね」

「それは酔狂な事ですね」


 山田の言葉を源明は半分聞き流して答える。

 そもそも千代に限らず、源明の部下には能力と階級が釣り合っていない者が多いのだ。

 源明本人はそれを快く思ってはおらず、彼らにはもっと然るべき場所で活躍してもらいたいと内心では思っていた。


「それと、ここからはプライベートな話だ」

 山田がニヤリと笑って言う。

「はい?」

 その物言いから、これから山田が話そうとする事が軍務に関係無い事だと言うのが分かる。

 また食事にでも誘ってくれるのだろうかと源明は返事をした。

 実際、彼はその後に山田宅へ招かれて夕食を共にする事になる。

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