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100話 源明と新たな任務

 真暦1087年8月10日。

 ヒノクニ首都、トキオシティ。

 小山源明はこの都市にある防衛省本部ビルにやってきていた。

 上官であるアベル・タチバナ“中佐”から新しい作戦の説明があるからだ。


「昇進したんですね」

「おかげさまでね」


 アベルはここ最近の戦果が評価されて昇進していたのだ。


「まぁ、いずれ君も昇進する事になるかもね」

「自分は大尉でも充分なくらいですよ」


 これ以上の面倒事は抱えたくないと源明は否定的な態度で答えた。

 そんな挨拶を交わすとアベルは早速本題に入る。


「イェグラード共和国攻略作戦?」

 イェグラード共和国とは、大陸北部で起きたクーデターの首謀者であるイェゴール・ミルスキーが新たに立ち上げた新政府である。

 といっても、未だに政府は完全なものとなっておらず、各地では旧政府軍との小競り合いが起きていたが。


「そう。旧政府……。モスク連邦とアラシア共和国、ヒノクニは同盟を結んでいるからね」

 ビルの一室の中。

 アベルはデスク越しに答えた。背後の窓からは灰色の曇り空が覗いている。


「つまり、旧政府軍に協力してイェグラード共和国を倒せと?」

 イェグラード共和国はルーラシア帝国軍と協力関係にある。

 それは確かに厄介な話だが、ヒノクニはイェグラード共和国から地理的に離れており、わざわざそんな事に協力する必要がある様には思えない。

 源明は怪訝そうな顔を見せる。


「勿論、アラシア共和国も加わるから三国で協力することになるね」

「肝心のモスク連邦は形骸でしょう?」

「かもしれない。一応、イェグラード共和国内の各地にはレジスタンスがいるらしいけど……」

「アテになりませんね」


 源明はアベルの歯切れの悪い答えに嘆息する。

 そもそもクーデターで倒されたということは、その政府は市民からの支持率が低かったといえる。

 その様な政府に味方する必要があるのだろうか。


「一応、この作戦にはヒノクニから第5師団と第8師団、アラシアからも2個師団が出ることになっている」

 全部で4個師団。

 更にモスク連邦の残存戦力が加わる事を考えると中々の規模である。


「確かに、ルーラシア帝国と例のイェグラード共和国とやらが組むのは厄介ですがね……」

 そこまでやる必要はあるのかと源明は思う。

 イェグラード共和国がある程度軌道に乗ったところで、政治的な交渉をするというのでは遅いのだろうか?

 そこで源明は少し思案する。


「で? 本当の目的は何です? たかが亡国の協力をするだけなのに、そこまでやる理由は無いでしょう?」


 源明は目を細めて言う。

 そもそも、同盟関係にあるとはいえ、モスク連邦自体は何をするか分からない国であった。

 それがクーデターで倒れたにも関わらず支援するというのなら、何か理由があるはずなのだ。


「……君、変なところで鋭くなるね」

 図星であった。

 アベルは困った様な表情を浮かべる。


 小山源明大尉といえば、仕事をほとんど部下に丸投げして、自分は何もしないという評判で有名なのだ。

 部隊運営も副艇長や各小隊長達が中心となって行っていると言っていい。

 

 源明自体を単純に指揮官としての数値だけで評価すれば無能に該当するだろう。

 にも関わらす、この人物は今回の作戦に何か裏がある事を嗅ぎ付けたのだ。


「一応、一兵卒からここまでやってきてますからね。少しは鼻も効くようになりますよ」


 元々、源明はアラシアから機密情報を持ち込んで亡命してきている。

 その後、とある政治家の養子となったり、海の物か山の物かも分からない新兵器を任されるなど、特殊な状況の中をここまでやってきたのだ。

 おのずと視野は普通の軍人とは異なるものとなり、数字に現れないところが鋭くなっていた。


「まぁ、隠していても仕方ないか……」

 アベルは苦笑しながら言う。

 どうやら裏があるという源明の直感は当たったらしい。

 だが、アベルの態度を見るに、いずれは分かる程度の事のようだ。


「今回の作戦は陽動だよ」

「陽動?」


 つまり、モスク連邦を救援する事に帝国の目を向けて、その間に何か他の作戦を展開しようという訳だ。


「ズーマン地域は知っているかい?」

「帝国の絶対防衛ラインでしょう?」


 そこはルーラシア帝国首都ジャンジラに続く地域であり、地域丸々要塞化されたような場所である。


「今、アラシア共和国とヒノクニで、あの地域の侵攻作戦が計画されているんだ」


 アベルの言葉に源明は眉を顰める。

 その話は以前に噂レベルで聞いたことがあったからだ。

 しかし、ズーマン地域の戦力は強大である。

 今のヒノクニとアラシアの全戦力を差し向けても、そこを攻略出来るかは怪しい。


「イェグラードとズーマン地域の二正面作戦をやると?」


 源明はアベルの言わんとした事を先んじて口にする。

 言ってみて、あまりに現実味の無い内容で馬鹿らしく思った。


「そうなるね。帝国は戦力を分散する必要が出てくるから、それぞれの防衛線も手薄になるはずさ」

「それ、本気で言ってます?」


 答えたアベルに対して源明は怪訝そうな顔で言う。

 たかが1地域に戦力を差し向けた程度で、どうにかなるほど帝国の戦力は少なくない。 

 その程度の事はアベルも分かっているはずなのだ。


「まさか。作戦を決めたのは上層部だよ」

 アベルは肩を竦めて言う。

「でしょうね」

 何か上層部にも考えがあって、この二正面作戦を立案したのだろうが、あまり良い結果になりそうにない。


「さて、状況は分かってもらえたと思う。ここからが本題だ。君達にはイェグラード攻略作戦に参加してもらう」

 つまり陽動作戦への参加である。

 ここまでの話からしてそれは当然の事だ。


「君はアラシア共和国の部隊と共にアーニア市の制圧にあたってくれ」

 つまり市街地の攻略と占領である。

 それは戦機や歩兵の得意とする分野であった。


「民間人はいるんですか?」

 源明が尋ねる。


 市街戦で一番気になるところであった。

 民間人が残っているなら、それを巻き込まないように慎重に事を進める必要がある。

 市民感情を考えての事である。


 都市を占領したは良いが、そこに住む民間人が反抗的な感情を持っていては、あまり宜しくない。

 戦中ではたまにある話なのだが、占領軍に民間人が反抗した為にそれを虐殺してしまうといった事案だ。

 そんな事は何としても避けたかった。


 特に源明は市民が残っているような市街地の制圧戦を経験した事がな無い。

 出来るなら避けたい任務であった。


「イェグラードはまだ完全に統率された国じゃないからね。民間人は残っていると考えた方が良いよ」

「厄介ですね」

「だから、君に頼むのさ。君なら民間人に近い視点でものを見る事が出来るだろう?」


 源明はアラシアの陸軍であったが、徴兵組では無く志願兵である。

 しかし、その志願理由は後方勤務で徴兵を逃れる為と、軍の事を決して良く思っていない人物であった。

 アベルはそこを評価したのだろう。


「他の部隊は血の気も多くて民間人を巻き込みかねない。他に信用できるのは大口大尉やスルガ大尉がいるけど、彼らは他に回す必要があるからね」

「占領後の事もあります。民間用の物資は必要ですよ」


 戦地となっている地域に住む民間人から、軍が物資を徴用するのはよくある事だ。

 占領後、民間人が餓えているというのも考えられる。

 そうなれば市民は軍に悪感情を抱くだろう。


「勿論手配するよ」

「あとはアラシアですね」


 源明はよく知っている事なのだが、アラシア共和国軍は徴兵された者が多く士気が低い。

 そういった者が本来守るべき民間人に手を出すという事件が多いのだ。

 ましてや、形式的には敵対国の民間人とあれば、占領後に何を仕出かすか分かったものではない。


「だからさ。アラシア軍は君の指揮下で動いてもらう」


 そこで源明の動きが止まる。

 彼は元アラシア軍の士官であり、機密情報を持ってヒノクニへやってきたのだ。

 当然、アラシアからは追われる身である。


「……それは、大丈夫なんですか?」

 源明は顔を曇らせながら尋ねた。

 一応、アラシアによる源明の捜索は既に打ち切られているが、実際は怪しい話である。


「一応、大丈夫なはずだよ。……それに、まだ追っていたとしても前線にいれば向こうも目立つ事は出来ないさ」

「戦死したと見せかけられるかもしれませんがね」

「それを防ぐ為に藤原少尉を君に付けているんだ。本来、彼女は既に大尉になっていてもおかしくないんだよ?」


 藤原千代少尉は通信士兼パイロットという扱いであったが、実態は源明の副官である。

 お目付け役と護衛の役割で配属されていたのだ。


「彼女の能力は知ってますよ」

「なら頼むよ」

「了解。連弩部隊はアラシアと共同でアーニア市制圧に向かいます」


 その後、何枚かの書類と手続きを終えて退室した源明を千代が笑顔で迎える。

 部屋の前で待ち構えていたのだ。

 そのニコニコした笑顔を見た源明は、何がそんなに愉快なのだろうと疑問に思う。


「どうでした?」

 千代が尋ねる。

「どうもこうも……」

 また新しい作戦だと源明は説明した。

 

「アラシアと共同ですか……」

 千代もそこに引っ掛かったようだ。

 アラシアにはかつての源明を知っている者がヒノクニに比べれば多いのだ。


「サングラスでもかけたらどうです?」

 千代は源明が艇長就任の際に、サングラスを買っているのを知っている。


「アレか……。何処にしまったかなぁ……」

 源明は首を傾ける。

 その後、思い出す事が出来なかったので、新しいサングラスを千代と共に買いに行く事になった。

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