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11話 撤退戦

 真歴1080年、10月6日。

 ギソウ山岳地域の東側に位置する峡谷のとある一本道。

 トール・ミュラー率いる第4戦機分隊とメイ・マイヤー率いる第8分隊は民間人の乗る大型バスを護衛しながら、周りを岩壁に囲まれた道を進んでいた。


 先日のレアメタル精製工場の戦闘にてジーン・ランドルフ率いる第5小隊は勝利したとはいえ、甚大な被害を被った。

 その結果として、それまでの戦線から撤退する事になったのである。


 その際に、戦域近辺に居住していた民間人を本土に避難させることになったのだが、それら民間人と護衛部隊が突如現れたルーラシア帝国軍の襲撃を受けたのだ。

 ランドルフ少尉はトールとメイの分隊に救援を命じる。


 数時間後、彼らは民間人とその護衛部隊と合流に成功。

 敵の襲撃部隊を何とか退けたのである。


「問題はここからだ」

 トールがウンザリした顔で呟く。

 民間人を追ってきた敵は退けたのだが、今度は進むべき前方にも敵が現れたのである。


「ここから? 最初から問題しか無いように思えますが?」

 日に焼けた肌を持つ体格の良い男が嫌味を込めて言う。


 彼のは名前はエイク。

 護衛部隊の指揮をする事になってしまった上等兵である。

 元々、彼は徴兵で集められた者であり、彼の率いる部隊もそういった者達で構成されていた。

 後方の駐屯部隊故の編成である。

 ただし、司令官とその周囲の者は正規の軍人であった。


 しかし敵の襲撃を受けた際に司令官は自分の目にかけている者を率いて逃げ出してしまう。


 そんな中で何とか救援要請を行ったのだが、現れた救援部隊はエイクの一回り以上は歳下の少年が率いる部隊であった。


 エイクとその部下達にとっては不満以外の何物でも無い。


「うーん、とりあえず民間人だけでも生きて送らないといけないからなぁ……」

 エイクの言葉を無視してトールは頭を掻きながら言う。


「敵は戦機を中心とした部隊です。6機は確認しました。それにTN-70……、主力戦車が1台ですな」

 偵察に出したエイクの部下の報告である。

 トールは顔を曇らせて、アレクとサマンサに視線を向けた。言外に何か良い案は無いかと尋ねているのだ。


「まぁ、普通に考えれば戦機を前衛に置いて歩兵部隊が後方から援護。その隙に民間人を突破させるしか無いだろうな……」


 余裕のある態度を見せることの多いアレクも今回ばかりは困ったものだと苦々しく言う。


「行けるか?」

「……戦車がいなけりゃな。戦車ならこちらが近付く前に狙い撃ち出来る。戦機の装甲なんて戦車砲からすれば紙みたいなものだ」


 アレクはトールの質問に頭を振って答えた。

 これは降伏して捕虜にでもなるしかないかとトールも諦めたような表情をする。

 周りの空気が重い。


「気は進まないけど、1つだけ考えがあるわ」


 鉛の様に黒く重い空気の中でサマンサが言った。






/*/





 トール達の分隊の数キロ先。

 そこは峡谷の間にある抜け道となっており、先へ進む為には必ず通るルートとなっている。

 ルーラシア帝国のとある部隊はそこに陣取って待ち構えていた。


「前方から何か来ます! 数は……、1つです!」

 暗い指揮車の中でレーダーの反応が映されたディスプレイを覗き込みながら男が叫ぶ。

「1つだけ?」

 黒を基調とした士官用の軍服を身に纏っている男が呟く。


 その士官はドミンゴという少尉であった。

 彼は今年に入って35歳になり、ようやく少尉になった男である。

 

 この歳になってから少尉に任じられたというのは、彼よりも若い者が尉官に任じられる事が多い戦時下を考えれば、昇進スピードとしては遅い方であった。

 その事が彼のコンプレックスとなっており、何としてでも成果を挙げたいと考えているのだ。


「撤退する敵なら捕まえるなり撃破なりするところたが……?」


 ドミンゴはややあって2機の戦機をレーダーの反応があった場所に向かわせた。

 もし、敵軍だとしたら1つしかレーダーに反応しないのは妙だと考えたからである。

 ならば敵の罠か何かとも思うが、撤退するよう敵がそのようなことをするだろうか?

 そうなると考えられるのは味方からはぐれた者達が民間人だろうと思ったのである。


 数分後、ドミンゴの指示を受けた戦機のパイロットがその場で見付けたのは民間人であろう者達の乗ったバスであった。

 所謂、長距離バスと呼ばれるものであり、中には民間人と思われる男女が10数人ほど座席に座りながら不安そうな顔をしている。

 

「本当に民間人なのか?」

 部下のタイプβによって連れてこられたバスは間違い無く民間のバスであった。


「戦争から逃げて来たんですよ我々は」

 バスの運転手である男が答えた。

 草臥れたジャケットを着こなし日に焼けた肌を持つ体格の良い男である。

 その横には収まりの悪い黒髪を持つ少年が立っていた。

 親子にしては似ていないと思う。


「後ろからアラシアの軍隊が追ってきてるんですよ」

 少年が不安そうな顔で言った。


「何処の出身だ? ヒノクニの家系の様だが……?」

 ドミンゴが少年に尋ねた。

 彼の黒髪が妙に印象深く、気になったからである。


「ソーズシティ。ソウリャン地区ですよ。……小さい頃に戦争でこっちに来るハメになりましたが」

 黒髪の少年はおずおずと答えた。


「帝国民か」

 ドミンゴは僅かな驚きを持つ。確かに数年前に少年が言っていた地区はアラシアとの戦闘があった地域だった。


「今でも三角公園のアイスクリーム屋はやっているんですかね?」

 少年が口にした疑問は地元にある公園の事であろう。それを聞いたドミンゴは彼がおそらく帝国民であるという確信を深める。


「敵です!」

 部下の叫び声による報告。


「アレですよ! アラシアです! 我々を追ってきたんだ!」

 続けざまに男が大声で言う。

 

「戦闘態勢! 戦車砲で狙い撃て!」

 舌打ちをしてドミンゴが腕を振りながら指示を出す。彼等が本当に民間人であるかという疑念は消えていた。


 圧される様に男と少年は兵士達の通る道を開け、身体をバスに寄せる。

 少年がバスの胴体下部にある貨物スペースの前に立つと後ろ手で扉を何度か叩く。

 その前を何人かの兵士が通り過ぎた。


 次の瞬間、少年が貨物スペースの扉を開け始める。

 ドミンゴもそれを目撃していたのだが、部下から敵の戦機が高速で迫っているという報告を受けたが為に、彼らの突然の行動に対する判断が鈍った。


「あっ!」

 声をあげた時にはもう遅い。

 貨物スペースから6人の武装した兵士が飛び出して、手に持った短機関銃を撃ち始めたのである。


 突然の銃声に、倒れる部下の兵士達。

 気付けばバスの運転手も右手に短機関銃を握り、部下達を次々と射殺していた。

 更にはバスの中にいた民間人も拳銃を片手に飛び出し、戦車に乗り込もうとしていた部下に向けて射撃を開始する。


「民間人に変装した兵士か!」

 それにドミンゴが気付いた時、先程の少年が自分に向けて拳銃を突き付けていた。


「降伏して下さい」

 今までに無い程の屈辱感にドミンゴは顔を歪ませる。

 それに気付いた部下達の動きが止まった。

 少年が左手を挙げると敵の兵士達も戦闘を中断する。


 全て作戦通りであった。

 サマンサが提案した作戦は歩兵をバスに乗せて、アラシア軍に追われている民間人を装わせ、敵の陣地に潜入させる。

 その後、アレクを中心とした戦機部隊が敵地に向かい、それに気付いた帝国兵の隙を前述した歩兵部隊で内部から攻撃するというものであった。


 これはかなり危険な賭けでもある。

 部隊を歩兵、戦機、民間人の護衛の3つに分ける必要がある上に、敵地に入る歩兵は民間人を装う為に持っていける武器は限られる。

 当然、腕が立つ者がこれに当たらないといけないのだが、かといってあまり民間人らしく無い者ばかりでも敵に怪しまれるのだ。


 その為にエイクは自身の部下以外にも、軍人らしく見えない事に定評のあるトールと、メイの部下である女性兵士も連れていたのだ。


「君が指揮官?」

 彼が兵士達を制止したことにドミンゴは驚きを隠せなかった。


「トール・ミュラー軍曹です」

「驚いたな。子供の軍曹とは」

「そちらの軍には幼年学校があって、私より年少の少尉がいるとのことですが……?」


 ドミンゴは舌打ちをする。

 周りの部下達はトールがドミンゴを人質にとっている為に動こうに動けない。


「帝国出身というのも嘘か」

「戦闘中にそちらが落とした帝国出版の本を拾って読む事もありますからね」


 ドミンゴは辺りを見回し、全く動けない部下に苛立ちを覚える。

 こんな子供に良いようにされて悔しくはないのかと叫びたい衝動に駆られた。


「とにかく降伏して下さい。私は銃の腕に自信はありませんが、この距離なら外しませんよ」

 トールは緊張からやや震えた声になりながらも、平静を装って言う。


「ふざけるな! 私は帝国軍人だぞ!」

 思わずドミンゴが叫ぶ。

 ルーラシア帝国において、敵に捕まり捕虜になるというのは軍人において最大の恥という風潮があるのだ。

 彼もその例に漏れなかった。


「何をしている! こいつらを撃て!」

 ドミンゴは感情が抑えられなくなり叫び出す。

「そうだ! 我々は誇り高い帝国軍人だ!」

 部下の兵士達が叫ぶ。

 それを聞きトールは自分のこれからやるべき事を思い、自身の感情が冷たくなるのを感じた。


 ドミンゴが二の句を口から吐き出そうとする。

 次の瞬間、トールの拳銃から銃声が鳴り響き、血と脳漿を撒き散らしながらドミンゴの身体が倒れた。


「俺は降伏しろと言ったんだよ」

 トールが吐き捨てる様に言う。そのまま挙げていた左手を振り下ろす。

 同時にエイクが率いる歩兵部隊が引き金を引き、銃声と共にルーラシア兵が薙ぎ倒されていった。


「やりやがったな!」

 ややあって帝国兵の1人が叫ぶ。と、同時に胴体を撃ち抜かれて地面に突っ伏した。


 再び戦端が開かれるも、統率を失った帝国兵は各個撃破されていく。

 ようやく帝国側の戦機であるタイプβも動き出して手に持ったアサルトライフルの銃口をトールに向けるが、その銃口よりも胴体の方が先に火を吹いた。


「トールをやらせる訳にはいかない!」

 それはアレクの乗ったアジーレの狙撃であった。。

 トールの指揮する戦機部隊が騒動の間にそこまで接近していたのである。


「お見事ね」

 同じ様に戦機に乗っていたサマンサが静かな声で言う。


「部隊唯一のアジーレを任せたのは正解でしたね」

 続けて茂助が言った。

 この時にはトールが指揮する4機の戦機全てが戦闘区域に入り、帝国の戦機との戦闘に突入する。


 しかし、その内の3機は鹵獲したタイプβであった。

 レアメタル精製工場における戦闘で、第4分隊の戦機は全て失われていた。

 そこで敵軍から鹵獲した旧型のタイプβを配備されたのだが、つい先日に新型のアジーレが送られてきたのである。

 本来は指揮官機として配備されたものであり、トールが乗るはずなのだが、本人はそれをアレクに渡したのだ。

 分隊の中で一番腕が立つのはアレクである。

 そして、一番操縦が下手なのがトールだ。

 その事からトールはアジーレを受領したと同時にアレクに渡したのである。


「やだやだ、こういう乱戦は勘弁して欲しいわ」

 メイ・マイヤーの声が通信機から聞こえた。


 彼女はタイプβに乗っているのだが、これはトールが使っていたタイプβである。

 彼女の第8分隊はトールと同じ戦機を使用する分隊だったのだが、小隊内の機体数が足りなかったことから戦機が配備されず、今回トール機を譲り受けたのである。


 また彼女の元に配属された部下は3人。どれもが徴兵で配属された者であり、お世辞にも技術も士気も高いとはいえなかった。

 更に言えば、この3人は女性である。

 女性で前線に配備されるというは珍しい。当然、訳ありである。


 過去に数回、窃盗罪で捕まったケイト。元は基地の経理課にいたが、横領を行い懲罰として配属されたジェシー。結婚詐欺で捕まった事のあるターニャ。


 一時期、ルーラシア大陸は女性の地位向上が謳われ、それまでは男性が多かった職業に女性が多く就く様になったことがあるが、それでも軍において前線に立つのは男性がほとんどだ。

 そこへやってくる女性とあれば、訳有りがほとんどである。

 そういった理由も影響してメイの分隊に戦機が配備されなかったのだろう。


 その3人はトールの指揮下で民間人を装ってバスに乗り、今は帝国兵を相手に白兵戦を行っていた。

 士気は低いとはいえ、こうなってしまえば生きるためには戦わなければならない。


 茂助が駆るタイプβの左腕に装備されたレーザーカッターが光り、次の瞬間には敵のタイプβを袈裟斬りにする。

 その横でアレク機が敵の胴体を撃ち抜き、後方のサマンサ機とメイ機がエイク率いる歩兵部隊の援護を行う。


 それでも数においては帝国軍の方が多かった。

 戦機こそ全機戦闘に参加させているが、後方の民間人の護衛の為に歩兵は限られた人数しかいないのだ。

 しかも、その内の半数以上が民間人を装っている為に拳銃程度の装備しかしていない。


「倒した敵の武器を奪え!」

 エイクが指示をするも、数の上で負けている為に思う様にいかない。


「流石に無理があったか……?」

 トールが額から汗を流しながら思う。

 アレク機がトールの盾になる様に正面に出る。

「下がっていろ!」

 スピーカーを通してアレクの声が響く。

 乗っていた長距離バスが敵の攻撃で燃え上がった。


「戦車撃墜!」

 誰かの声が響く。

 見れば茂助の乗ったタイプβがレーザーカッターで戦車の砲塔を溶断していた。

 もっとも、この戦車は操縦する者がエイク達の攻撃で既に倒れていた為に動いていなかったが。


 そこから一転してトール達は攻勢に出る。

 戦車撃墜と同時にルーラシア帝国側の戦機も全て撃墜されたのだ。


「分隊長?」

 奪った短機関銃を持ったターニャが声をあげた。

 目の前に、戦機に乗っていたはずのメイ・マイヤーが苦笑を浮かべていたからだ。


「使い慣れない機体には乗るもんじゃないね」

 メイの機体は前脚を破壊され動けなくなっていた。

 仕方無く機体から降りて白兵戦に参加せざるを得ない。


「でも、相手には重火力はもう無いだろうからこちらの勝ちね」

 その予想通りに15分も経つ頃には最後の帝国兵が「帝国万歳!」と叫びながら手持ちのナイフで自身の頸動脈を掻き切って自害した。


 戦闘は終了した。

 トール達は戦機を1機、エイクの部下を8人失ったが何とか民間人には1人も被害を出さずに勝利したのである。

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