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123話 一進一退、ラーヌマ近郊

 真歴1087年11月4日。

 第9大隊に所属する部隊のほとんどの補給が完了。

 翌日5日の午前8時30分丁度にアーニア市へ全面攻撃が開始された。


「うーん、やはり第1中隊の動きが鈍いね」

 報告を受けたアベルが言う。

 アーニア市の東側、ラーヌマ近郊には源明の率いる第1中隊が位置しているのだが、この部隊の侵攻速度が遅い。


「元は第5中隊も含めた戦力で攻撃予定でしたからね」

 副官のタックルベリーが答える。

「ましてや小山大尉の性格を考えるとこうなるか……」

 彼はそもそも攻撃的な戦術よりも拠点の防衛などといった戦術を得意としていた。

 それに加えて、戦力不足となれば積極的な攻撃を行わないのは当然だろう。


「文句の1つでも言いたいけど……」

 アベルとしても源明の消極的な攻撃には不満がある。

 しかし、それを言ったところで果たして彼は動くだろうか?


「言ったところで動かないでしょうな」

 タックルベリーが言う。


「そうかい?」

「逆に第5中隊に代わる戦力を寄越せと言われるでしょう」

「そうだろうなぁ……」


 それは容易に想像がつく。


「もしくは、ヤケになって物資を使い果たすまで攻撃をするかもしれません」

「というと?」

「物資を使い果たしてしまえば、補給されるまで動けなくなります。そして我々は遠征なので、補給には時間がかかります」

「つまり、命令に従って攻撃を終えた後は合法的にサボれる訳か……」


 それも何となく想像がつく。

 源明は自軍が占拠している施設でも敵に奪われる可能性があるのなら、それを躊躇いなく破壊してしまう人物であった。

 つまり、命令の拡大解釈や不文律を利用して、軍規違反スレスレの行動を行うという事だ。


「小山大尉はあれでいて乱暴な手段をとることがあるからね」


 攻撃命令を受けた第1中隊がそれに従って敵に攻撃を行う。

 しかし、その攻撃は物資が底をつきるまで止まらない。

 その結果、武器も弾薬も無くなった第1中隊は今後の作戦に参加出来ない状態になるという状態を作り出す。

 そうやって戦闘にボイコットする可能性があるという事だ。

 

「まぁ、戦力の温存と思って彼らに任せる方が良いでしょう。あのエリアは特務部隊の潜入には関わりの無い所ですからね」

「そうだなぁ……」


 アベルはタックルベリーの言葉に納得して頷く。

 そもそも、今回の作戦の主力といえる中隊は第2中隊と第3中隊である。

 この2つの中隊が敵を引き付けて、その間に100特務部隊がアーニア市に入れば問題無いのだ。












/✽/













 同じ頃、前線で戦闘を行う第2中隊と第3中隊。

 この2つの中隊の司令官は大口翔という少佐であった。

 元は戦機のパイロットであり、アベルとは付き合いも長い。

 彼は2つの中隊の司令官となった今でもパイロットとして前線で戦っており、そこはアラシアのアレクと近いものがあるといえる。


「正面が後退したぞ! 第4小隊を前に出せ!」

 大口は自機である白銀丸のコックピット内で声をあげる。

 同時に後方に控えていた鋼丸の隊列が前進をはじめた。


「おら、さっさと進め進め! 援護してやる!」


 大口の乗る白銀丸は両手で抱える様に持つガトリング砲を装備していた。

 この装備、元は陸戦艇に対空迎撃用に搭載される予定であった。

 しかし、陸戦艇の火器管制装置と相性が悪かったのか、目標への命中率がとてつもなく低かった為に取り外された物である。

 当然、仕様が違う戦機の火器管制装置とは全く連動出来ない。

 しかし、戦機の場合は自機のマニピュレーターでトリガーを引いて撃てる様に改造すれば、目標への照準から射撃はパイロットが手動で合わせれば良いだけなので問題は無かった。

 しかも、戦機でこの兵装を使用する場合、弾幕を張って敵を寄せ付けない事が目的になるので正確な照準は必要ないのだ。


「喰らえ!」

 しかし、そこはヒノクニのエースパイロットと言われる大口である。

 この大型のガトリング砲で器用に敵のタイプβを撃破してみせた。


「隊長!」

 部下の通信が入る。

 しかし、ガトリング砲から伝わる音がコックピット内で響き渡っており、その声は聞き取りづらい。


「隊長!」

「何だ!」

「第3小隊が目標を制圧しました!」


 それは朗報であった。

 大口が率いる部隊が敵の防衛拠点の1つを制圧したという報せなのだ。

 そこは比較的に高い建物がいくつか並んでいる場所であり、進軍の為の橋頭堡として確保しておきたかった場所なのである。


「すぐにスナイパーを配置させて敵を狙撃させろ」


 大口は命令する。

 制圧した場所が増える事で戦況も変わってくるだろう。


「よし、俺は一度後退する」

 大口は指揮を執る為に後退する事に決めた。

 彼はパイロットであるが、同時に部隊の司令官でもあるのだ。

 常に前線で戦っているという訳にはいかない。













/✽/












 第2中隊と第3中隊が激しい戦闘を繰り広げる間である。

 源明が指揮する第1中隊は敵陣へ向けて攻撃しては後退を繰り返していた。


「駄目か……」

 連弩のブリッジで源明が残念そうに呟く。

 ため息をついて戦況モニターに再度視線を向けた。

 4回目の攻撃だが、結局後退する事になったのだ。


「やはり戦力が足りませんね」

 源明の横で千代が言う。

 敵をおびき寄せてこちらの陣地で攻撃、部隊を扇の様に展開して敵陣を包囲しての攻撃、部隊を1箇所に集めての一点突破。

 様々な方法で攻撃を仕掛けたが、そのどれもが失敗に終わった。


「戦力だけで無くて、敵の対応も早いな」

「……通信が傍受されているとか?」


 千代は1つの可能性を口にする。


「それはあると思うよ。ただ、通信の信号は暗号化されているんだろう?」

「それが出来ないくらいアナログな通信手段は使っていませんよ」


 この時代でも、通信に際しては電波そのものが電子的に暗号化されている。

 それを解読するにはそれ相応の機器が必要なのだ。


「当然、敵の基地にはそれがあるんだろうけどさ」

 だからといって一朝一夕で解読出来るという事はないだろう。

 それが出来ているなら、とうにこの作戦は失敗しているはずだ。


「やれやれ……、第5中隊がいればね」

 本来は2つの中隊で攻撃する様なエリアである。

 そんな所を1つの中隊で攻め落とすというのが無理な話なのだ。

 源明は艇長席に深くもたれかかって不満である事を表現する。


「通信の傍受か……」

 源明は思案顔になる。


「いっそ偽の情報でも流してみるか?」

 源明は笑いながら千代に提案をする。

 本気で言っている訳では無かった。


「この戦況だと意味は無いと思いますよ?」

 千代が答える。

 偽の情報を流した場合の敵の動きが現状では予想出来ない。

 下手をすればこちらの方が不利になるかもしれないのだ。

 

「そうだよねぇ」

 源明もそれは分かっていた。

 何か偽の情報に説得力を持たせる事が出来れば、それも良いだろうと思う。

 しかし、考えても埒も無いことだと思い直して忘れる事にした。


「失礼します」

 ブリッジの扉が開く。

 敬礼と共に若い兵士が入って来た。

「あら……」

 その兵士は数歩歩いて千代に向き直ると彼女にバインダーを渡す。

 その堅苦しい動きから見るに新兵だろう。

 何かを報告する為におっかなびっくりブリッジへやって来たといったところか。

 

「それよりも第5中隊に所属する部隊がこちらに合流ししましたよ」

 バインダーに挟まれた書類に目を通しながら千代が言う。

「ようやくか」

 答える源明は遅すぎるという苛立ちと、この状況での戦力増強は有り難いという相反する感情を持ちながら返事をした。


「ただ合流したのは3個戦機分隊で、所属する戦機も全てバッテリー切れみたいです」


 どうやら、その分隊は移動手段として戦機を使用したようだ。

 しかし、戦機のバッテリーだけでは長距離の移動は困難である。

 それを証明するかのように、何とか第1中隊に合流した時、その部隊の所有する戦機は移動だけでバッテリーを全て使い切ったのだ。


「別働隊としては使えないね」 

 3個戦機分隊。

 単純な数で言えば戦機が12機といったところだろう。

 昔、そのくらいの部隊を指揮していた事を思い出す。


「でしょうね。その分隊の隊長は作戦行動の為にバッテリーの補給を要求しています」

「第5中隊の事なんだからこちらに頼まないでほしいな」


 合流したとはいえ、その分隊は第5中隊指揮下である。

 第1中隊の物資を与える義理は無い。


「断りますか?」

 千代としても第5中隊所属の部隊に親切にする必要は無いだろうと思う。

 こちらだって戦闘が続いているので、分ける事が出来る程の物資は無いのだ。


「その分隊長に伝えてくれ。我々の指揮下で動くのであれば補給を渡すとね」

「指揮下……、補充兵力という事ですか?」

「そういう事、亜里沙中尉が失った戦力の穴を埋めたがっていたからね」

「向こうは嫌がるでしょうね。第5中隊としてここまで来たのに、他の中隊の指揮下に入るなんて」

「しかも、実際は補充兵扱いとくればね」


 しかし、それくらいの事は我慢してもらわなければ補給は出来ない。

 そもそも第1中隊が苦労しているのは第5中隊が先の戦闘で、戦力の中核となる陸戦艇を失ったからなのだ。


「とりあえず伝えておきます」

 数十分した後に千代は補給の件を例の分隊に伝える。

 当然、分隊長は難色を示したが従うより無かった。

 戦機が使えない戦機分隊が3つあったところで何にもならないからだ。

 

 








/✽/












 ヒノクニ・アラシア同盟軍が侵攻を諦めたのか、後退を始めたのは4日後の事であった。

 それに合わせてラーヌマ近郊に侵攻する部隊も後退を始める。

 ラーヌマ近郊の守備隊隊長であるイワン・ゴラン大尉もようやく一息つけると胸を撫で下ろす。


「追撃はするな」

 頭に熱が籠もっているのを感じながら部下に命令する。

 ここ何度かの戦闘で彼の部隊は追撃戦を行った。

 しかし、その追撃戦はどれもうまくいかなかった。


「逆にこちらがやられる可能性がある」


 敵である同盟軍……、この場合は連弩である。

 彼らは撤退をする際において、必ずこちらの追撃部隊を迎撃する為の別働隊を用意していたのだ。

 その為に、敵を追撃している部隊が予想もしない様な場所からの逆撃を受けてしまい、追撃する側の被害の方が大きくなってしまう事が見られたのである。


「しかも敵は撤退ルートに対戦車地雷まで仕掛けていた」


 追撃に出た主力戦車の2両がこれによって破壊されている。

 防衛ラインこそ守り切ったが、戦力はそれなりに削られているのだ。


「報告します! 敵の歩兵部隊、キロ5ポイントの下水で交戦。敵は撤退しました」


 更に敵の歩兵は様々な所から侵入しようと試みているのだ。

 部下の提案で下水道にトラップエリアを設けていなければ、ここから侵入された可能性もある。

 そして、その脅威はまだ続いていた。

 敵も下水道まで警戒を行っている事を知った上で侵入しているのだ。

 常に警戒を行わせる事で、肉体的精神的疲労を狙っているのだろう。


「性懲りも無く……」

 そして、こちらが迎撃に部隊を出撃させれば本格的な戦闘に入る前に敵は撤退する。

 彼我共に大した損害は無いが、これでは警戒態勢を緩める訳にはいかない。

 長く続けば兵の疲労も蓄積してくるだろう。


「やり方がまるでゲリラ戦だ」

 遠くで敵の戦機を鹵獲したという報告を聞きながらイワンは思う。 


「この鹵獲した機体、元は我々のタイプβだ」

 そんな言葉が明確にイワンの耳へ伝わった。

 成程。

 敵も遠征の身である。

 物資のやりくりには苦労しているようだ。

 そう思うと敵にも関わらず親近感にも似た感情を覚えて笑えてくる。


「すまないがここを頼む。私は少し休ませてもらうよ」

 イワンは副隊長にそう告げる。

 いい加減に休まないと身体がバラバラになりそうだ。

 あの、陸戦艇の指揮官も同じであれば良いのだが。

 そんな事を考えながらイワンは自室のベッドに倒れ込むと、泥のように眠ってしまった。

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