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104話 友との再会

 真歴1087年8月20日13時35分。

 アレクは生まれて初めて陸戦艇というものを見た。

 全高約80メートル。

 高さだけで、おおよそ20階建てのビルが動いているようなものなのだ。


「縮尺間違えて作られてないか? 流石に大きすぎるだろ」

 見上げながらアレクが呆れた口調で言う。

「戦機なら1個中隊程度の機数は搭載出来そうね」

 誰かが80メートルの高さがあると聞いてサマンサも呟く。

 その陸戦艇はアレク達が占領した前哨基地、というよりも周囲の廃墟に存在する建築物よりも背の高いものであった。


「よーし、良いぞー!」

 陸戦艇の足元で誘導をしているヒノクニの兵士が叫ぶ。

 その陸戦艇が動きを止めると前方ブロックの扉が開き始めた。


「あそこがハンガーみたいですね」

 茂助である。

 初めて見る陸戦艇にやや興奮しているようだ。

「あのハンガーだけで50……、60メートルはありそうだねー」

 その横でメイが見上げている。


「昔の映画で出てきた怪獣と同じ様な高さですね」

 茂助は幼少期に見た映画を思い出しながら言う。

「戦機の高さがおおよそ4メートルから5メートルだ。やはり、縮尺間違えて設計されたんじゃないか?」

 アレクは腑に落ちないという顔で作業を続けるヒノクニの兵士達を見ていた。

 やがて、ヒノクニの兵士の中からアレク達に近寄ってくる者が現れる。


「お久しぶりです」

 逆さにした卵のような形の頭、麗に後ろで束ねられた黒髪、整った顔立ち。

 藤原千代である。


「あー、えっと……」

「藤原千代少尉ですね? お久しぶりです」


 名前を思い出せなかったアレクを横にサマンサが返礼をする。

 藤原千代は一時期、アレク達と仕事をしていた時期があった。

 まだ、トール・ミュラーが曹長としてアレク達を率いていた頃である。


「6年振りくらいですね」

「ええ。それよりも艇長が挨拶をしたいとの事です」


 微笑みながら千代が言う。


「中に案内してくれるんですか?」

 サマンサが尋ねた。

「ええ、アーデルセン中尉とノックス少尉の2人だけですけど」

 最新式の兵器を間近で見ることが出来る。

 多少なれど好奇心を持っている2人は、それを満たすことが出来ると聞いてテンションがあがった。


「まぁ、あまり面白味のあるものじゃありませんけど」

 アレクとサマンサは千代に案内されるがまま艇内に入る。

 

「お粗末な作りだな」

 アレクが開口一番に言う。

 艇内の壁には剥き出しのパイプや配電盤、外装やそれを支えるフレームなどが剥き出しになり、所々に何か走り書きがされているメモが貼り付けられていた。

 もっと未来的な光景を期待していたアレクとしては少々がっかりである。


「予算がどうしても……」

 千代が苦笑して言う。

「分かるよ。これだけ大きけりゃあね」

 この陸戦艇を動かすだけでも相当なコストがかかるのだろう。

 内装まで気を使う余裕は無いということだ。


「艇長はこちらに」

 そう言われて案内されたのは第2会議室と張り紙がされた扉であった。

「ン……」

 扉を開けて中に入る。

 小部屋であった。

 部屋の真ん中に机があり、それを挟み込む形で椅子が並んでいる。

 アレクが軍人になった時に受けた面接も、こんな部屋であった事を思い出す。

 向かい側の椅子には、深緑色で端々に金色の装飾がされた士官服を着用して、ティアドロップ型のサングラスをかけた男が座っていた。

 この陸戦艇の艇長だろう。


「初めまして……。いや、久し振りというべきかな?」

 椅子に座っていたヒノクニの艇長が立ち上がる。

「……?」

 2人は反射的に敬礼を返す。


 初対面のはずである。

 しかし、アレクはその男の気配ををよく知っていた。

 そして、その見た目と声である。

 それらは何処か懐かしさすら感じさせた。


「誰だ……?」

 確かにヒノクニには何人か知り合いの軍人がいたが、この艇長はその誰にも当て嵌まらない。

 そもそも、この男はヒノクニの軍人では無いとアレクの動物的な直感が告げる。


「よお」

 艇長はサングラスを外す。

「……!」

 アレクはその正体がすぐに分かった。

 だが、その事実をすぐには飲み込めずに何度も見ては思考と認識を繰り返す。

 収まりの悪い黒髪に丸顔、それに合わせたかのような丸くて大きい目。

 自身の持つ記憶よりも体格は良くなっている様だが、根本的なその男の雰囲気は変わっていなかった。


「トール……? トールじゃないか!」

 それは、かつて戦死したはずのトール・ミュラーであった。

 アレクにとっては上官であり、戦友であり、幼友達であり、兄弟あるいは半身といっても良い男であった。


「変わらないな、お前も」

 目の前のトールも笑って言う。

 しばらく見ていなかったアレクは相変わらずだ。

 燃えるような赤毛に鋭いエメラルドグリーン色の眼。

 整った顔立ちは男前の映画俳優顔負けであった。


「生きていたのか……!」

 アレクはトールの肩を叩いて、かつての友情を確かめる様に抱擁する。


「まぁ、何とかな」

 それまでアレクの心は鈍い鉛色をしていた。

 しかし、死んだと思っていたはずの親友、あるいは兄弟分であるトールが再び現れたのだ。

 その喜びはアレクの鉛色の心を一気に晴れさせて、明るい銀色に輝かせたのである。


「といっても、今の私は小山源明大尉だ。トール・ミュラー少尉では無いよ」

 源明はそう言ってアレクから離れる。


「どういう事か説明してくれるかしら?」

 アレクと一緒に来ていたサマンサが言う。

 ただ、その眼は丸いままで動揺しているのがよく分かる。


「勿論だ少尉」

 肩まで伸ばしたブラウンの髪、グレーの瞳に冷たい雰囲気の美人。

 彼女も変わらないなと源明は答えた。


「さて、何処から話したものかね……?」


 全ては真歴1082年12月1日に遡る。

 アグネアと呼ばれる大量破壊兵器が見付かったのが全ての原因だ。

 それはヒノクニの遺跡から発見された。


「ああ、忘れるわけが無い」


 遺跡ではヒノクニの戦史研究科の部隊と、アラシアの民間団体が協力して発掘を行っていた。

 しかし、突如そこへルーラシア軍による攻撃を受ける。

 救援要請を受けた小山源明こと、トール・ミュラー少尉はアレク達を率いて遺跡に向かったのだ。


「そこで我々は敵を退けたが、アグネアは既に起動していた」

「で、お前は遺跡に残って少しでも被害を少なくしようとしたアグネアを操作していた訳だが、結局は爆発してしまう。そしてトール・ミュラー少尉は逃げ切れずに戦死……。二階級特進となっていたはずだが……?」


 しかし、こうしてトールは生きていた。

 未だに信じられないが現実であった。


「遺跡内部に核シェルターがあったのは覚えているか?」

 源明が尋ねる。

 彼らが向かった遺跡はアグネアの発射基地であり、万が一報復攻撃を受けた時の為に核シェルターも存在したのだ。


「あったな」

 当然、それはアレクも憶えている。

「あの中に1つだけ修復してあったのがあったろう? そこに隠れてやり過ごした」

 もっとも、それで助かる確信は無かったと源明は苦笑した。


「待て待て待て。確かにあそこでお前の機体は発見したが、黒焦げだったぞ? しかも、遺留品もあったはずだ」

「表向きにはな」


 確かに核シェルターからトールの機体は見付かったが、高熱でボロボロになっていたのだ。

 記録上、トールは戦機に乗って核シェルターに避難。

 しかし、肝心の核シェルターがアグネアの爆発に耐え切れずに戦死したと結論付けられている。


「……シェルター内で機体を自爆させたのね? 中に遺留品を残すようにして」

 サマンサが口を開く。

「そういう事。そうすればシェルターはアグネアの爆発に耐えられなかったように見せる事が出来るからね」

 源明は短く答えた。


「どうしてそんな事を?」

 アレクが尋ねる。

 当然、そこには意味があるはずだ。

「トール・ミュラーは死ぬ必要があった……、ということね?」

 源明よりもサマンサが先に答える。

 彼女の頭は相変わらずカミソリの様に切れると源明は笑う。


「ま、そういうこと。ここから先を聞くなら、それなりに覚悟してもらう必要があるよ?」

 源明はニヤリと笑う。


「聞かせろ。あの場にいた俺達にはその権利がある」

 躊躇うことなくアレクが答えた。

 サマンサとしては知らない方が良いのではとも思うが、知的好奇心は事実を知ることを望んだ。


「そうか」

 源明はそう言うと千代に視線を向ける。

 事実を話すぞという合図であった。

 千代は一瞬眉を顰めるが、軽い笑みに表情を変えて言う。

「艇長のお好きに」

 話しても良いということである。


「あぁ」

 それから源明はそれまでの経緯を話し始めた。


「アグネアの暴発はアラシアによって仕組まれていたんだ」

「何?」


 源明の知っている経緯としては、ヒノクニが遺跡から大量破壊兵器であるアグネアを発見。

 その後、同盟国であるアラシア共和国とその扱いについて協議を行った。

 結果、アラシアは民間の遺跡発掘団体を派遣、ヒノクニの戦史研究科と共同で発掘する事に決まったのだ。

 目的は2国でアグネアのデータを独占する事で、それを持たないルーラシア帝国を降伏させる事である。


「だがルーラシアはその遺跡に現れた」

 アレクが言う。

 何処から聞きつけたのかは分からないが、ルーラシア帝国はその遺跡に部隊を差し向けてきたのだ。


「それなんだ」

 本来であればアグネアの発見は最重要機密である。

 それを何故、ルーラシア帝国は察知したのか。


「おそらく意図的に情報は漏らされた。……しかもアラシアの手によってね」

 そう言いつつも源明はルーラシアは初めからアグネアの存在を知っていたのではないかと疑っていた。

 本人は知らないがそれは事実である。しかし、裏付ける証拠を持つ人物はここにはいない。


「意図的だと?」

 源明はルーラシア帝国軍の襲撃について、襲撃部隊のタイムスケジュールなどが記載された書類を発見していたのだ。

 それはアラシアの調査隊から手に入れた物であり、間違い無く事実であった。


「あれは調査隊なんかじゃない。アラシア軍の諜報機関だよ」

 つまりアグネアのデータを入手する為に軍から送り込まれたという訳だ。

 そして、最終的な目的はアグネアのデータをアラシア共和国が独占する為である。


「穏やかな話じゃないわね」

 サマンサが苦々しい顔になる。

 

「分かるか? ルーラシアは意図的に呼び込まれたんだ」


 つまりルーラシアを遺跡内部に誘い込み、その混乱に乗じてアグネアを起動させる。

 その爆発は全てを消し去ってしまうが、その前にデータだけを秘密裏に吸い上げて、アラシア共和国に持ち出そうという予定だったのだ。

 そしてアグネア起動に関してはルーラシアの仕業と言ってしまえば、アラシアに責任がかかる事は無い。

 こうしてヒノクニはアグネアを発掘する事は叶わず、アラシア共和国のみがそれを手に入れる事が出来るという魂胆だったのだ。


「まぁ、結局は遺跡内部で諜報部と帝国軍は交戦してどちらも全滅。アグネア本体もデータも全て消失した訳だ」


 源明は肩を竦める。


「で、実際のところは?」

 サマンサである。

 疑うような視線を源明に向けた。

「どういう意味かな?」

 源明は不敵に笑う。


「事実を知った貴方はアラシアに戻るに戻れなかった。それは間違い無いわね?」

「そりゃあね。この話は下手すりゃ国際問題で戦争どころじゃなくなるかもしれない。そんな情報を持った兵士を政府がただで置く訳が無い」

「だから貴方はヒノクニへ保護を求めた。……でも手ぶらではヒノクニはそれに応じる訳が無い」


 その為には何かしらの取り引き材料が必要だ。

 それもヒノクニがアラシア共和国やルーラシアに対してイニシアチブを取れる様なものである。


「まさかお前……」

 アレクの眼が細められる。

「そうだ。遺跡内部でのデータを取り引き材料に使った」

 その言葉だけを聞けばヒノクニはアグネアを入手した様にしか聞こえない。

 それは1国のみが大量破壊兵器を手にしたという事であった。

 流石にアレクとサマンサは鼻白む。


「まぁ、蓋を開ければとんだペテンでしたけどね」

 千代がクツクツと笑って言う。

「ペテンでは無いさ」

 源明もニヤリと笑う。


「ペテンだって?」

 どういう事だとアレクは疑問の声をあげる。


「艇長がヒノクニへ渡したデータの中にアグネアに関する物が全く無かったんですよ」

「何だと?」

「初めはアグネアのデータを持っている風を装って亡命してきたんです。……で、いざ身柄を確保して正式にヒノクニの戸籍を与えたのは良いけど、艇長が持ってきたデータを見ると肝心のアグネアに関しては何も無かったんです」


 千代は面白そうに答える。

 一緒に勤務していた時は垢抜けない雰囲気の曹長だった人物が、しばらく見ない間にこの様なペテン紛いの事をやったのだ。

 端から見る分には中々愉快な話しである。

 

「じゃあ、軍事力のパワーバランスが変わる訳では無いという事ね」

 サマンサは胸を撫で下ろす。

 現状において、アグネアを手に入れた国があれば戦争は終わるだろう。

 しかし、第2のルーラシア帝国が出来上がるのは間違い無い。


「なら、お前は何を持ち帰ったんだ?」

 確かにアグネアのデータは無かったのかもしれない。

 しかし、遺跡から何かを持ち帰ったのは間違いだろう。

 その内容は一体何であるか、アレクはそこに興味が沸く。


「ああ。地上戦艦やメーサー光線なんかの世界崩壊前の兵器に関するデータが主だね。後は歴史的な資料と今回の顛末についての証拠書類を数枚だ」


 それを聞いてアレクは苦笑し、サマンサは呆れた様な顔をする。

 大量破壊兵器であるアグネア程では無いが、地上戦艦もメーサー光線も戦況に与える影響は少なくない。

 また、今回の顛末についての証拠書類だが、これをアラシア共和国に突き付ければヒノクニは政治的にも優位に立つことが出来る。

 アグネアのデータこそ無いが、取引材料としては充分であろう。


 無論、そうでなければヒノクニ政府も源明の取引に応じる訳が無い。

 また、そこまでの駆け引きをやってみせた源明に2人は驚く。

 彼らの中での小山源明は、かつての怠惰でやる気の無い小隊長であるトール・ミュラーでしかなかったのだ。


「あぁ、分かった。お前が何故陸戦艇の艇長なんぞをやっているか」

 そんなやる気の無い少尉がいつの間にか大尉になって陸戦艇の艇長をやっている理由である。


「そんなペテンをした当て付けだな。大方、この新兵器を使うならデータを持ってきた張本人がやってみろとかって言われたんだろ」


 アレクの言葉に源明は苦笑した。

 当たらずとも遠からずである。


「当て付けはあるだろうね。それ以上に前線で私が戦死すれば後始末が楽っていうのと、ヒノクニ内部に潜入しているアラシアの諜報員も接触をしにくいっていうのが主だけど」

「VIP待遇だな」


 アレクはククッと意地の悪い笑みで言う。


「ある意味ね」

 やれやれと源明はため息をつく。

 そして、少し前を開けてから口を再び開く。


「とりあえず、これで事情は分かってくれたな? 今の私はヒノクニ陸軍第8師団第9独立部隊所属陸戦艇“連弩”の艇長、小山源明大尉という訳さ」

「よく分かったよ源明艇長」


 アレクはおどけた様に敬礼をしてみせた。


「さて、ここからはいよいよ仕事の話だ。お前達にはカーゴを渡す。ハンガーと簡易居住ユニットを合わせたものだ」

「陸戦艇のハンガーは使わせてくれないのか?」

「最新の兵器だ。機密やら軍規やら色々ややこしいんだよ」


 やれやれなどとアレクは肩をすくめていたが、横にいたサマンサは彼の変化に気が付く。

 それまでアレクは、その場をやり過ごす事が出来れば良いという柔らかい雰囲気を出していたのだが、今のアレクの眼にはギラギラとした野性味が感じられる。

 かつて、トール・ミュラーの下で戦っていた時と同じ眼であった。


「こいつは面白くなってきた」

 陸戦艇から戻る途中でアレクは愉快そうに笑う。

 今まで眠っていた彼の本質が戻ってきたのだ。

 その鋭い眼を見ながらサマンサはそう思った。

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[良い点] アレクよかったなぁ!再会出来てよかったなあ! この話を読むまで「もしかしてすれ違ったまま会えないじゃ……」って不安だった気持ちが吹き飛びました!
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