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114話 891中隊へ

 真歴1087年10月7日。

 891戦隊は命令通りにニィノグ地域へ移動する。

 そこには既にアベル・タチバナ中佐が率いる第9大隊が集合していた。

 その中には連弩級の4番艇“方天”や流馬級2番艇“木牛”も見られた。


「同じ陸戦艇だが形が違うじゃないか」

 平野に整然と並んでいる陸戦艇を見上げながら尋ねたのはアレクだ。

 アラシア共和国には未だ陸戦艇というカテゴリの兵器は存在しない。

 その為か、陸戦艇のバリエーションについて興味を引かれたのだ。


「私が指揮しているのは連弩級1番艇“連弩”といって世界初の陸戦艇だ」

 そして世界初の陸戦艇艇長である源明が説明を始める。

 若干苦々しい顔なのは、世界初の陸戦艇と言えば聞こえは良いが、実際は実戦試験用のモルモットだからである。


「あっちのはお前の陸戦艇と形が似ているな」

 アレクが指したのは“方天”である。

「あれは連弩級の第2次生産型だね。聞くところによればミサイルランチャーや90ミリ副砲なんかが増設されたって話だ」

 つまり、連弩から得られたデータを元に改良を加えられて生産された同型の陸戦艇という事だ。


「連弩なんて初めはミサイルなんかの類を搭載しなかったせいで戦闘爆撃機にボコボコにされたからね」

「そうなのか?」

「いま私の艇に搭載されている対空迎撃用のミサイルランチャーなんかは無理矢理増設したものさ」

「ふーん」


 陸戦艇は空からの攻撃が致命的な弱点であった。

 特に初期型はそれが顕著であり、第二次生産型は改善の為に搭載する兵装が見直されたのだ。


 初期型であった連弩もその例に漏れず戦闘爆撃機に何度か痛い目にあっており、当初は搭載されていなかった迎撃用のミサイルランチャーやCIWSの増設を行なったのである。

 ただ、それらは源明の言うとおりに無理矢理増設された兵装であり、火器管制システムが独立していたり、整備や修理に難があったりとトラブルも多かった。

 

「あっちのは何だ?」

 アレクが次に指したのは流馬級の陸戦艇である。

「あれは流馬級2番艇、確かに木牛とかって名前だったね」

 流馬級は連弩級と違い、部隊の指揮や物資の運搬に特化させた陸戦艇である。


 連弩級の様にメーサー砲や120ミリ砲などの武装は無く、対空迎撃用のCIWSが数基あるのみであった。

 代わりに、連弩級よりも高性能の通信装置やレーダーなどが搭載されており、連弩級より多くの部隊を運用する事が出来る。


 また、メーサー砲や120ミリ連装砲などが搭載されていない為、前方ブロックへの物資搭載量も多い。

 更に兵装が少ない分、艇そのものの重量も軽いので移動速度にも長けている。

 その為に各戦域への補給を迅速に行うのにも適していた。


「本来、陸戦艇は前に出ないで後方から前線の支援を行うはずだったんだ。陸戦艇の正しい形は流馬級の方だよ」

 元々、陸戦艇のデータは源明が遺跡から持ち込んだものである。

 更に、その開発進行のきっかけとなった意見書を提出したのも彼であった。

 源明としては今でも連弩級よりも流馬級の艇長になりたかったと思っている。


「やぁ、待たせたね」

 陸戦艇を見上げる2人に声がかかる。

 そこにいたのは線の細い亜麻色の髪を持つ青年であった。

 アベル・タチバナ中佐である。

 源明の直属の上司であり、過去にヒノクニへ出向していた事があるアレクとも顔見知りであった。


「こんな形で3人揃うとは思いませんでしたよ」

 アレクは敬礼しながら皮肉っぽく言う。

「確かにね」

 アベルも敬礼を返しながら苦笑する。


「で? 我々の今後は?」

 話題を切り出したのは源明であった。


「うん。まず、先日の会議で正式に決定した事から話そうか。……まず、君達は正式に中隊扱いになる」

「中隊ですか?」

「そう。第8師団第9大隊第1中隊だね」


 それまで源明達は891戦隊と呼ばれていた。

 これは、それまで陸戦艇を運用していた部隊の規模がそれぞれ異なっており、これらの部隊はどれも特殊な編成となっていたからである。


「だから陸戦艇1隻で指揮下の部隊は2個小隊しかいないなんて事もあったけどね」

「2個小隊?」


 それは少すぎだろうとアレクはやや驚いた表情を見せる。

 中尉である自分でさえ3個小隊を指揮しているのだ。

 陸戦艇の艇長が漏れなく大尉以上である事を考えれば、それはあまりにも少な過ぎる。


「うん。でも、これからは陸戦艇1隻で1個中隊を運用する事になった」

「だから我々も891中隊になる訳ですね」

「その通り。君達だと合わせて丁度1個中隊程度になるからね」


 基本的に1個中隊は4つから6つの小隊で編成されている。

 そして、連弩は小林亜里沙を実戦部隊の総指揮官として、その下にリリー・レーン、クック・クックがそれぞれ1個戦機小隊を率いており、それに加えてウルシャコフ指揮下の歩兵1個小隊、合計3個小隊が編成されていた。


 そして、アレクが率いる第100独立部隊だ。

 これは基本的に戦機のみで編成された小隊であり、サマンサ・ノックス、源茂助、メイ・マイヤーの3人がそれぞれ1個小隊を率いており、合計で3個小隊となっている。


「なるほど。俺と源明大尉の部隊が合わされば丁度1個中隊って事ですか」


 ヒノクニとアラシアの別国同士の部隊で編成される中隊である。

 珍しい話であった。


「君達……、というか私達はジョッシュ要塞で一度あったけどね」

 アベルは雪の中に佇むコンクリート壁を思い出しながら言う。

 あの時は源明もまだトールという名前でアラシアの軍人だったのだ。


「しかし、あの時とは規模が違う。今回はどう動いたものですかね?」


 アーニア市の侵攻作戦である。

 第9大隊はこの都市の制圧が目標なのだ。


「うん。まず、君達第1中隊は東側から侵攻して欲しい」

「ナッツァ平原からですか?」

「そうだ。君達の主力部隊は戦機だからね。南側だとドミエル渓谷を抜ける必要があるから、東側の方が平坦な道のりで攻めやすいだろう?」

「まぁ、奇襲には遭いにくいでしょうけど……」


 その分、配備されている部隊は強力だろうと源明はやや不満に思う。

 指揮下にアレクの部隊がいなければ断っていたところだ。


「了解しました。……それと、これを渡しておきます」

 源明はそう言うと1冊の本をアベルに手渡す。

「これは?」

 怪訝な顔をしながら本を受け取る。

 源明が読書家なのは知っているが、何故自分に本を渡すのかとアベルは疑問に思う。


「暗号表ですよ。レジスタンスのね。それと通信用の周波数なんかも書いてあります」

 その源明の言葉にアベルは目を丸くさせて驚く。


「レジスタンスと接触したのかい?」

「ラライ駅ですね。ここに来る道中でアプローチもかけてみました。向こうも我々が来る事くらいは知っています」

「よくもまぁ……」


 それを横で聞きながらアレクは源明が何度か古めかしい通信機とにらめっこをしていたのを思い出す。

 あれはそういう事だったようだ。


「現地の住民とは友好的にしておくべきですよ。特に外国で戦うのであればね」

「他の皆にも伝えておくよ」


 アベルは肩を竦めて答えてみせるが、内心では源明がレジスタンスと接触していた事に驚愕していた。

 無論、ヒノクニやアラシアの軍部もレジスタンスの存在を以前より確認している。

 実際、諜報部を中心に接触を試みていた。

 だが、レジスタンスそのものから信頼を得ていなかったのか、ヒノクニ側から一方的に呼びかけるのみで成果は上がっていなかったのだ。


「でも、これでレジスタンスの協力を得て作戦を進めることが出来そうだね」

「しかし一般市民や退役軍人が集まった程度の組織です。アテにしすぎない方が良いですよ」


 源明のレジスタンスに対する評価は辛口であった。

 そのレジスタンスとの接触方法を教えた当人が言う事にアベルは苦笑を返す。

 だが、事実なのだろうとも思う。


「それもやりようだよ。諜報部に私の知り合いがいる。レジスタンスと接触させて今回の侵攻作戦に協力してもらえるように取り計らうよ」

「頼みます」


 これで今回の作戦進行が少し楽になるかもしれない。

 アベルはそんな期待を持つ。


「中佐。そろそろ……」

 チョコレート色の肌を持つ巨人がアベルに耳打ちをする。

 彼の従卒であるタックルベリー軍曹であった。

 元は小隊付軍曹であったが、その経験から来る優れた能力からアベルが自分の手元に置き続けていたのである。


「あぁ、そんな時間か」

 アベルは腕時計を確認する。

 他の艇長とも打ち合わせを行わなければならないのだ。


「じゃあ、私はこれで……。一応、20時に中隊長会議を行うから、そこで詳しい内容を詰めよう」

「了解」


 そう言い終えるとアベルはタックルベリーに連れられて他の陸戦艇に向かった。


「……これで正式にお前の指揮下に入った訳か」

 口を開いたのはアレクだ。

 891中隊は源明がそれまで指揮していた部隊と第100独立部隊を合わせたものとなった。

 その最高指揮官が源明であれば、アレクはその部下になるという事だ。


「不服か? アーデルセン中尉」

「いや……。これまでロクでもない上官もいたからな」


 アレクは軍に入ってから、一度も源明ことトールよりも上の立場になった事が無かった。

 部隊指揮やパイロットとしての技術は間違いなく自分の方が上だと自負しているアレクはここに僅かな敗北感を感じる。

 しかし、それも信用出来る者の下になるなら別に構わないかという思いに流されていった。


「しかし、本当にいつの間にレジスタンスと接触していたんだ?」

 源明はアレクも気付かない間にレジスタンスと接触していた。

 おそらく、そういったしたたかな性格が自分と源明の違いなのだろう。

 長い間、幼友達として関わっていたが、源明にそういう一面があった事にアレクはトールと源明が別人であるかの様な感覚を覚えていた。

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