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129話 アーニア市の事後処理

 真歴1087年11月29日。

 マグダヴィッチ中佐の降伏によって、アーニア市はイワン大尉の部隊の下で統治されることとなった。

 それに伴い、市内に残存していたマグダヴィッチ指揮下の守備隊はそれぞれ撤退や降伏、あるいはイワン大尉の部隊へ合流する事なる。


「私の指揮下に入る部隊はかなり多いな」

 イワンは呟く。

 友軍によるアーニア市における民間人への武力行使をよく思わない兵士は意外なほど多く、こうした者達が次々と合流してきたのだ。


「しかし、な……」

 人数が増えたのは良いが、イワンの手には余る程の大所帯となっていたのだ。

 その中には自分より階級が上であるコムという少佐も含まれていた。


「私は君に便乗しただけだ。私の方が上の階級ではあるが、後発の我々が中心になる訳にはいくまい。アドバイスはするが、指揮は君が執りたまえ」

 それでもコム少佐が話の分かる人物であり、軍人としても優秀であったのはありがたかった。

 彼のアドバイスの下、イワンは市長や警察の協力を取り付けて何とか市内の混乱を収めたのである。


「しかし、一番の問題は我々の後ろ盾だな」

 市役所の一室。

 窓口で市民の対応に追われている職員を尻目にコム少佐が言う。


「一応、我々はモスク連邦軍に復帰するという体にはなっていますが……」

 それを唆し、話を付けるといったヒノクニ軍の小山源明からは何も連絡が無い。

 彼は市内の制圧が完了すると、市内に潜伏していた友軍を回収して早々に引き上げてしまったのだ。


「上層部に話は付けておく。そちらは市内の統治をよろしく」

 源明は軽いノリでそれだけ言ったきり、連絡を寄越さないでいたのだ。


「騙されたとは思いたくないが」

 可能性は捨て切れない。

 イワンは自身の選択が迂闊だったのではないかという不安を感じずにはいられなかった。














/✽/














「と言っても、事が事だけに私ではどうしようもないんだが」

 アーニア市侵攻作戦の司令官であるアベル・タチバナ中佐も予想外の出来事に頭を抱えていた。

 自身の部下が敵軍を唆して反乱を起こさせ、それを成功させてしまったのだ。

 この事態にどう対応したものか。


「アーニア市はイワン・ゴラン大尉率いる元・イェグラード軍が統治。元々、それを条件に我々に付いたから何も出来ないからなぁ……」

 一応、今回の件は上層部へ既に報告済みだ。

 しかし、事が事だけにどうなるか予想がつかない。

 源明の予想通りに亡命政府となっているモスク連邦が彼らを受け入れるのだろうか。


「中佐、本土から通信です」

 それはアベルにとって最高の頭痛薬であった。

 意外な早さで本土から反応があったのだ。

 アベルはすぐに通信機に取り付いて受話器を取る。


《やぁ、久しぶりだな》

 本土からアベルに通信を入れたのは明坂という政治家であった。

 外務省の総務課課長である。


「お久しぶりです」

 アベルの声はやや下がり気味になる。

 この恰幅の良い男を彼は苦手としていたのだ。


「君の部下がなかなか面白い事をしていると聞いてね」

 明坂は愉快そうな声であった。

 最もその裏には自分が出世出来る可能性があると踏んでの事なのだろう。

「面白い……ですか」

 アベルは明坂が源明を知ってる事に内心で驚いていた。


 小山源明は世界初の陸戦艇の艇長という事から、その道では有名な人物だ。

 しかし政治家が興味を持つほどでは無いはずだ。

 彼はまだ若く、階級も大尉であり、影響力は大きくない。


「彼の養父は経済省の副大臣だ。ここで恩を売っておくのも悪くないと思ってね」

 明坂は悪びれる事もなく言う。

 政治家の養子なのだから恩を売っておけば、いずれ役に立つと考えたのだろう。


「多分、小山源明大尉は恩を感じないですよ」

 しかし、小山源明は明坂の考えとは違う人物像である。

 政治家というのはそういった事後処理をするのも仕事であり、この程度の事はやって当然だと思うに違いない。


「源明大尉はそう思うかもしれないが、父親はそう思わないだろう? 恩を返さないというのは政治家のイメージダウンになるしな」

 明坂からすれば源明本人よりも、その養父である経済省副大臣の小山武蔵との繋がりを少しでも持てれば良いのだ。

 その為にも少しでも恩を売って名前を覚えて貰う必要がある。


「……そうですか。まぁ、この件はよろしくお願いします」

 理由はどうあれ、この件が片付けば何でも構わない。

 明坂には早めに動いてもらい、アーニア市がモスク連邦の下で統治されれば我々の仕事は終了するのだ。

 アベルはそう思うことにすると、挨拶もそこそこに受話器を置いて通信を切った。













/✽/















「明坂? そういえば昔に名刺を貰って、その後も何処かで2、3回会ったかもしれないな」

 真歴1087年12月1日。

 アベルからの連絡を艇長室で聞いた源明が呟く。

 初めて会ったのは連弩の初実戦となった作戦の慰労会であり、その後にも本土で何度か会った政治家だ。

 外務省であることは聞いていたが、ここで動くとは源明も思っていなかったのだ。


「意外と顔が広いですね」

 連絡を伝えに来た副艇長である城前忠男が言う。

「まぁね。あとは諜報部と憲兵にも顔は知られてるだろうね」

 源明は冗談めかして言うが、それはおそらく事実だろう。

 城前も元は憲兵であり、源明の事を調べてる内に連弩の副艇長として配属されたのだ。


「とりあえずはイワン大尉に伝えておこうか」

 今頃、元イェグラードの彼らはやきもきしているところだろう。

 いい加減に安心出来る事を伝えないと、どうなるか知れない。


「了解です。それともう1つ」

「他に何かあるのかい?」


 源明が尋ねる。

 城前の口振りから、明坂が動いてくれるという事の他にも重要な話があるらしい。

 しかし、これ以外に重要な話など思い当たる節が無い源明は不思議に思う。


「アラシア共和国のオリガ・ミルスキー少佐が面会を求めています」

「あー」


 それは源明にとって、もっと身近な厄介事であった。

 元アラシア共和国の少尉であり、崩壊戦争前の大量破壊兵器であるアグネアやその独占に関する情報を握って秘密裏に亡命した源明である。

 もし、それが割れてしまえば問題になるだろう。

 そして、このオリガという少佐は話を聞く限り色々と出来る人物であるらしい。

 アラシア時代の源明を知っていてもおかしくないのだ。


「体調を崩した……。いや、風邪を拗らせて肺炎になったとか言って断ってくれ」


 流石に会う訳にはいかないだろうと源明は思う。

 それに関しては城前も同意らしい。


「その方がよろしいでしょうな。噂だとミルスキー少佐はシークレットサービス出身で、色々な機密情報に明るいと言いますし」


 城前は頷いて言う。

 この陸戦艇は上の階級になればなるほど何かしらの事情を抱えている者が多いのだ。

 あまり関心を持って欲しくはないと2人は思う。



















/✽/



















 その後、アーニア市が正式にモスク連邦の政府管轄下に入ったのは年が明けた真歴1088年1月3日の事であった。

 この頃、アーニア市は完全な冬となっており、常に雪が降り続いて周囲は真っ白な景色となっていた。

 連弩に関しても、その頭には雪が積もって白い帽子を被った様になっており、艇の内部では常に暖房が最大温度で動かされている。

 その為に艇の内部はそれなりに過ごしやすい温度であったが、外に出れば身を切る様な寒さであった。


 そんな中、連弩の周囲では寒冷地仕様への換装を行う為にヒノクニの鋼丸やアラシアのアジーレが出たり入ったりを繰り返している。


「おい、このシーリングカバーは鋼丸には使えないぞ!」

「アジーレ用だろ。8番ハンガーに持っていけ!」


 戦機の整備ハンガーがある連弩の前部ブロック周囲では、ヒノクニとアラシアの整備班達の声が響く。


「積み出し急いで! 次の機体もあるんだから!」

 その中にはメイ・マイヤーやサマンサといったアラシアの士官の姿も見られた。


「換装はアラシアの機体を優先してくれ。鋼丸より早く済む」

 その喧騒の中に混じっている源明が整備班の班長に指示を出す。

 そして返事を聞く間もなく、連弩の外へ出ると雪が降り積もる地面の上を歩き出す。

 外で待機状態となっている戦機の様子を見る為だ。


「本土にはまだ帰れないのか?」

 そんな源明に声をかけたのはアレクである。

 冬季装備である厚手のコートと防寒帽を身に付けていた。


「どうかな? 案外すぐ帰れるかもしれない。これまでモスク連邦は亡命政府で実体は無かったけど、アーニア市とそこを守る守備隊を手に入れたんだ」

「ようやく政府らしくなったといったところか」

「とりあえず、といったところだよ。まぁ、今まで我々が占領した所も加えればそれなりの勢力圏になるけどね」

「それを維持出来れば良いんだが」


 土地を手に入れたからといって、それを維持出来なければ意味が無い。


「レジスタンスやイェグラードから脱走してきた兵士も加わってきているけど、その辺はどうだろうね」

 再び形になったモスク連邦であるが、それでも国力においてはイェグラード共和国の方が上だ。

 特に戦力に関してはしばらくアラシアとヒノクニの協力が必要だろう。


「そういえば聞いたか? 例のイワン・ゴランだが二階級昇進して中佐だとよ」

「反乱を指揮した中心人物な訳だし、集まってきた部隊を統率しなければならないからそうなるよ」


 アーニア市からイェグラード軍を追い払ったのは彼の部隊という事になっている。

 その後に合流した者の中にはイワンよりも階級の高い者がいたが、直接反乱に参加していない者に指揮を任せる訳にはいかないだろう。

 そもそも、反乱を起こした部隊であるイワンの指揮下の兵士が従わない。


「まぁ、そうだよな」

 アレクもそれは当然だと思う。

「階級は追い抜かれたけどね」

 1ヶ月前まで源明とイワンは同じ大尉であった。

 しかし状況が変わり、あっという間に追い抜かれてしまったのである。


「この場合、昇進して嬉しがる奴はいるのか?」

 確かに昇進にはなるが、付け焼き刃で編成された軍の階級だ。

 しかも、状況は複雑に入り乱れており、その苦労は計り知れないものがある。

 少なくともアレクはそんな昇進をしたいと思わない。


「まぁ、余程奇特な人物でない限りはね」

 怠惰の女神を信奉しているであろう源明もアレクと同じ感想を持つ。


「艇長!」

 2人がお互いにイワンを同情していた時である。

 それを遮る荒々し声をかけられる。


「……何だい?」

 そこには副艇長である城前と部下の兵士2人。その2人の兵士に取り押さえられた源茂助がいた。

 どうやらここまで引き摺られてきたようだ。


「俺の部下がどうした?」

 アレクが尋ねる。

 同時に茂助は乱暴に解放されると雪が積もる地面に突っ伏した。

 穏やかな状況では無さそうだ。


「この男、機関室の扉の前でウロウロしていたのを捕まえました」

 先程まで茂助を取り押さえていた部下が言う。

「機関室? そこは関係者以外立ち入り禁止の場所だね」

 連弩の内部において機関室ブロックは機密扱いである。

 そこは機関室のスタッフと一部の士官のみが立ち入りを許可されている場所であった。

 当然、他国の士官である茂助は立ち入りを許可されていない。


「どういう事だ?」

 尋ねたのはアレクだ。

 茂助の上官である彼もよく分からないという表情であった。


「道に迷ったんですよ」

 やや困った表情を浮かべながら茂助が言う。

 その顔が腫れているのを見ると2~3発は殴られたのだろう。


「迷って入り込むか!」

 部下の1人が殴りかかろうとする。

「止めろ」

 しかし城前がそれを止めた。


「実際に機関室の中に入ったのか?」

 源明が尋ねる。

「はい。いいえ、入室記録はありません。元々、あそこは許可されたIDカードが無いと入れないですし」

 やや畏まった口調で城前が答えた。


「だったら良いよ。解放してやれ」

 源明がそう言うと茂助は安堵した様な表情を浮かべる。

「しかし……! 了解しました……」

 部下は納得していない様だ。

 だが艇長である源明の言う事であれば仕様がない。


「ありがとうございまっ……!」

 茂助が立ち上がろうとした瞬間であった。

 源明は彼の近くへスタスタと歩き出すと、素早い動作でその鳩尾に拳を叩き込んでいた。


「ウェッ……! ゲホッゴホッ……!」

 茂助は咳き込みながら再び地面に突っ伏す。

「でも次は無いよ」

 這い蹲る茂助の頭上から源明が言う。

 彼は納得がいかない部下に変わって茂助を殴ったのである。

 それは殴られた本人も、その上官であるアレクも分かっての事なので何も言わない。

 納得のいかない部下も地面に這い蹲る茂助を見て、少しは気が晴れたのか肩を撫で下ろした様に見えた。


「俺の部下が済まなかったな」

 アレクは茂助に肩を貸して立ち上がらせながら言う。

「構わないよ。ただし、今後は源少尉を艇の内部に入る事を禁止させてもらう」

 先程までとは打って変わって源明は屹然とした態度で言う。


「了解した。……行くぞ」

 アレクは申し訳無さそうに返答すると、そのまま茂助を連れて自機がある方向へ歩き去った。


「よろしいので?」

 城前が尋ねる。

 彼は茂助が何故機関室ブロックをウロウロしていたのか、その理由の検討が付いているようだ。


「構わないよ。アラシアだって陸戦艇には興味があるだろうしね。……それに放っておいても、いずれは彼らも陸戦艇を持つ事になるよ。早いか遅いかの違いだけさ」

 それは源明も同じであった。

 彼は茂助がアラシア陸軍の技術部と繋がりがある事を思い出しながら答える。


「分かっているのなら良いですがね……」

 城前はそう答えると連弩から出ていくアジーレの姿を目で追っていく。


「よーし、第2小隊の換装は終わったぞ! 次は第3小隊だ!」

 遠くから整備兵の声が聞こえた。

 どうやら順調に機体の換装は進んでいるようだ。

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