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126話 エースの威力偵察

 戦機。

 人型の上半身と4脚の下半身を持つ兵器。

 歩兵よりも火力があり、戦車よりも機動性と走破性が高い。

 この兵器が戦場で使用されて40年程度経過する。

 当初は局地的な使用に留まっていたが、状況に応じて両腕に様々な武器を装備出来る事に加え、戦車よりも生産コストが低い事から徐々にその実働数を増やしていった。

 現在では戦車より優れた機動性と生身の歩兵には無い装甲がある事から、戦闘が開始されれば真っ先に砲弾の飛び交う前線に投入され敵陣を切り崩す役割を担っている。


 そして、最前線の戦機同士の戦闘は戦場の華でもあった。

 武器を持ち、鉄の鎧に包まれた半人型が互いに撃ち合ってぶつかりあう姿は見る者を圧倒した。

 特に近接戦になれば戦術や戦略などは無意味となり、パイロット個人の操縦技術が物を言うのである。

 これらの操縦技術が優れている者はエースパイロット、撃墜王などと呼ばれていた。


 有名なエースパイロットはルーラシア帝国の“青い壊し屋”とあだ名される李・トマス・シーケンシーだろう。

 またヒノクニではアベルの部下である大口翔もそれにあたる。


 そしてアラシアでは、アレクサンデル・フォン・アーデルセンことアレクもエースパイロットなどと呼ばれる人物であった。


「第2分隊、遅いぞ!」

 アレクはアラシアの最新型戦機であるザンライを操縦していた。

 目的は威力偵察。

 こちらが敵に流した例の映像にどれだけの効果があったかを確認する為である。


「やはり動揺しているな」

 こうして戦闘をしている間にも後方の電子戦仕様の機体から敵に向けてイェグラード軍が民間人を虐殺している映像や画像を送り付けている。

 それが功を奏したのか、敵の動きは散漫に思えた。


「心の弱みに付け入ったやり方は好きになれないが、民間人に手を出すお前らも悪い」

 そんな事を呟きながらアレクは自機に射撃を行わせる。

 装備しているのは標準的なアサルトライフル。

 敵のタイプβを破壊するには充分な装備だ。


「そこだ!」

 照準に入ったらトリガーを引く。

 アサルトライフルから放たれた弾丸はタイプβを貫通して炎上。

 それを確認した他の敵機がアレクのザンライを狙う。


「遅いな」

 しかし、アレク機は既にその場から移動しており、次の獲物に狙いを定めていた。

 射撃。移動。射撃。移動。格闘。移動。射撃。

 アレク機は流れ作業でも行うかの様に攻撃と移動を繰り返して敵機を撃墜していく。


「何だ! あの機体は!」

 アレク機にが次々と撃破していく様子を見たイェグラードの小隊長が叫ぶ。


「小隊長機か!」

 アレクの乗るザンライは小隊長である事を示すマーキングが施されたタイプγを捉えた。


「くそ! あの機体に攻撃を集中しろ!」

 イェグラードの小隊長は薄暗いタイプγのコックピット内で叫ぶ。

 そしてトリガーを引いて自機に装備させたアサルトライフルで射撃を行った。


「援護します!」

「小隊長を守れ!」


 イェグラードの随伴機であるタイプβ。それに対抗する様にアレク機の随伴機であるアジーレが続く。

 しかし、イェグラードにとって不幸な事にアレクが率いていた第1小隊のパイロットは腕が立つ者ばかりであった。

 あっという間に小隊長を援護するタイプβは撃破される。


「馬鹿な!」

 イェグラードの小隊長が叫ぶ。

「終わりだ!」

 アレク機は一気に接近すると左の手掌からレーザーカッターを放ち、イェグラードの小隊長機を貫いた。


「小隊長機、撃破!」

 誰かが通信を入れる。

 それと同時に敵の前線が後退していく。

 おそらく、小隊長より下の曹長あたりが態勢を立て直そうと指揮を執ったのだろう。


「追撃を! 第5分隊は右翼に砲撃開始!」

 指示を出したのは第1小隊の隊長であるサマンサだ。

 こうした部隊の細かい指揮は小隊長である彼女が行なわなければならない。


「よし、俺達も行くぞ。着いてこい」

 ここで戦力を減らしておけば、敵の防衛線を大きく崩せる可能性もある。

 手を緩める訳にはいかない。

 アレク機は更に敵機を破壊する為に、アサルトライフルのマガジンを交換する。


「へぇ、流石に早いな」

 遠くで砲撃が行われ、敵部隊の追撃に入った事を確認しながらアレクが呟く。

 どうもサマンサが指揮する分隊が敵部隊の逃走ルートを予想し、待ち伏せしていたようだ。

 








 




/✽/












 現在、源明の指揮下にいる戦機部隊でエースパイロットと呼ばれているのはアレクだけでは無い。

 ヒノクニ軍所属であり、第4から第6小隊までの指揮を執る小林亜理沙中尉や第4小隊の隊長であるリリー・レーン少尉も優秀なパイロットであった。


「まだだ……。スタンバイ、スタンバイ……」

 廃ビルに囲まれた道路。

 敵のタイプβが4機で隊列を組んで1機の鋼丸を追う。

 追われている鋼丸には小林亜理沙が搭乗していた。


「今だ!」

 鋼丸が十字路に差し掛かる。

 同時に建物の影から鋼丸の分隊が姿を現し、亜理沙機を追うタイプβに向けて射撃を行う。

 待ち伏せだ。


「まだ追手はいるぞ!」

 一斉射撃を受けて爆炎を挙げるタイプβを背後にした亜理沙機の横を指揮官機のマーキングが施された鋼丸が通り過ぎる。

 これはリリー・レーンの機体だ。


「それを仕留めるのが私の仕事でしょ」

 一斉射撃を何とか避けたタイプβは、このリリー機によって正面から蹴散らされた。


「見つけた!」

 リリー機とその随伴機は数十メートル進んだ先に、白を中心とした迷彩塗装されたタイプγ3機と1台の歩兵戦闘車を発見する。


「市街地戦で冬季迷彩は目立つだけでしょ!」

 リリーはコックピット内で嘲笑して照準をタイプγよりも先に歩兵戦闘車に向けた。

 これに搭載されている機関砲は戦機の装甲を軽々と撃ち抜いてくるからだ。

 しかも、歩兵戦闘車はフレーム剥き出しのタイプγと違い、頑強な装甲に覆われている。

 脅威度でいえば戦機よりも高い。


「狙うは機関砲本体とタイヤ!」

 車体は装甲に覆われているが、機関砲とタイヤであれば話は別だ。

 この2点であれば鋼丸の装備しているアサルトライフルでも簡単に破壊できる。


「逃げんな!」

 動き出す歩兵戦闘車に向かってリリーが叫ぶ。

 同時にリリー機の右腕が持つアサルトライフルが連射された。

 まずは機関砲。そして前輪に弾丸が命中する。

 この時点で歩兵戦闘車は攻撃力と移動力を失う。


「迂闊だぞ」

 そこへ小林亜理沙の乗る鋼丸が飛び込み、歩兵戦闘車に随伴していたタイプγに向けてアサルトライフルを撃ち、これを撃破した。


「正面に火線を張って敵を分断する。第2分隊一斉射!」

 第4から第6小隊までの総指揮を執る亜理沙が各部隊へ命令を出す。

 よく統制されているこれらの部隊はその通りに動き、敵部隊を駆逐していく。


「状況終了! 敵部隊は全て撤退!」

 その通信が全部隊に伝わったのと、亜理沙機が敵のタイプβを背後から撃ち抜いたのは同時であった。


「ポイントホテル、ゴルフ共に制圧完了!」

 この日、891部隊は久々に敵陣地の制圧に成功した。

 しかし、前線とはいえ戦略的には重要とはいえない地域でもある。

 それは攻撃命令を下した源明も、陣地を失ったイワン・ゴランもよく理解していたのだ。













/✽/










 連弩の作戦室。

 配管や艇の支柱などがむき出しの壁にはホワイトボードがかけられ、中央の長机には現在地周囲の地図か広げられている。

 その一番奥の椅子に源明は座っており、その隣には藤原千代少尉が立っていた。

 先程まで行われた戦闘結果の報告を各部隊から受ける為である。


「第1小隊は目標地点を制圧。通信用の拠点を確保しました」

 報告したのは第2小隊の隊長である源茂助であった。

 彼は第1小隊の戦闘報告をする為に連弩に訪れていたのだ。


「これで敵の情報も掴みやすくなるかな?」

 源明は報告内容を聞いて満足しているようであった。


「かもしれません。小規模な通信拠点ですが、通信コードの一覧表が残されてました」

「おやおや、敵はだいぶ慌てていたみたいだね」


 源明は苦笑する。

 通信コードなど、敵に渡してはいけない最たる物ではないか。


「敵だって間抜けじゃないから、すぐにコードは更新されると思いますよ?」

 茂助はこれを楽観視していないようだ。

 彼の言う通り、戦闘中に用いられる様な通信コードは定期的に更新される。

 いつまでも同じコードが使える訳ではないのだ。


「それよりもアレク中尉は敵の士気が低い事を気にしていたみたいです」

「今、アーニア市は半包囲状態で治安も良くないみたいだからね。何処もうまく言ってないんだろう」


 源明はそう言って苦笑する。

 市民への武力行使が起きている事を思えば彼の言う通りなのだろうと茂助も頷く。

 

「まぁ、補給が遅れている事を考えると、我々も似たようなものだけどね」

 茂助の中性的な顔立ちを見て源明は苦笑した。

 薄汚れた頬や、落ち込んだ眼を見る限り彼は相当疲れているのが分かる。


「私の偵察部隊も敵と交戦しましたけど、ほとんど戦闘にならなかった様です」

「だろうね」

「部下の電子戦仕様が敵の通信を傍受したのですが、ゴラン大尉が確認を取っているとかで混乱していますね」

「ゴラン大尉?」


 このエリアの守備隊の指揮官だろうか?

 何となく聞き覚えのある名前だと源明は呟く。


「もしかしてイワン・ゴラン大尉じゃないですか?」

 今まで黙って聞いていた千代が口を開く。

「誰だっけ?」

 源明はポカンとした顔で尋ねる。

 それを見て千代は「ははぁ」とやや呆れた笑いを浮かべた。


「ほら、ラライ駅の守備隊の司令だった……」

「ああ!」


 そこまで説明されて、ようやく源明はイワン・ゴランの事を思い出す。


「相変わらず人の名前を覚えるのが苦手なんですね」

 茂助も呆れた様子であった。


「……ゴラン大尉とはね。彼はラライ駅の件を見るに、無闇に民間人を傷付ける事は無いと思うけど」

 源明は茂助の呆れた感想を無視しながら言う。

 イワン・ゴランという男の人柄は以前に話した時に大体分かっている。


「民間人を人質にしていましたよ?」

 千代が言う。

 ラライ駅の制圧戦で彼は民間人を人質にする形で一時停戦を求めてきた事がある。


「でも彼は約束通りに民間人を避難させて危害は加えさせなかった。……戦術はともかくとして民間人へ危害を加える事を良しとする人物には見えなかったよ」


 そう敵を評価する源明に対し、茂助と千代はどうだろうかという疑問を持つ。

 源明とイワン・ゴランが会話をしたのは僅かな時間である。

 それだけでは何も分からないだろうというのが2人の思うところだ。


「……艇を前進させる。各部隊もそれに合わせて移動だ」

 源明は僅かな時間、思考を巡らせると長机に置かれた地図を見ながら言う。

「どうするつもりです?」

 茂助が尋ねる。


「何にせよ敵の戦意を削ぐ必要がある。第5中隊の部隊も増え始めているから良い機会だろう」


 陸戦艇を破壊されて移動が困難になっている第5中隊であるが、ここ数日の間にいくつかの部隊は何とか第1中隊の下まで辿り着いている。

 戦機を運用するには物資が不足しているが、数を多く見せる程度にはなっているだろう。


「嫌がらせの攻撃ですね」

 つまり本格的な攻撃を行うという訳では無いという事だ。

 それをやれるだけの弾薬が不足しているのだから当然だろう。


「そういう事。それと制圧した通信拠点はこちらでも使える様に伝えてくれ。その為の資材は可能な限り回す」

「了解です」


 源明の下した指示に茂助は敬礼をして答える。


「それにしても、アーニア市内のレジスタンスだか友軍だかに連絡は付かないのか?」

 市内の部隊と連絡が取れれば戦略の幅は広がる。

 しかし、オリガからの通信はあれ以来一度も無い。


「冬が本格的になる前に終わらせたいですね」

 千代は話題を変える様に答えた。

 イェグラード共和国はルーラシア大陸の北部に位置しており、冬になれば猛烈な吹雪と寒さに見舞われる。

 そうなれば冬季戦闘用の装備が必要になるが、891中隊はそれらを有していなかった。


「そうだなぁ……」

 源明も千代も茂助も、早く状況が動いて欲しいというのが共通の認識という事なのだ。

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