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108話 源明の狙い

 真歴1087年9月4日午前1時27分。

 建物の隙間から見える空は暗く、辺りには冷たい風が吹いている。

 ヒノクニと一時的な停戦を結んだイワン・ゴラン大尉は約束通りに民間人を後方の安全なエリアに避難させていた。

 それと同時に敵部隊が展開している場所へ奇襲を行う為の部隊編成も行っている。


「敵の様子はどうか?」

 部下へ尋ねる。

「はい。例の陸戦艇との間で車両や戦機の入れ替えがあったようです」

 それはこちらの戦機などから得られた情報であった。

 おそらく補給と修理の為だと思われる。


「さて、敵はどう動くか? おそらくこちらへの奇襲を企てているのは間違い無いが」

 敵部隊はその場から動いていないようだ。

 しかし、ヒノクニが停戦終了と同時に何処かへ攻撃を仕掛ける為の準備をしている事は予想が付く。

 ただ、明らさまに分かる様な動きをしては意味が無いので、大人しく見せているだけなのだ。


「どうします?」

「いや、奇襲部隊は向かわせてくれ。狙いは例の指揮官がいる場所のみだ」

「こちらの防御は?」

「タイプβでセンサーを強化したのがあったろ? あれをフル稼働させるんだ。後はドローンでも何でも使って索敵を行え」


 イワンは我ながらいい加減な指示だと思ったが、現場のことはその場にいる当人達に任せるのが一番良いだろうと考えている。

 この辺りのスタンスは源明と似ているところがあった。


「それともう1つ報告が入りました」

 部下が何やら通信兵から1枚の紙を受け取りながら口を開く。


「何か?」

 敵の伏兵でも見付かったかと調子の良い事を思いながら答える。


「第4中隊が23区の奪還に成功したとの事です」

 そこは敵に占領された区域であった。

 本土へ繋がるルート上でもあり、戦略的にも重要な場所である。


「そこはアラシアが占領していたところか……」

 アラシア共和国軍。

 つまりはアレクの部隊だったのだが、イワンはその部隊と源明の部隊が共同して動いている事を知らなかった。


「戦略的には喜ばしいが……、第4中隊には増援を頼みたかったんだがな……」

 奪還した区域の防衛の為に第4中隊はそこに留まらなければならない。

 つまり、何かあった時に増援を頼む事が出来なくなってしまったのだ。


「タイミングが悪いな」

 イワンは苦笑するしかなかった。











/✽/












 一方、同じ頃。

 源明の命令を受けたウルシャコフは2個分隊を率いて敵陣の中へ侵入していた。

 しかし、敵陣といっても周囲に敵の姿は見当たらない。

 周りには住民が退去した事で、灯り1つ点いていない建物が並ぶばかりだ。


「敵は民間人を本当に解放するんですかね?」

 分隊長の1人が疑問を口にする。

「多分な」

 ウルシャコフは辺りを警戒しながら短く答えた。


「ウチの艇長が言うには間違い無く民間人は解放されるらしい。どうも、敵さんの指揮官はそういう人物に見えたそうだ」

「アテになりますかね?」

「さぁな。だが民間人を解放しようがしまいが、司令部であるラライ駅を制圧してしまえば同じ事だ」


 ウルシャコフが言い終わると遠くでヘリが飛ぶような音が聞こえた。

 偵察用ドローンである。


「チッ、隠れろ」

 ウルシャコフは舌打ちをして部下に命令する。

 その場にいた全員が素早く瓦礫の隙間や破壊されずに済んだダストボックスの中などに身を潜める。


「行ったか?」

 ややあってから音が遠ざかり、全く聞こえなくなってから小声で誰かが尋ねる。

 ダストボックスに隠れていた兵士が蓋をそっと持ち上げて辺りを確認した。


「クリア」

「クリアだ」


 ドローンが通り過ぎた事を確認する小声があちこちから聞こえ、隠れていた兵士達が全員姿を現した。


「ふぅ……。我々は隠密部隊では無いんですがね……」

 誰かが愚痴る。

「仕方あるまい。ウチの主戦力は戦機だ。俺達歩兵はその隙間を埋めるのが仕事なんだからな」

 ウルシャコフは嗜める様に言う。

 もっとも、本人も部下の言葉には内心で同意していた。


「分かってますよ。それでも愚痴を言う権利くらい我々にあるでしょう?」

「滅多な事は言うな。愚痴が出なくなるくらい訓練と演習が行われるぞ?」

「うへぇ」


 ウルシャコフは冗談めかしていたが、これから先の事を考えるとそのくらい訓練を行って練度を高める必要があるだろうと本気で考えていた。

 おそらく、これから先の戦闘で源明はもっと無茶な事を要求してくるだろう。

 そして、それに対応出来なければこの部隊は全滅する可能性もある。


「これはウチの艇長が悪いのでは無く、そう命令せざるを得ない状況に置いた上層部の問題だな」

 少なくとも源明は部下に対して公正であろうと振る舞っており、不可能な要求はしてこなかった。


「急ぐぞ。あと1時間もすれば例の奴らが動き出す」

 ウルシャコフはそう言うと部隊の進軍を急がせる。

 軍用腕時計のボタンを押して液晶盤を光らせると、作戦の次段階に移行する予定時刻に迫っているのが見えた。












/✽/













「で、目的地に着いた訳だが……」

 ラライ駅居住区北東7キロ先の平野。

 アラシアの戦機であるザンライとアジーレが鎮座している。

 数は全部で12機。

 3個分隊であった。


「膠着状態なんですかね? 戦闘は見られません」

 アジーレでも索敵や通信能力に優れた電子戦仕様のパイロットが言う。


「そうか」

 その部隊の指揮官であるアレクは思案顔で答えた。

 彼らこそが源明が言うところの“切り札”である。

 当初の予定ではヒノクニの部隊が前面から敵に攻撃を仕掛け、手薄になった敵の本拠地をアレク達が側面から叩くという作戦だったのだ。

 少なくともアレクは源明からそう聞かされていた。


「敵の主戦力は前線にいると思われます。ヒノクニの大将が言うには、この隙に敵本拠地を我々が叩くという話なんでしょ?」

 部下の1人が言う。

「そりゃそうだ」

 しかし、戦闘が完全に停止しているというのがアレクには解せなかった。


「民間人を盾にされて動けないか……?」

 ラライ駅にはオリエンタル急行の職員達が居住しているという話はアレクも聞いている。

 それを人質にされるという事態は彼も予想していた。

 だが、本当にそんな事が起きたかどうかは確証が持てない。


「連弩に通信を繋げないか?」

「この距離だと難しいですね」


 源明に直接確認したかったが、それも無理な様だ。


(良いか? 目標地点に着いたらどんな状況でも敵本拠地に攻撃を仕掛けてくれ。我々はそれに合わせる)


 それが源明からの命令。

 というよりも要請であった。

 源明はあくまでヒノクニの指揮官であり、アラシア軍である100独立部隊についての指揮権を持っていなかったのだ。

 したがって、彼らの力を必要とするならば隊長であるアレクに要請を行い、彼がそれを承諾しなければならない。

 つまり、源明が第100独立部隊に直接命令することは出来ないという事だ。


 今回の作戦でアラシアの協力が必要と考えた源明は、アレクにラライ駅攻撃に加わるように要請したのである。

 しかし、通常と異なったのはこの要請を通信だけで終わらせ、正式な書類を作らなかったのだ。

 要は本来行われる手続きを行わなかった事になる。

 横着な奴だと思いながらもアレクは即座に承諾した。


「奴が言うには、具体的な状況の予想が立てられない。だから俺達の独自判断で動けって事なんだが……」

 果たして、現状の様に戦闘が完全に停止している場合も動いて良いものだろうか。


「どうします?」

 部下が尋ねる。


「いや、やるぞ」

 どちらにせよ、この駅を占領しなけれぱならないのは変わらないのだ。

 でなければ、それまで占領していた23区を放棄してここまで来た意味が無い。


「全機、高機動モードに切り替え。一気にラライ駅まで突っ切るぞ」

 アレクの声と共にそれぞれが乗るザンライやアジーレが立ち上がる。

 そして、アレク機を先頭に居住区へ向けて走り出した。


「各機、間違っても建物にぶつかったりコケたりするなよ」

 戦機が全速力で走ると稀に起こることをアレクが言う。

「そんなの素人だけですよ」

 隊員達の笑いが聞こえた。

 それはそうだとアレクも笑う。

 あの源明だってそんなドジを踏んだりはしない。

 腕利きを集めたこの部隊ではあり得ないだろう。


「見えてきた」

 居住区である。

 両端を建物に囲まれた道路には土嚢が積まれ、センサーに反応して自動的に迎撃を行う機関銃の姿も見えた。


「……!」

 アレクはそれが何であるかを判断する前に照準に捉えてトリガーを引く。

 ザンライの右腕に装備されたサブマシンガンが3発の弾丸を吐き出して無人機銃を破壊した。


「無人機銃か」

 撃墜してからアレクはそれが何であったのかを理解する。

 アレク機はそのまま残った無人機銃の間を走り抜けた。

 無人機銃はそれを追って銃口を動かすが、すぐに後ろから来たアレクの部下達によって破壊される。


「さて……、今の攻撃で敵もこちらに気付いたはずだが……?」

 アレクは自機を走らせながら敵がどう動くだろうかと思考を巡らせる。

 敵が普通の考えを持つなら迎撃部隊を向かわせるはずだ。


「隊長、こちらブラボー4。敵部隊に動きがあります。しかし、ヒノクニには動きはありません」

 ブラボー4はアジーレ電子戦仕様である。

 それに搭載された長距離センサーが敵の装甲戦力に動きがあったのを捉えたのだ。

 しかし、戦闘中のはずであるヒノクニには動きは無い。

 ここまで来れば、向こうもこちらの動きは捉えているはずなのだ。


「源明の奴め……」

 アレクは悪態をつく。

 もっとも、何も理由が無いのに動かないという事は無いだろうというのは分かっていた。


「ヒノクニはどういうつもりなんですかね?」

 部下の1人が言う。

「さぁな。しかし、大した理由も無く動かないという事も無いだろうよ」

 気持ちは分かると思いながらアレクは答えた。

 

「そんな事より敵の動きだ」

 今はヒノクニよりも目の前の敵である。

 こちらは3個分隊しかいないのだ。

 それよりも多くの敵が押し寄せてきたら勝ち目は無い。


「来てますよ。戦機が8! これは……、MBTが1!」

「戦車だと?」


 戦機にとって厄介な相手である。

 その主砲が直撃すれば、ただでは済まない。


「厄介な」

 アレクがそこまで言いかけた時である。

 ドゥッという轟音が響き、雑居ビルの1階の壁が吹き飛んだのである。


「戦車砲か! 建物越しに狙ってきやがった!」

 敵の戦車がこちらを建物越しに狙い撃ったようだ。

 アレク達はすぐにその場から散開する。

 それと同時に再度戦車が射撃を行ったらしく、今度は他のビルが音をたてて崩れていく。


「撃墜された奴はいるか?」

 アレクも当たるまいと自機を動かしながら部下の安否を確認する。


「アルファチームは全機健在です」

「ブラボーチーム。ブラボー4が当たりました!」

「撃墜されたのか?」


 ブラボー4は電子戦仕様機だ。

 撃墜されればこちらの索敵や通信に大きな影響がある。


「こちらブラボー4、左腕の盾が吹っ飛んだだけですよ」

「なんだ。……ブラボーリーダー、大袈裟な反応をするな」


 戦機の盾など戦闘中に破壊されない事の方が珍しいくらいなのだ。

 大声を出す程の事では無い。

 アレクがそう指摘して、他の隊員達から笑いが起きた。


「それにしたってアレはどうにかならないのか?」


 戦車は1両のみである。

 その為か主砲による射撃は散発的であった。

 それでも周囲の建築物を盾にしながら敵の戦機部隊に接近するのは難しい。

 

「射程内に入れば戦車をどうにか出来ます」

 そう答えたのはアルファチームの2番機であった。

 使用機体はザンライ。

 見れば装備しているアサルトライフルのマガジンを赤くペイントされた物に交換している。


「アルファ2、何だそれは?」

 見慣れない色のマガジンボックスである。

 そんな物があっただろうかとアレクは尋ねた。


「対戦車用の新型徹甲弾ですよ。この間の補給で届いていたでしょう?」

 アルファ2の答えにアレクは薄ぼんやりとそんな話を聞いていた事を思い出す。


「あぁ、あったなそんなの」


 まさかここで使用するとは思わなかった。

 このアルファ2もよく持ってきたのものだと関心する。


「とにかく、私が射程に捉えるまで援護願います」

「了解だ。各機、散開しつつアルファ2を援護しろ」


 アレクの指示と共に各機がビルの隙間を縫うように動きつつ、散開しながら敵に接近していく。

 戦車の砲門は1つ。

 その為に射撃間隔は長い。

 周囲は居住区という事もあり、障害物も多く、戦車よりも小回りの効く戦機にとっては優位な戦場であった。


「当たるかよ」

 アレク機の目の前で木造の民家が吹き飛ぶ。

 戦車が民家越しに狙ってきたのだ。

 しかし、アレクはそれを予想して動いていたので吹き飛んだ民家の一部が機体に当たる程度で済む。


「敵機接近!」

 いよいよ敵の戦機が射程内に入る。

 それは旧型のタイプβであり、アレクの乗るザンライから2世代前の機体であった。


「遅い!」

 タイプβはザンライやアジーレと違い、頭部が胴体と一緒になっている為に複合センサーが前面に付いていた。

 その機体の顔ともいえるセンサーがアレク機のサブマシンガンで破壊される。


「中尉が早いんですよ」

 誰かから突っ込みが入ると同時に他の敵機が撃破された。


「こちらアルファ2、MTBを射程に捉えました」

「了解。さっさとやれ」


 アレクの指示と共にアルファ2

のザンライがアサルトライフルを撃つ。

 銃口から放たれた新型の徹甲弾は敵戦車の側面装甲を貫く。


「仕留めた!」

 敵戦車が全身から黒煙が上がるのが見えた。

 砲塔上面のハッチが開き搭乗員が中から這い出てくる。


「よくやった! ……うわっ!」

 アレク機からの通信である。

 感嘆の声をあげたと同時に敵の攻撃を受けたらしい。


「中尉!」

 アルファ2はすぐにアレク機に向かおうと動く。

 しかし、その時には既にアレクは敵機を撃破していた。

 その隙に戦車に乗っていた搭乗員の姿は見えなくなる。


「ふー、やれやれ」

 アレクは危なかったと息をつく。

 そんな彼の乗るザンライの前にはレーザーカッターで両断されたタイプβが倒れていた。

 戦車が撃破された事で敵部隊は浮足立つ。

 そこを見逃す100独立部隊では無い。


「MTBは撃破した。攻めるぞ!」

 アレクは声を上げる。

 ザンライが走り、アジーレが後方から援護射撃を行う。

 イェグラードのタイプβは瞬く間に全滅した。










/✽/











「は? 第6守備隊が全滅?」

 その報せをイワンが受けたのはアレク達が件の部隊を全滅させて15分後のことであった。


「あそこにはMTBが1両あったはずだ」

 第6守備隊は主力戦車と戦機2個分隊の混成部隊であった。

 数こそ少ないが戦車を含めた火力は馬鹿に出来ず、敵が戦機のみの部隊であれば負けるはずがないのだ。


「いや、それよりもここは停戦区域だぞ。なんでアラシアがここにいるんだ?」

 ヒノクニとアラシアが手を組んでいるのは知っているが、何故このタイミングでやってくるのだとイワンは歯噛みする。


「妙ですよね。戦機10機そこそこで攻めてくるなんて」

 部下が言う。

「あの源明という男か……!」

 薄々感じてはいたが、おそらくはあの小山源明という男がアラシアの部隊をここまで呼び込んだのだろう。

 勿論、確証が無い。

 また本人に聞いても惚けられるだけで意味は無いだろう。


「しかし、ヒノクニとアラシアは指揮系統が別々に動いていると思っていたが……」

「基本、それぞれ独自で動いてますからね。あの2国は」


 部下の能天気な言い方にイワンは苛立ちながらもどうしたら良いかと思案を巡らせる。


「そういえば民間人はどうなった?」

「まだ、避難中ですよ」


 兵を進軍させるのとは訳が違う。

 やはり時間がかかるのだ。 


「とりあえずアラシアの連中にも呼びかけるぞ」

 そんな事をしても、この戦闘の結果には意味が無いだろうと思いながら言う。

 本来ならすぐにでも撤退したいところであるが、部下の手前そうもいかない。

 イワンはため息をつく。

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