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118話 破壊工作

 戦闘は膠着状態となっていた。

 891中隊は敵の攻撃によって進軍を阻まれる。

 しかし、敵部隊も891中隊へ攻撃を仕掛ければ逆に迎撃されてしまうので何も出来ずにいた。

 いつの間にか戦闘は停止。

 お互いに攻撃可能距離のギリギリ外側で部隊の補給と修理を行いながら睨み合っていた。


「敵のタイプβには狙撃型がいるみたいね」

 第1小隊及び第2小隊集結ポイント。

 左肩の装甲を破損したザンライを見上げながらサマンサが言う。


「みたいだな。要塞守備部隊なら考えるべきだった」

 そのザンライはアレク機である。

 パイロットである本人は特徴的な赤毛をかき上げながらやれやれと首を振る。


「はい。これ」

 サマンサは紙コップに入ったコーヒーをアレクに渡す。

「ありがとうよ」

 10月の中旬。雪こそ降っていないが、すっかり冷え込んだ空気では温かいコーヒーというのはありがたい。


「……あとは味さえ良けりゃあな」

 アラシアの軍用糧食というのは、どうして尽く不味いのだとアレクは顔を顰める。

「これもいるかしら?」

 サマンサはアルミパックに包まれた携帯糧食を手に持ってブラブラと振って見せた。

 アルミパックの中にはペースト状になった合成食料と、それをすくって食べる為のプラスチックスプーンが入っている。

 栄養バランスは良いが、味気無く評判のよろしくない代物だ。


「いい加減それも食べ飽きたな……」

 アレクはウンザリした様子でアルミパックを受け取った。


「そういえば子供向けのチョコバーがあったわね。……シールのオマケ付き」

「あー、そっちのが嬉しいかも」

「テントにマロースキー曹長がいるから、彼に言えば渡してくれるわよ」

「分かった。貰ってくるよ」


 それはガンナーズネストの手違いによって届けられたチョコバーであった。

 軍用の物では無く、一般的なスーパーのお菓子コーナーに並ぶ物である。

 しかも子供向けの商品だ。

 小さい袋のチョコバーで、中にキャラクターシールが入っていた。

 何故かこれが大量に補給物資の中に入っており、今回の戦闘で思い出したかのように配られたのだ。


「マロースキー曹長。チョコバーを1つ貰えるか?」

 アレクはテント内で忙しそうにしている小太りの男に尋ねた。

 この男がマロースキー曹長であり、いかにもチョコバーが似合いそうな風体をしている。


「大尉もですか? ……いや、まだ大量にあるんで構いませんが」

 マロースキーは積み上げられたダンボールからチョコバーを1つ取り出すとアレクに渡す。


「このコーヒーにチョコを溶かせばマシになるかな?」

 アレクはチョコバーを受け取りながら冗談めかして言う。

 その反対側の手には先程の紙コップに入れられたコーヒーと携帯糧食のアルミパックが握られている。


「どうでしょうね」

 マロースキーは素っ気無く答えるとアレクの後ろに並んでいた兵士に携帯糧食を渡す。


「やれやれ」

 アレクはテントから出ると近くにあったコンクリート片の上に腰を降ろして食事を始めた。


「シール何が当たりました?」

 ふと目の前から声をかけられた。

「茂助か……。いや、シールはまだ見ていないな」

 アレクはそう答えると茂助の前でチョコバーの袋を開け始めた。


「……フン。これだな」

 中のシールを見るとつまらなそうな顔になり、それを茂助に手渡す。

 弱そうな見た目のモンスターが描かれたシールであった。


「あらら。それなら私は運が良いみたいですね」

 そう言うと茂助はキラキラ光るシールをアレクに見せる。

 こちらは黒いドラゴンのイラストであった。


「良いな。マロースキー曹長からもう1つ貰ってくるか」

 アレクはそう言うとチョコバーを囓り始める。


「お、激レアだ!」

 その背後で興奮した声が聞こえた。

 どうやら隊員の誰かが激レアのシールを当てたようだ。


「オマケのシール1枚で随分な騒ぎ様だな」

 アレクは呆れたように言いながら今度はコーヒーを飲む。

 やはり不味い。


「他に娯楽が無いですからね……」

 茂助が答えた。

 騒ぐ兵士の気持ちも分かるという表情である。


「カードゲームとかどうだ? そんなにかさばらないし、良い暇つぶしになるぞ」

「そのカードゲーム、最近はルールが複雑になりすぎてカードのテキストが訳の分からないことになってますよね?」

「……否定はしない」


 アレクはそう答えると残りのコーヒーを全て飲み込んだ。

 どうあっても不味く、顔を曇らせる。











/✽/












「何とかトラップゾーンは抜けたが……」

 22時32分。

 ようやくウルシャコフ率いる第6小隊は破壊目標であるメーサー砲の鼻先へ辿り着いた。


「しかし……」

 真っ暗な中で僅かな照明に照らされている砲台を見て呟く。

 目標のメーサー砲は3つ。

 当然、その周囲には守備隊が配備されていた。


「これを全て我々だけで破壊するのは骨が折れるな……」

「3つ同時に壊すには小隊を分けないといけませんが、それでは各個撃破されそうですね」


 敵の守備隊の方が全体の数で言えば多い。

 ウルシャコフの隣で双眼鏡を覗いている隊員は苦々しい顔をしている。


「かと言って1つずつ破壊してたら、その間に敵が集まって我々が包囲されそうだ」

「どうします?」

「どうもこうも……、全部隊で1つずつ手早く制圧するより無いだろう。騒ぎが大きくなれば、下の連中も動いてくれるはずだ」


 あまりにも楽観的過ぎると思うが、そうとでも言わなければ部下は不安になってしまうだろう。

 士気の低下は作戦の失敗を招く。

 それは避けねばならない。


「配置に付きました」

 それぞれ3箇所の遮蔽物の影にスナイパーを配置させる。

 その援護の元で、それぞれの分隊はなるべく目立つ事無く制圧を行いたい。


「よし、行くぞ」

 ウルシャコフが合図をする。

 それぞれの分隊は更に3人から4人の班に別れて、物陰や照明の灯りが当たらない中を這う様に進んで行った。


「……? 誰か……」

 途中、敵兵の1人が気付きそうになるが手早く処理される。

 ウルシャコフが後ろから拘束するとナイフで一突きして息の根を止めたのだ。


「よし、良い感じだ」

 ウルシャコフは物資コンテナを物陰としながら、あと数メートルで目標のメーサー砲という所まで辿り着く。


 その時であった。

 パンッという乾いた銃声が静寂の中に響いたのである。


「見つかったか……!」


 ウルシャコフが歯噛みする。

 同時に上から敵兵が目の前に落ちてきたのだ。

 それは明らかに狙撃をされて倒れたものであった。


「俺が狙われていた……?」


 自分達が背にしていたコンテナの上に敵兵がいたのだろう。

 そして、彼はウルシャコフを発見したが、それを報告する前に狙撃されたという事だ。


「移動するぞ……!」

 ウルシャコフが部下に手信号で合図をしたと同時だ。

 甲高いサイレンと“侵入者あり”との放送が鳴り響く。

 この銃声は当然敵側にも聞こえた為に、警戒態勢となったのだ。


「見付けた!」


 それは別方向からの声であった。

 おそらく、他の分隊が敵に発見されたのだろう。

 敵の騒ぐ声と同時に銃撃戦の音が聞こえはじめた。


「俺達はまだ見付かっていないな? なら、この隙にメーサー砲を破壊するぞ」


 ウルシャコフはそう言うと部下を引き連れてメーサー砲へ走り始めた。

 途中で何人かの敵兵に発見されるが、ウルシャコフ達はそれを全て手早く射殺する。


「おい! なんだお前たちは!」

 メーサー砲の目の前には敵の士官らしき男がいた。

「侵入者だろ」

 ウルシャコフは答えると同時に持っていた短機関銃でこれを射殺する。


「こっちだ」

 そこはメーサー砲の砲身であった。

 ドラム缶をひっくり返した様な短い形状のすぐに下でウルシャコフが合図をする。


「C4爆弾です」

 部下が爆破用のC4爆弾をウルシャコフに手渡した。

 タイマー式のものである。


「あまり長くセットすると解除されかねんな……」


 ウルシャコフは受け取ったC4爆弾を砲身に直接セットする。

 タイマーは30秒に設定。

 背後から敵が来る気配を感じ、それ以上の時間的余裕が無いと判断したのだ。


「すぐに離れるぞ!」

 砲身から飛ぶように離れると、すぐに走り出した。

「こっちだ! 奴らメーサー砲を破壊する気だ!」

 背後から敵の叫び声が聞こえる。


「吹っ飛ぶぞー!」

 部下の1人が叫ぶ。

 同時にC4が爆発。

 その爆風に煽られてウルシャコフ達は前のめりに吹き飛ばされて地面に転がる。


「分量を間違えたんじゃないか?」

 メーサー砲だけでなく、自分達も吹き飛ばされたのだ。

 そんな感想を漏らしつつも背後に目を向ける。

 目標のメーサー砲は炎上しており、間違いなく破壊出来た事を確認した。


「閃光弾上げます」

 一緒に吹き飛ばされた部下が言う。

 目標を破壊した事を知らせる為のものだ。


「やってくれ。……クソ、まだ来やがった」

 爆発の炎に照らされて敵兵の黒い影が現れるのを見ながらウルシャコフが答える。

 部下が上空に閃光弾を上げたのと、ウルシャコフが敵兵をサブマシンガンで射殺したのは同時であった。


「行くぞ」

 周囲は炎上するメーサー砲に照らされ、暗い空には打ち上げられた閃光が上がる。

 ウルシャコフはすぐに部隊を集めて次のメーサー砲に向かうことにした。

 目標数はあと2つ。


「敵の通信機から聞こえたんですが、こちらの戦機部隊も動き出したみたいです」


 次のメーサー砲に向かう途中で部下の分隊長がトランシーバーを片手に言う。

 それは敵から奪ったものだろう。


「ドンパチに気付いて動いたか……。良いな」

 ウルシャコフは不敵な笑みを浮かべて言う。












/✽/











「確かに確認したんだな?」

 上半身は白いTシャツ1枚、下は士官服のスラックスという姿の源明がブリッジに駆け込んでくる。

 先程まで艇長室で睡眠をとっていたのだが、ブリッジからの通信でその睡眠を中断させられたのだ。


「確認しました。味方の閃光弾です。間違いなく西側のメーサー砲から上がりました」


 その意味するところは、西側のメーサー砲の破壊に成功したということだろう。


「前線の戦機部隊も動いています」

「よし。2つ目の閃光弾が上がったら連弩も動くぞ」

「了解です」


 メーサー砲は3つ存在するが、その内2つが破壊された時点で連弩を接近させ、3つ目が破壊されたと同時に連弩の射程内に敵陣を捉えて支援砲撃を行う。

 そうなれば戦局は一気に傾くかもしれない。 


「さて、うまくやってくれよ」

 源明が1人呟く。

「とりあえず服を着て下さい」

 背後から千代が声をかけて、腕に抱えていたYシャツとジャケットを源明に押し付けた。













/✽/










 ウルシャコフが2つ目のメーサー砲に辿り着いた時だ。

 再び暗い空に閃光弾が打ち上がった。

 それはヒノクニのものでは無く、アラシア軍が使用する閃光弾であった。


「どういう事だ?」

 残っているメーサー砲は2つである。

 アラシアの閃光弾が上がったのはウルシャコフ達が攻撃を仕掛けようした目標では無い。

 もう片方の目標から打ち上げられていた。


「アラシアがもう1つのメーサー砲を破壊したという事でしょうか?」

「そうかもしれん……。俺達も急ぐぞ! 敵はこちらの動きが分かっているんだ。目標の守りを固められる前に仕留める!」


 もはや隠密行動をする意味は無い。

 ウルシャコフ達は駆け出して目標に向って走り始めた。

 塹壕があれば手榴弾を投げ込み、目の前に敵が現れればこれを射殺する。


「あぁ、マズイ……!」

 部下が呟く。

 何があったのだとウルシャコフはそちらに視線を向けた。


「タイプβか……!」

 敵の戦機である。

 援軍としてやって来たのか、それとも元々その場にいたのかは分からないが、全長5メートル程度の4脚型機動兵器はウルシャコフ達を確実に狙っていた。


「ええい!」

 タイプβの持つアサルトライフルが火を吹くと同時にウルシャコフは背後の塹壕に飛び込んでこれを躱した。


「戦機は何機いるんだ?」

「アレともう1機います!」


 タイプβの射撃により土煙が上がる中を、ウルシャコフは虫の様に地面を這いつくばりながら移動する。


「何処かに重機関銃とか無いのか?」

 戦機の装甲は薄い。

 口径の大きい銃火器であれば、歩兵が使用するようなものでも対処が可能だ。

「そう都合良くいきませんよ」

 困った様な表情を浮かべる部下の背後で土煙が上がった。


「やれやれだな」

 戦機の装甲は薄いといっても、それは戦車などと比べた場合である。

 歩兵が使用する突撃銃や短機関銃程度では流石に歯が立たない。


「これは撤退もやむ無しか……」

 タイプβに追われながら塹壕を這い、バリケードに身を隠し、別の塹壕に飛び込む。

 反撃の手立てが思い付かないウルシャコフに撤退の文字が強く浮かんだ。


「隊長! 正面!」

「何? ……うおっ!」


 部下に言われて顔を上げると、そこには2機目のタイプβがウルシャコフに銃口を向けていた。


「ここまでか……!」


 そう思った瞬間であった。

 突如、空を裂くような鋭い銃声が背後から鳴り響く。

 それと同時に目の前のタイプβから爆炎があがる。


「何だ!」


 突然の出来事に驚きつつウルシャコフは銃声が響いた方に振り返る。

 そこにはもう1機のタイプβがアサルトライフルを構えながら、4脚を動かして方向転換を行っていた。


「あれは敵のもう1機だが……、様子がおかしいな?」


 そして脚が止まったと思うや、金属が裂かれるような激しい音と火花を散らしながら上半身が何度も跳ねる。

 攻撃を受けたのだ。


「あれです!」

 部下が指をさす。

 そこには更に1機のタイプβがこちらに向かっていた。

 しかし様子がおかしい。


 そのタイプβには頭部と一体化された胴体周り以外の装甲が付いておらずフレームが剥き出しであった。

 更に左腕は付いていない。

 一応、右腕にはドラムマガジンが取り付けられたサブマシンガンを装備していた。


「大丈夫ですか!」

 そのタイプβが脚を止めると聞き覚えのある女の声がスピーカーから聞こえた。


「味方か!」

「第3小隊のメイ・マイヤー少尉です!」

「アラシアか」


 ウルシャコフは癖のある黒髪と褐色の肌を持った女を思い出す。

 それがメイであった。


「ここは私達が引き受けます! ウルシャコフ少尉はメーサー砲を破壊して下さい!」

「了解した」


 どうやら第3小隊もここへやって来たようだ。

 見ればアラシアの兵士が短機関銃を持って敵を追い払っているのが見える。


「よし、手の空いている奴は付いてこい」

 ウルシャコフはそう言うと再び目標のメーサー砲に向かって走り出した。

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