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10話 昇進

 レアメタル工場奪還から3日が過ぎた。

 トールは上官であるランドルフ少尉に呼び出される。

 そこは民家を徴収して作られた司令室であり、基地の中では珍しくエアコンが効いている区画であった。


 エアコンの風が全身をなぞる中、デスクを挟んでトールとランドルフは向かい合う。

 ランドルフのアイスブルーの瞳がより冷たく感じられた。


 先日の戦闘でトールの部隊がとった行動は完全に命令違反である。

 更に貴重な発掘兵器を失ったのだ。どんな処罰が下されてもおかしくない。

 無論、そんな事態を避ける為に報告書には虚偽の内容を書いていた。


 流れとしてはトール、アレク、茂助が徒歩で偵察に向かい、奪還作戦の命令を受けたサマンサが3人を迎えに行く。

 その時、敵に見付かり戦闘になった。しかし“偶然”近くを通りかかったヒノクニの部隊の救援を受ける。

 だがそこへ集まってきた敵の数も多く、乱戦のままに工場へ侵入、そのまま戦闘を継続して工事を何とか制圧。

 発掘兵器は敵の手により破壊されたという経緯となっている。


 しかし戦機の通信記録を調べればそれが虚偽である事がすぐに明るみになるので、戦機そのものを自ら破壊して通信記録を隠滅。

 トール達の戦機は全て青い壊し屋との戦闘の末、撃破されたということになっている。


「報告書は読ませて貰った……」

 ランドルフの冷たい声にトールは思わず身体を強張らせる。


「……大胆な事をする」

 その言葉にトールは一瞬どういう意味が含まれているのか分からなかった。

 しかし、ランドルフが目を伏せるのを見て、自分の報告が虚偽である事をこの人物は見抜いているのだと思い付き、額から汗が流れる。


「まぁ、私も君と同じ状況だったらそうするだろう。乱戦になっていたようだしな?」

 ランドルフは皮肉っぽく嘲笑う。

「はぁ……」

 ここで初めてトールは声を出す。

 処罰は免れそうだ。


「大丈夫でしょ? 上としては制圧した場所をたった数日で敵に発掘兵器ごと奪還されましたなんて発表したく無いはずだし、ヒノクニも許可無くアラシアのテリトリーに入ったなんて知られたくも無いはずだわ。発掘兵器に関してだって、敵に壊されたなら致し方ないことだし、この報告書なら内容的に誰も損をしないわよ」


 書き上げた報告書の添削をサマンサに頼んだのだが、それを読んだ彼女が発した言葉である。

 ランドルフの反応を見る限り、この報告書は正解だったようだ。


「さて、君達には良い話と悪い話がある」

 ランドルフは意地悪そうな笑みを浮かべた。

「何です……?」

 それに対してトールは顔を曇らせる。


「良い話というのは、今回の戦果で君達は昇進する事が決まった。明日には新しい階級章が届くはずだ。君は曹長になる」

「それはどうも……。自分の部下はどうなんです?」

「あぁ、彼らも昇進して軍曹になる。……場合によっては彼らに分隊が充てられて、君がそれらの指揮を取る可能性もあるな」


 それは自分が背負う責任が重くなるという事か。

 トールは何処が良い話だと「はぁ」と気の無い返事をする。


「悪い話は来週の休暇が変更になった事だ。故郷に帰るのはしばらくお預けだな」

 トール達の分隊は週明けに1週間の休暇が与えられていた。

 この間に一度地元に帰る予定だったのだが、それが延期になったのである。


「……今回の戦闘で、我々の部隊は青い壊し屋によって何人もの戦死者を出したのだ。人員が足りないのだよ」

 でなければお前達を昇進させるものかとランドルフの目がトールに冷たい視線を向けた。


「了解です」

 トールは短く答える。

 相当数の戦死者が出た原因にはトールの判断も少なからず関わっていたからだ。


「自分達が生き残る為に味方を助けに向かわなかった」

 茂助が言った言葉を思い出す。

 しかし、助けに向かった所で戦死者を減らせたのか?

 それ程、自分達の能力は高いとはトールは思えなかったのだ。





/*/





「でも思うんですよ。あの時、我々が戻れば味方の何人かは助けられたんじゃないかって」

 整備テントの中、戦機の武器に使う弾薬に囲まれながら茂助が言った。

 1つ掴むと目を細めてプラスチック製の箱に投げ入れる。錆弾であった。


「無理だろう。時間を考えるとトールの言う通りに全滅した味方とそれに息巻いた敵に当たるだけだ」

 実際に戦ったアレクは青い壊し屋の動きを思い出す。

 よく生き残れたものだと我ながら感心していた。


「でもアレク伍長は互角に戦っていましたよ?」

 茂助は再び錆弾を見付けて箱に放り込む。

「互角? あれで互角なものか」

 あと1分でも長く戦っていたら、こちらがやられていたとアレクは目を細める。

 彼もまた錆弾を見付けて、それを引っ掴んで箱に放り込んだ。


「錆弾の選り抜きはどうかしら?」

 サマンサである。

 バインダーを脇に抱えながら2人を見た。


「ほとんど終わった」

 アレクがエメラルドの瞳を錆弾が詰められた箱に向けて答える。


「良い報せよ? 私達昇進ですって」

 軽い笑みを込めてサマンサが言った。


「軍曹にか」

「私達3人ね」


 それを聞いてアレクは肩を竦めてみせる。

 青い壊し屋こと李・トマス・シーケンシーを撃破したならともかく、苦戦した結果取り逃がしたのだ。

 それなのに昇進と言われても実感が湧かなかった。


「我らの隊長は?」

 アレクはむしろそちらの方が気になった。

 銃殺刑は無いだろうが、処罰の可能性は充分にある。


「いつも本を読んでるからかしら? 文才はあるみたいね。報告書の内容が評価されて曹長に昇進よ」

 サマンサは悪戯っぽく笑う。


「誤字脱字だらけでしょ?」

 そう答えたのは茂助だ。錆弾を詰めた箱を台車の上に載せる。

 彼は何度かトールのノートや日報などを読んだ事があったが、どれも誤字脱字が多かった事を記憶していた。


「そこは添削して直したわよ。……内容は問題無かったわ」

「そうかい」


 金属音が鳴る。アレクが最後に残っていた錆弾を箱に投げ入れたのだ。

 気付かなかったと茂助が視線だけで謝罪する。


「その肝心の隊長は何処です?」

 台車の取っ手に手をかけながら茂助が尋ねた。

「分隊長会議で昼寝中よ」

 やれやれとため息を交えたようにサマンサが答える。

 アレクと茂助は「あぁ……」と苦笑しながら顔を見合わせた。


「寝てばかりもいられないと思うよ?」

 妙に明るい女の声が聞こえた。サマンサの声では無い。


「メイ・マイヤー!」

 サマンサが喜びの声をあげた。


 メイ・マイヤー。

 やや癖のある髪と健康的な肌色を持つ、この女性はサマンサ達と同期のパイロットであり、サマンサの数少ない友人であった。


「どうしてここに? 確かあなたはもっと東側の戦線だったはずよ?」

 喜びのあまりにメイの手を取り上下に振りながらサマンサが尋ねる。


「いや、私の部隊が全滅しちゃって……」

「それは……、大変だったわね……」


 メイの心境を思い、サマンサの声が沈む。同時に握っていた両手を離す。


「大変なのはこれからよ。何たって昇進して分隊長になっちゃったんだもん」

 見ればメイの階級章は軍曹のものになっていた。

 軍服の肩にも分隊長を示すワッペンが付けられている。


「おめでとうございます」

 敬礼をして茂助が言う。

「ありがと…、昇進の理由が喜ばしくないけれど」

 メイは苦笑しながら答えた。

 彼のことを久々に見たが中性的な容姿は変わらないなと思う。


「部下には会ったのか?」

 アレクが尋ねる。特徴的な赤い髪とエメラルドグリーンの瞳が揺れた。

「書類で確認した程度かな」

 茂助と同じ様にアレクを見たのは久しぶりだが相変わらず印象的だと思いながら答える。


「でも駄目ね。皆、徴兵組だから技術も士気もたかが知れているわ」

 徴兵で集められた者達は、それぞれの兵科教育を半年受けた程度のものであり、戦力としてはアテにならない。

 更に、志願した訳では無いので士気も低いのが常であった。


「まぁ、ウチの隊長もその辺は似たようなものだけどな」

「でも成果は残してるよね?」


 味方を見捨てて、発掘兵器を破壊した挙句に青い壊し屋を取り逃がした上での奪還を成果といえるのだろうかとアレクは不満に思う。

 だが、そんな事実を言ったところでどうしようも無いのだが。


「成果を上げさせてるというのが正しいのでは?」

 そう言ったのは茂助である。

 それはあながち間違いでも無かった。

 トール自身は愛国心や出世欲などは持ち合わせておらず、戦果を挙げてそれらを満たそうなどとは露にも思っていなかったのだ。


「実際に作戦行動を考えているのはサマンサだし、戦闘も俺達がやっているからな」

 これまでの作戦行動を思い出しながらアレクが言う。

「まぁ、失敗した時に責任を取る人間は必要でしょ?」

 そう言ったのはサマンサだ。

「名前だけあれば良い感じですね、それ」

 呆れた様に茂助が言う。

 それに対して誰も否定はしなかった。


「戻ったぞー」

 そこへ気の抜けた声が聞こえる。

 トールが戻ってきたのだ。


「トール軍曹? よくこんな部下を率いてきたわね。裏切り者ばかりよ?」

 状況の分からないトールはメイの言葉に首を傾ける。

「いや? 裏切り者でも何でも仕事さえしてくれれば構わないよ」

 その間の抜けた言葉に4人は彼らしいと笑った。

 何の事かとトールは疑問に思いながら視線を動かす。


「あぁ、そうそう……。俺達の機体だが、しばらくは鹵獲したタイプβが回される事になった。あと来週の休暇が無くなった事と、整備班から14時までには選り抜いた錆弾を持って来いってさ。その後に俺達の機体が来るからそこで慣らし運転だな」


 トールは一気に言って辺りを見回すと右手を振って口を再び開く。

「んじゃぁ、俺は機体受領書を書かないといけないから、後よろしく」

 そう言うと、この隊長らしからぬ垢抜けない容貌の持ち主は背中を見せて早足で歩き去って行った。

 どうやら業務連絡をしに来ただけのようである。


「タイプβか……」

「訓練で使って以来ね」


 アレクとサマンサはタイプβの頭の無いシルエットを思い出す。


「あのデザインは好きになれないな」

 タイプβの頭が無いどこか間抜けなデザインが気に入らないアレクが憮然として呟く。

 アラシアのアジーレは兵器然として無骨であったが、上半身は頭があることから同じ人間のそれに近く、表情を感じられるそちらの方が好みであった。


「戦いは姿形でするものじゃないわ」

 対するサマンサは兵器というものは形では無く、コストが安く性能と使い易さが良ければ良いと考えており、アレクを嗜める様に言う。


「それはそうだろう。でもな……」

 勿論、アレク自身もそれは理解しているのだが、自分の命を預ける兵器なのだから形くらいは自分の好みに合わせたいと思うのだ。


「というか、隊長。さり気なく我々の休暇が無くなったって言ってましたよ」

「マジかよ。見たいテレビ番組があったのに」


 茂助の言葉にアレクは恨めしそうな声で答えた。


「アニメでしょ?」

「悪いのかよ?」


 見た目に合わない趣味を持つものだとサマンサは思う。

 むしろ、そういう趣味が似合うのはトールの方では無いだろうか?


「似合わないと思うわ」

 サマンサは思った事をそのまま口にする。

 それはアレク自身何度も聞いた言葉であった。


「よく言われるがどうでも良い事だ。そりゃあ昔はバスケやらベースボールやらをやってみたこともあるが……、面倒なだけで面白くはなかったな」


 幼少期には勧められるがままに色々とやってみたが、どれもが長続きしなかった事を思い出す。

 それなりに努力はして、ある程度の水準は満たしていたのだが、どうしてもそれ以上のやる気が起きなかったのである。

 理由としては、その場に一番の理解者であるトールがいなかったのという事が大きい。


 アレクは大概の事は卒無くこなす事が出来るが、それ故に勝ち気で他者を見下したような言動になる事が多く、周りとの衝突が絶えなかった。


 そういった時にトールはアレクと周りとの緩衝材としての役割を果たしていたのである。

 しかし、そんなトールがいない場になるとアレクと周りとの間に軋轢が生まれ、その事に嫌気が差して止めてしまうのだ。


「それよりも今はこの錆弾を整備班の所へ運びましょうよ」

 茂助のもっともな言葉にアレクは「そうだな」と答える。

 数日先の事よりも今やるべき事の方が優先だと、休暇の延期を頭の片隅に置いてそれぞれは仕事を開始した。

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