105話 アレクと源明の891戦隊
アレクとの再会は全てが嬉しい事という訳では無かった。
その日の夜、源明は部隊編成について報告の為に訪れたアレクに告げられる。
「そうか……。両親は死んでいたのか……」
「あぁ。……悪かったな。最初に言っておくべきだった」
「いや……」
源明の両親。
つまり、トール・ミュラーの父親と母親はアラシア本国でテロに巻き込まれて死亡していたというのだ。
「いよいよアラシアに戻る理由が無くなったな」
源明は力無く言う。
いきなり両親の死と聞かされても実感は沸かなかった。
しかしアレクがそんな嘘を言う訳が無いので事実なのだろう。
「戻る……か?」
「私だって元はアラシアの人間だ。ほとぼりが冷めたら本国に戻るつもりはあった」
少なくとも実家と呼べるものがアラシア共和国にはあったのだ。
しかし、それが失われたとあれば戻る理由が無い。
「戦争のせいだ」
アレクが言う。
戦争が無ければテロも起こらず、トールも小山源明などと名乗ってヒノクニに来る事も無かったのだ。
「まぁな」
源明は上の空であった。
実感こそ沸かなかったが、それでも両親が自分のいないところで死亡したというのは大きな衝撃だったのだ。
「終わらせよう、俺達の手でこの戦争を」
アレクは思い付いたように言う。
「……何を言ってるんだ?」
ややあって源明が言葉を返す。
「俺達なら出来るさ」
アレクは不敵に笑って言うが、源明は無言のままであった。
「いや……、そこで黙るなよ」
何も答えない源明。
それを見たアレクの不敵な笑みは苦笑に変わる。
黙り込む気持ちは分からなくも無い。
「それが出来るかどうか分からないほど馬鹿じゃ無いぞ」
源明が言う。
やや呆れた様な言い方であった。
「……まぁな。兵隊になって結構経つ。おかげで色々なものが見えてくるよ」
戦争というのは、ただ敵を倒せば良いというものでは無い。
そもそも、敵というのは必ずしも同じ兵士という訳では無いのだ。
同じ陣営にも関わらず味方の足を引っ張る者、無能な上官、戦場の悪質な環境。
帝国の兵士よりも、これらの方が質の悪い敵ではないだろうか。
「それに、そんな実力が自分にあるかどうかくらい判断がつく年齢にもなっているだろう?」
アレクは中尉で源明は大尉である。
2人とも軍に入って8年になるのだ。
今年で24歳になる。
もう子供では無い。
社会や他人に対しての責任と義務を背負わなければならない大人なのだ。
「あぁ……。年齢を重ねると自分が出来る範囲が嫌でも分かってくるもんな」
アレクが言う。
学生の頃と違い、軍に入る事で様々な人間を見てきた。
それが何年も続けば、自分よりも全体的に能力の高い者や低い者、ある分野においては自分より遥かに優れている者など出会う事になる。
それらと比較すれば自分の能力というのは嫌でも分かってくるものだ。
「そういう事だ」
アレクの言葉に源明は全面的に同意する。
結局、2人は野心や理想の為で無く自分の命と生活の為に、この戦場を駆け回らなければならないのだ。
/✽/
「……だから、もう少し早く駆け付けられませんかねぇ?」
金髪の女性士官が嫌味ったらしく言う。
ヒノクニの第1小隊の隊長であるリリー・レーン少尉である。
「失礼。猪の世話は任務に入っていないので」
澄まし顔で答えたのはブラウン色の髪を持つ女性士官であった。
こちらはアラシア共和国の第1小隊の隊長であるサマンサ・ノックス少尉である。
前線のベースキャンプで2人は火花を散らしていた。
真歴1087年8月25日。
第8師団内第9独立部隊第1戦隊。
ヒノクニとアラシアとが合流した部隊である。
それぞれの指揮官であるアレクサンデル・フォン・アーデルセン中尉と小山源明大尉の2人の仲は良好であった。
しかし、それ以下の小隊長同士での仲は険悪であり、特にリリーとサマンサは何かにつけて口論をしていたのだ。
「私が猪ならそちらはチキンかしら?」
リリーはサマンサを挑発する。
「人間よ。少なくとも貴女の向かった先に伏兵がいる事くらいは判別がつくもの。……あ、ごめんなさい。獣程度の知能じゃ“伏兵”と言っても理解出来ないかしら?」
挑発されたサマンサもリリーを煽り返す。
実のところ、彼女は普段こそ冷静に見えるが、売られた喧嘩は高値で買い取る性格なのだ。
「そんな事はこちらも分かっているわ。そちらのポンコツ機体と違ってレーダーやセンサーが付いているもの」
ポンコツというのは間違っているとも言えない。
ヒノクニの鋼丸よりもアラシアのアジーレは単純なカタログスペックで劣っている。
「でも、その使い方が分かってないみたいね? 獣程度の知能じゃ仕方無いけど」
「あらあら、チキン頭は残念ね。私達の小隊とそちらの小隊を合わせれば伏兵ごと敵を殲滅出来る事が理解出来ないみたい」
今にも殴り合いになりそうな雰囲気である。
お互いの部下達は静かにそれを見守り、何時でも乱闘の喧嘩になっても良いように備えていた。
「おい、やめろ」
黒髪の女性士官がリリーを静止した。
ヒノクニの戦機部隊を指揮する小林亜里沙中尉である。
「サマンサも止めろ。喧嘩をするのは俺。それを止めるのがお前だろう」
サマンサを止めたのは赤毛の男性士官であった。
勿論、アレクである。
「済まない中尉」
アレクはこの人物にしては珍しく申し訳無さそうに謝罪する。
「いや、こちらこそ育ちの悪い奴なもんで」
謝罪された亜里沙は苦笑して言う。
「あ? アンタの脳味噌よりも育ちは良いつもりだけど?」
そしてリリーの矛先は亜里沙に向かう。
これはいつもの事であった。
「ははは。敵の数を数えられない女が何言ってんだ」
そして亜里沙もいつも通りに向けられた矛先に反撃を行う。
「なぁ、サマンサ。確かに敵の伏兵がいたのは事実だが、部隊移動速度が遅いのも事実だぞ」
何やら煽り合いを始めた亜里沙とリリーの横で、アレクはサマンサを諭すように声をかけた。
当の本人はこんな事をするのは自分のキャラじゃないと内心で思っている。
「なら、陸戦艇に引き篭もってる狸顔に言って頂戴。“使える”修理パーツと武器弾薬を寄越すようにね」
ヒノクニで使用されている部品や弾薬の規格はアラシアの物とは違い互換性が無いのだ。
物資の補給はヒノクニが担当しており、アラシア規格の物資は数多く入ってこないのである。
「一応伝えてあるさ」
しかし、どこまで対応出来るかは怪しい。
源明がでは無く、ヒノクニ軍がである。
かの国は独自の規格を持ち、それにしか対応するつもりが無いというきらいがあるのだ。
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「ラライ駅の制圧?」
連弩ブリッジの艇長席。
そこで源明は怪訝そうな顔をして言う。
ラライ駅というのはモスク連邦に点在する駅の1つで、連弩戦隊が展開している地域のすぐ側にある。
「だが、あれはオリエント急行の駅だろう?」
オリエント急行はルーラシア帝国、ヒノクニ、アラシア共和国、モスク連邦を繋ぐ鉄道である。
この戦争では実質中立を保っており、各国はこの鉄道を通して情報や物資のやり取りを行う事が多い。
「ええ、何でもイェグラードに制圧されたので解放して欲しいとのことです」
命令書を見ながら副艇長である城前が言う。
「やれやれ。この周囲の制圧だけで手一杯なんだが……」
先程、アレクから届いた補給要請の通信を思い返しながら言う。
「どうもその路線を使って我々に補給物資を送る予定もあるみたいですよ?」
城前は源明に書類を手渡す。
確かにそこには連弩戦隊への物資補給について記されており、このオリエント急行を利用して物資の運搬を行うとのことであった。
「なるほどね。……しかし、駅があるなら周囲の居住地の占領も考えないとな」
駅があるなら当然その周囲には人が住んでいる。
そこにいるのはオリエント急行に関連する者達で、所属としては中立だろう。
「敵の戦力予想は?」
「3個小隊と思われますが、出入りもあるみたいで正確な数は分からないですね」
とはいえ、居住地の占領した部隊と考えると小規模であった。
どうしたものかと源明は思案する。
「よし。一度進軍を停止して現在の戦線を維持。それで100と合流しているレーン小隊とウルシャコフ小隊は連弩へ帰還。100部隊は戦線の維持。連弩隊はラライ駅の占領を行う」
つまり、アラシアにこれまでの進軍ルートを維持させて、ヒノクニの部隊だけでラライ駅の占領を行うということだ。
「前線をアラシアだけに任せるのですか?」
大丈夫なのかと城前が確認する。
彼はアラシアの部隊をあまり信用していない。
「一緒に行動させてリリー少尉と向こうのノックス少尉がやり合うよりはマシだよ」
2人共もう少し大人だと思っていたが、そうでも無かったようだ。
「まぁ、確かに」
そう言われて城前も納得する。
ここで部隊同士の関係が悪化すれば、作戦どころではなくなってしまう。
「それと、アラシアからの補給だけど……」
源明はもう1つの懸念事項に話題を向ける。
「は」
城前が返事をする。
「鹵獲したタイプβやらγがあったろ? アレ全部くれてやれ」
「全部……、ですか?」
それは気前が良すぎるのではないかと城前は聞き返す。
「どうせヒノクニの規格じゃ互換性がロクに無いものだしね。それに比べて向こうのアジーレは極端な話、タイプβのガワだけ変更したようなものだ。上手く使えると思うよ」
「そういうものですか……」
城前は渋々であるが、その命令に従った手順を行う。
「これ以上、他国の士官に文句を言われるのは嫌だしね」
源明は冗談交じりに言う。
それに関しては、その通りだと城前も苦笑した。
「あぁ、でもアーデルセン少尉には手伝って貰いたい事があるんだ。奴らに通信を繋いでくれ」
「手伝ってもらいたいこと……」
城前はそう呟きながら100独立部隊へ通信を繫ぐ。
アレクサンデル・フォン・アーデルセン中尉はアラシアの兵士であった。
少し、アテにしすぎなのでは無いかと城前は思う。
「良くも悪くも、所属や出自を気にしないで信用出来るものは何でも使う」
そういう性格というのが小山源明であり、この部隊が編成されたのも彼のそういった気質からくるものなのだろう。
亜里沙やリリー、ウルシャコフなどを見ていればそれがよく分かる。
「だからこその危険もあるのだ。彼は分かっているかは知らないが……」
城前は通信機の前で何やら話し込んでいる源明を見ながら誰にも聞こえない声で呟いた。