日常は破壊される
二人が部屋から出て行き、時間が少し経つのを待ち、二人の気配がこちらから知覚出来ない所まで行った所で藤山剛は溜息を吐いた。
「やれやれ……困った子供達だわい。片方は悩み過ぎて空転しとるし、もう一方はやる気の原因を忘れて何がしたかったかを忘れとるし。本当に若いのぉ……」
自分の若い頃もあんな風に空回りしたりしていただろうか。
美化しているだけのようにも思えるし、そんなものだっただろうとも思う。
年を取って耄碌したかなどとさっきの小僧は言っていたが、確かにその通りかもしれない。
あれ程、濃密だった過去を思い出すのに疑問形でしか語れないのだから。
やれやれ、ともう一度首を回しながら
「堅苦しい真似をさせたのぅ。出てきてもいいぞ?」
その発言と同時に、まずは部屋にあった人が入れるレベルの大きさの段ボールが持ち上がり、そして飛んだ。
厳密に言えば、段ボールの中にいた人物が段ボールを投げ捨てたのだ。
「あ、ど、どど、どうも、す、すいません……」
その中にいたのは間違いなく人族の人であり、態度から見て気弱なイメージを生れさせるものであった。
顔も少し童顔な形であり、髪は黒髪に多少の白が混じっているようなのだが、拘りでもあるのか髪は肩まで伸ばして、後ろで纏めている。
身長は凡そ、160後半といったところであり、服装は拘ってないようで全身真っ黒のスタイルだ。
ただ、一つだけその気弱なイメージを塗り替える物が腰に差されていた。
それは刀であった。
鉄の拵えをした普通の刀であるのだが……同時に余りにも時代背景に溶け込んでいないようにも思える一品であり、それがこの気弱な少年が持っているのが最早、異様の一言であった。
次に現れたのは
「中々、面白い子だったわねぇ?」
見た目を端的に言うのならば黒髪褐色肌の女性というものであった。
服装は黒を基調とした……端的に言えばゴスロリチックな服装であり、多少、小柄なのが逆に似合っているのだが体の局所の大きさが逆に目立つ結果になっている。
それだけなら普通の少女に見えたのだが、現れた場所が異様であった。
彼女が出てきた場所は部屋の隅であり、そこは家具の配置などの要因で多少、影がかかっていたが……かかっているだけでとてもじゃないが人が隠れるような場所は存在しない。
少女どころか赤ん坊ですら隠れる事も出来ない場所から、まるで彼女は影から生まれたかのように出てきた。
『───うむ。吾輩、起動なり』
すると今度は置物であると思われていた鎧のような機械人形の目に光が灯り始めた。
起動音を鳴らすという不手際など見せずに、大きさという意味だけならば恐らくこの場でトップの2メートルくらすの機械人形が立っている姿勢から動き始める。
そのまま機械人形は今度はわざとらしくグイングイーーンと音を鳴らしてわざとらしく蒸気を吐き出したりしている。
微妙に高性能な振る舞いを藤山は見ながら、とりあえず周りに聞いてみる。
「どうだったかね? 今の少年は?」
その返事に、まず最初に返事をしていたのは刀を持った少年だった。
「す、す、凄い頭がいい、人だとお、思いました……そ、それに……他のお二人は、ばれていなかったようですけど……僕はばれていた、みたいです……」
「ほぅ……それはそれは」
藤山は知っている。
この見た目、気弱な少年が見た目に反して武威という意味でならばこの場でもトップクラスであるという事を。
少なくとも近接において彼を超える猛者は中々いない。
だからか。
得意な技ではなかったとはいえ隠密が見破られた事に少年は少し、興奮したかのように顔を赤らめ
「───足があれば斬りたかったです」
などと色々と問題発言にしか聞こえない事を本気で残念そうに呟くのを苦笑する。
彼がこういう人間である事も知っているし、そういう事も含めてスカウトしたのだから今更どうこう言うつもりもないし、問題もない。
「他の二人はどうかね?」
『おっと……今、吾輩はログを読み終わった所なのですが……吾輩視点だと感情で物を言えないので何ともと言った所ですなぁ』
「まぁ、君達からしたらそういうものか」
「私からしたら中将と一緒で若いわぁ、と思うわぁ……あの娘の事も含めて悩んでいる若人ってもう可愛くて仕方ないのよねぇ?」
つまり、一人を例外に除けば好印象だったという事だろう。
うむ、と笑いながら、そういえば吸っていた煙草を棚から灰皿を取り出して押し付ける。
その仕草に機械人形の視線がこちらに向く。
『そういえば中将、煙草をお吸いになられるのですな。今まで吾輩のメモリーにはなかったので』
「ああ……儂も長い間、禁煙……というか吸う気がなかったのじゃが、思わず懐かしくなって吸っちまったわい」
「な、懐か、しい……?」
「昔の話じゃよ、高原君」
高原と呼ばれた少年は小首を傾げるだけで、とりあえず続きは自分が聞く事ではないと思ったのか、そのまま何も言わなかった。
有難いと思うも、それを言ったら蒸し返すも同然な事なので話題をシフトさせる。
「そういえば、そろそろ九鬼君が帰って───」
「俺がなんだい?」
「あら?」
ヒョイ、とゴスロリの少女の背後から彼女の胸を揉むと同時に現れた少年に顔を赤くしたり、凝視モードになったり呆れたりしながらそちらに振り向く。
そこにいるのは身長180に近い、少年であり見た目だけで言うならある意味でこの中で一番派手な少年であった。
髪は染めた金髪であり、耳にピアスをつけ、赤いコートを着たあからさまなファッションを着たそういった人種なのではと誰もが想像してしまいそうになる服を着た少年がにやにやした表情で何時の間にか現れていた。
「おいおい姉さん。少し隙を見せすぎじゃないかい? つい、その凶悪なモノに手が伸びてしまうんだからもう少し警戒した方がいいんじゃないかな?」
「まぁ、別に揉まれても減るものじゃないし更に大きくするのも悪くはないからね。それにこの状態でも焦がせるわよ?」
「おお、おっかねぇおっかねぇ」
あくまでも笑顔を消す事無く呆気無く両手を離す。
それに藤山は苦笑しながら、何時もの事だと思い、とりあえず彼にも聞いてみる。
「監視カメラで見ていたのかね?」
「ま、一応な。あの馬鹿、相も変わらず馬鹿みたいで笑えてくるわ。痛々しさもあそこまで来ると痛快だねぇ」
はっ、と鼻で笑いながらもそれが嘲笑になっていないのは彼が加山君を下に見ていないが故なのだろうと思う。
この狼のような気難しい少年が気に入る相手だというから調べたら、まさか訳あって知っている子でしかし負傷兵になっていて、更にはうちの世間知らずの御嬢さんが連れてくるとは思ってもいなかった。
「一応、聞くが君の目から見たらどうかね?」
「んなの言うまでもないだろ? ま~だ延々と燻ってそれを認めてねえ駄々っ子状態継続中。いい加減認めりゃあ楽なのに世話を焼けさせやがって、あの馬鹿」
やれやれ、と仕方なさそうに首を振る少年を見ていたが、今の言葉に微妙な違和感を覚えた。
「……世話を焼けさせやがって?」
いや、別に言葉は何も間違ってはいないし、二人の関係を考えれば別段、間違った言葉ではないとは思うのだが。
「何故に過去形?」
「ああ。ケツを後ろから蹴るようなイベントを作っといたから。というか発動したから」
この場にいる全員であ? と疑問を同時に作った。
その疑問は数秒で正解を示される事になった。
衝撃的な事実ばかり続いた元中将との会話から数分。
俺はさっき休んでいた彼女の部屋ではなく別の個室に送られた。
どうせなら、さっきの彼女の部屋で休ませてくれた方が体力は間違いなく回復したのだが笑って許されなかった。
解せぬ。
いや、別にそれはいい。
個人的には無念だが、まぁ命とか重要な問題になるわけではないので別にいい。
それよりも問題なのが
「……参ったものだ」
世界平和。
世界崩壊。
それら二つの単語。
文字で書けばたった四つの文字なのだが、その文字の含められる意味が余りにも重い。
とてもじゃないが、ついこの間まで一兵卒をしていた自分には重過ぎる。
世界というものが個人で背負えるものとは思えないのだ。
ただ、確かにそれがやらなければいけない事だというのは阿呆でも分かる。
何せ、このままだとせかいが滅びるのだから自分も死ぬ。そんな無駄死にみたいな死に方は御免……と言いたい所だが無駄死になどたくさん見てきたから何とも言えない。
だが、どうしろと言うのだ。
そうであっても、自分が出来る事など書記係くらいだ。
今の自分じゃあ平和であっても生きていく事が大変というくらいなのに、そんな役立たずがそんな大事業に関わってどうする。
それこそ無駄死にだ。
それに、まだ世界が滅びる云々も真実という証拠がない。
確かに現在、竜族の世界は扉で繋がっていない。
それだけは確かな事実ではあるし、他の世界の扉からも繋がっていない。
繋がっていたら、今頃竜族の世界を侵略している。
だが、だからと言って世界事滅んでいると考えるのも聊か早計過ぎる。
つまり、堂々巡りだ。
そして、自分にとってそれが真か嘘なのかが問題ではないという事も理解している。
「……」
黙って視線を、今はベッドに隠れている両足に向ける。
既に失った両足。
だが、自分はこの両足があれば先の話に応、と頷いたのだろうか。
そんなわけがない。
両足があろうとなくなろうと俺は俺だ。
ネガティブになってはいても足がなくなったから本質が変わる事などない。
加山竜司という人間はどこにでもいるくだらない人間が関の山の人間だ。
だから、理解できない。
誰も彼もが言うやる気という言葉が。
もう何もない。何も持ってないのだ。
生きる意義も。自分を守ってくれた家族も。唯一気が合った悪友も。
何もかもを失った。何もかもこの手から零れ落ちた。
故に欲しいものなどない。何故なら欲したものは何時も守り抜けないジンクスなのだから。
「……センチメンタルなどストレスが増える要因になるだけか……」
そこまで考え、つまらん思考はとりあえずどっかに放り捨てといた。
考え過ぎても頭が痛くなる事くらいは自分でも分かる。
「それにしても遅いな……」
遅いのは彼女の事だ。
彼女は自分をこちらに送り届けた後、ご飯を持ってくると言って出て行ったのだ。
起きた時は余り気にしなかったが、言われてようやく腹が空いた事を自覚するとは我ながら緊張し過ぎだったのだろう。
部屋に着いた途端にだらしのない腹の音が鳴り響いてしまったので、少女が何故か嬉しそうにご飯を温めて持ってきます! と叫んで行ったのだ。
もしかすれば彼女の手料理だろうか。
「美少女の手作り……!」
素晴らしい衝撃的事実のお蔭で幸福を見れそうだ。
今まで散々不味い軍用のレーションやらむさ苦しい男達の中で飯を食っていたのが嘘みたいである。
努力は報われる。
そうと考えれば多少、待つくらいどうって事ない。
空腹は最高のスパイスだ。
そう考え、鼻歌でも歌いたくなるテンションまで上げて
「……?」
酷く自分のテンションが場違いな世界に来たような錯覚を得た。
何かおかしい。
感覚が異様に先鋭化し、テンションは理由もなく急激に冷静という段階にまでクールダウンされていく。
思考する間もなく体が勝手に体にかかっていた布団を弾いて動きやすい体勢に移行している。
日常的な思考をしている自分は何故、と己に問うがそれとは別の十数年培った"自分"が自分の状態を冷静にデータとして計っている。
現在の自分は全盛期と比べ、両足がない事によって機動力は最早零に近いレベルに落ちており、それ以外も上半身の筋肉でさえ少し落ちている。
無様としか言い様がない堕落だが、それでもまだ自分の両の腕だけなら武器として扱う能力はある。
最大の問題は機動力は当たり前だが、戦場を離れた事による意識の堕落が懸念だが、そこは張り詰める事によって何とかするしかない。
残念な事に武装も何も持っていない。
拳銃はおろかナイフさえ持ってない。
つまり、頼りになるのは多少の腕が落ちた両腕のみ。
技も足が無くなった事でどこまで使えるか。そして衰えている事だろうか。
そして、ここまで考えれば日常的な思考をしていた自分でも理解出来る。
俺が察しているのは嫌な感じと言われる、所謂、虫の知らせみたいなものであり───殺されそうになるという予感であった。
「……」
馬鹿なという思考は一瞬で投げ捨てる。
そんなものよりも今の感じているこの直感を信じた方がいい。
例え、外れていても馬鹿を見るだけであり、当たっていた場合はそれに感謝出来るからだ。
だが、不味い。
部屋の状況を見るが、周りにあるのは最低限の家具しかなく部屋の中央に自分が今、座っているベッドがあり、そばに電灯が置いてある小さな棚があり、自分から見たら左斜めに机があり右手側に扉が見えるという小さな部屋だ。
人が隠れるような場所はない。
なら、考えられる襲撃はドアからなのだがそれはそれでやばい。
何せ、こちらは両足がないのだ。
動くだけでも一苦労なのに戦闘速度に合わせて行動するなぞ不可能の所業だ。
だが、やらなければ死ぬだけというのもよく知っているので、結論は出来なくてもやるしかない、だ。
だから、どこからでも来ても対処出来るように意識を内と外に広げ───
「……!?」
唐突に部屋の電灯が全て消えて、視界が闇に落ちる。
気絶したのかと錯覚しそうになる闇に手を握ることにより、この闇こそが現実であると認める感触を得る。
すると、地下なのにまるで冷たいものが触れてきたかのような感触を首元に感じ、視線だけ目を下に向けると───キラリと光るような物が自分の首にかかりそうになっているのを見て、躊躇いなく利き腕である右腕を耳を削るような位置でアッパー気味に首元に押し込んだ。
それと同時に
「ぐっ……!」
一気に首が絞められた。
間違いなく間一髪。
一秒遅ければ首が締められて窒息死される自分の死体が生まれる未来を選ぶ所であった。
首を絞めているのは間違いなくワイヤーだろう。
どんな力で締めているか知らないが、ワイヤーが挟み込んだ肉に抉り込んで熱を生み出しているのが分かる。
ギギギッ、と効果音がなりそうなくらい更に力を込めているのが分るが腕と首に多少食い込むだけで死にはまだ遠いくらいは経験上理解できる。
だが、逆に膠着状態に入ってしまった事に気付く。
……しまった!
これならば、防ぐのを成功した時点で即座に空いている左腕で反撃をするべきであった。
出来なかったのは久しぶりの死の予感と初めての両足のない戦場による緊張だ。
舌打ちしたいが、そんなものは現実的にも内心的のも余裕がない。
右腕もそうだが首に食い込んでいるワイヤーによって流れている血がぞっとする感触がする。
だからと言って今から俺が反撃をしようにも、相手も警戒しているだろうし俺もあいつがこの首絞めを諦めた瞬間に反撃をする。
だが、動かなければこの状態が変わる事はない。
つまり、お互いにとってもこの状況はある意味で安心出来る状況なのだ。
安心と言っても気を抜けば死を迎えるオチが待っているのだが。
だが、迂闊に動けば今以上に最悪な構図になる可能性があるから動こうにも動けない。
何か切っ掛けが欲しいと切実に願うが流石に現実にそこまで追い求めるほどロマンを見ていないから自分の手で何か切っ掛けを……
と思った瞬間に
ズドン!! と間違いなくこの地帯を揺るがす地震の様な衝撃が俺達を打撃した。
「……!」
俺と後ろの暗殺者は間違いなく同時にいきなりの事に混乱したが、先に混乱から立ち直れたのは幸運にも俺であった。
躊躇せずに指を二本立て、相手の両目があるであろう位置に構わず突き込む。
両目の大体の位置は背後からの息遣いから察している。
外れたとしても触れた瞬間に上か下かに軌道修正すれば事足りる。
一秒後の失明を嫌った敵は舌打ち一つしないまま、握ったワイヤーを捨てて首を逸らす事によって躱したのが首を絞めいているワイヤーの突然の力の消失から判断した。
しかし、俺に余裕が出来たわけではないのでそのまま勢い任せの前転をする。
敵に背中を向けたままというのが背中に嫌な汗を流すが、それでも間違いなく自分の判断に間違いはないと確信してベッドにつけた両手は半ば布団を握る形にしてそのまま額をつけて転がる。
転がりながらチラリ、と背後を見る余裕を獲れたので見ると相手がとりあえず年齢的には自分よりも恐らく十くらいの年上で分かりやすい暗殺者のような黒い恰好であり、懐からナイフを取り出そうとしているのを目で確認できた。
取り出している手を見る限り切りかかろうとしているのではなく手首のスナップで投げようとしているのが分るが
「残念だったな」
相手が投げる寸前に俺はそう告げながら先程転がる時に握っておいた布団をマントのように肩につける感じで持ち上げる。
相手からしたら本当にマントのように見えたかもしれないが、既にスナップで手指から離れようとしていたナイフを止める事は出来ない。
離れたナイフは当然、俺の胴体の正中線を狙って放たれた。
咄嗟に投げたナイフの軌道から間違いなく見事な技量と言えるが、それが布団に刺さった瞬間に手首の動きでその衝撃を殺すように振り回し、止まる。
闘牛に対してのマントみたいな使い方の応用だ。
流石にぶっつけ本番みたいな手法ではあったが上手くいった。それと同時に布団に刺さっていたナイフを念のために刃に触らないようにして抜き取る。
これで相手を技をかけなくても殺せる武器を手に入れた。
だが、現状はどう見ても相手の有利だし決定打は得れていない。
こっちはまだ相手の奇襲を防ぎ、その追撃を躱しただけなのだ。
有利不利で言えばまだ相手の方に分がある。
武器を手に入れたとはいえこちらは相も変わらず動くのに問題があるのだ。
その気になれば相手はこちらを遠距離から嬲り殺しに出来る武器を持っているかもしれない。それこそ形振り構わなくなったら拳銃を出してくる可能性が高い。
逃げる事が難しくなるが、ここで殺されるよりは生存の確率が高い。
つまり、こっちに必要なのは速度だ。
動きの速度ではなく意志の速度。
殺して生き残るという意志を頭の回転に繋げ、行動に移せばいい。
面白い……!
今の己の能力の限界はどうなのか。
普通に考えれば負けるかもしれないが、こんな所で殺されるわけにはいかないのだ。
一度やると決めた事がある。
やり通さなければいかない。
その為にもこんな所で死ぬわけにはいかない。
そう俺は
俺は……!
この世界を。
その思考は突然のドアの開閉から一瞬で忘却の彼方に吹っ飛んだ。
蹴破ったのか。
結構、頑丈そうなドアは頑丈という言葉を焼失したかのように蝶番事外れており、その勢いは止まることを知らず、結果
「……!?」
暗殺者を巻き込んで吹っ飛んだ。
流石に俺も突然の事態に呆然としそうになったが、暗殺者が起き上がってくる気配がないのを確認すると直ぐに意識をドアを蹴破ってきた相手に向ける。
「あ、大丈夫ですか?」
そこにいるのは線の細い童顔の少年であった。
見た目は自分と同い年か、多少、年齢が低いかの度力に見えるものであり男子として見れば小柄な体格だろう。
髪は伸ばしているのか。肩まで伸ばしており、それを後ろで適当に纏めている。
少し白髪が混じっているが、それくらいはこの世界ではよくある事なので何も問題がない。
服装も頓着していないのか真っ黒オンリーであり、見た目だけでいえばかなり普通の少年っぽい。
そのイメージを覆す刀が腰に差さっていなかったらだが。
……刀だと?
別にこの戦時中に刀を差している事について問題があるわけではないが……この銃やら異世界やらが流行っている世界の流行を見ると聊か間抜けに見えかねない。
見えかねないが……吹っ飛んだドアを見る。
あれの吹っ飛びようは間違いなく異常であり、普通の人間ならまず無理な所業であった。
それも的確に暗殺者の位置を気配で察していたから、遠慮なくドアを蹴り飛ばしたのだろう。
ならば、彼は刀で生き残る事が出来る性能を持っているのだと仮定する。
別に驚くまでもない。
人間離れしている人間なぞ探せば結構いる。
「うわぁ……凄いですね。両足がないのに持ち堪えたんですか……聞いてた通りの人だなぁ」
「……さて? 君が誰からその話を聞いたが知らないが買被りだ。全盛期に比べれば腕も判断も機動力も落ちているからな。お蔭で死にかけた」
「いえいえ。別に貴方が自分に対してどう評価しているかは僕には関係ないですし」
成程。
確かに、それは正論だ。
情報収集という点ではどうかとは思うが、武力という意味ならば他人の、特に本人の評は信用出来るかは半々だ。
何故なら嘘を吐いている可能性の方が高い。
「うむ……これは改めないとな。アドバイス感謝する」
「いえ、僕も失礼な事を」
ふふふ。
ははは。
と笑い、ふ、とはの七個目で彼の右手が柄に伸び、俺は持っていたなナイフを即座に躊躇いなく彼に突きの形で前に突き出す。
結果
「───はは」
少年の笑い声をBGMに彼の剣は俺の首に、俺のナイフは彼の心臓の手前で静止していた。
ドアからベッドの上まで彼の歩幅から察するに三歩から四歩。
そしてこの形になるのにかかったのは一秒もかかってない。
間違いなく人間としての最高クラスの至っている少年なのだな、と思いながら頭の中の彼のデータを上に書き換える。
「凄いです……僕の方が速いのに同時だ。勘……いや、読んでたんですか?」
「生憎だが、君のようなイカれたタイプには慣れていてね。裏がない分、読みやすかったよ」
かなりギリギリだったのだが。
全盛期よりも反応が落ちている分、早目に行動していたのが良かった。
弾丸よりも早い程度で予測していたのが、悪かった。
もっと上───撃たれた後でも躱せると思って考えておくべきだった。
「凄いなぁ……防がれただけならともかく初撃で膠着状態にまで持ってかれたのは貴方で三人目ですよ……あぁ、両足がある頃に出会いたかったなぁ……!」
若干、興奮したかのように凄い嬉しそうに笑顔を浮かべる少年に辟易しながら溜息を吐く。
何故、俺の周りはこういう常識破りのキャラで破天荒な奴ばかりなのだろうか。
「出会っていなくて俺的には幸いだ。それで? いい加減にこの刀を何とかしてくれなか? 首が冷えて仕方がない」
「はい。そうですね。余裕もない事ですし」
そう言って、何事もなかったかのように引いてくれたので俺もナイフを引く。
お互い殺気もなかったでお遊びだと理解しているので後に引くこともないし、引いている余裕もない。
「それで? その暗殺者は元中将に対してのものか?」
「どちらかと言うと貴方達二人に対してのものがここに引っ掛かったという形ですね」
貴方達二人。
俺と誰かなんぞここで聞かなければいけない程、鈍感はしていない。
「……俺を助けた時にか」
頭を抱えながら吐き出すが仕方がない。
過去というものが如何に厄介かなのかはこれまで生きた人生で十分に味わっているのだが、流石に頭が痛む。
俺を見捨てればこんな目に合っていなかっただろうに。
まぁ、確かにあの場でまさか生き残っていた監視カメラに映されると思える余裕が無かったのも確かだが。
街とは言えど、むしろ前線基地みたいな街なのでそれこそ家の内部を除いたらどこにでもカメラの眼があるような街だ。
それの内の一つが引っ掛かったのだろう。
あの爆撃の中で運悪く生き残るというのは流石に考えていなかった。
「……驚かないんですか? 彼女の事」
「気づかない方が間抜けだ」
元中将の語りに敏感に反応していた事や俺が生き残った理由を考えれば阿呆でも分る。
これで解らなければ阿呆の極みというような存在だろう。きっと漫画やテレビの中にいるのだろうけど。
元中将が隠す気がなかったというのもあるが。
あの場に連れて行って話すには彼女は嘘が下手過ぎる。
「彼女が別に人であろうがなかろうが俺には関係ない事だ」
「敵世界の住人ですよ?」
「今、俺を殺しに来た相手は敵世界の者か?」
そう聞くと納得の表情を浮かべるので、つまりそんなものだ。
敵なんてものは日々の状況で変わるものだ。
まぁ、それはともかくとして
「で? 俺はこのままなし崩しにそちら側につかなくてはデッドエンドルートに入った気がするが?」
「いや……それに関してはその……具体的に僕が言うのも不味いので遠回しに言いますが、仲間内に自由人が……」
「組織人は大変だな?」
実にその気持ちはわかる。
今頃、地獄で豪遊しているであろうどっかの馬鹿もそんな気質を持っていた。
何時も何時も頼んでもいないのに突っ走って、こっちの都合などをぶっ壊すような馬鹿。
そんな希少種はいる所にはいるのだな、とどうでもよく考える。
「……まぁ、とりあえずここから脱出をするのだろう? 出来れば運んで貰いたいものだ。ああ、それとあの少女の方は……」
「……さっきの地震の感じを見ると命に関しては大丈夫だと思うのですが……」
その言葉の途中で気配がこちらに寄って来るのを感じて視界をそっちに集中するが覚えのある気配なので部屋のドアに入ってくるのに任せる。
「おお……加山君。無事だったかね?」
「首と腕に傷が出来た事を無事というのなら無事だとも元中将殿」
そう言いながら元中将が何かを背負っているのに気付き、改めてそこを見ると少女であった。
どうやら意識はないようだが、見たところ怪我等は負っていない。
それに関してだけはほっ、と安堵の溜息が出たが……彼女の服に所々血がついているのを発見した。
「……彼女の相手は?」
「ぎりぎり生きておったわ。一応、死なさないように応急処置はしといたがの」
数か月は動けんな、という呟きは俺にとってはどうでもいい事なので返事はしない。
そういえば、と思い、こっちの気絶した人間は……と思うと、何時の間にか呼吸が聞こえてない。
見れば、俯せで倒れているので顔は見えないのだが、口元と思われる場所から赤い液体が広がっている。
「……」
馬鹿者が、と呟こうとする口の動きを抑える。
これも戦場の一場面であり、例え相手が合理に動いたとしても命を懸けた事には変わりない。
そして、その命を捨てさせた一要因は間違いなく自分である事は確かなのだ。
ならば、逝ってしまった者に俺が語りかける言葉はない。
そう、俺はないが
……気絶をした彼女は違うのだろう。
あの地震が彼女によって起きたものならば、間違いなく彼女はどういう方法かは知らないが敵を圧倒したのだ。
なら、気絶する要因で可能性が高いのは相手の落ちる間際の行動か───彼女の内面的事情だ。
そして一日しか彼女との思い出がない俺はその一日の彼女の姿を思い出す。
その姿は困っていたり、笑っていたりしているがその笑みに力がない事なんて俺ですら解る。
なら原因は
……後者だ。
つまり、彼女はこの時代にそぐわない人物なのだ。
敵を前に恐怖は抱いても殺意を抱くのに躊躇うタイプの人間なのだろう。
戦場では真っ先に死ぬタイプではあるが……恐らくこの場にいる誰よりも真っ当なのだろう。
良い事か悪い事か。
流石にそれを語る口は持ち合わせていない。
「……ともあれ。やるかどうかはさておき出来れば逃走に加えさせて欲しい所なのだが?」
「流石にここで放置していく程、冷血漢ではないわい」
そう言って刀を持っていた彼が車椅子を持っているのを見て当てがあるのだな、と思う。
こうなってしては自分も彼らと運命共同体になったという事なのだろうか。
半ば流されたような結末ではあるが、こうでもしないと次は間違いなく死ぬ未来が待っているだろう。
だから、自分が生き残るにはという選択肢という意味で言うならおれは間違ってはいないとは思う。
だが
……戦うという選択肢で言うなら……俺は間違っていないか……?
何の覚悟も目的もなく戦う。
生きるだけという目的で人を殺すのが間違いというわけではないのだが、俺自身がそれを納得していない。
決める為の残り時間は少ない。
だが、決めなければならないのだ。
幸いと言うべきか。ヒントは周りから嫌でも貰っている。
自分がまだ牙を失っていない。
なら、そのやる気の要因を探す……いや、思い出せばいい。
そして、それについてのヒントは貰っている。
何故、戦うことを選んだのかととある少女に尋ねられた。
それに俺は答える事が出来なかった。
ならば、答えはきっとそこにあるのだと思う。
つまり、俺にとって始まりを思い出さなければ始まらないのだ。
始まる為に始まりを思い出すとはまた矛盾しているが、こんな異世界ファンタジーをやっている世界だ。
多少の矛盾位許容して貰おう。
だから、出来ればでいいが……思い出す前にこの少女ともう少し語り合いたい。
何故なら、俺はまだ彼女の名前も知らないのだから。
彼女の名前を知る事もまた始まりの切っ掛けになってくれるだろうかと加山は思った。
そのせいか。
戦闘中の頭に血が上った時に考えていた事はすっかり頭から消え去ってしまっている事に気づいていなかった。
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