102話 891戦隊と100独立部隊
ヒノクニ陸軍第8師団第9独立部隊。
その第1戦隊。
通称“連弩愚連隊”。
それが小山源明率いる部隊であった。
今回はヒノクニと共同でイェグラード共和国に攻撃を仕掛けるのが任務となっている。
使用する陸戦艇は“連弩”。
ヒノクニの陸戦艇の中で、一番最初に実戦投入されたものである。
武装は収束型メーサー砲、120ミリ2連装砲、CIWS。
更に無理矢理後付けされた垂直発射型の対空防御用ミサイルランチャーが搭載されている。
それは陸上戦艦として設計されたものだ。
しかし、生産コストが高く、戦場での損傷率の割に戦果が挙げられない事から連弩型の生産は打ち切られていた。
現在は後方支援と部隊指揮を行う移動基地として設計された“流馬”が中心となって生産されている。
「準備は完了したな?」
「はい。いつでも行けます」
「じゃあ行こう。途中でアラシアの連中も拾ってくぞ」
「了解」
連弩の艇長である小山源明大尉が最終確認を行うと、巨大な陸戦艇が進み始める。
「良い眺めですな」
副艇長である城前忠夫中尉はブリッジの窓から巨大な連弩が進んで行く様子を見て呟く。
「これが旅行なら良かったんだけどね」
これから行くのは戦場である。
源明は嫌になるよと答えた。
「でも、到着するまでは時間もありますから……、その間くらいは旅行と思ってみてはいかがです?」
源明の副官業務を行っている藤原千代少尉が苦笑しながら言う。
「そうはいかないだろうね」
前回の戦闘から、源明の部隊内で人員の配置転換や補充があったのだ。
移動中にそれらの兵員を中心とした訓練を行う必要がある。
しかも、連弩に所属している部隊は以前よりも少なくなっているのだ。
「ソンハ少尉の部隊が外れましたからね……」
これまで源明の元で歩兵部隊を率いていたチェ・ソンハ少尉が昇進して、参謀本部に転属となったのだ。
それに伴い、彼の率いていた部隊は解散。
そのまま、代わりの部隊が配属される事なく連弩隊は戦場に戻る事になったのだ。
つまり、連弩に所属する部隊は3個小隊となる。
第1小隊はリリー・レーン少尉率いる戦機小隊。
第2小隊は新規に小隊長となったクック・クック少尉の戦機小隊。
この2つの戦機隊をまとめるのが小林亜里沙中尉である。
そして、オットー・ウルシャコフ少尉が指揮する歩兵小隊。
この3つの小隊が連弩の実戦部隊であった。
「カーゴは着いてきているか?」
源明が尋ねた。
カーゴとは物資運搬用の移動式格納庫の様な物である。
連弩や流馬の格納庫ブロックと同じくらいの大きさで、移動に必要な機関部が搭載されており、陸戦艇がそれを引っ張る様に移動するものだ。
あくまで運搬用であり、機関部以外は何も搭載されていない空っぽの巨大な箱である。
今回はアラシアの部隊をそこに搭載する為に連弩隊で使用する事になったのだ。
「カーゴ側の機関部は連弩の機関部と同調して動いています。問題ありません」
機関士長が答えて源明は満足そうに頷いた。
「艇長」
ブリッジ内にウルシャコフが入ってくる。
その手には何やら書類の束が握られていた。
「何か?」
書類手続きは全て終わったはずだと源明は怪訝そうな顔で答えた。
「艇が出る直前に渡されたんですがね」
ウルシャコフはそう言うと書類を源明に渡す。
それは合流予定であるアラシア陸軍部隊のリストであった。
「あぁ……、中佐に頼んでいた奴か」
アベルに合流部隊はどういったものか調べて欲しいと頼んでいたのだ。
もっとも彼が忙しいのは分かっていたので期待はしていなかった。
だから、これが届いた事に少々驚く。
「これは……!」
だが、合流する部隊を知った時に源明は更に驚くことになった。
合流部隊はヒノクニ陸軍第10師団第8大隊第100独立部隊。
指揮官はアレクサンデル・フォン・アーデルセン中尉である。
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「ヒノクニと組むのは久し振りだな」
オリガから命令書を受け取ったアレクは何処か懐かしむ様に言った。
「貴方達はヒノクニの陸戦艇部隊と合流してアーニア市の制圧を行ってもらうわ」
対するオリガはイェグラード共和国には何の興味も無いという様に澄ました声で言う。
「ここの市長はイェグラード共和国をよろしく思ってないという話よ。上手く立ち回れば協力が得られるかもね」
「市長……? ここには民間人もいるって事ですか?」
「おそらくは……、まだ民間人を集団疎開させられるほど体制は整備されてないんでしょうね」
「なら、立ち回れと言われても……」
民間人がいる市街へ攻撃したことは1度も無い。
立ち回りなどと言われてもどうしろと言うのだ。
アレクは「むぅ……」と呻き声を漏らす。
「ヒノクニの指揮官と上手く話し合って、歩調を合わせることね」
「俺は戦機のパイロットです。壊すのは得意ですが、交渉事は管轄外ですよ」
「なら交渉事も勉強しなさい。階級が上がればパイロットだけをやってるという訳にもいかないわよ?」
だから昇進などしたくなかったのだ。
アレクは不満そうな顔を見せる。
しかし、それ以上オリガには取り付く島もないので、素直に命令を受諾するしかなかった。
「やれやれだ」
そう呟いてオリガの執務室から出ると目の前にサマンサがいた。
「新しい命令は?」
彼女もオリガと同じ様に無愛想な表情で尋ねる。
それでもアレクにとって幾分か柔らかく思えるのは付き合いの長さだろうか。
「ン……」
見た方が早いとアレクはサマンサに命令書と任務の詳細な書類を渡す。
「そもそも、この陸戦艇の艇長か? “小山源明”って何者だ?」
アレクは尋ねながら歩き出す。
サマンサはその左側を半歩遅れて付いていく。
渡された書類をペラペラと捲りながら目を通す。
「この書類だと、陸戦艇の艇長で階級は大尉ってあるわね。……士官学校卒業では無いみたい」
サマンサはヒノクニ側の詳細が書かれたページを読む。
「実戦の叩き上げか?」
よくは分からないが“艇長”などと呼ばれる人物が士官学校出身では無いというのは珍しいのではないか?
少なくともアラシアの海軍で艇長だの艦長だの呼ばれる人物は士官学校を出ているのがほとんどのはずだ。
「うーん、この書類には名前と階級くらいしか書いてないわね」
「何だそりゃ」
「あ……、でも戦機を2機撃墜したって個人スコアがあるわ」
「……ますます分からないな。艇長だろそいつ。なんで個人の撃墜スコアがあるんだよ」
「さぁ……」
2人は首を傾ける。
彼らは小山源明が戦機のパイロットであり、かつてのトール・ミュラーであることなど知る由も無かった。
「それにしても、まだ新型のザンライに慣れてないのに前線にいくなんてな」
第100独立部隊には新型の戦機であるザンライが配備されたばかりだ。
何度か演習をしているが、それまで使ってきたアジーレの現地改修機などとは勝手が違い、まだ慣れていなかったのだ。
「アレク中尉!」
声とともに黒髪の整った顔立ちの男が駆け寄ってきた。
部下である源茂助少尉である。
「どうしてここに?」
今、アレク達がいるのは中隊長以上の者が勤務している区画である。
それより下の者は呼び出しを受けない限り用の無い場所なのだ。
「そんな事より、新人のヤーガソンがやらかしたした。発注ミスですよ」
茂助は苦笑しながら言った。
それを聞いたアレクは途端に苦々しい表情を浮かべる。
「発注ミス? 部品が届かないのか? それとも弾薬か?」
「はい、いいえ。逆です。ダミーバルーンが大量に届きました」
ダミーバルーンというのは特殊なは素材で作られた風船である。
その形状や大きさ、バルーンに取り付けられたビーコンからレーダーやセンサーを戦機と誤認させる事が出来る兵器である。
「あって困るものではないが……」
どちらかといえば陣地防衛などに用いられる事の多い兵装だ。
攻撃任務の多い100部隊では使用機会が限られてくるだろう。
「予算の無駄使いよ」
サマンサが厳しい口調で言う。
「これから新しい任務だっていうのに……」
自分の率いる部下は戦闘ばかり得意なっており、こうした雑務が苦手な者がおおいのだろうか。
もし、そうであるなら問題だとアレクはため息をついた。




